女は弱しされど母は強し
翌日。
アメリカ人たちは再び、あの何にもない巨人の体の上を歩き出した。
しかし、昨日までの己の闇に打ち拉がれ、疲れ果てた男の姿はそこにはなかった。
それはそれは凛々しい顔をした、アメリカ男児の名に恥ない男達です。
昨日までの頻尿な表情からは想像できない、まさに世界一の国と言われる国民に相応しい顔をしたアメリカ国民達の行進がそこにあったのだ。
発狂する者など、もはやどこにもいない。
大統領を先頭にみんなが前を向き、前に進んでいく。アメリカには前に進むと言う言葉しか無いのだ!
「お母さんは優しいぞ!」
と、列の誰かが突然叫んだ。それに反応するかのように、男の周りにいたダンディー達もこれに続いた。
「俺のお母さんも優しいぞ!」
「俺のお母さんもだ!」
「俺のお母さんなんか、俺が20まで寝る前に本を読んでくれたぞ!」
「俺のお母さんなんか料理がすげえ上手なんだぞ!」
「俺のお母さんのミートパイなんてサイコーだぜ!」
男達は歩きながら一斉に自分のお母さんを自慢し合い出した。それは砂糖に群がったアリ達の如く。時には言い合いになり、喧嘩を始める者達まで現れた。それでいいんだ。
しかし、威勢がいいのは元気な証拠。戦場の気持ちが戻ってきたぜ。
「俺はお母さんが大好きだぁ!」
「俺の方がお母さんが大好きだぁ!」
男達はその大好きエネルギーを足に蓄え、前に進んだ。男はみんなお母さんが大好きだ。
これがアメリカ名物『お母さん解禁』である。
男が自分に正直になった時、己の潜在能力を全て解き放ち、無限の力を得ることができるのだ。
結婚式で新婦はこぞって「私が新郎を夫に選んだのは、お父さん、あなたに似ていたからです」と涙ながらに手紙を読んで会場の涙を誘うが、その時、新郎はいつも心の中で思っているのだ。
「お前だって俺の母さんに似ているじゃないか!」
その一言を言う壇上すら用意されず、男達は涙を流した。なぜ、男にはそれを発表する機会が与えられないのか?
家で普通にしている時にそれを言ったって、ただの馬鹿ではないか。
「進めぇ!」
「うおおお!」
今、アメリカ人の男全員が一つになった。一人一人、違う顔をしたお母さんだけど、同じお母さんを愛した男達。
巨人の青空に一人一人、違うお母さんのニコニコした顔が浮かんでいるんだ。
「お母さんが大好きだぁ!」
「お母さんが大好きだぁ!」
もはや、彼らの心を貪る闇など存在していない。なぜなら、彼らは生まれてくる時にお母さんから最高のプレゼントをもらったからだ。
「愛」と言う名の。
しかし、この「お母さん解禁」は核兵器と同じレベルの代償が付き纏う。
その頃、世界中の国々の軍隊が、ブリーフへ向かう世界最高の国の男達を衛星から監視していた。
もちろん、世界一の男達の隙をついて、自分たちが世界一の国になろうという魂胆からだ。
しかし、どうだろう? 世界一の国の男達は、軟弱にも「お母さんが大好き」と言ってニコニコと行進をしているマザコンの集まりではないか。
これを見た各国の首脳、大統領はニヤッとほくそ笑んだ。
これで、次のサミットや世界会議の時にアメリカの大統領をいじるネタが出来たぞ。
「お前の国はお母さんが大好きなんだって!」と馬鹿にしてやろう! そうすればアメリカは恥ずかしがって、もう世界一なんて言ってられないぞ。
その時、各国のいやらしい首脳達は同時に同じことを思いついた。
「そうだ、この映像を国中に流して、世界中でアメリカを馬鹿にしてやろう!」
そして、その「お母さんが大好き」と言う男の子なら口が裂けても言えない本当の事を恥ずかしげもなく叫んでいるアメリカ国民の姿は世界中で放送された。
「情けない!」
「アメリカ人ってのはナヨナヨ軍団なのか?」
「塩をかけてやれば溶けるんじゃないかw」
それを見た世界中の若者は案の定、アメリカを嘲笑の的にした。しかし、それは予想外にもほんの一部の人間に過ぎなかったのだ!
「畜生! 俺もあんな堂々とお母さんが大好きと叫べたら、きっと素っ裸で学校に行くくらい気持ちいいぜ!」
「ああ! 俺もいつか大声でお母さんが好きって叫んでやる! それが俺の夢だ! さすがアメリカ合衆国! 俺たちの常に先をいってやがる!」
なんと大勢の男達が堂々と己の好きなものを告白するアメリカという名の男の中の男の姿に感動していた。
時代は変わったのだ。
人種差別、性差別、身分差別、差別にゃ色々あるけれど。人類はあらゆる差別を乗り越えてきた。
この瞬間、一億人の勇気ある男達の手柄によって、ついに「人前でお母さんが好き」と言ってしまった奴への差別も乗り越えたのだ!
この瞬間、『LOVE =mother』が完全に証明された。そして、数学者は五人、仕事を辞めた。
それだけではなかった!
「お父さんだって負けてないぞ!」
この行進に反発をした「お父さんだって大好きさ派」の世界中の男達がアメリカ人達に触発され、「是非、彼らと議論がしたい」と巨人に向けて世界中から一斉に行進を始めたのであった。
今、地球は「お父さんが大好き派」と「お母さんが大好き派」で大きく揺れた。それをUFOから見ていた侵略を企てていた宇宙人は、
「チキュウ ハ アイにミチテイル」
と、涙を流し、「母をたずねて三千里」のDVDをツタヤでレンタルしただけで侵略を終え、星に帰って行ったのさ。
そんなこんなで、自分たちが世界を動かしていたとも知らないアメリカ人の馬鹿野郎達は、ついに己の闇に打ち勝ち、「ブリーフ山」の麓にたどり着いたのだった。
若干、お母さんが大好き派が優勢。
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