障害物4 カーチャン エリカ

「あれっ、勘太っ。いろはちゃんと遊ぶんじゃなかったのかい?」


 階段から降りるなり、待ち構えていたかのようなカーチャンと出くわした。


「あぁ、そのつもりだけどその前にちょっとコンビニ行ってくるよ」

「あらまあ! 勘太が外に出るんだって?」


 さらっと当然のことのように告げたはずだったが、カーチャンは目をまん丸く開いて大げさに驚いた。


「ちょっとお父さん、起きなっ! 勘太がついに、ついに自分から外に行くって言ってるんだよ!」

「ううーん、もう少し寝かせてくれ、エリカ」


 早朝にもかかわらず、まだ寝ている父まで起こそうとする始末。


「あの、カーチャン。別にちょっとそこのコンビニに行くだけだから」

「何言ってるんだい! 息子の外出を祝わない母親がどこにいるってんだい!」

「それで祝う母親の方が少ないんじゃないかな……」


 カーチャンは俺が何か偉業に挑もうとしているかのように騒ぎ立てる。

 あまりに大げさで居心地が悪い。


「うん。だからね、出かけてくるだけだから」

「いいんだよ、いいんだよ。カーチャンは見守ってるよ。勘太には久しぶりの外出だからね、ちゃんとお祝いしてお見送りしないと勿体ないじゃないのさ」

「……やめてくれよ、カーチャン。中学までは出かけるぐらいで何も言わなかっただろ。だからそんな、特別な事じゃないんだ」


 俺は自分に言い聞かせるように言う。

 すると、カーチャンはふっと姿を消してしまった。

 何かを物置に取りに行ったらしい。台所よりさらに先の家の奥からガサガサと音がする。

 そして戻ってきた時のカーチャンの腕には、四角い板のようなものが乗せられていた。


「こんな事もあろうかと、作っておいて正解だったね!」


 カーチャンが持ってきたのは、家の周辺をミニチュアにしたジオラマのような地図だった。


「いいかいっ、勘太。あんたが行こうとしているコンビニはもう無いんだよ!」


 カーチャンはジオラマから、以前の通学途中にあったコンビニの模型を取り外した。


「何だって!? あそこが家から一番近かったのに!!」

「残念だけどね……それが現実なのさ」

「じゃあ、今ウチから一番近いコンビニは、まさか!」

「そう、線路の向こう側……国道沿いのマンションふもとにあるココだよっ」

「そんなッ! 直線距離なら確かに近いけれど踏切が遠くて行きづらいのに!」

「安心しな。勘太が徒歩で行くなら大丈夫さ。2ヶ月前にココに歩道橋ができたんだよっ」


 カーチャンはジオラマに小さなパーツ、歩道橋を付け加える。

 確かにカーチャンに説明される度に、自分が街を出歩いていた頃の街並みとは異なっていることが明らかになっていく。

 俺は記憶に補正を加えながらコンビニ進攻へのルートを再構築していく。


「でもね、勘太。ここのコンビニはフランチャイザーの経営不振で契約を変えているのさ」

「な、なんだってー!」

「今ではチェーン加盟をやめて独自ブランドに切り替えているんだよ……」

「という事は……」

「品ぞろえには、期待できないね……。賞味期限スレスレのカップラーメンを老人相手に売りつけるケチな店に変わっちまったのさ」

「不況の波が、こんな所まで来てるのかよッ!」

「大丈夫、希望を捨てるんじゃないよっ! 歩道橋ができたおかげで新しい道が開けているんだよ」

「新しい……道!?」

「遠すぎて徒歩では行けなかった、国道の向こう側さ……」

「そうかッ! 以前は線路の反対方向に400メートル歩いていた! 歩道橋で線路を渡れるなら線路側の400メートル圏内も徒歩で攻略できるッ! 線路よりも、国道よりも遠くにッ!!」

「『答え』に辿り着いたようだねっ。つまり勘太が目指すべきは……!」

「隣町のコンビニだァーッ!!」


 俺は勝利を確信した。

 この戦い、勝ち抜いて見せるぞ!


「本当に行くんだね」

「あぁ。きっと帰ってくる」


 玄関でカーチャンに一時の別れを告げる。

 この扉の向こうには俺の記憶に無い世界が広がっているのだ。

 準備は万端だ。攻略のルートは見えている。


「じゃあ、行くよ。カーチャン」

「行っておいで、勘太っ」


 俺はついに、実に数ヶ月ぶりに、この家の扉に手をかけた。

 新しい冒険に胸を期待で躍らせながら。


 さあ行こう。コンビニへ!

 

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