第19話 お婆ちゃんは空を飛ぶ

 もう、戦争しかないだろう。

 市役所に戻り、市長は大佐の顔へと戻っていた。


「殺す殺す殺す……」


 そして、バーコードヘアはいつしか頭の頂点で一本のツノにへと変化していった。


 鬼の大佐復活。


 しかし、お金がない。相手を倒す戦力が何にもないのだ。


「そもそも、なんでお婆ちゃんが空を飛ぶのだ?」


 どう見てもタネも仕掛けもなかった。しかし、確実にお婆ちゃんが空を飛ぶという思い出は、大佐たちの心には残っていた。


 そこに野原くんがやってきた。


「あれがチチンコ族と言われる原住民です」


 なんだと、巨人に原住民がいたのか!


 チチンコ族とは、映画『楢山節考』などに代表される姥捨山がモデルとなっている民族の生き残りだ。


 昔から、巨人の近くに住んでいた国には、70を超えると巨人にお婆ちゃんを捨てるという風習があった。

 しかし、歩いたり走ったりする巨人の上で生活することはお婆ちゃんには、かなりの苦難を強いられた。

 それでも、胸毛の上に家を作ったりして暮らしていた。が、ある日、巨人の体の体勢に対応しやすくするべく、お婆ちゃんたちは空を飛ぶことを覚えたのだという。


 しかし、一体どうやって!


 野原くんが文献を持って来た。


「それは、お婆ちゃんにしかできない飛行方法です」


 そういった、野原くんは「これを見てください」と、ある映像を再生しだした。

 

 テレビの中からいきなり、明日が戦争とは思えない愉快なBGMが流れ出した。


 それは、日本で放送されているバラエティ番組『吉本新喜劇』の映像であった。

 吉本興業の芸人たちが毎回、一時間の笑いありの劇をする舞台だが……。


「これと、お婆ちゃんが空を飛ぶのと何の関係があるというのだ!」


 市長が怒る。明日は戦争だ! 明日は早起きだ!


「この人を見てください!」


 と、野原くんが映像を止めた。


「これはっ!」


 そこに映ったのは、舞台に出ている一人の男、いや、一人のお婆ちゃん、いや、一人の男……いや、お婆ちゃん!


 それは、伝説の芸人、桑原かずよだった。


 毎回、お婆ちゃんに女装し、地面につこうかというくらいに垂れたおっぱいのギャグで有名なあの芸人。


「これがどうかしたのか?」

「お婆ちゃんが空を飛ぶ原理を今から説明するのに、見て欲しかったのです。この垂れた乳を」


 なにっ!


 桑原が演じるお婆ちゃんの乳は、力なく垂れ下がり、腰のあたりにまで落ちている。


「まず、この垂れた二つの乳を結びます」


 野原くんが二枚のタオルで説明しだした。


「この二枚のタオルを乳だと思ってください」


 なんだと!


 その瞬間、市長は立ち上がり、野原くんに駆け寄った!


「それが、乳なのだな!」


 市長が野原くんの両肩をゆっさゆっさと揺らした。


「野原くん、それを乳だと思っていいのだな!」


 今まで感じたことない強い力にメガネがズレた野原くんは「は、はい」と頷いた。


 よっしゃぁぁ! 我々の勝利だ!


 乳だと思っていいという許可が下り、役員達は喜びを爆発させた。


 それから市長等は思い思いの乳を想像しながら、野原くんの話に耳を傾けた。


「次の結んだその乳をお尻の位置に持っていきます」


 そう言って、野原くんは結んだタオルをお尻の下に置いた。


 まるで、垂れた乳がブランコのような状態になって、お婆ちゃんがお乳でできた椅子に座っている状態になった。


『垂れればタオル、座ればブランコ、歩く姿はゴリラの両腕』と言われた、乙女お婆ちゃんを形容するふつくしい垂れ乳。まさにブランコそのものである。


「この状態で、バストアップで鍛えた胸の力を利用して乳を上に引っ張り上げるとどうなりますか?」

「……椅子になるのか?」

「その通りです」


 野原くんの説明は続いた。


 その椅子になった垂れ乳を、さらに強いバストアップ力で上にひっぱりと、理論上、お婆ちゃんは宙に浮く。

 そして、さらに強い力で引っ張り続ければ、お婆ちゃんは乳に座った体勢で空を自由に飛び回るのだ。


 それは、ゲゲゲの鬼太郎のカラスの引っ張る紐で空を飛ぶ、鬼太郎たちのように。


「なんと、恐ろしい奴らだ!」


 乳とブランコが合わさった驚異の原住民。チチンコ族。乳とブランコ、下ネタは一個も入っていないはずが、チチンコとなった瞬間、いきなり二つも下ネタが現れてしまった驚異の民族だ。


 この原住民とオッペンハイマーくんが加わった驚異の集団。


「とりあえず、戦力になりそうな武器を街中からかき集めろ」


 そんなことをしてたら、ろくに寝られずに夜が明けてしまった。


 約束の日なのに、なんも用意していない。


 テストも部屋の掃除も中途半端に終わった、ダメな奴の典型であった。













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