謝罪はパイプ椅子のように
実に理に適っている。
大統領はそう思わざる得なかった。
何故人間の関節はこの様な曲がり方をしているのか? その答えの全てが、ここに詰まっていると思えた。
食い逃げのタッチダウンには失敗した。
そして、メイド喫茶の奥の部屋に連れて行かれ、さっきまでの笑顔は何処へやら、怒り狂うメイド達に土下座しながら、大統領はそう思った。
人間という生物は土下座を基本にして生まれて来た生き物である。
まず、足首の関節、そして膝の裏の関節、さらに股関節、腰、首に至るまで、全ての関節を折り目の通りに追って行くと出来上がるジャパニーズ土下座の姿こそが人間の真の姿なのだ。
ここまでコンパクトに折り畳んだ人間ならば、邪魔にもならず、部屋のインテリアの雰囲気を壊す事もなく収納できるのである。
そこまで考えると人間は土下座をするために生まれて来たと言わざる得ない。「生まれてすいません」とはよく言ったものだが、しかし、それは真理ではない。
──すいませんの為に生まれました──
なのだ。
だからこうやって自分が誰かに謝罪しているのは、とても正しい行為なのだ。大統領は謝れば謝るほど、自分が好きになって行った。
「謝ってないで、食った分の金、どうするのかって聞いてんだよ!」
しかし、さっきまであんなに天使の様にニコニコしていたメイド達は、大統領の精一杯の土下座に、心にもない言葉を返してきた。
「この780億円、どうしてくれんだよ!」
どうしてくれる? と、言われても、困ったものだ。
何故なら今のアメリカにはお金なんて存在しないのだ。全部、使ってしまったのだから。
払うのは不可能。だから食い逃げしたんだから。神が「お金あれ!」とビッグバンを起こさない限りは、このメイドの夢を叶える事はできない。
「満足させられなくて、すいません」
大統領はまた謝った。
まだ、自分が好きになった。
これは倍々ゲームで帰ってくるぞ。もう、食い逃げして良かったと大統領は思っていた。
「金がないなら、どうするんだ!」
すると文句を言っていたメイドの声が、聞き覚えのある男の声に突然、変わった。
誰だ?
大統領は顔を上げた。
「誰が顔を上げて良いって言った!」
大統領の目の前には、目を血走らせて激怒している、あのバカ市長の顔があった。
あれ? なんでコイツ、メイド側にいるんだ?
実はメイド喫茶に入っている間、気を失っていた市長は店の隅に雑に寝かされていた。
その為、食い逃げをする時、逃げるアメリカ人は全員、彼のことを忘れて店から走って逃げたのだ。
一人、店に残された市長は目を覚まし、鬼の様に怖いメイドに連れて帰ってくる大統領達の情けない姿を店の中から見たのだ。
「おい、大統領! どうすんだ! この780億円はっ!」
市長はさっきまで靴をぺろぺろ舐めていた大統領にレシートを突きつけた。これぞ、戦国時代だ。
「ここで働かせてください!」
市長は、大統領がメイドに首をとられた絶望を糧に「この冷凍食品のハンバーグの味に惚れました!」と頭を下げて、メイド喫茶の店員に早変わりしたのであった。
だから今、市長が大統領を怒鳴っているという事である。
「は、働いて返します!」
大統領は精一杯の反論で、そう答えた。怒りは今は抑えるしかない。
金がないなら働け。
それが資本主義の基本中の基本だ。
アメリカ人は怠惰な人間ではない。たった870億円くらい、働いて体で全部返してやる!
「働くって、どこでだ?」
「このメイド喫茶で、働かせてください!」
大統領がそういうとメイド達は顔を顰めた。そして、お互いの顔を見合って笑い出した。
「ここで働くって、仕事なんかある筈ないでしょ」
メイドの一人の言葉に大統領は「え?」と顔をあげた。
「ここは巨人のブリーフの上にあるメイド喫茶よ。こんなところに来る客なんているわけないでしょ!」
「な、なんだって!」
じゃあ、なんでこんなところにメイド喫茶があるの? と、聞きたいのは山々だったが、それは置いといて、
「じゃあ、我々はどうすればいいんですか!」
大統領は立ち上がって、メイド達に怒りを露わにした。
それもそのはず、お金が無いから食い逃げしたのだ。
だから、金を払えずに食い逃げした。
だから、アメリカ国民は働いて、金を返そうと言ったのだ。
なのに「客が来ないから無理だ!」である。こんな理不尽があって良いのか!
「黙れ、大統領!」
市長がメイド達を守る様に立ちはだかったが、大統領は続けた。
「これが黙らずに言われるか! 我々は体で精一杯に反省の気持ちを伝えようとしたら、客が来ない! こんな屈辱があってたまるか! 我々の行き場のないこの反省の気持ちはどうすれば良いんだ!」
「その前に食い逃げした方が悪いんだよ!」
「こんなところに店があるから食い逃げしてしまったんだ! なんでこんな所にメイド喫茶があるんだ!」
「それは……」
市長は口ごもった。
何故ならさっき店員に、メイドになったばかりの市長は、何故ここにメイド喫茶があるのかを知らなかったのだ。
このチャンスに大正義アメリカが息を吹き返した。
絶えず、正義の名の下に動くアメリカという国の不思議なパワーによって、いつの間にかメイド達こそが真の悪と化していたのだ。
食い逃げが悪いのではなく、こんな所にメイド喫茶を置く方が悪いのだ。
「ちょっと、埒が開かないから店長呼んで来てくれない?」
「はい!」
市長はメイドに命令され、奥の部屋へと走って行った。
アメリカの正義に負けたメイド達は、奥にいる更なる悪を召喚しようとしている。
大統領は、むしろ湧き上がる闘志を抑えられずに笑った。
なんでも来い。
全ての悪を倒して来たからこそ、アメリカ合衆国という巨大な国を作り上げたのだ。
どんな悪が来ても、一歩も引かない。
それが大統領の気持ちだった。
「なんだ、なんだ。揉めてる馬鹿野郎ってのは!」
「はっ、店長! あの馬鹿野郎達です!」
市長のバカに先導され、店長がやってきた。
どんな悪魔がきたか、大統領はその顔を確かめようとした!
「おい! アメリカの馬鹿野郎ども! この俺様の聖域で食い逃げを働いて、生きて帰れると思うなよ!」
「ジャスティスに向かって威勢だけは一人前の様だな。この諸悪の根源め!」
「なんだと、俺のパラダイスに土足で足を踏み入れて、ジャスティスだろうが許さねぇ!」
と、顔を見ると、大統領は見覚えのある顔に「あれ?」と思わず声が漏れてしまった。
「お前は、オッペンハイマー君ではないか」
そう、その姿はこの巨人のブリーフを目指すよりも少し前に、市長が捨ててしまった男、オッペンハイマー君であったのだ!
「あれ、大統領? こんなところで何をしてるんですか!」
「君こそ、ここで何を!」
その後、オッペンハイマー君から、あらましを説明した。
市長によって巨人の体に捨てられた男。
しかし、彼はここにいるメイド達によって助けられたのであった。彼女達は巨人のブリーフにある自分たちの巣にオッペンハイマー君を持っていき、そこで彼を治療した。
元気になった彼はお返しに彼女達にメイド喫茶の文化を与えて、そこで店長になることで恩返しになったのだった。
「と言うわけなんです」
とオッペンハイマー君が説明し終わると、アメリカ国民達は『なんでコイツはいつも女のリーダーになるんだろう?』と疑問に思った。
小学校の時、女子と仲良くしていて、男子に嫌われていた優等生のことを思い出す、アメリカ国民達。
大統領は改めてメイド達の姿を見た。
食い逃げすることばかりしか頭に無かったが、改めて見るとこれだけ大量のメイド達がいるのに、全員、美人じゃないか。
なんで、こんな美人の方々が、こんな冴えない男の言うことを聞いているのか。ここはラノベか?
「彼女達は、どうもチチンコ族の方々みたいなんです」
「なにっ!」
大統領達は、驚いて改めて、メイド達の姿を見た。
あの、垂れた乳房で空を飛んでいた見苦しいお婆ちゃん集団の若かりし頃の姿が、このメイド達だと言うのか!
「だから、なんとなくノリが分かったんです」
「しかし、何故、チチンコ族がこのブリーフにいるんだ!」
「私の考えが正しければ、このブリーフこそが本来のチチンコ族の棲家なのだと思います」
「なんだって!」
「おそらく、我々が見ていたチチンコ族の方々はこのブリーフから飛び立って、外の世界に出て来た人々だったのでしょう。そして、彼女達は、ここから離れて脇毛に住む様になった」
「しかし、彼女達はババァで、このメイドさん達は若くて美人、全く別物ではないか」
その時、店の隅でかかっていたラジオから「ぴっぴー!」というホイッスルの音と一緒にアナウンサーの声が聞こえてきた。
『おーっと、ここで試合終了のホイッスルだぁ。日本、第二次世界大戦は惜しくもアメリカの前に敗れました』
「これは」
大統領はラジオから聞こえてきた声に耳を疑った。
「今のは第二次世界大戦が終わった時の試合中継じゃないか!」
それはアメリカが日本に勝利を収めた、あの第二次世界大戦の試合終了を告げるホイッスルだったのだ。
「このラジオは録音か?」
「いえ違います」
大統領の質問にオッペンハイマー君は冷静に答えた。
「という事は、今、この巨人のブリーフの上は1945年という事になるぞ」
「その通りです、大統領。つまり、大昔だから、ここにいるチチンコ族の女性は若いままなのです」
大統領はオッペンハイマー君の話を聞く事にした。
そして、食い逃げはいつの間にか、有耶無耶になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます