ベーコンとハムは礼儀です

 翌日。

 右乳首市の市民たちは、窓の外から聞こえてくる大声で起きてしまった。まだ朝だというのに、下品なやつらが外をうろついているようだ。


 世界一の金持ちになった右乳首市、もう昼過ぎから働けばいいのに、なんでこんな朝っぱらから起こされにゃならんのだ!


 市民たちは、外の野良犬どもに怒鳴りに向かうと、


「あ、おはようございます!」


 どこからともなく、礼儀正しい挨拶が飛んできた。

 見ると、昨日、右乳首市に入ってきた新入りのアメリカ人たちが街の床を雑巾掛けしていた。

 それだけでなく、他の人々も「少しでも先輩方に近づけるように」とランニングなどで汗を流し、自主トレを行っていた。

 あんなに長かった金髪の髪の毛も、一から出直すという意味から一億人全員が坊主頭になっていた。

 なんと言う謙虚な男たちか。


「お騒がせしてすいません。先輩方は寝ててください」


 そう行って、新入りのアメリカ人たちは、街の掃除を始めた。


 自分たちが元世界一の国に住んでいたという自惚れなど一切感じない。ただ、まっすぐに『もっと上手い国民になりたい』『今年の国民の世界大会で優勝したい』そういう純粋なまでの向上心、己への妥協を一切持たない、おそるべき国民たち。


 これが、名門、アメリカ合衆国の国民であった。


 アメリカ人が街の浸透し、街の昨日の中心を担うことにそれほど時間はかからなかった。


「ぬうう、アメリカ人、噂には聞いていたが、やはり名門国のレベルは違うな!」


 市長がそう言うと、横の部下が「でも、市長だってつい最近までアメリカ人だったじゃないですか?」と、ツッコミを入れた。

 市長も「よしきた!」と、これに「いっけねぇ!」とお得意のギャグで返すが……どうも、最近、完璧なタイミングで入ったはずなのに、周りの反応が薄い気がした。

 瞬時に「あっ、毛ねぇ!」とのコンビ技で、そこそこの笑いを取ったものの、前と比べると全然、リアクションに手応えがない。

 前は10回やったら10回受けていたのに、むしろ「くるぞ」と、いわゆる『客が待っている』の状態に入っていたのに、今では10回やって3回くらいは「あれ?」と言う無視をされたんじゃないかと不安になる時があるくらいだ。


 そろそろ、このギャグも飽きられてきたのか?


 客のニーズのワガママさに、「すぐに次のギャグを考えなくてはならない」と、市長の中で密かな焦りを感じ始めていた。


「それもこれも、アメリカ人がこの街にやってきてからだ」


 そう、アメリカ人一億人がきたことで、大統領の存在感が強まり、市長の影が薄くなってきているのであった。


 早く、早く、面白いギャグを考えて挽回しなくては。



 そんな中、国民が一億人も増えてしまったのだ。もちろん、従来の右乳首市では住むところが手狭になってしまった。


 例えば、ここに平凡なスケべさが持ち味の平凡な性感帯の男、ゴリゾウ君がいたとする。

 今まで、右乳首市の街があったのは、このゴリゾウくんの乳首に針を刺した時、思わず「あんっ!」と、はしたない声を出してしまう辺りであった。

 しかし、アメリカ人一億人が住むとなったら、街ももうちょっと外側へと大きくしなければならない。


 早急にチチンコ族の人々によって、アメリカ人が住むための街が、右乳首市の外、例えるならゴリゾウくんの針を刺しても「ほふっ」と言うリアクションくらいしか返ってこない辺りにまで、面積は広がっていった。


 さらに右乳首市の面積は広がり、もはやゴリゾウくんが新人のデリヘリに気を使って「気持ちいいですよ」と言う辺りにまで勢力を拡大し、ついにはゴリゾウ君が「こっちは金払ってんだぞ!」と塩を巻き出すレベル、いわゆる乳首の外側にまで『右乳首市』は巨大化を進めた。


 そして、乳首の外に出た時、アメリカ人の度量の深さが現れた。

 なんと彼らは乳首の外側の肌色になっている部分にマイホームを建てると言うのに、自分たちでスーパーで買ってきたハムやベーコンを敷いていき、あたかも『自分たちは右乳首市の一員です』と言う意思表示を示したのだ。


「右乳首市の一員として少しでも乳首の上に住んでいるようにしたくて」


 彼らのこの行為に、それまで新入り市民に敵意をむき出しにしていた、器の小さい初代の住民たちも温かい拍手で彼らを迎えることとなった。


 ついに、右乳首市は乳首の外の未知の領域へと踏み出していったのだ。

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