第26話 愛
「言いたいことがあったら、堂々と面と向かって言えばいいでしょ! それを大きなダンゴムシやお婆ちゃん使って! 街の人に迷惑じゃないの!」
その声に反応し、ゾロゾロと街中の花山さんファンが集まってくる。
「言いたいことがあるんでしょ! 言ってごらんなさいよ! ほら、言いなさいよ!」
天才、天才と褒められてきたオッペンハイマー君、今まで怒ってくれる人が誰もいなかった為、怒られることへの耐性がなかった。俯いて、無言になってしまう。
「自分じゃ何にも言えないの? 男の子くせに情けない!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
その言葉が出た瞬間、オッペンハイマー君の後ろに陣取っていた大統領をはじめとする『自称叱られて伸びてきた男たち』は花山さんが呆れた感じで言った「情けない」の一言に歓声をあげた。
これだ! これを待っていたんだ! ありがとうございます!
と、なんか知らないけど喜んでいるオヤジ達。
一方、オッペンハイマー君は俯いて、グズリだした。
「ほら言いなさいよ! なに、泣いてるの?」
え? 泣いてるの?
すぐさま大統領が後ろから回り込み、俯いたオッペンハイマー君の顔を下から見上げた。
「あああ、泣いてきましたね、これ」
と、大統領は確認するとすぐに後ろへ下がった。まるで車の整備士がオイル漏れでも確認するかのような手際の良さであった。
「泣け」「泣け」「泣け」「泣け」「泣け」
後ろからヤジのようにオヤジ達の泣けコールが聞こえてくる。
赤と白の旗を持ち、立ち膝をついた大統領、オッペンハイマー君が泣いたかどうかを判定するためだ。
「ううっ」
オッペンハイマー君の頬を伝って、落ちていく、大きな雫。
大統領の赤旗が上がった!
「泣いたぁぁぁぁぁ!」
大統領の宣言に、「勝訴!」の文字を見た記者達のようなドヨメキが起きた。
くるか……くるのか……
ドキドキと花山さんに注目する一同。そして……
「泣いてちゃわかんないでしょ!」
きたあああああああああああ!
花山さんの「泣いてちゃわかんないでしょ!」にオヤジ達の歓声が響く。俺たちの勝利だぁぁ!
大統領も「んんんん、っダァアァァァ!」と拳を突き上げ、言葉にできない喜びを体で表現した。
「川柳できました!」
誰だ? 気の利いたことをする奴は?
誰でもいい。読め読め。神様も今日は無礼講だ。
『お母さん 叱ってくれて ありがとう』
いい詠、いただきました。
俺たちが偉くなれたのは、お母さんが叱ってくれたからだ。
喜びから、興奮で殴り合う男達。
花山さんがオッペンハイマー君を叱っている後ろでは、どこのデスメタルバンドのライブですか? っという欲望をむき出した男達の宴と化していた。
モッシュ! ダイブ!
暴動と化す、説教会場。
そこにパトカーのサイレンを鳴らして近付いてくる。
「悪いこはいねぇかぁ」
騒ぎたいだけの市長が、なぜか素っ裸の姿でパトカーを運転しながら現れた。
「悪い子はいねぇかぁ」と、この手錠をブラジャーがわりに巻いているだけの全裸ポリスが、街を取り締まるべく、パトカーを停車させて外に出てきた。
「なまはげだ! なまはげだ!」と叫ぶオヤジ達に、「そうです、私が生のハゲです」とバーコード頭を見せる全裸ポリスの市長。
このオヤジギャグがバカウケ。
「パトカーを燃やせ! パトカーを燃やせぇ!」
大統領の掛け声でパトカーに火が放たれ、ひときわ大きな歓声が上がる。
「うるさいわね、あんた達っっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
しーん。
花山さんの怒鳴り声一つで、地獄の宴は一瞬で強制終了。
全裸ポリスはパトカーの中に着ていたスーツとかを置いてきてしまったが、花山さんの説教に飲まれ、パトカーがどんどん大きな炎を上げていく。
「で、あんたは私に何を言わせたいの!」
花山さんの説教はまだ続いていた。
ここからは大統領達も、正座して聞くことになる。見れば、ロックフェスのメインステージクラスの大勢のオヤジ達が正座をして、説教を聞いていた。
「後ろ、聞こえるぅぅぅ!」
無駄な気を利かせた全裸ポリスの声に、一番後ろから大きな丸が帰ってきた。
ここで初めてオッペンハイマー君が喋った。泣きながら、声をヒクヒクさせながら、言葉を紡いでいく。
「ダンゴムシが、死んじゃったし、胸毛が、無くなったから、謝ってほしくて」
しかし、残念なことに、これはオッペンハイマー君の意見に分がありそうだ。先住民から居場所を奪った罪は大きい。
「胸毛があったら手術できないでしょうが!」
花山さんはブレない。ハンディカムか花山か。
「でも、もともと、ここは僕たちの住んでた場所だし!」
「じゃあ、どうやって手術するの? この巨人さんはね、今病気なのよ。手術しないといけないでしょ? 違う?」
「で、でも……」
オッペンハイマー君も声をしゃくりあげながら、必死で抵抗するが……
「あなたね、自分たちが住んでいる場所が病気なのに、なに勝手なっことばかり言ってるの! いい、巨人さんは病気で、私たちはそれを治しに来たの! それを『奪った」だの『邪魔をした』だの。
自分たちが住んでるところが病気なら、一緒に治そうって少しは思わないわけ?
地球が病気になったら、地球の人々みんなで直すのが当たり前でしょ?」
おお、そうだ!
お母さん炸裂!
これには地の果てまでも拍手で大絶賛だ。
「ほら、ごめんなさいは?」
「ご、ごめんなさい」
オッペンハイマー君は結局、謝らされてしまった。
女は弱し、されど母は強し、そして、朝からやすし。
「で、でも!」
が、ここでオッペンハイマー君が最後の粘り。
「まだ、何かあるの?」
「だ、ダンゴムシが死んじゃったのは……」
これには流石の花山さんも怒れない。小さな命を潰してしまったのはこの街の責任だ。
「それは、しょうがない、私たちの責任だから、謝るは」
だめだっ!
大統領が立ち上がった。そして、周りのオヤジ達も立ち上がり、花山さんを取り囲んだ!
少しでも花山さんが頭を前に下げれば、誰かのオヤジの唇に触れてキスしてしまうという、名付けて、『親父の一番長い壁作戦』で花山さんの謝罪を止めた!
その時であった。
あの巨大なダンゴムシが、気を失っていた自家発電関の元へ歩いて行った。すると、自家発電関のお乳の裏から、死んだと思っていたダンゴムシが現れた。
実は、ダンゴムシ達は地面に付着した子供のフェロモンで居場所を突き止める習性があるのだ。
迷子になった子供のダンゴムシを探していると、ある場所でフェロモンが急に途切れていたことから「人間に潰された」と勘違いをしてしまったのであった。
「いやぁ、なんか稽古してたら、迷い込んじゃったみたいだったので、私の乳裏で保護をしてたんでごわす」
死んでいなかった!
奇跡だ!
一人の力士の愛がダンゴムシを救ったのだ。
お母さんダンゴムシは自家発電に「ありがとう」とニュアンスで言って、子供を連れて帰って行った。
オッペンハイマー君も「ごめんなさい」と街の人々に謝って、その日は帰った。
花山さんも、仕事の続きをするために病院に帰った。
全ては解決し、戦争は終わり、街には平和が戻ったのであった。
右乳首市は救われたのである。
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