食い逃げはアメフトのように
意識を失った市長を休ませるべく、大統領たちはメイド喫茶を目指した。
うおおおおおおおおおお!
「いらっしゃいませ、ご主人様!」
アメリカは手を抜かない。
一度休むと決めたら、一切の手加減などせず、全力で休む。アメリカ国民が一斉にメイド喫茶の中へ雪崩れ込む。
そして、我先に喫茶店内の席へ座ろうとするアメリカ国民。まるで椅子取りゲームだ! しかも、椅子は腐るほど余っている椅子取りゲームだ!
「全員座れええええ!」
「うおおおおおおお!」
大統領の声に国民が椅子を引く。そして、腰を落とす!
ミッションコンプリート!
「全員、メニューを見ろ!」
「うおおおおおおおおお!」
店の奥からゾロゾロとメイドたちがやって来て、『こちらメニューになります!』とテーブルにメニューを置いて行く。
そして、メニューのページを開いた。
ミッションコンプリート!
「全員、頼むものを決めろ!」
「うおおおおおおおおおお!」
オレンジジュース。パフェ。ピラフ。
ん?
巨人のブリーフを登って来たタフガイたちの胃袋を満たすには少々物足りないラインナップ。「なるほど、ここはメイド喫茶だ」とアメリカ国民は改めて、己がいる場所を再確認した。
敵国の領海に浮かび、明日戦うために四キロの食糧を胃袋にぶち込む事を義務付けてくる空母の食堂ではない。
ましてやアメリカの、生意気な太っちょなウエイトレスがガムを噛みながら持ってくるTボーンステーキを出すファミレスでもない。
もっと言えば、ピザを油で揚げて、ニコニコと客に出してくる溢れる脂肪が自慢のピザ屋でもない。
日本の、秋葉原の、軟弱なオタクな男たちの、ガムを噛むだけで腹を壊す弱い胃袋を満たすために、お粥じゃカッコが付かないからと編み出したメニューばかりを出してくる……あのメイド喫茶なのだ。
そしてメニューの下には『あーん、三回まで無料』と書いてある。もうここはタフガイなアメリカ国民からしてみれば、ほとんど病院だ。
どうする!
出鼻をくじかれた。
アメリカ人は一斉に頭を抱えた。
徹底的に俺の体内のドMの胃袋を痛めつけてやりたいのに、紙みてぇなカロリーのメニューしかねぇ! 聖書食ったほうがまだ腹一杯になるぜ!
それでも食わないよりはマシだ。
いや、大統領が食えと言ってるんだ! 惚れ込んだ男の命令を聞かず、ここで頼まないのは死だ!
いや、アメ車の燃費の悪さを考えると、下手に食って消化にエネルギーを使うと、食べ物から得られるカロリーより消費してしまい、返って死ぬのではないか?
やはり、メイド喫茶のメニューの燃費の良い日本車を生んだ国の産物なのではないか……
「プリン!」
なにっ!
アメリカ人が一斉に、その一言を放った馬鹿野郎を見た。
ぷ、プリンだと!
馬鹿かコイツは、死にたいのか!
アメリカ野郎のムキムキの腕で、あんな軽いスプーンでプリンを掬ってみろ、それだけでプリンを食べる以上のエネルギーを消費してしまうぞ!
砂漠で砂を食うようなものだ。プリン一個を食った時点で、アメリカ人の燃費の悪さでは餓死するぞ!
だめだ。
このメニューの中には食うものがない。
メイド喫茶を前に、屈強なアメリカ国民は手も足も出なかった。
恐るべし、日本のオタク文化。
アニメで欧米の脳みそを侵略し、メイド喫茶でアメリカ人を餓死させにくるとは、恐るべし侵略行為だ!
はっ!
その時、アメリカ人たちがメニューを前に頭を悩ませている時、大統領が大事な事を思い出した。
「そういえば……今、アメリカには金が一円もない」
そう、女は逃げ、胸毛の収入は無くなり、今のアメリカにはお金が一円もないのだ。その事を忘れ、『休みたい!』と言う欲望に負け、思わずメイド喫茶に入ってしまった!
なんたる失態!
しかも、アメリカ国民は『食えば餓死』という、まだメニューすら来ていない時点で投了寸前にまで追い詰められていた。
これは大統領に判断ミスだ。
さらに、この一億人のアメリカ国民の誰かがメイドさんにメニューを告げた時点で、金がないのだからアメリカは破産し、国そのものが終わりだ。
追い詰められたアメリカ。
何か一個でも頼めば、その時点で終わりだ。
このまま頼まずに、なんとか店を出るか?
「大統領!」
と秘書がメイド喫茶の壁を指差した。
「なっ!」
大統領が振り返る。と、そこには……
──お一人様、ぜーったいに一品以上は注文してにゃん──
と書かれていた。
終わった。
アメリカは完全に詰んだ。
敵国の襲撃を受けたわけでもなんでもない、メイド喫茶に入ったら出られなくなって、アメリカ合衆国が終わってしまった。
ワシントンから続いて来た大統領の系譜も、ここで潰えるのか。
いや、まだだ。
注文すれば終わる。
逆を言えば、誰も注文しなければ、アメリカはずっと生き続ける。心臓を揉み続けてば、人間は物理的に生き続けるのだ。
メイドが痺れを切らすか、アメリカ国民が注文するか。
勝負だ!
「すいません。オレンジジュース!」
なっ!
大統領はその声に耳を疑った。
見れば、意識を取り戻した市長が、手を挙げてメイドさんを呼んでいるではないか!
「ありがとうございます! ご主人様! 一緒にパフェとかどうですか!」
「大統領、パフェ頼んで良いですか?」
ああ、頼め、頼め。
どうせ、みんな、死ぬんだ。
どうする……斯くなる上は一つしかない。
食い逃げ。
そうか!
その時、大統領は閃いた。
アメリカンフットボール。
あの競技は、この日のために先人のアメリカ人達が私たちの体に埋め込んでいたスポーツだったのかもしれない。
走って追いかけてくる敵から逃げて、ゴールまで全力で走るアメリカ合衆国の国技。
まさに食い逃げ。
先人はいつか後世の我々がメイド喫茶から出られなくなる事を想定して、その逃げる方法としてアメフトを遺伝子レベルで埋め込んでくれていたのだ。
アメリカンフットボール……つまり食い逃げだ。
やるしかない。
しかし、いざ逃げるとなれば、まずは食わないのは無礼に当たる。
レディーファーストの国アメリカがメイドさん達の期待に答えず、食う前から逃げるなんて、そんな無礼は許されないではないか。
「オムライス!」
大統領が元気よく手を上げて注文した。
「おお! 大統領が言った!」
まずは食う。そして、逃げる。
それがアメリカの国技、アメリカンフットボールの極意だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます