障害物41 サンタクロース ルカ

 それは暑い日だった。

 朝の直射日光に叩き起こされた俺は唐突にひきこもり生活から抜け出しコンビニに行くことを決意した。

 それから俺はいくつもの障害物を乗り越え、いくつもの並行世界を飛び越えた。

 そしてついに、サンタクロースに出会った。


「ホーホーホー、メリークリスマス!」


 眼の前のミニスカサンタは陽気な声を上げている。

 慌てん坊にしたって、早すぎじゃないか!?



「初めまして、私はサンタ娘のルカと申します」


 赤い三角帽子をふわりと揺らしてミニスカサンタはお辞儀した。

 次元ロケットを降りた直後の出来事である。


「何やってるの、ほのかちゃん」

「ドキッ! わわ私は通りすがりのサンタクロースですよおー?」

「まぁ、いいけど」


 本当、ほのかちゃんはコスプレが好きな女の子だなと思った。

 初めて会った時は正体も明かさずにカタコトのチャイナ娘を演じていたっけ。

 彼女の助力なしではここまで来れなかったのだ、俺も少しは付き合おうと思う。



「それでほの……ルカちゃん。俺に何か用?」

「そそそれはですね、お父……あっ、勘太さんに急いでお伝えしなければならない事が出来まして」


 何ともたどたどしく俺たちは会話する。まどろっこしい。


「悪魔ロニの存在を『ほのかシスターズ』が観測しました。因果律に直接干渉し無効化できる、形而上学的な悪魔存在です」

「『ほのかシスターズ』?」

「あぁ、そこから突っ込みますか……ちょっと格好良く言ってみたんですけれど並行世界の北島ほのかの事です。垂直世界にいる北島ほのかを主観者として、並行世界を観測するために各々の世界の20年後からタイムスリップした存在です。全てのほのかは個であり全。並行世界それぞれのほのかが得た新しい情報・体験を、垂直世界のほのかは過去の記憶として思い出し確認する事で他の並行世界のほのか全員にフィードバックします」

「ありがとう、さっぱりわからん」

「ですよねぇ……あはは。悪魔ロニというのは先刻どこかの世界のほのかが観測した存在です。お父さんが好きそうな単語で言うなら、『特異点』みたいなものでしょうか」


 いまこいつお父さんって言った……。

 サンタキャラを演じるの飽きてきたのか?


「ロニという名前はその悪魔本人が自称していたので、どこまで概念的な存在なのかは不明です。ですがその悪魔は確かに原因と結果の繋がりを一切無視して超常現象を引き起こしました。しかも音声出入力のみの曖昧な伝達情報だけで命令に従っていた様子です。この世界に関わりがあるのに、観測者本人の精神だけが悪魔を認識できるのです。悪魔ロニと出会ったほのかの手記を通じてのみ『ほのかシスターズ』はその存在に気付けました」


 こいつ、話すと長くなるな……。


「簡潔に言うとですね、その悪魔に頼んで元の世界の隕石を消してもらったら丸く収まるかも知れないって事です」

「そんな事ができる程すごい奴なのか?」


 俺も悪魔ロニの姿を見たが、たしかにどんな願いでも実現できてしまいそうだった。

 叶えて貰う為にどんな代償が必要なのか分からないけれど。



「悪魔ロニに頼む事ができれば、似た可能性の世界ではなく、本来のお父さんの世界そのままで生き残れるかもしれないの。それに賭けてみたい」


 ほのかちゃんは申し訳なさそうに俺に言った。

 これまで何度も次元を旅してきた俺だが、確かにどこの世界にもそれなりの適合性を必要とされている気がした。

 本当の元の世界でそのまま生きられるなら、その方が良いと思った。

 だから俺はほのかちゃんの賭けに乗る事にした。



「お父さんにはまた垂直世界に行って貰うね。それと、私の役目ももうおしまい。今、全ての『ほのかシスターズ』が各自の未来に戻って行っているわ。今お父さんに出会えた私だけが、またお父さんを垂直世界に送り出す為の役を担うの」


 もうサンタのキャラに飽きた事を隠さなくなったほのかちゃんが、空飛ぶトナカイのソリを呼び寄せながら俺に言った。

 俺とヘーハチはもうほのかちゃんに従うのみで、ソリの後部座席に座ったまま次の展開を待った。


「それじゃあ行くよ、メリークリスマス! アンド・ハッピーニューワールド!」


 ほのかちゃんが鞭を振るうとトナカイたちが一斉に空に向かって走り出す。

 凄まじいスピードでぐんぐん上昇しながら駆けあがっていく。

 やがてオーロラのような虹色の膜を見つけ、そこに向かって加速して行く。

 時空の狭間だ。今回は上からではなく下から突っ込む様だ。

 ほのかちゃんは次元の狭間に突入する直前に振り返り、精一杯の笑顔で言った。



「いっぱい振りまわしちゃってごめんね、楽しい時間をありがとう。また未来で会おうね。お父さん…」

「ほのか……」


 俺が返事をする前にソリは虹色の膜を通過し、ソリの上からほのかちゃんだけが消えていた。

 ソリはゆっくりと、俺たちが初めて次元ロケットに乗った異次元の平野に向かって下降して行った。

 平野には見慣れたロケットと、地下道の出入り口と、その隣に草原の上に唐突に置かれた木製の机があった。

 ソリから降りた俺とヘーハチは、木製の机の上に置かれたメモ用紙を覗きこんだ。


 『悪魔ロニを探して、元の世界に帰れ fromほのか』

 簡潔に書かれたメッセージに、頼もしさを感じる。

 最後まで導いてくれてありがとう、ほのか。

 俺は必ず、コンビニに行くよ……!


 

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