毛布にくるまる女、ボタンを開けすぎる男

 右乳首、左乳首、両陣営がそれぞれの席に着いた。

 レフェリーから「水鉄砲を所持していないか?」の確認が行われる。敵の資料を濡らさないための防衛策である。

 そのあとに、着火マンを持っていないか? と女心を奪うキスのテクニックを持っているかの調査が行われた。生憎、市長も大統領もヘタクソだと解り、ようやく安心してゴングを鳴らすことができる。性欲の象徴であるハゲはただの飾りだった。

 市長と大統領は未だに机の下でお互いの手を握っていた。二人セゾン。二人セゾン。ハゲが来て恋をして。


 パオーン。


 試合開始の象が鳴り、いよいよ会議が始まった。


「なんで、ここに呼ばれたのかお分かりですか?」


 ブスのお母さんが先制パンチ。


「いえ、全く存じ上げません」


 大統領もこれにスッとぼけた口調で返す。お互いのジャブを確認するような儀式であった。


「では、まずこれをご覧ください」


 お母さんが立ち上がると中央のモニターに衛星から写した巨人のお胸の辺りが映し出された。


「これは、二ヶ月前の巨人を映した写真です」


 その映像には、平和の象徴、胸毛に咲くお花もちゃんと写っている。「まぁ」と客席にいた女性たちは巨人から溢れ出る男性ホルモンに頬を赤くした。

 それを見た他の男どもは立ち上がり、巨人のダンディーさに「完敗です」と拍手を送り、「僕たちはただの働きアリです」と己の男性力の弱さを皮肉った。


「みなさん、見ての通り巨人は完璧なフォルムでここに眠っていました。しかし……」


 と、お母さんは次の写真に切り替えた。


「これが一ヶ月前の巨人の写真です」


 お母さんがそう言って見せた写真。それはアメリカ人たちがハムを置きだしたが為に右乳首が左の3倍はあろうかと言う写真であった。でも、思ったより上手に丸くできていた。


「一ヶ月前から、巨人の右乳首は突然、巨大化をし始めました」


 その為に、右と左の乳首のシンメトリー、別名『右も左も平等に愛して』のバランスが崩れ、巨人のダンディーさはここに来て三分の一にまで減少していたのだ。


 あぁ……。


 これを見たさっき頬を赤くしていた女性たちは頭を抱え、中には係員に毛布に包まれて会場を後にするものまで出てきた。

 片や、さっきスタンディングオベーションを送った男どもは、「これなら俺もまんざらでもない」と三分の一にまで下がった巨人のダンディーに自信を回復し、胸元のボタンを一つ余計に開ける野郎がチラホラ現れていた。


「これだけではすみません。この巨人の右乳首の巨大化はここから更に進み。日に日に、巨人の乳首は大きくなって行きました」


 モニターの映像も巨人の乳首がどんどんと大きくなっていく。それとともに、女性の悲鳴と、男性が胸元のボタンを開ける「パツッ」と言う音が響き渡る。


「そして、二週間前、この巨人の右乳首はついに巨人の中央に咲いていた平和の象徴の花までも踏み潰して、巨人の左側にまで侵入してきました!」


 その瞬間の映像がモニターに映った。肥大化した右乳首が真ん中付近にまでやって来ていた。

 ここで、サッカーのオフサイドを判定するときに使う機械を導入して、本当に右を超えてしまっているのかを見てみると、やはり右乳首は真ん中よりも左側にまで肥大化していたのであった。


 オーマイガー。


 会場の女性のほとんどが頭を抱えてしまった。授業参観で自分の息子の天井知らずの馬鹿さを目の当たりにしたような絶望した顔であった。

 そして、男の方はボタンを開けすぎて、ただの最初から閉めてなかっただけの感じになってしまった奴らで溢れていた。中には下に肌着を着てなくて盲腸の跡が見えている者までいる。


「右乳首市側は、これをどうお考えでしょうか?」


 お母さんが大統領と市長を睨みながら言った。


「右乳首市は、以前、左乳首の右側に位置していますので問題はないと考えています」


 おぉ。

 確かに。


 大統領の簡潔な答えに会場が沸いた。これだ、これを見たかったんだ! 本来の目的を思い出した客席。とっととボタンを閉めやがれ!


「なるほど」


 が、この大統領のTシャツに書けるくらい簡潔な返答にもお母さんは憮然と振る舞った。世界一のカウンターを食らったのに余裕で立っている。どんなメンタルの鍛え方をしているのか。


「では、これはどう説明するのでしょうか?」


 と、お母さんはモニターの映像を切り替えた。


 ああっ! 

 なんてこったぁ!


 この巨人の写真に会場は悲鳴に包まれた。


「これは昨日の衛星から写した巨人の写真です」


 そう言われた写真の巨人の右乳首のハムは、左側に入っても勢力を弱めることはなく、そしてついに左乳首の左側にまでハムが突き出してしまったのであった。

 ここで水泳の世界記録を図る、後ろから迫ってくる横棒で判定しても、タッチの差で右乳首はすでに左乳首よりも左側に来てしまっていた。もちろん、オフサイドであった。


「これでもまだ、右乳首は右にあると言えるのでしょうか!」


 お母さんの訴えに大統領にブーイングが飛ぶ。


 なんだこのザマは! 金返せ! ハゲ! これじゃ『ツルのしっぺ返しだぜ! なんつって!』


 罵声がどんどんと勢いを増していく。さっき感激した分、大統領に裏切られたと思っている客が多い。


 ブース! ブース! ブース! ブース!


 会場は一気にブスモードに突入。もはや、右乳首市に逆転の一手は残されていないのか?


 その時であった。

 大統領は焦りもせず、無言で立ち上がった。


「私は何も問題はないと思います」


 なにっ!


 大統領の意外な返答に観客は凍りついた。左乳首より左にあるのに、なぜ!


「それをこれから説明しましょう」


 と、大統領は金田一くんの事件簿の解決編みたいな感じで喋り始めた。












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