第18話
「今回はこれまでの、『未来人編』と『エンドレスエイト』編と『消失』編のすべてにとっての、量子論と集合的無意識論に則っての論理背景の総まとめ的特別編として、前半部のほとんどは私
「なお、通常なら本編冒頭に掲載している『消失のその後』についての仮想ドラマパートでありますが、今回はすべての完結編として後半部に掲載し、これにていろいろと未解決だった『涼宮ハルヒの消失』のSF面と人間ドラマ面の両方に完璧にケリをつける予定ですので、どうぞご期待ください」
「──とはいえ、このように改めて『量子論と集合的無意識論に則っての論理背景』などと申しますと、読者の皆様におかれましてはどうしても小難しく感じられて、中身をお読みいただく以前に敬遠されかねませんので、まず最初に、どなた様でも至極簡単にご理解していただくための、『ポイント中のポイント』についてから述べさせていただこうかと思います」
「──それこそは、『どんなSF小説的トンデモ理論であっても、必ず「すべて」に適用すべきなのであって、けして「例外」なぞ作ってはならないのだ』、でございます」
「それと申しますのも、今日においてSF小説というものを、これほどまでに中身は完全にダメダメなくせに不必要に小難しくしてしまった最大の元凶こそは、先達のプロの作家たちが勝手にいろいろと常識外れかつ限定的な『SFルール』を作っていることに尽きるのですが、実はそれはでたらめだらけのいわゆる『間違った答案用紙』に過ぎず、しかも後続の作家たちときたらそれを鵜呑みにして何も考えずに『カンニング』をしてばかりいて、その結果業界全体として劣化コピー作品の大量生産に明け暮れてしまっているからなのです」
「例えば海外の著名な作品の『パクリ』として、タイムトラベルを実行することが可能な未来は宇宙全体の滅亡等の時点までに限られるなんて、勝手に決めてしまっていますけど、それはまったくの誤りで、例えば宇宙の滅亡が宇宙全体よりも巨大な『生物』に丸呑みされることによる場合なら、その生物が死に絶えるまで『時間』は続いていき、当然のごとくそれまではタイムトラベルすることが可能となるではありませんか?」
「おいおい、宇宙が巨大生物に丸呑みされるなんて、そんな馬鹿な⁉」
「──などとおっしゃる向きもおられるでしょうが、そもそもが『タイムトラベル』自体が『そんな馬鹿な⁉』現象なのであり、『そんな馬鹿な⁉』タイムトラベルを行える範囲を決めること自体が
「この『すべてこそ大原則』についての本作『うちの病室にはハルヒがいっぱい♡』における代表例としては、『未来人問題』編で述べました、『あくまでも現在存在している世界は、この現実世界ただ一つであり、同時に並行して「他の世界」の類いなぞ存在しておらず』、『よってタイムとベル等の世界間転移は、並行世界間の転移によらず、未来への「ルート分岐」という形で行われることになるのである』、すなわち結論としては『SF小説お得意の「並行世界」なぞけして存在し得ず、いわゆる「分岐世界」のみが存在するのだ』──といった論説が挙げられるでしょう」
「このように記しますといかにも難解に感じられる方も多いでしょうが、要はこれも『けして例外なぞをつくらず、「すべて」に適用すべし』に基づけばいいのです」
「それと申しますのも、もしかしたら読者様の中には、『……どうして「分岐世界」と「並行世界」を二者択一にするんだ? この現実世界と同時に無限に存在している並行世界のほうだって、それぞれ分岐したっていいじゃないか?』などと、思われた方もおられるかも知れないと今更ながらに思い至ったからであります」
「しかしここで考えてみてください、もし仮にSF小説のようにタイムトラベルや異世界転移等が可能なら──少なくとも、その可能性をほんのわずかでも認めるのであれば、この現実世界がルート分岐する対象の未来の世界は、どのような非現実な世界であろうとけして範囲を限定するべきではなく、どのような時点の未来や過去であろうとも、どのようなタイプの異世界やパレルワールドであろうとも、それこそ『涼宮ハルヒの憂鬱』そのままの
「そうなるとどうなるでしょうか? ここでイメージしてみてください。世界のルート分岐というものが、
「もちろんもしも並行世界が存在しているとしたら、当然のように一つ二つに限らず無数に存在していることでしょう。その結果上記と同じ理由によって、すべての並行世界がこの現実世界と──そしてもちろんすべての並行世界同士で、まさしく樹形図的に結びつけられることになるのです」
「このようにすべての世界が樹形図的に結びついているとしたら、もはや文字通りの『並行世界』なぞ存在し得なくなり、すべての世界がすべての世界にとっての『分岐世界』以外の何物でもなくなることでしょう」
「どうですか? どのようなSF小説的難解な問題であろうと、あくまでも『すべて』を対象としてけして『例外』を設けなければ、こんなにも簡潔明瞭に解決することができるのです」
「この調子で同じように、本編中において読者の皆様がいまだ納得がいかれてないと思われる問題について、きっちりと解決していきましょう」
「やはりその代表例としては、『消失』編で述べました、『実は「涼宮ハルヒの消失」の世界は、原作者であられる
「しかし実はこれって、先程述べた、『タイムトラベルや異世界転移が実行可能なら、その範囲を限定することなく、すべての時点やすべての
「例えば、戦国時代の武将が現代日本にタイムトラベルする作品なんて、それこそごまんとありますが、つまりこれって『現代日本』が可能性としての世界に過ぎないとはいえ、すでに戦国時代において存在していたことになるのです」
「そうなると、広い意味では現代日本の範疇に含まれる『涼宮ハルヒの消失』の世界も、谷川先生がお生まれになる数百年前の戦国時代において、あくまでも『可能性としての世界』に過ぎないとはいえ、すでに存在していることになるのです」
「何せ先程も申しましたように、もしもタイムトラベルや異世界転移ができるとしたら、その範囲はけして限定されることなく、どんな時代へでもどんな世界へでも転移できなくてはならないからして、戦国時代からすれば想像もできない数百年後の未来である現代日本を舞台にした、SFライトノベルという
「これぞまさに『消失』編で述べた、『すべての世界は最初から存在している』ということなのであり、実はこの『すべての世界』の中には我々の現実世界すらも含まれているのをけして忘れてはならないことこそ、『涼宮ハルヒの憂鬱』を真に読み解くための必須ポイントの一つなのです」
「それと申しますのも、我々はどうしてもこの現実世界を、SF小説ならではの過去や未来の世界や異世界の類いとはまったく別物の、文字通り『特別の存在』として扱いがちですが、これまで数多くのSF作品において、過去や未来の世界や異世界から現実世界へのタイムトラベルや異世界転移が実現されている限りは、どんなに現代日本のことを知り得ない遙か過去の世界であろうともファンタジーそのもの異世界であろうとも、『ルート分岐先の可能性としての世界』としては存在していた──つまりは、『現代日本』という
「さて、これまで述べました諸々の理論を勘案すれば、普通に日常生活の延長上にある現実世界を含めて、タイムトラベルや異世界転移等の対象ともなり得る『他の世界』の類いは、けして現在において並行して存在しておらず、あくまでも未来においてすべての
「実はこれぞこれまで何度も言及してきた、『相対的停止論』という一種独特の理論の基本中の基本の考え方なのでありますが、このように『すべての世界は未来において一瞬だけの停止状態にある』ということになれば、例えば以前にタイムトラベルや異世界転移等をしたことのある世界も──特に、『消失』編における最大の焦点である『かつてほっぽり出してしまった世界』についても、現時点の主観からすれば、未来において停止状態になっており時間はまったく動いていないことになりますので、事実上存在しないも同然ということで
「とはいえ、『かつてほっぽり出してしまった世界』──つまりは、『ただの文芸部員である眼鏡装備の
「実はこれぞありとあらゆる『世界』というものにとっての真理中の真理たる『相対的停止論』に則れば、タイムトラベルや異世界転移を実行したとたん転移者の主観においては、ちゃんとその世界のみは動き出しますし、それと入れ替わりに転移者が元いた世界を含む他のすべての世界のほうが、未来において停止状態になるだけなのです」
「なぜなら、自分自身が現在存在している世界以外のすべての世界が停止すると言っても、あくまでも相対的なものに過ぎないのであり、何度世界を転移しようと必ず現時点で存在している世界のみがアクティブとなって、その他のすべての世界のほうが未来において停止状態になるのですから」
「ただし転移者が元いた世界まで停止してしまうと申しましても、けして転出して行った方以外は銅像とか石像等みたいになって、全員静止してしまうというわけではございません。あくまでもそれぞれの世界の人たちの主観では自分の世界だけはちゃんと動いていて、転出者が現在存在している世界を含むその他の世界のほうがすべて未来において停止状態となっているだけなのです」
「しかも何とこの相対的停止論なるものは、まさしく我々の現実世界にも例外なく適用されるのであって、例えば異世界人等から見ればこの世界も未来にて停止状態にあって、こうして我々は間違いなく現在において動いているように思えても、厳密に言うとけして間断なく動いているわけではなく、あくまでも動いているように感じているだけなのです」
「──そう。我々の現実世界すらも含むすべての世界は、一瞬一瞬の積み重ねによって歴史を刻んでいるだけなのであり、動いているように感じられるのは、いわゆる『パラパラ漫画的効果』に過ぎないのです」
「このように申しますと、いかにもSF小説あたりにありがちなトンデモ理論の類いのように見なされる向きもおられるかも知れませんが、実はこれぞ量子論ひいては現代物理学に裏付けされた、世界の真理とも呼ぶべきものなのでございます」
「そもそも世界というものが切れ目なく一本道で続いていくなんてのは、むしろ今や時代遅れの古典物理学特有の理論なのであって、歴史の道筋が一つだけだからこそ、かの有名な古典物理学の申し子たる『ラプラスの
「何せ、この世のすべての物質を構成する物理量の最小単位である量子なるものが、実際に観測されるまではほんの一瞬後の形態や位置すらも予測できないということは、突きつめれば世界そのものの未来が無限に分岐しているということになり、けして世界というものは切れ目なく一直線に続いていくものではなく、一瞬ごとに無限に分岐し得る状態にあること──つまりは、一瞬ごとに細切れに独立しているということになるのですから」
「これはもちろん小説作成上においても同様なのであり、もしも世界が切れ目なく一直線に続いていくとしたら、タイムトラベルや異世界転移等のいわゆる世界の『ルート分岐』自体が一切あり得なくなり、すべてのSF小説やファンタジー小説やライトノベルの類いが成り立たなくなるからして、むしろ世界というものは一瞬ごとの非連続状態こそが望ましくなるのです」
「そして世界というものが一瞬ごとの独立状態にあるのならば、それは当然『停止状態』にあるということになるのです」
「それというのも、この現在の現実世界にとっての『他の世界』というものは、『無限の未来の可能性の具現』であるからして、まさにその無数の『他の世界』の
「なぜなら『無限』ということは、最初からすべてが存在していてけして増えも減りもすることはないはずなのであり、もしもほんのわずかでも増減してしまえば無限ではなかったことになるのですから」
「更には『無限の可能性』があるということは、当然タイムトラベルや異世界転移等が起こり得る可能性もあるというわけなのであって、もちろんそれはあらゆる世界のあらゆる時代に転移できなければならず、その結果いわゆる集合的無意識の具現たる多世界にはすべての世界のすべての時点が存在することになり、しかもその時点が一瞬でも動いてしまえば別の時点になってしまうので、すべての時点──つまり個々の世界は停止状態でなければならなくなるというわけなのです」
「……まあ、とは申しましても、少々専門用語ばかり使いすぎた感もありますし、いかにも難解すぎてついて来れなくなった方も多いと思われますので、ここでよりわかりやすい例え話を用いてご説明し直すことにしましょう」
「世界というものがお互いに相対的に未来において停止状態にあるとは、言ってみれば複数の本を一冊ずつ読んでいくようなものであって、ある本を読んでいる際にはその中に描かれている物語だけが動いていて、当然その本以外の本はすべて閉じられたままでいて、その中に描かれている物語のほうも停止状態にあるのと同じようなことなのですよ。──何せ人は同時に複数の本を読むことなぞできないのですからね」
「もちろん別の本を手に取って開けば今度はその中に描かれている物語が動き始め、それまで読んでいた本は閉じられて中の物語も停止してしまうという次第なのです」
「ただしこれはあくまでも相対的なものでしかないのであり、なぜならある者にとっては閉じられた本も、別のある者にとっては現在まさに読書中であることも十分にあり得るのですしね」
「つまり突きつめて言えば、異なる世界に存在している者同士はまさしく、相対的にお互いに『本の中の物語の登場人物』同士の関係にあるようなものなのであり、本の中の物語の登場人物たちも自分たちの主観ではあくまでも『現実の人間』としてちゃんと生きていて、それぞれの
「言わば、集合的無意識の具現であり多世界解釈で言うところの『可能性としてのみ存在し得る世界』である多世界とは、いまだ誰にも読まれていない閉じられた本みたいなものとも言えて、それはまさしくまだ到来していない未来の世界そのものなのであり、よって新たに小説を創りそれを読者の皆様に読んでもらうということは、あたかも新たなる世界そのものを観測させて確固たる世界として確定させたも同然ということなのであって、実は谷川先生がすでに可能性としてのみ存在していた『涼宮ハルヒの憂鬱』の世界を、小説にしたためることによって形を与えて本物の世界と為し得たというのは、まさにこの理論こそに拠って立っているのです」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……ということは、つまり」
「ええ。過去や未来の世界や異世界等の『他の世界』なるものを、まさしく多世界解釈量子論における『多世界』と見なせば、常に現在よりも未来に位置するあくまでも『可能性としてのみ存在し得る停止した世界』となりますので、現在確固として存在しているのはこの現実世界だけとなり
おおっ。今まで巷に溢れる小説や漫画やアニメや映画やゲーム等のあらゆる創作物においても明確に語られることのなかった、『かつてほっぽり出してしまった世界への再転移は可能なのか?』についての疑問が、完全に解消されてしまったではないか⁉
──なんて、浮かれている場合じゃないぞ⁉
すでに例のループ的現象から辛くも脱出を果たした、新学期最初の日曜日。
我らがSOS団のたまり場兼文芸部室にて、例によって
「……ていうことは、『あっちの世界』の長門は、今からでも俺を世界を超えて呼び戻すことができるのであり、まさに俺が最近見ているあの悪夢の数々こそが、その予兆ってわけなのか?」
「ええ、その通りです」
「──くっ」
やはりこれも、『消失』の世界そのものやその中で間違いなく生きている長門のことを、『使い捨て』にしようとした俺に対する、まさに自業自得的な報いに過ぎないのか?
そのように慚愧の念に駆られてすっかり黙り込んでしまった俺に対して、かつてないほどに真摯な表情をしながらも、何とも不可解なことを言い出す同級生の少年。
「そんなにお悩みになられずに、もっと『彼』のことをお信じいたしましょう。きっと『彼』がうまくやってくれますよ」
「……彼、って?」
「決まっています、あちらの世界の、『あなた』ご自身ですよ」
は?
「おいっ、何馬鹿なこと言っているんだ? あいつは俺自身と言っても、あくまでも『消失』の世界の俺なのであって、『涼宮ハルヒの憂鬱』の世界の事情なんて何も知らないんだぞ! むしろある意味長門同様に、最大の被害者とも言えるだろうが? それなのにこっちの落ち度を一方的に押しつけてしまうなんて、無責任すぎるんじゃないのか⁉」
あまりの埒外の提案に血相を変えてくってかかる俺だったが、目の前の超能力少年の余裕の表情が揺らぐことはなかった。
「事情を何も知らない? 何をおっしゃっておられるのですか。確かに現在の彼は、本来の自分自身として正気に戻っておられるでしょう。しかし
「へ? 記憶が消えてないって……」
「そう。現在の彼は正真正銘、不思議現象とかSOS団なんかにはまったく関わり合いのない、ごく普通の高校生ですが、同時にまさしく『涼宮ハルヒの憂鬱』の世界における、『あなた』ご自身でもあられるようなものなのです」
──‼
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──何しに来たの! 二度とこの文芸部室には来ないでって言ったでしょう⁉ 今すぐ帰ってちょうだい! こんな宇宙人でも何でもない、ただの女の子には何の用もないくせに‼」
部室の扉を開けて恐る恐る声をかけた途端、怒濤のように叩きつけられる、あたかも悲鳴であるかのような拒絶の言葉。
二学期の終業の日──つまりはクリスマスイブ当日の、放課後の
俺はあの大騒ぎの日以来初めて、文芸部室へと訪れたのであった。
……まったくもって、あの『空白の三日間』ときたら、悪い冗談としか思えなかった。
俺がこの地域一番の問題児として悪名高き、
しかも散々騒いだあげくに、俺だけがいきなり正気に返って、大混乱のうちにすべてが白紙に戻ってしまい、各方面に多大なるご迷惑をおかけすることになったのだ。
それはまさしくクリスマスを目前として、悪霊か疫病神にでも、取り憑かれてしまったかのようであった。
しかし一番の被害者は俺なんかではなく、間違いなく
神聖なる文芸部室をかき回されただけでなく、自宅まで招いてくれるまでに親密な関係になっていた俺が、突然あたかも別人であるかのように豹変してしまったのだ。
彼女にとっては、いい加減な男に散々もてあそばれたあげくの果てに、その仲間と一緒に笑いものにされたも同然であろう。
その心の傷つきようは、とても他人が推し量れるようなものではなかった。
何せあれ以来ほとんど授業にも出ることはなくなり、学校にいる間はずっと、この文芸部室内に引きこもってしまったのである。
「──本当に、すまない! 謝って済むような問題でないのは、重々承知しているけど、どうしても詫びを入れなければ、俺の気が済まないんだ!」
部室の最奥の自席にて、この数日間ですっかりやつれ果ててしまった小柄な肢体を預けている部長殿に向かって、俺は深々と頭を下げた。
「……別に、あなたに謝ってなんか欲しくはないわ。聞くところによると、あれは気の迷いというか、一種の心神喪失状態だったそうじゃない」
「違う違う、そうじゃないんだ」
「違うって、何がよ」
「俺には今もちゃんと、あのときの『俺』の記憶も残っているんだ!」
「──っ」
俺の台詞があまりに予想外だったのか、ずっと視線を落としていた分厚いSF小説の原書から目を離し、始めてこちらへと振り向く訝しげな双眸。
「だったらなおさら、私なんかには用は無いでしょう?」
「そんなことはない、『別の俺』の記憶が残っているからこそ、俺はおまえの本当の気持ちがわかったんだ!」
「え、私の気持ちって……」
「ずっと引っかかっていたんだ。あちらの世界の『俺』の記憶によると、今回の異常なる状況を引き起こしたのは、やはりあちらの世界の『おまえ』の不思議な力なんだそうだけど、だったら何で俺だけに『俺』の記憶を二重にすり込みながら、おまえ自身には『おまえ』の記憶を与えなかったのかって」
「あっ、そういえば……。で、でも、なぜなんだろう? 何事も自分の思い通りにしたいんだったら、自分こそに記憶や知識を与えるはずなのに」
そんな少女の疑問の声に対して、俺は一切の迷いなく、きっぱりと答えた。
「決まっている、あいつは、別の世界の
「──‼」
驚愕に瞳を見開く目の前の少女に、俺は続けざまに言い放つ。
「そう。『俺』の記憶が、語りかけてくるんだよ。『あいつ』はずっと、ただの人間になりたかったんだ。宇宙人でもなく、涼宮ハルヒなんかの監視人でもなく。だからこそあっちの世界の『俺』の記憶を、宇宙人も未来人も超能力者も神様少女も存在しない、この『完全なる現実世界』に送り込んできて、おまえと引き合わせようとしたんだろう。──まるで俺が、今年の春に市立図書館でおまえと始めて会った時から、あくまでも普通の文学少女であるおまえに、一目惚れしてしまっていたことを知っていたようにな」
「………………え」
このタイミングにおいていきなりの俺のカミングアウトを突きつけられて、これまでの憤りや拒絶のほどが嘘であったかのようにして、顔を真っ赤に染め上げていかにもしどろもどろとなってしまう長門さん。
「わ、私なんかに、一目惚れしたって、じょ、冗談でしょう⁉ こんな何の取り柄もない、陰気な本の虫に過ぎないのに!」
「何言っているんだ、俺の
「わ、私ごときが、人気者って! そ、それに、いきなり告白なんかされても、困るというか、心の準備ができてないというか……」
とうとう俺のほうを直視できなくなって、顔をうつむけてぼそぼそとつぶやき始める、校内上位ランカー嬢。
そんな彼女に向かって、俺はここぞとばかりに、一通の封筒を差し出す。
「だったら、最初はこのあたりから、始めるとしようや」
「……これは?」
「入部届だよ、長門部長殿。これからどうぞ、よろしくお願いするぜ!」
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