障害物38 幽霊 ヨミ

「うらめしやー」


 次の世界で俺が出会った障害物は幽霊だった。

 素っ裸の幼女の幽霊だ。

 半透明でスケスケの体が、俺が入ろうとしたコンビニの自動扉の向こうから出てきた。

 俺がその姿にギョッと驚いてしまったのがいけなかった。

 いやいや、そんな姿が心の準備をする間もなく急に目の前に現れたら誰だってきっと何かしらのリアクションを取ってしまうのではなかろうか。

 とにかく俺はその幽霊に反応してしまったがために、見えているという事を悟られてしまった。


「おっ、何だニーチャン。オレサマが見えるのか?」


 コンビニの入り口で一歩踏み出した形で固まってしまった俺に、幽霊は好奇心旺盛といった声色で気安く話しかけてきた。

 無視してコンビニに入ってしまえば良かったのだが、そうすると俺は全裸の幼女の幽霊に正面衝突してしまう事になっていただろう。

 そういった自身の沽券に取り返しのつかない傷をつけてしまうぐらいなら、ちょっとぐらいのトラブルに巻き込まれる方が慣れていると俺は判断した。



「見え……てる……」


 大事な所まで見えてしまっている幼女の姿が俺にははっきりと見ていていた。

 見えているからこそ、眼を逸らしたくなった。


「おいおい、見えてるんだったらちゃんとこっち向けよ」

「そ、そう言われても……」

「あーっ、もしかしてオレサマの格好を見るのが恥ずかしいのか? スケベー」


 新しいおもちゃを見つけた様なにんまりと嬉しそうな顔をする幽霊。

 彼女自身はその格好が恥ずかしくないのだろうか?


「はー? どうせ誰にも見られないんだからどんな格好だっていだろ? ニーチャンは例外な」


 心を読まれた!?

 俺は観念してその子に付き合う他なかった。


「ま、宜しく頼むわ」



「お父さん、どうしちゃったの急に」


 スクール水着にエプロンという姿のほのかちゃんが怪訝そうな表情で俺の顔を覗きこんだ。


「コンビニの入り口で立ち止まって独り言……ねぇヘーハチさん、何か見える?」

「拙者には何も。熱源も感知できないが、勘太どのは脳波が乱れて非常に興奮している様子だ。どこかから精神攻撃でも受けているのかもしれないでござる」


 ほのかちゃんとヘーハチは互いに顔を見合わせて不思議そうにしている。

 半透明な裸の幼女の幽霊が見えるなんて言ったらどんな事になるか想像もしたくない。



「オイオイ、言ってみれば良いじゃねーか。ずっと一人で退屈してたんだ、ちょっとは楽しませろよ」


 幼女の幽霊ちゃんが俺に顔を近づけて言う。

 けっこう可愛い。


「ばっ、ばか! オレサマにそんなこと言うんじゃねーよ。恥ずかしいだろ……」


 おやおや、急にしおらしくなった。

 案外、女の子扱いされる事に慣れていないのかもしれない。


「そう言うんじゃなくてだな……ああくそ、勝手に心が読めちまうのも問題だぜ……」


 幽霊ちゃんは耳を手で塞ぎながら空中で悶えて転げまわる。

 スベスベのおしりがこちらに向けられ、尻の谷間までハッキリ見えてしまっている。


「……スケベ」

「そう思うなら服を着てくれ」


 俺は溜め息をついて宙を眺める。

 この幽霊ちゃん、どうしたものか。


「おい、いいかげんオレサマを幽霊ちゃん呼ばわりするのは止めろ。オレサマにはヨミって名前があるんだ」


 そう言ってヨミちゃんは偉そうに胸を張る。

 曲線美は感じられるが何の欲情も喚起させない平坦な胸をこちらに見せつけている。


「ガキの体で悪かったな! こちとら20年も幽霊やってるんだぞ! 経験年数で言えばオレサマの方が長い!」


 20年……そんなに長い間ヨミちゃんは一人で寂しく過ごしていたのか。

 誰からも見られないまま……。


「おい、変な勘違いするんじゃないぞ? 20年間何もなかったわけじゃねえ。ただ、たまに見てくれる奴がいても最後にはうっとおしがられて御終いさ」


 ヨミちゃんは諦めたように口元を歪めた笑みを浮かべて言った。

 確かに、そうなのだろう。

 ヨミちゃんと会話するという事は、他の人からすれば誰もいない空間に向かって話すようなものだ。


 幸いにもヨミちゃんは心が読める様なので、思念だけで会話する事も出来るだろう。

 だが、それにしたってヨミちゃんを見れる人がヨミちゃんの相手だけをずっとしているわけにもいかないだろう。

 そうなればやがて疎まれてしまうのも無理はないのかもしれない。


「ケッ、見て来たように言いやがって。でもまあ、その通りなんだけどよ」


 ヨミちゃんは自分でも事情が分かっている様だった。

 どんなに寂しがっても、ずっと誰かが側にいてくれるわけではないという事について。


 俺は、この世界に残ってあげてもいいかなと思ってしまった。

 ヨミちゃんが見えるというぐらいしか、この世界に不都合はない。

 この世界で俺だけがヨミちゃんの事に気付いて、構ってあげて、それで済むというのならば。


「バカ……そういう事を言われるとよ、引き留められなくなっちまうだろ」


 ヨミちゃんは本当に残念そうに顔を伏せた。

 まるで大好きな友達が転校して行ってしまうのを見送る小学生の様な。


「この世界は、ニーチャンの求めてる世界じゃなかったんだろ? じゃあさ、行かなきゃダメだよ」


 ヨミちゃん……。

 俺は何も声をかけてやれず、不審がるほのかちゃんとヘーハチを連れて次元ロケットへと戻っていった。



「良かったでござるか? あの世界は何も異常は無かったはずでござるが」

「良いんだ……」


 俺はヘーハチにはうまく説明できない何かを抱えたまま、次の世界まで辿り着くのを待った。

 ロケットは飛び上がり、無重力空間に達する。

 ふと、光を感じて窓の外を見た。


 白いワンピースを着たヨミちゃんがロケットの窓の外で手を振っていた。

 そして俺には聞こえない何かを呟いてそのまま弾けてヨミちゃんは消えた。

 きっと、成仏したんだ。

 俺はそう思い込む事にした。


「本当に大丈夫でござるか、勘太どの? 涙が……」


 俺は頭を軽く振り、目もとの水分を払った。

 さあ、次の世界には何が待っている?


 

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