第24話 愛
市長と大統領が花山さんめがけて走る。距離もスピードもほぼ同じ、これはラストのジャンプ勝負か!
とう! とう!
ジャンプもほぼ同時に、花山さんめがけて飛んだ!
どっちだ!
綺麗に着地した、市長の手には確かな手応え、間違いなく花山さんの腕を掴んだ。
なっ!
確認すると、それは腕ではない。魚肉ソーセージだ!
やられた!
市長が腕を掴もうとした瞬間、大統領が瞬時に魚肉ソーセージを伸ばしてきたのであった。
市長は天を仰いだ。おのれぇ、大統領。
「勝った」
大統領の手の中には確かな人の温もり、そして腕の感触。間違いなく花山さんの腕……
あれ?
しかし、その腕を引っ張っても、何の重さも感じない。ふと、握っているものを見下ろすと……
「何だこれ?」
それはなんか細長い棒であった。「かるーせる まき」と持ち主の名前が書かれた、なんか棒であった。
「しまったああああ!」
大統領は頭を抱えた。
それは、燃料と魚肉ソーセージを交換してもらった時に「ついでにこれもあげるよ」と、現地の人にもらった……なんか細長い棒であった。
ポケットの魚肉ソーセージと一緒に紛れていたとは!
市長と大統領は振り返る。
まだ誰の色にも染まっていない花山さんがそこには立っていた。
「もらった!」
二人が再び、花山さん目掛けて飛びかかった! とうっ!
ズサッ!
市長の手の中。今度こそ、確かな手応え。
よしっ!
「何だこれ!」
と、見るとそれは、さっき大統領が持っていた何かの棒であった。いらん。
投げ捨てた。
対して大統領の手の中。
「俺のソーセージじゃねぇか!」
二人は空中でお互いの持っているものを交換しただけであった。お互いの姑息さが裏目に出た。
その後、何回やっても、二人はお互いの持っているものを交換するだけであった。
なんかの棒に至っては、何回捨てても、飛びかかるとどっちかに手に必ず帰ってきているという、ちょっとホラー要素もあった。
「もう、いい」
呆れたオッペンハイマー君がやってきた。市長たちは、オーディションでつまんないコントをしたお笑い芸人みたいに、「去れ」と手のジェスチャーのみで散らされた。
「お前が、胸毛を剃らせたのか?」
「ええ、そうですけど」
オッペンハイマー君の問いに、花山さんは一点の曇りもない表情で返事をした。
「ならばっ!」
オッペンハイマー君が槍を構えた。
「ダンゴムシの仇!」
花山さん目掛けて、オッペンハイマー君が走り出した。
「おかあさああああああん」
しかし、そこに大統領が花山さんの盾になるべく立ち塞がる。思わず、お母さんと言ってしまう大統領。
グサッ!
「きゃああああ!」
花山さんの悲鳴。
大統領が死んだ! 誰もがそう思い、槍に刺された英雄に目をやった。
「いってぇ!」
その声。大統領は生きていた。それどころか、オッペンハイマー君の槍には血すらついていない。
「いてぇ」の一言のみ、だと!
なぜだ? と大統領をよく見ると、さっきまで着ていなかったはずのセーターを上に着ているではないか。
「大統領!」
「おお、お前は! 秘書ではないか!」
槍をはじき返した大統領がそばにいる男を見た。
それは、大統領のためにセーターを編んで、着てもらうべく、この巨人の地まで一人やって来た大統領の秘書であった。
時間がなかったため、編みながら走って来た秘書のセーターはオッペンハイマー君が槍を持った寸前くらいに完成し、槍が刺さる直前、秘書によって大統領に着せられたのである。
秘書は大統領に長年着てもらうため、丈夫になるよう、ものすげえ力で編んでいたので、毛糸でできているにもかかわらず、棒で叩くと「がん!」って音がするくらいにセーターはカチンコチンだったのである。
まさに愛。
愛によって、天才の槍は弾き返されたのであった。
「バカな!」
愛という計算できない力の前にオッペンハイマー君は左乳首市を追い出されて以来、二度目の動揺(本人は一度目を覚えていないけど)。
あんなカテェセーターがあるかよ。
もう一度、オッペンハイマー君が槍を突き刺す。
ガキーン!
今度は大きな音を立てて、セーターが槍を弾き返した。
「ふふふ、天才にも愛の方程式は解けなかったようだな」
「愛の方程式だと?」
愛の方程式。『愛=無限大』というとてもシンプルな数学の大事な式の一つである。(『愛=年の差なんて』という式の変型もある)
このセーターの防御力は異常であった。セーターの中に膝を入れ、体育座りの状態になれば、一人核シェルターにもなる強靭度であった。そして、女がその体勢になるとエロいときた。
お婆ちゃんたちの爆撃も何のその。
ダンゴムシの突進にも耐えてしまう、驚異のエロい体育座り。
「形勢逆転だな」
花山さんの前で不敵な笑みを浮かべ、体育座りモードに入ったエロい大統領。そして、その後ろに並ぶ、強い者の味方、市長と街の役員たち。
ふふふふふふふふふ。
たった一枚のセーターによって、戦況はヒックリ返ってしまった。
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