お母さん解禁
翌日。
男たちはブリーフ山に向けて旅立った。
さらば、右乳首、次に帰るときはまた大きな男になって戻ってくるぜ。
一億人以上いるアメリカ男子達は好きな子と隣同士になり、一列で股間を目指して歩いていく。
「なんか、精子だった頃を思い出すぜ」
一人の男がボソッと言った。確かに、昔、男たちは母親の母体から産まれるために父の股間を旅立ったのが精子の頃。
人間になって戻って来ます、と母の体へと旅立ち、今日まで大きく育ちました。
そして、なんの因果か、今では世界の母親を取り戻すべく、もう一度、あの「もう2度と戻らない」と誓ったはずの男の股間へと歩いているのだ。
「俺たちは何か変わったのだろうか?」
ブリーフへと歩いていく道中、男たちはみんな無言でそんなことを考えていた。
俺はお父さんとお母さんに恥じない人生を送れていただろうか?
産んでもらった感謝。
育ててもらった感謝。
それをちゃんと地球にお返しできているだろうか?
巨人の上には何もない。常に己と向き合うため、見渡す限りの大平原の景色が用意しされているだけだ。
ブリーフへ向かっている間、隣にいる仲良しの友達との話も尽きた頃、あまりにも暇すぎて、みんな、自分自身へ問いかける。
己の今までの人生を振り返ったアメリカ男子達は、あまりにも惨めで下品で、女のケツばかり追いかけていた情けない人生を送っていた自分を恥じた。
やはり、自問自答はやめよう。
また、隣の仲良しと会話を楽しもう。
男の世界ではど定番の遊び、下ネタ限定しりとりを始める一同。
しかし、「ブリーフは下ネタか?」という事で友人と喧嘩になり、「いや、ブリーフは盾だろ」と殴り合いにまで発展してしまう。
やめろやめろと男子が暴れる中、列の中にいた警察が飛んで来て、なんとか事を収めた。
しかし、それからは「ブリーフは下ネタ派」と「下ネタじゃない派」が列の中の秩序に生まれてしまった。
男達の間に明らかに大きな亀裂が生まれた事で、また男子達は無言になってしまった。
そして再び始まる自問自答。
男達の脳裏に恥ずかしい過去が蘇る。
「うんこを漏らすぐらいなら、野糞をしよう」と公園でウンコをしていたら小学生たちに見られてしまった過去。そして、野糞をしていた近所の妖怪として小学校の伝説にされてしまう。「こんな事ならウンコを漏らした方が得だった」と後悔した過去。
男達の脳裏に駆け巡る数々の黒歴史。
そんな日々が一ヶ月続いた、ある夜。
キャンプファイヤーを囲んだ一億人のアメリカ人は、連日の自問自答に苦しみ、ついに頭を抱えてしまっていた。
キャンプファイヤーの前で市長が出し物をやっても誰も笑わないし、終わっても拍手すら起こらない。
あまりにも虚しい気持ちを味わい、毎晩、死ぬほど練習していた市長は耐えきれない心の傷を負ってしまった。
巨人の上をピクニックするというのは、あまりにも人間には酷な拷問であったのだ。まるで山奥の何もない山小屋に籠り、何ヶ月も自問自答する荒業のような状態が歩いている間ずっと続くのだ。
何もない絶景の景色もない巨人の上を歩くというのは、それだけで並大抵のことではないのだ。
翌日。
ついに列の中にいた一人が発狂し、列を離れ走り出した。それを皮切りに、堰を切ったように頭がおかしくなったアメリカ人が奇声を上げながら次々と隊列から離れて行った。
「大統領!」
「放っておけ!」
避暑が心配そうに走っていく国民を見たが、大統領はその人々に目もくれず、先頭を歩き続けた。
犠牲はいつの時代もつきもの。得る物のためなら、どれだけの犠牲も払うつもりの大統領は、すでに覚悟を決めていたのだ。
次々と列を離れていく国民には目もくれず、花山さんのいる左乳首目指して、真っ直ぐ前へ進んでいった。
その大統領の無慈悲さは、その夜、ついに爆発する。
みんなでビンゴをやっていた時、一等を当てたアメリカ人が全く喜びもせず、無表情に商品を受け取ったのだ。
これに遂に大統領が怒りをあらわにした。そして、一等を当てた国民の顔を何も言わず思いっきり殴ったのだ。
これを見た瞬間、それまで己の心の闇に飲まれかけていた他のアメリカ人たちはビクッと顔を上げた。
あの大統領が怒っている。
アメリカ国民としてアメリカの国技であるビンゴを楽しまないなんてのはあるまじき行為だ。
しかも一等の商品は、今まで誰にも読ませた事のない大統領の日記をプレゼントされたにも関わらず、「すぁんくす」と死んだ顔で腑抜けた声で言ったものだから、大統領はお怒りになられたのだ。
「これがアメリカ人か、情けない!」
大統領はその後、一言も発せずに自分のテントに帰って行った。
「ビンゴの前からお前たちの心が弛んでいるのは分かっていた」
市長がその後、反省会と称して、焚き火を囲んでみんなで話し合った。
まず市長がビンゴの前にやった渾身のコントを誰も見ていなかった心の傷をここで癒しておきたいという気持ちもあった。
「お前たちはビンゴもさることながら、私のコントすら見ていなかったのではないか?」
その市長の一言にアメリカ人たちは顔を見合わせた。
そんなのやってたっけ?
知らん。
なんか自分のクソみたいな人生を振り返っていて、ハエの羽音みたいな声が聞こえるとは思っていたけどよ。
「黙れ! 腑抜けども!」
市長は一喝した。この心無い国民達の一言は流石の市長も許せなかった。
右乳首市が再編してからクラスのお調子者というポジションを手に入れた市長。クラスのお調子者として、キャンプファイアでコントをやるというのは市長にとってはかつてからの夢であった。
そしてキャンプ初日から、必死に練習していたコントを披露しても、一億人もいるアメリカ人は誰も笑わない、見てすらいない、拍手すらない。
じゃあ、私は何を相手にコントをしていたんだ?
市長は毎晩、コントを無視されながら、誰にも気付かれず、心に傷を負っていたのだ。
「お前達が私の渾身のコントを無視していた事も、さっきの大統領の怒りの拳の中には入っていたはずだ! 気を引き締めろ!」
「市長。そうは言っても、これ以上、この何もない巨人の大地を歩くのは精神が耐えられません!」
国民の一人が発言をした。
「それと私のコントを見ていなかったのと何か関係があるのかね?」
しかし、市長はその国民の勇気ある発言をジロリを睨んで一蹴した。国民一人の悲しみなど、市長のコントの前では無力なのだ。
そして、怒りによって市長の禿頭が突然赤く光り出したのだ。
こいつ、何かに変身するぞ……
赤く光る化物を目の当たりにし、恐れを抱いたアメリカ国民は「市長。コントをもう一回、やってください」と市長に頭を下げた。
すると、市長の赤い頭は発光を止め、怒りの顔がえびす顔に変わっていった。市長は「そう頼まれたらしょうがない」とニヤニヤしながら、またコントの準備を始めた。
「イヤイヤだぞ? イヤイヤやるんだからな?」
そう、念を押す市長のニヤけた顔が、誰の人生のベスト3に入るほどの「あんな大人にはなりたくない」という情けない顔であったそうだ。
その後、爆笑に次ぐ、爆笑。
半強制的に全米を笑いの渦に巻き込んで満足した市長。こんな楽しい事がこの世にあるなんて。
満面の笑みを浮かべて、コントの片付けをする市長。
「さてお遊びはこれまでだ」
と、コントが爆笑して満足した為、「もう要はない」と一瞬で仕事モードに切り替わった市長。
このオンオフの切り替わりにアメリカ国民は度肝を抜かれた。
「おい! そこ、いつまで笑っているんだ!」
と、自分のコントに嘘笑いをしてあげている国民に向かって怒鳴る始末。オンオフの切り替えが異常に早い。ここだけは見習いたい。
「明日、大統領が怒られたら、それこそアメリカ国家存亡の危機だぞ。お前達、分かっているのか!」
市長が突然、怒鳴った。
あんなコントやった後で、どのテンションで怒っているんだ?
しかし、市長の言う事はもっともであった。
みんなで「着いていく」と言ったにも関わらず、日記をもらって嬉しそうにしないなんて無様な姿を晒してしまったのだ。「じゃあお前は、誰の男の子の大事な物が欲しいんだよ」と言う話だ。
さらに連日の神経衰弱、これが世界一の国民、アメリカ合衆国の国民が見せる姿だろうか?
「ハゲ様」
その時、一人のアメリカ人が立ち上がった。
市長は「おい、ハゲ、呼ばれてるぞ」と役員の方を振り返った。自分だと気づいていないようだった。
「このままでは我々は全員、己の精神に負けてしまいます。ですから、アメリカ名物『お母さん解禁』の許可をお願い下さい!」
「なにっ! お母さん解禁だと!」
その国民の勇気ある進言に市長は驚いた。
「しかし、『お母さん、解禁』は!」
「市長、私もそれしか方法はないと思います」
ハゲの後ろにいた大統領の右腕、ナンバー2の秘書が言った。
「しかし、我々は泣く子も黙る天下のアメリカ国民なんだぞ! お母さん解禁はあまりにもリスクが高い! こんなところを他の国の奴らに見られたら……」
「私もそれしかないと思っている」
その時、テントから大統領が出てきた。
「ハゲ!」
市長は思わず、大統領をそう呼んでしまった。大統領はハゲていない。
「私が許す。明日からアメリカ合衆国は『お母さん解禁』だ」
うおおおお!
大統領のその言葉にアメリカ国民は盛り上がる。
お母さん解禁、それは男の核兵器が解禁される瞬間であったのだ。
そして翌日、アメリカ国民たちは最終兵器、『お母さん解禁』を発動し、ブリーフ山への長い道を歩き出したのであった。
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