おいでよ! 峠のメイド喫茶!

 上を登る大統領。

 思えば、いつもそうだった。


 アメリカと言う国を任された時から、上へ行くことだけを考えた。いや、それしか許されなかったと言うしかない。

 トイレに行くことも、お風呂に行くことも、なにも許されない。唯一、行くことが許された場所、それが上だった。


 だからNASAを作った。


 世界一の経済大国、止まることは許されない。だから信号は全部青にした。事故は増えたが、繁栄に犠牲はつきものだ。大半のアメリカ人は喜んでくれた。

 車もバックを禁止した。一回どっかに駐車したら、もう動かせなくなったが、また金を稼いで買えば良いだけだ。


 だから上へ行く。


 これからも、止まってなどいられない! アメリカである以上! 花山さんと言う世界のお母さんを手に入れ、アメリカはネクストステージへと……


「あ、大統領! あそこにメイド喫茶がありますよ!」


 と、その時、下のアホから声が飛んできた。

 なにを馬鹿なことを言っている。こんなブリーフしかない場所にメイド喫茶などが……


「いらっしゃいませ、ご主人様」


 あった。


 大統領は目を疑った。


「な、なんであんな所にメイド喫茶があるのだ!」


 それはブリーフの弛みによって、盆地みたいになっていて崖が終わり地面が出来ている場所だ。

 その地面の上になんとメイド喫茶があるではないか!


「いらっしゃいませ、ご主人様」


 そして、その店の外で呼び込みをしているメイドさんの店員が、大統領に笑顔を見せているではないか。


「さっきから聞こえていたのは、あれだったのか!」


 合点が言った。

 幻覚では無かった。


 理由はよく分からないが、巨人のブリーフの中腹にメイド喫茶があったのだ!


 よし、少し登って来て、疲れて来たし、あそこですこし休憩を……


「大統領! あそこで少し休憩して行きましょう!」


 と、下のハゲが言った。


「馬鹿なことを言うな! アメリカに休憩など必要ない!」


 しかし、大統領は脊髄反射で怒鳴ってしまった。

 怒鳴った直後に「確かに休憩をするのは良いアイデアだ」と思った。というか大統領自体が考えていた。

 だが、言い出しっぺがあの無能の市長であった為、思わずで怒鳴って反対しまったのだ!


 昔の人は良いことを言った。

『なにを言うかではない、誰が言うか』なのだ。


 かつての偉人の言葉を大統領は思い出した。


「では、上へ登るのですね! さすが大統領! 私は甘えておりました!」


 まずい。

 大統領は少し焦った。

 

 思わず怒鳴って反対してしまったが為に、メイド喫茶を無視して上へ登る羽目になりそうだ。


 でも、一度否定してしまった以上、「やっぱり休もう」と言うのは『市長が正しく、己が間違っていた』という事実を認めることになるのだ! そんなのは絶対に嫌だ!

 て言うか、俺も心で「休もう」って思っていたのに、なんでコイツ、先に口に出すんだ! 本当に役に立たないやつだ!


 正直、ちょっと休みたい。

 ここを逃したら、もう休む場所なんてないかもしれない。

 バス旅行の高速のパーキングエリアでトイレに行くか行かないかギリギリの尿意の時のような葛藤が大統領を襲った。


「さぁ、大統領! 行きましょう! 私は地の果てまでもお供します!」


 どうする?

 何か、この状況から休む術はないのか!


 そもそも、何でこんなところにメイド喫茶があるのだ?


 なんとか、市長の意見を否定しつつ、メイド喫茶で休む方法はないだろうか?


 高速道路のパーキングエリアをバスが出ようとしている。そう言う時に限って、尿意が湧き出て来てしまうものだ。

 しかし、今更、「すいません! やっぱりトイレに行きたいです!」なんて言ったら、運転手とバスガイドの顰蹙を買ってしまう!


 そんな感じ。


 もうなりふりなど構っていられない!

 こう言う時に取るべき手段は一つのみ、人のせいにするしかない!


「市長」

「はい!」


 と、気づいた時には大統領は市長の腹に強烈なパンチを喰らわせていた!


「グフォ!」


 意表をつかれた市長は、大統領のアメリカパンチをモロにくらい意識を失ってしまった。


「し、市長! 大丈夫か!」


 大統領は突然、市長が意識を失ってしまった演技を始めた。

 そこに遅れて登って来ていた、秘書たちが合流してきた。


「大統領! どうしたんですか!」

「大変だ! 市長が意識を失ってしまった。きっと、ブリーフを登って来た疲労だ!」

「なんですって!」

「くそっ! こんな時、どこかに休める場所はないのか!」


 大統領は悔しそうにブリーフの地面を殴った。ぷにゅん。


「どこかないか! 市長を休ませることができる場所は!」


 大統領は大袈裟にメイド喫茶の方を振り返った。


「いらっしゃいません、ご主人様!」


 その時、どこからともなく、秋葉原のメイド喫茶のメイドのような声が聞こえた。大統領がパタパタと手を仰いで、声の波が秘書たちに届くように努力した。


「大統領! あそこにメイド喫茶がありますよ!」

「耄碌したか、秘書! ここは巨人のブリーフの上だ! メイド喫茶なんてあるはずが……」


 と、大統領が振り返ると、そこにはなんとメイド喫茶があるではありませんか。

 後光が差した。

 そんな演技をする大統領。


「なんと、偶然だ! こんな所にメイド喫茶。砂漠にオアシス。よし、あそこでちょっと市長を休ませてやろう!」


 大統領の名案に崖を登って来たアメリカ国民たちは「おお!」と歓声が沸いた。こんな何の役にも立たない男すらも見捨てない。なぜなら、この男もアメリカ合衆国のファミリーに違いないからだ!


 大統領はアメリカ国民を絶対に見捨てない! アメリカは全員で勝つ国だ!


 大統領! 大統領!


 アメリカ国民から歓声が湧く!


「よし! 市長を休ませるため、メイド喫茶で少し休憩するぞ!」


 おおおお!

 アメリカ国民の掛け声が飛ぶ。


「あ、大統領! 私は大丈夫でございます! もう、意識を取り戻しました!」


 と、このどこまでもタイミングの悪い男、馬鹿市長がこの瞬間に目を覚ましてしまった。


 だあああああ!

 と大統領は心の中で項垂れた。

 優しさが出てしまった。最後の最後で『同じ人である』と言う仲間意識が、拳に躊躇いを生んでいた。

 そのせいで、仕留め損なった。


「さぁ、大統領! メイド喫茶などで休まず、上を目指しましょう! さっき私に仰いましたよね! こんなところで休むわけにいかん! アメリカ国民は前に進まなければいけないのだ! と」

「そ、そんなこと、私は言っておらん!」

「いえ、心の中で言っておりました!」

「なっ!」


 なんと、この市長。

 大統領に媚を売るべく、心の中までも盗聴をしていたと言うのか!


「さぁ、お前ら、大統領は休まん! 上へ行くぞぉ!」


 馬鹿な市長が檄を飛ばしたら「おお!」と国民は歓声を上げた!


 休みたい。

 でも、正直になれない。


 大統領は己が鳩胸である事を呪った。


 以前、祖父から聞いたことがある。

 『男の中の乙女心は全て鳩胸に集結する』と。

 人間は受精した時は男でも女でもない姿をしている。それがある日、母のお腹の中で男か女かのどちらかになるのだ。

 その時、選ばれなかった女の方の大統領は、鳩胸となり、今でも大統領の体に生き続けている。


 そのせいで、素直になりたいのに、素直になれずに意地を張ってしまう。好きな人の目の前でほど意地悪をしてしまうのだ。


 素直になれない不器用な自分が嫌い!

 

 大統領はその時、秘書に目配せを送った。

 秘書は無言で頷いた。


 ドンっ!


「ぐはっ!」


 アメリカ国民が一斉にまた崖を登ろうとした瞬間、何者かが市長の頭を後ろから殴った。


「し、市長! 大丈夫か!」


 大統領が倒れる市長を抱き上げる。


「やはり、市長は調子が悪いようだ! あそこのメイド喫茶で休むことにしよう!」


 大統領は崖を登ろうとしたアメリカ国民を止めて、メイド喫茶に入ることを選んだ。

 世界に自慢できる福祉国家。

 それがアメリカの進む道だ。

 だから、邪魔な足手纏いの荷物でも置いてけぼりにはしない。


 市長が目を覚ますまで、アメリカ国民はメイド喫茶で休む事になった。


 市長は秘書にウインクをした。

 これがアメリカ名物シークレットサービスである。











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