障害物39 モンスター娘 ラハール

 俺は目を疑った。

 コンビニ前の駐輪場に、馬が繋がれていた。

 いや、彼女を馬と呼んで良い物かどうか。

 サイズ的にはポニーだろう。

 その馬は首から上があるはずの部分に女の子の上半身があった。

 ケンタウロスという奴だな。

 彼女の尻と頭の上でポニーテールが揺れていた。

 下半身の馬の部分には何も身につけていないが、上半身にはパーカーを着ている。

 彼女は首輪で鎖につながれながら、コンビニから出てくる誰かを待っている様だった。

 連れがいるなら俺に絡んで来る事もないだろうと安心し、俺はコンビニの自動扉に一歩踏み出した。


 ドンッ

 俺はケンタウロス娘に気を取られていたせいで、自動扉の向こうから出て来た人とぶつかってしまった。


「あっ、ごめんなさい」


 その衝撃で相手の方は何か大きい物を落してしまったようだ。


「すみませぇん、拾ってくださぁい……」


 俺は相手の声を頼りに、落ちた物を拾う。妙にサラサラと手触りの良いものだった。


「ありがとうございますぅ」


 拾ったボールのようなものがお礼を述べた。生首だった。

 眼の前の甲冑姿の人物は硬直する俺の腕から生首を取り上げた。そして首を失った自分の体の上にバランスよく再設置する。


「ジョアンもお礼を言いなさい」


 甲冑の上に据えられた生首の女性は左右に首を振って胴体に意志を伝える。

『ぶつかってすみません。イザベル姉さんを拾ってくれてありがとう』

 甲冑姿の胴体は筆談で俺に謝辞を述べた。

 ……デュラハンなのだろうか。

 俺はそいつがガシャンガシャンと甲冑の音を立ててケンタウロス娘の方に向かって行くのを見送った。


 コンビニ店内は、まぁ普通だ。

 車椅子を自分で漕ぐ女性はひざかけの下から尾びれが見えていたし、ミネラルウォーターを慎重に選ぶ女性はゼリーのように透き通っていた。

 それでも陳列されている商品は元の世界と変わらない。

 何も問題は無いのだ。

 俺が店内にいる客の不自然さに目をつぶれば。


 俺が買うべきものは、妹のためのアイスと……。


「ねえ、ほのかちゃん。君のお母さんがよく飲んでた物って思いだせる?」


 俺は何を買えばいいのかを忘れてしまい、ほのかちゃんに助けを求めた。


「……カロリーハーフのコーラ」

「そうそう、それ」


 あずき色のブルマを履いた体操服姿のほのかちゃんは、ちょっと呆れた顔で俺を見る。

 仕方ないじゃないか、これだけ長い事旅を続けてきたのだから。何を買うかなんて忘れてしまう。


「それよりさ、お父さん。もっと重要なことを忘れてない?」

「……?」


 なんだろう。ほのかちゃんは不安そうに俺を見ている。


「色んな世界を旅したお父さんにはもう違和感が無くなっちゃったのかもしれないけど、もう一度この店内をよく見て? ここは本当にお父さんが来たかった世界?」

「な、何を言っているんだ。こんなに平和にコンビニで買い物ができる世界に来れるなんてラッキーだよ」


 俺は辺りを見回す。クローン機甲兵のヘーハチは呑気に4コマ漫画雑誌を立ち読みしている。

 手が羽になったハーピィの女の子がエッグタルトをかごに入れている。

 『ラハール』というネームプレートを付けたラミアの店員さんが賞味期限切れのおにぎりを陳列し直している。

 ミノタウロスの女性が牛乳を買うか迷っている。



「ごく普通の平和な世界じゃないか」


 戦いもない、隕石もない。今までの世界に比べて過ごしやすそうだ。


「じゃあ、この世界の私がこんなでも平気だっていうの?」


 ほのかちゃんは額にかかる前髪を、鋭いかぎ爪の揃った手でかき上げた。そこには光を乱反射する複眼がいくつも並んでいた。まるで蜘蛛女、アラクネだ。


「こんな私を産んだお母さんが一体この世界でどんな姿なのか、想像できる?」

「それは……」


 蜘蛛女を産むぐらいなのだから、きっともっとすごい巨大な蜘蛛なのだろうか。

 あれ、でもほのかちゃんのお母さんって事は俺の未来の妻の事で……。


「なあ、ほのかちゃん。この世界のいろはっていったい何なんだ?」

「さあね、この世界に残りたいって思うならそのうち会えるんじゃない?」


 ほのかちゃんは前髪を下ろして複眼を隠した。

 俺は買おうとしていたアイスを棚に戻して、コンビニを出た。

 アラクネとサイボーグが後を追ってきた。



「勘太どの、拙者は勘太どのの旅の終わりまで付いて行く心算でござる。ですが、拙者もいずれ元の世界に帰るでござるよ」


 ロケットに乗り込んだヘーハチが寂しそうに言った。


「だから拙者に慣れてくれるのはとても嬉しいのでござるが、どうか勘太どのは元の世界の姿を忘れないで欲しいでござる。目指すべきはそこなのでござるから」


 そうだ。言われて俺は思い出した。

 あまりに突飛なことばかり起こるから忘れていたんだ。

 俺は、単に平和にコンビニに行ける世界に住みたいわけじゃない。

 元の世界の、隕石が降らなかった可能性の世界を目指さないといけないんだ。


 思いを新たにした俺を乗せて、次元ロケットは新しい世界へと跳躍した。


 

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