障害物37 食用エルフ ユノー

 薄黄緑色のワンピースのドレスを着たほのかちゃんに連れられて辿り着いた場所は、いつものコンビニではなかった。

 『サティスファイド・エルフィンマート』

 俺はそのコンビニに立ち入った。

 そして後悔する事になる。



「…いらっしゃいませ」


 白髪交じりの髪を後ろで束ねた中年の陰気な外国人が俺を出迎えた。

 ここはおそらく俺が求めていたコンビニではないのだろうという事は想定していた。

 何の気なしに俺は弁当棚に向かい、弁当を一つ取った。

 『ネギ塩エルフ耳丼』三角形の硬そうな肉が炒められてネギを振りかけられ塩ダレにまみれて白飯の上に乗っていた。

 『エルフ目玉カレー』カレーライスの上にトッピングされた眼球がこちらを見ていた。

 『エルフハンドサンド』幼くて柔らかそうな手首がレタスと共にフランスパンに挟まれていた。

 『エルフ腿肉ステーキ弁当』切り身になってしまえばどこの部位か分からない肉が大根おろし醤油で味付けされて白飯に添えられていた。

 『エルフベーコンとゴボウのペペロンチーノ』脂身がスライスされ炒められたものがスパゲッティに和えられていた。

 ここはエルフ肉を使った料理ばかり扱うコンビニらしい。


「ただ今エルフミルク100円セールを行っております」


 母乳を出す為に妊娠させられたドリンクサーバーが喋った。ふたつの垂れた胸肉には搾乳チューブが取りつけられている。



「勘太どの……正気を保っているでござるか?」


 ヘーハチが俺を気遣って耳打ちしてきた。


「なんとか……」


 眼の前の珍妙不可思議な陳列商品に目を奪われていた俺はヘーハチのおかげでそれらから目を背けることができるようになった。



「いらっしゃいませ、こんにちは」


 片腕のない褐色肌の少女はレジの中年と同じ制服を身につけていた。

 脱色した様な透き通った髪と鮮血の様に赤い瞳が特徴的で魅力的だった。

 少女の胸元には『ユノー』という名札。

 そして彼女の耳は先程の弁当にあった三角形の様に尖っていて、幻想小説のエルフを想起させた。


「生肉の試食をしています。よろしければお一つどうぞ」


 ユノーと言う少女は残った腕を俺の口元に突き付ける。

 その腕の先にある手には何も乗っていない。少女が差し出した手にはいくつかの噛み痕があった。

 つまりこの少女の指をどれかお一つ噛みちぎれという事なのだろうか。

 俺はその少女を避けて店を出た。


 そして俺は路上に出てうずくまる。

 こんな不道徳が存在して良いのだろうか。あのユノーという少女も片腕だけでは済まされず、その身の全てがやがて商品として陳列してしまうのではないだろうか。

 俺はそんな妄想に取りつかれた。

 いや、知ったことか。

 あの子の耳は長かった。人間とは別の進化を遂げた種族、猿やチンパンジーと変わらない別種の霊長類ではないか。

 であれば何の同情も要らない。たまたま人と似た姿をしている食用家畜なのだ。

 そう思ってやり過ごそうとする。


 しかし、コンビニ店内から誰かが追ってきた。

 先の少女店員ユノーちゃんだ。


「あの、大丈夫ですかお客様。顔色が悪いようですが」


 そう言って俺に手を差し伸べる。

 だが、先程の「試食」という言葉が頭をよぎり、俺は意図せずその手を払いのけてしまう。


「あっ、ごめん……」

「いえ……大変失礼しました。また『サティスファイド・エルフィンマート』をご利用ください。ご来店ありがとうございました」


 俺の非礼をとがめずにユノーちゃんは丁寧にお辞儀をして店内に帰っていった。

 入れ違いにほのかとヘーハチが出てくる。


 俺があの場所にいたくないと思ってしまった理由は、そこがグロテスクなエルフ肉売り場だからという事だけではない。

 料理として加工されたエルフ肉を見て、一瞬でも美味しそうだと思ってしまった自分が許せなかったからだ。

 コンビニの外でほのかちゃんが開封し食べ始めるサンドイッチが、とても美味しそうに見えて俺は目を逸らした。



「ほのか……ちゃん。君はそのサンドイッチを食べて平気なの?」


 俺は恐怖と食欲が混濁する意識のまま、ほのかちゃんに問いかけた。

 ほのかちゃんは意味を察して、それでもやはりこう言った。


「だって、私はこの世界の住人だから。これを食べることは私にとって普通の生活なの。エルフィンが頭が良いからとか、偶然人と形が似てるからとか、そんな理由でエルフィンを食べないのは自由だけど、やめろなんて言われたくないわ」


 そしてほのかちゃんは俺に食べかけのサンドイッチを差し出した。


「食べてみて。他のお肉と変わらない、ただの肉だから」


 見つめること数十秒、俺はそれを一口食べた。

 脳裏に、ユノーちゃんの顔が浮かぶ。

 やはり俺には食肉の味の違いなんてわからなかった。

 その肉の元となる生物がどんな気持ちで精肉になったのかなんて事は。


 俺はこの世界でコンビニに行くことができた。

 しかし俺はこの世界で生きて行くことはできないだろうと感じた。

 確かに、食べ物に関して目をつぶれば元の世界と変わらない平和なものだ。

 あのエルフィン肉が並ぶ食卓にはつきたくない。それが今まで俺が築き上げた普通の感覚だった。

 だから俺は更に次の世界へと旅立つことにした。



 ロケットに乗ったヘーハチが、身体を固定される前に俺を見てこう言った。


「勘太どの、本当に食べてしまったのか?」


 その目に籠る感情を俺は読みとることができなかった。

 

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