障害物36 セクサロイド 八千穂
「見損なったでござるよ、勘太どの」
次元転移のため跳躍したロケットの中で、不満に口を尖らせてヘーハチが言った。
「不可抗力だ……」
俺だってわざと巨大娘の身体の上を滑ったわけじゃない。
やましい気持ちなんて無かった。多分。
「そういう事に興味があるなら拙者に命じてくださればよろしかろうに……拙者だって女の子なんだし」
自身の豊満なバストを見下ろしてヘーハチが何か呟く。
「うん、何か言った?」
「言ったでござる! もう、勘太どのの鈍感!」
ぷくーっと頬っぺたを膨らませてヘーハチが抗議する。
ヘーハチの申し出はありがたいけど、困るんだよなぁ。
引き締まった体を恥ずかしげもなく簡素な忍者装束で包んだだけの姿は確かに劣情を催しかねないが、ヘーハチはあくまで旅のパートナーだ。
彼女の戦闘力あってこそ、俺はこの旅を続けていられるのだ。
だからそれ以上の要求を彼女に対してするなんてできない。
それに次元を旅する度に未来の娘のほのかちゃんと会うのだ。何か事があれば気まずい事になってしまう。
そんなわけで俺はヘーハチを異性として見ないようにし続けているのだった。
次に辿り着いた世界では、ルーズソックスをはいてコギャル風のファッションとなったほのかちゃんが出迎えてくれた。
何故毎回服装が違うのかと尋ねてみたところ、垂直世界のほのかちゃんの指示で並行世界のほのかちゃん達はそれぞれ別の服装をして出迎える事になっているらしい。
「お父さんが服を見て、違う並行世界に辿り着いた事を実感できるようにね」
との事だった。
ほのかちゃんなりにそういう気遣いをしてくれていたとはありがたい。
俺がロケットに乗っているうちに早着替えしていたわけではない様だった。
さて俺が再びコンビニに向かうと、今度はコンビニに踏み込む前に異変に気付いてしまった。
コンビニの外のゴミ箱に肌色の棒状の何かが2本突き立っていたからだ。
その2本の根本にはフリルのついた黒い下着が。
と、ここで俺はその棒状の物が人の足だと気付いた。
「うわあああ? 何やってるんだ!」
俺は慌ててその2本の棒状の物を抱えて引きずり上げた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
その身体は異様に重く、ヘーハチにも手伝ってもらってようやくゴミ箱から取り出す事ができた。
やっぱり人だ。女の子だ。
「もう、何やってるんだよ!」
俺は女の子に食ってかかる。
あんな所でぱんつ丸だしにして逆立ちしているなんてどうかしてる。
「いいんです! ほうっておいてください! 八千穂はもう用済みのゴミなんです!」
女の子は膝を抱えてさめざめと泣いた。涙は出ていないが。
「うーん。そうは言っても……ゴミ箱に突き刺さるのはやめた方が良いと思うな」
語気を弱めて俺は八千穂ちゃんをなだめる。
「じゃああなたが私を役立ててくれるんですか!?」
泣き顔のまま、キッと睨みつけるように八千穂ちゃんは俺に顔を向けた。
「役立てるって……」
「私で性処理をしてくれますかと言っているんです!」
八千穂ちゃんは公衆の往来でとんでもない事を叫んだ。
「私の存在理由はそれだけだったの……なのにあの人は抱いてくれないから……きっと私が要らないんだわ」
何か、重い話になってきたな……。
「だからもう私、誰かが抱いてくれなければ存在理由がないんです!」
八千穂ちゃんはまた顔を伏せてしまった。
なんというか、対応に困る。この手の話はヒキコモリ高校生の俺にはまだ分からない。
「勘太どの、そのおなごはセクサロイドでござる」
ヘーハチが俺に耳打ちする。聞いた事がない単語だ。
「要するに、男性の夜伽のお相手をする為だけに作られたロボットでござるよ」
俺から見れば八千穂ちゃんは普通の女の子にしか見えないが、サイボーグであるヘーハチには何か察知できる物があったらしい。
「所詮ロボットはロボット。粗大ゴミになりたいというならば捨て置くしかないでござる」
ヘーハチは無情にもそう言った。
でも、そういう物なのかもしれない。
人間のように見えるから、人間の様に喋り、反応するから、どうも八千穂ちゃんに気を引かれてしまう。だが中身は機械ならその反応も全てプログラムと言う訳だ。
「ねえ、あなた。試しに私を使ってみない? 見た所、だいぶ溜まっているみたいだけど」
くすくすと今度は悪女の頬笑みで八千穂ちゃんが俺に持ちかける。
まぁ、たしかに。この所ずっとヘーハチやほのかちゃんと旅をしてばかりいるせいで自分自身のメンテナンスを怠っていた。だができるわけがない。護衛と称してトイレの前までヘーハチがついてくるような状況で。
「そなたの援助は不要でござる! 勘太どののお相手は拙者が引き受ける!」
ヘーハチはいつになく好戦的に八千穂ちゃんに突っかかっている。
なんだなんだ、やめてくれないか娘の前でそんな事を言うのは。
心配になってほのかちゃんの方を振り返ったが、大丈夫だ。
ほのかちゃんは魚市場の冷凍マグロのような目をして意識を飛ばしていた。
実親の性処理の話は聞きたくないのだろう、無理もない。
「そう、じゃあやっぱり私は不要なのね!」
八千穂ちゃんは再びゴミ箱に頭を突っ込み始めた。燃えないゴミの方だ。
俺が止めようにも八千穂ちゃんは意外にパワフルで、軽々と振り払われてしまった。
もうどうにもならないのか。
そう思った時、水色のトラックがコンビニ前に停車した。
ゴミ収集車だ。
「……八千穂?」
収集車から出て来た青年は八千穂ちゃんの姿を見て名前を呼んだ。
知り合いか?
「レイジさん……」
ゴミ箱に入ろうとしていた八千穂ちゃんも動きを止めて振り返り、青年に呼びかけた。
「こんな所で何をしているんだ八千穂。送ってあげるから帰ろう」
レイジ青年は八千穂ちゃんの腕を取り、ゴミ収集車へと連れて行こうとする。
あれほど重かった八千穂ちゃんの身体を、青年は軽々とお姫様だっこしてしまった。
「いや、離して! 私の事はもう要らないんでしょ!? 全然抱いてくれないじゃない!」
「八千穂、言っただろ。君を愛してるんだ。君の存在理由は一つだけじゃなくなったんだよ」
「そんなの分からない……プログラムされてないよぉ」
「いいんだ、分からなくても。でも覚えておいて欲しい。こうやってただ僕に抱き締められるのも、君の役目だ」
「レイジさん……」
そして二人は幸せなキスをした。
取り残された俺たちはそのままコンビニに入る気力もなく、次の世界を目指す事にした。
俺がいた世界にはセクサロイドなんて実用化されてなかったしな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます