障害物12 生徒会長 翔


「おいおいィ、モテモテじゃないかキミィ」

「モテてないです。開口一番がそれですか、東雲(しののめ)生徒会長」


 俺のコンビニ行きを邪魔する障害物は、俺が通りかかるのを待たず近づいてきた。

 茶髪のロン毛でタレ目の優男に見えるこの人は、東雲翔(しののめ しょう)先輩。

 休みの日だというのに学ランを首元のホックまでピッシリと着こなしている。

 だが女だ。

 生徒会長が女だからといって他校にナメられてはいけないという独自の理論によって、胸肉をサポーターで押し込めてまで男装を貫いている。

 休みの日にまで学ランを着ているのは、単に男物の服が制服しかないからという理由らしい。


「つれないねェ、そうやって何人の女を泣かせてきたんだい?」

「泣いたり泣かされたりしてばっかりですよ、人聞きの悪い」

「そうかい、北島……キン太くん」

「勘太です」

「そうそう、それそれ。コン太くん」

「……」


 わざと名前を間違えながら、会長は慣れ慣れしく肩を組んでくる。

 男らしい姿をしておきながら、匂いは女性そのもの。会長の髪がふわっと顔にかかった時に、独特なリンス入りシャンプーの香りがそっと俺の鼻を撫でた。


「あんまり近寄らないでくださいよ、会長。遠目には男同士にしか見えないんですから」

「ん、そう見られたいのかい? だったら見せつけてやればいいじゃないか。誰が困るわけでも無し」

「俺が困るんですよ!」

「何故。いいじゃないか、噂をする者には言わせておけば。真実は心の中にのみ在るのだから」

「そうですかね、俺は誤解は避けるべきだと思いますがね!」

「ふぅん。君が誤解されて困る相手は、君の事を誤解する様な人だったかい?」

「いえ、いろははそんな誤解をする奴じゃ」

「いろはちゃん? おっと、語るに落ちてしまったようだねケン太くん。だが安心したまえ。キミの胸の内は誰にも明かさないでおくよ。もっとも、キミの態度でバレバレだと思うがね」

「あっ。……怒りますよ会長」

「ゴメンゴメン。出会い頭のちょっとしたジョークのつもりだったんだけど、チと度が過ぎたね、謝ろう」


 会長はまったく謝るそぶりを見せずに肩を組んだままニッコニコしている。


「キミが男もイケるクチだったら喜んでくれる相手もいるんだがねぇ。いや、こっちの話」

「はぁ、そうですか。それで会長、一体何の用なんでしょうか。俺はこれからコンビニ行く途中なんで、早々にお帰り願いたいのですが」

「ほほう、コンビニに。アレ以降引き籠っていると聞いていたのだけれど、一体どういう風の吹きまわしだい? もう具合は良いのかな?」

「今日は何となくですよ。明日もまた出歩く気になるかは分かりません」

「そうか。キミの気持ちの整理がついたらいつでも歓迎すると言っておくよ。私が在籍している間は、生徒会の方にも便宜を図ろう」

「……会長。あぁ、もう今は会長では無いんですね」

「元会長だね。大学は推薦で決まっているからギリギリまで学校には顔を出すつもりさ」

「そうですか……」

「キミを心配してくれている人はいる。キミが思っているよりも多くね」

「そうかもしれませんね」

「グレてしまった子もいるぐらいさ」

「くゆりちゃんの事ですか」

「うん。彼女も以前は健気で可憐な少女だったんだがねぇ。あぁ、健気なのは今でも同じだけれど」

「さっき会いました。見た目はだいぶ記憶と違っていましたけれど、俺の事は覚えていてくれたみたいです」

「それはそうだろうとも! 私が会長をしてた頃、わざわざ生徒会室に名簿を見にくるほど熱心にキミの事を探し回っていたからねぇ」

「くゆりちゃん、そんなことを?」

「キミは知らなかった、というより気付いていなかっただろうけれど。彼女がキミを探し回っている事は高校中に知れ渡っていたはずさ。なにせ、中学生が高校の教室を一個一個覗いて回っていたという話じゃないか。悪目立ちもするさ」


 くゆりちゃんが俺を探し回っていたというのは初耳だった。

 当時の俺は、人助けだなんて自分のキャラにそぐわない事をやってしまった事を恥じていた。そして、周囲の噂話を意図的に聞かないようにしていたのだ。そのせいでくゆりちゃんの動向も気付かなかったという事らしい。

 俺はくゆりちゃんとは偶然再会したとばかり思っていたけれど、そんな事があったなんて。

 そういえば先程、図書委員の早乙女さんも『名前を教えてあげた』と言っていた。

 くゆりちゃんは、俺があの時ただ見ていただけなのを知っていて、その上で俺に懐いてくれていたのか。

 俺は何だか急に恥ずかしくなった。

 格好つける事が格好悪い、なんて思って斜に構えていた自分が居た堪れなく恥ずかしくなったのだ。

 誇示する必要はなかったとしても、少なくとも自分が関わった事の顛末ぐらいは把握しておいて然るべきだった。

 今となっては、そう思う。


「……そう、でしたか」

「ま、そんなわけだから。キミがいなくなって今、学校がどうなっているかはキミ自身の目で確かめに来てもいいと思うよ。クン太くん」

「クン太は無理があり過ぎでしょう」

「そうかい? あっはっは……さて、モノは相談だがね勘太くん。実は君にどーしても会いたいっていう可愛い子がいるのだよ」

「……それは遠慮しておきます」


 今日のこれまでの出来事から言って、悪い予感しかしない。



「俺はコンビニに行きますので、それじゃ!」


 かんたは にげだした!


「おおっと、逃がさないよ」


 しかし まわりこまれた!


「できれば穏便にご紹介したかったんだがね、仕方ない。おーい!」


 しょうがいぶつは なかまをよんだ!


「……もう、姉さん。勘太クンが怖がってるよぉ」


 しょうがいぶつ2が あらわれた!


 ……つづく!

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