青春はいつだって背中にある
アメフトの原型は日本のコミケだと言われている。
洗濯機が溢れるこの現代で我先にと汗まみれのTシャツでエロ同人誌へと飛びつく日本のオタクたち。
その光景を見たアメリカの人々は、その欲望丸出しの無様な姿に関心を抱き、そして深く分析をした。そして「深い!」と膝を叩いたという。
なぜなら、コミケをよく見てみよう。
この世には弱肉強食という言葉がある。
弱い者が肉となり、強いものが食べる。これが自然の摂理である。
なのに、いざコミケとなるとこれが逆転するのだ。
強い者が肉となり、弱い者が貪る。
まさに強肉弱食。
ここに世界のバランスがあっという間に崩壊したのだ。
これに感心したアメリカの人々は「これを我が国のスポーツにしよう」とアメリカへと持ち帰ったと言われている。
そして、日本で見たコミケの光景と世界中で大人気のスポーツ「フットボール」とコラボする事で「アメリカンフットボール」というスポーツが生まれた。
美味しいモノと美味しいモノを合わせると美味しいというアメリカらしい大雑把な美的感覚によって、生まれたスポーツであった。
アメフトを日本から持ち帰ってきたアメリカ人たちは「これでアメリカにすごいスポーツが生まれる。乾杯だ!」とその晩、テレビでやっていたアメフトを見ながら祝杯をあげたそうだ。
「乾杯!」
巨人のブリーフにあったメイド喫茶にいる最高の馬鹿野郎たちは、贅沢にも大統領の音頭でアメリカ国民全員が水の入ったグラスをぶつけ合った。そのせいで水の入ったグラスは全て割れた。
そしてメイドさんたちが奥から出て来て、笑顔で彼らが割ったグラスを片付けてくれた。
なんて優しい人たちだ。
宴会の予約をしたわけでも無いのに、突然こんな大勢で押しかけても文句の一つも言わない。そもそもメイド喫茶で忘年会なんて誰もやらないだろうから対応に慣れてないだろうに。
大統領はメイド達のその美しい光景を目の当たりにして感動したのと同時に、確信めいたものが生まれた。
こんな天使みたいな人達なら、きっと食い逃げをしても怒らないだろう。むしろ、ニコニコした笑顔で俺たちを送り出してくれるだろう。
そう思うと大統領は、むしろ「金を払うことが逆に失礼なのではないか?」とさえ大統領は思う。
なぜなら金を渡すと言うことは、我々への後ろめたさ植え付ける事になる。そうなった場合、こんなに優しいメイドさん達が天使になることが出来ないではないか。
『金を払っていないのに、飯を食ったお客様を笑顔で送り出す俺、カッケェ!』
まるで山奥のお寺のお坊さんではないか。カッケェ!
大統領は思った。「私は悪魔だ」と。
こんな心の綺麗な天使に覚醒するチャンスをみすみす与えずに、金を払って出て行くなんて無礼極まりないことをしようとしていたのだから……これは悪魔としか言いようがない。
アメリカの男はジェントルメンだ。
ちゃんと彼女たちのために、ちゃんと金なんか払わずにこの店を後にしよう。
そう心に決めたら、大統領はなんだか安心してお腹が空いてしまった。
「ハンバーグ!」
ここでファーストレディの旦那、大統領が手を挙げて、ハンバーグを頼んだ。もちろん、このメイド喫茶で食べられる一番カロリーが多い食べ物だ。
「おお! 大統領がさらに行った!」
これに背中を押されたのは「女の子に恥をかかせてはいけない」と言う精神で生きてきたレディーファースト国家のアメリカの男たちだ!
「大統領だけが頼んで、俺たちがジュースだけじゃカッコがつかねぇよ!」
「そうだ! まるで大統領が飯を食っているのを、国民全員が待っているようじゃないか!」
「そうなったら、大統領がかわいそうだ!」
「てか、さっきプリン頼んだ奴、誰だよ! ファインプレーじゃねぇか!」
これをきっかけにアメリカ国民は、一気にメイドたちに注文を与え続けた。やれハンバーグ、やれエビフライ、やれオムライス。
大統領の粋な注文で、資本主義で勝ち抜いてきた国家のプライドを取り戻したアメリカ国民は、そこから怒涛の注文ラッシュを見せた。
自分が金を払わないなら、死ぬ気で全力で腹一杯食え。他人の金で飯を食わないのは損である。
資本主義社会において、いちばんの悪は損だ。手偏に電子レンジと冷蔵庫の絵を描いて「損」である。
大統領が奢ると言っているんだ、恥をかかすな。財布の底に穴が空くくらいに頼め。
皿の上の戦場に涎のパラシュートで降り立ったアメリカ国民は、たとえ死ぬと分かっていても、それが体でカロリーにならないと分かっていても、カロリーの浅っい食い物を注文して、それを腹の中へとぶち込んだ。それは客を乗せて走れば走るほど、赤字が広がる廃線間近の鉄道路線のようである。
おかげでアメリカ人がテーブルに運ばれてきた料理をバカ喰いし始めると、どこからともなく腹の虫がぐーぐーと鳴り出すという異様な光景が生まれ始めた。
それは大統領に奢らせる為、国民が精一杯できる礼儀である。
クリントンイーストウッドは日本の『用心棒』をガンマンに置き換えた。なら、我々は「いっそ殺せ」の精神で大統領の財布を殺さなくては男が廃るというものだ。
そして、この食事という大統領への処刑の後に残されているのは、大統領がメイド喫茶のメイドさんにしてあげられう精一杯の恩返し「食い逃げ」なのだ。花火はデカい方が盛り上がる。
そしてテーブルにある皿は全て底を見せた。
食うには食ったが案の定、たいしたカロリーにもならず、燃費の悪いアメリカ国民は店に入る前よりも腹をすかしてメイド喫茶を後にする事になった。
「じゃあ、会計をして来るから外で待っていてくれ」
伝票を持った大統領にそう言われ、国民は全員、外で待つことに。
「大統領が出て来たら、全員で『ごちになります!』って大声で言ってやろうぜ!」と誰かが言って、「おお! そりゃいいな!」とみんな盛り上がった。
さてと。
大統領は秘書と二人で伝票を持ってレジへと向かった。
「お会計780億円になります!」
レジを打ったメイドさんが言った。一見、駄菓子屋のおばあちゃんがいうギャグのような値段だが、今回はリアルな数字だ。
すると秘書が突然、スーツの上半身のポケットを弄り出した。
「あ、財布、車に忘れて来ました!」
「えっ!」
「ちょっと、外に取りに行ってきます!」
秘書はそう言って店の外へと出て行った。
「ったく!」
大統領は怒ったフリをして、直後にレジをしているメイドさんの方をニコニコと見て、頭を下げた。
「すいません。ちょっと財布を取りに行ってるんで」
大統領が笑顔で会釈をすると、メイドさんは大統領の二倍の笑顔で返して来て「どれだけでも待ちますよ、ご主人様」と言ってくれた。
こりゃ、余裕だ。もはや、この子の笑顔に「お金なんていらない」と書いてあるではないか。
大統領はその笑顔に誘われるように、店の外へと歩いて行った。
「あいつ、おっそいなぁ」
そう言って大統領は店のドアを開けた。
「俺、ちょっと外を見て来ますね」
そして実に自然に大統領は店の外でと脱出する事に成功したのだ。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
店に出るや、アメリカ国民が一斉に大統領に頭を下げた。
「馬鹿者! そんなことしている暇じゃない!」
しかし、この国民が大統領に与えたサプライズに大統領はまさかに罵声を浴びせたのだ!
「お前ら、早く逃げるぞ! ゴー、ジャスティスだ!」
「は、はい!」
大統領の掛け声と共にアメリカ国民は一斉にブリーフの上を全力で走り出した!
「逃げるって大統領、まさか食い逃げですか!」
みっともなく走る大統領に国民の一人が尋ねた。
「馬鹿者! 食い逃げではない、アメフトだ!」
なんだって!
その一言でアメリカ国民は目を色を変えて、大統領の後を走った。
さぁ、アメリカの国技アメフトの始まりだ。
先人がアメリカ人のDNAに植え付けたすべてのデータがこの瞬間、アメリカを支える子孫の筋肉に血流となった!
「行くぞおぉぉぉぉ!」
タッチダウンは地平線の向こうだ!
そこに食い逃げ成功という名のタッチダウンラインがあるのだ!
この美しき光景に粋な計らいをするように男たちが走る先から太陽の光が射した。
まるで、精子だった頃に、一つの卵子を目指して他の精子と走った、あの時の青春が戻って来たようじゃないか!
一億人の男たちが一斉の一つの目標に向かって走る、こんな美しいことがこの世にあっていいのか!
「待て、ごらあああああ!」
ん?
その時、そんな粋な男たちの絵になる光景に水をさすように、後ろから何やら下品な声と共に何かが飛んでくる。
「だ、大統領!」
「ん? なに?」
秘書が全速力で走りながら後ろを指さしている。
それに乗じて大統領も、首から下には全力で走らせ、首から上だけを後ろに捻るというロボットのような器用な真似をして後ろを振り返った。
「な、なんだあれは!」
走る先は太陽が刺しているのに、後ろは空が真っ黒じゃねぇか!
それもそのはず、後ろからさっきまであんなに笑顔だったはずのメイドさんの群れが鬼の形相でこっちに物凄い速度で空を飛んでくるのだ!
その速度は下手をしたOH! HANAYAMAをも凌駕するほどのマッハの世界。あまりの速さに出たソニックブームに後ろの方のアメリカ国民は吹き飛ばされた!
「だ、大統領、追いつかれます!」
「走れえ!」
大統領もアメリカの男たちも全力で逃げるには逃げるが、相手が悪かったし、タッチダウンの先が地平線の向こうで遠過ぎた。
後ろから飛んできたマッハのメイドの群れはあっという間に先頭の大統領の前に回り込み、行く手を阻んだのであった。
「食い逃げなんぞ、許さんちゅうぜん! 払えんなら体で払ってもらおうか!」
先頭のメイドのリーダー格っぽい、さっきレジを打ってくれたメイドさんが大統領の胸ぐらを掴んで、そう怒鳴った。
なんで、そんな顔ができるの?
表情筋だけで、その辺の男なら倒せそうなくらいに、さっきまでとは違う鬼の表情をしているメイドさん。さぞ、木の木目みたいなビッシリと筋が詰まった表情筋をされておるのだろう。
「一円も持ってません」
大統領はそれはそれは弱い声でメイドさんに言った。
「なら、ちょっと事務所に来てもらおうか」
「……はい」
負けた。
アメリカはこの瞬間に敗北した。
まさか、メイドさんがマッハで飛べるとは、ううん、まさかメイドさんが食い逃げを許さないとは夢にも思っていなかったので、大統領はとってもビックリしました。
それから大統領さん達、アメリカ国民はまたしてもメイド喫茶に逆戻りになってしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます