それ、ロックだろ
「問題がないとは一体、どう言うこと?」
お母さんは冷や汗が垂れた。大統領は真っ直ぐな視線でお母さんの瞳を射抜いていたのだ。
左乳首よりも左にはみ出しておいてこの余裕。これこそが元世界一の国、アメリカの王であった男の貫禄だ。女に貢いで潰れたけど。
「言葉の通りです。右乳首市は今や、左乳首市よりも左にまではみ出しています。しかし、それでいい」
大統領はそう言って、天を見上げた。
ああ、空は今日も青い。天井があるけど、今日も青い。ここ来るとき土砂降りだったけど、今日も青い。なまはげのせいでもう夜だけど、今日も青い。
そう言いたげな悲しい目をしながら、天を見上げていたのだ。
「いや、むしろ……それがいい」
モラルがもう少し低い時代であったら、この瞬間にタバコを足で踏み潰していたであろう。
来るぞっ!
この大統領の全身を使ったポエムに会場の雰囲気は一気に緊張に変わった。みんな、座薬を入れられる瞬間のように肛門括約筋を締め、世界一の男の言い訳に歯を食いしばった。
「たとえ看護師に怒られても、肛門括約筋は締め続けろ、死ぬぞ!」
ここに来る前の職場の課長の餞別の言葉を思い出す者。大統領の座薬はマグナムの弾丸だ。
「ど、どう言うことですか!」
お母さんは怯んでいた。前回はイギリスがいなければ、この男のポエムの前に完全に屈していたのだ。
「右とは何か? 私はこの街に来てからそればかりを考えていました」
大統領が口を開いた。
「果たして左よりも右側にあれば、それは右なのだろうか? いや、それで満足してしまっていいのだろうか?」
「だからと言って、左乳首市よりも左にまで来てしまっているじゃないですか! 左よりも左にあって右とは言えないでしょう」
「いえ、違います」
なにっ!
正論にちゃぶ台返し。大統領が勝負に出た。
プスぃ〜。
この時、会場から一つの意味不明な音が聞こえた。
たった一つの肛門括約筋が締まっても、何の音もしないが、ここにある数千の肛門括約筋が一気にしまったことで、今まで人類が耳にしたことのない音が会場に響いたのだ。
「右乳首市が左乳首よりも左に来て、我々を『フェードアウトした』などと罵る輩もいるでしょうが、我々はそれを右だとは思っていません」
「何ですって!」
「右と言うのは、お箸を持ったり、落語のご隠居が向いたりするだけが、右ではない」
「……じゃあ、あなた方にとって右とは何なんですか?」
「絶えず新しい事へ挑戦する気持ち、それこそが『右』なんです」
え?
「左よりも左に右があってもいいじゃないか! 我々は絶えず新しい扉を開いていかなければいけないのです! センキュー!」
大統領はそういって、握り拳を天に掲げた。
「それロックだろ」と言うロック好きからのツッコミが大統領に入ったが、大統領は聞かないふりをした。「むしろ、それ左では?」と言うちょっと政治に詳しい人からの知的なツッコミもあったが、それも無視した。
何事もなかったかのように大統領は自分の席に戻った。
ひにゅうり〜。
一人の肛門が緩む音は小さいが、これだけの人間が一気に肛門括約筋を緩めると不思議な音がした。
「これから右乳首市は全く新しい右をお見せしていきたいと思っています。絶えず進化する街、それが右乳首市です」
所詮、ただ『旦那たちが置き網漁に使う網を縫いながら世間話するのが楽しい』みたいなノリで奥様方とハムを縫いながらダラダラ話すのが楽しかっただけで、左乳首までも超えてしまった男の言い訳など、この程度であった。
「金返せー」と言う罵倒が大統領に飛ぶが、「うるさい税金が」と聞く耳を持たない大統領。愚民の罵倒など、ありに噛みつかれも同然だ。
大統領のクソのような言い訳を聞き、呆れた客はゾロゾロと会場を後にし出した。
「大統領、市長!」
その時、なまはげの格好をした男が突然、二人の元へ走ってきた。
「どうした!」
なまはげのお面を取ると見覚えのある男。なんと、なまはげの正体は市役所の職員だったのだ。
「花山さんが! チチンコ族と一緒に街を出て行くと言っています! で、左乳首市にお世話になると!」
なにぃ!
その言葉に大統領と市長は一緒に立ち上がった。
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