第21話
「──何ですかあ! 何で私が、こんな格好をしなくてはならないんですかあ⁉ それにいったい、どこに連れて行くつもりなんですかあ!」
試験休み二日目の、ひなびたローカル線のプラットフォームにて響き渡る、巫女姿をしたロリっ子の悲鳴。
そう。ついに我々の前に、リアル巫女さんが、御降臨なされたのであった。
とはいえ、もちろん本職であるわけではなく、例のごとく我がSOS団専属レイヤー、
いやあ、ツルペタ合法ロリ少女に、我が国の古式ゆかしき巫女服はミスマッチかと思いきや、これがもうお似合いだこと。
確かに胸がないほど和服が似合うとはいえ、薄いブラウンのウエーブヘアに包み込まれた端整な白磁の小顔は、その小柄な肢体と合わせて本来なら西洋人形あたりを彷彿とさせるところだが、見るからに未成熟な様がむしろまざまざと『処女性』を強調し、洋の東西を問わぬこれぞの真の神聖なる乙女の具現とも見紛うばかりであったのだ。
……いや、俺っていったい何で、こんなとち狂った情景描写なんかを、微に入り細に入りしているのだろうね?
「──いえいえ、ナイス地の文です!」
「きゃっ⁉」
なぜか俺の内心表記に呼応するようにして、巫女幼女(偽)のほうへとまとわりついていくのはご存じ、自他共に認める『
「──い、いやっ、ちょっと、やめてください!」
おいおいおい、スマホを突きつけて
「ひいっ、何で私が、こんな目に遭うんですかあ⁉ 休日にいきなり人の家に乗り込んできたかと思えば、家族が見ている前で力ずくで連れ出して、こんな変なコスプレをさせて、問答無用で引き回して! 挙げ句の果てには無断撮影したり抱きついたりして、いったい何の恨みがあるんですかあ⁉ もう嫌です、今すぐ帰らせてください!」
「──おだまりなさい」
もはや『半泣き』どころか『全泣き』状態となってわめき立て始めた朝比奈さんに対して、まるで氷の刃を突き立てるかのようにとどろく、冷徹なる一喝。
もちろんそれは、腕を組み仁王立ちして無駄に偉そうにふんぞり返っている、我らがSOS団長、
「あなたは我がSOS団の栄えあるマスコット団員でしょうが? マスコットが着飾って団の使命を果たすのは、至極当然のことじゃないの」
「マスコットって、何のことですかあ⁉ そもそも私は書道部専属部員なのであって、SOS団だか何だか知りませんが、そんな変な団体に加入した覚えはありませんよお!」
「しらばっくれるんじゃないの! 今年の四月に二年生の教室でぼけっとしていたあなたを私が問答無用で拉致した瞬間から、自動的に我が団に加入したことになっているの!」
「ええっ、そ、そうでしたっけ⁉」
……ツッコミどころが多すぎて、対応できねえ。こいつ自分で、拉致って言っちゃってるよ。
あーでも、この朝比奈さんが覚えてないのも、無理ないよな。
あの時表に出ていたのは、自称『未来人の精神体(w)』である朝比奈(大)のほうだったから、現在の朝比奈(デフォルト)状態の彼女には記憶が一切無いわけだ。
「とにかく団長の命令は絶対なんだから、反抗は赦さないわよ。古泉くん、
「「へい、合点でえ!」」
「ちょっ、だから、変なところを、──あふんっ! そ、そこ、らめえっ!」
ハルヒの命を受けてここぞとばかりに、これまでになくいい笑顔となって、更に怪しい手つきで朝比奈さんの全身をまさぐり始める長門に、その光景を嬉々として撮影していく古泉。
……もはやセクハラどころか、陵辱のレベルに達しつつあるこの有り様を見て、『拘束』の一言で済ますつもりかよ。
「──ええい、いい加減にせんか!」
「うわっ!」
「きゃっ!」
突然響き渡った怒号とともに、その衝撃波に弾き飛ばされたかのようにして地面に尻餅をつく、『
そんな慮外者たちを冷たい目で見下ろすのは、あたかも人の変わったかのような怒りに満ちた表情をした、ロリっ子巫女さんであった。
……人の変わったようなって、もしや。
「さっきからこっちが大人しくしておれば、図に乗りおって。同じ涼宮ハルヒ監視団の同士とはいえ、これ以上の無体は断じて許さんぞ!」
おお、間違いない。あのどこか大人びた顔つきといい、やけに達観した子供らしくない口調といい、いつもの朝比奈さんではなく、自称未来人の(大)のほうだ。
──さて、完全に拒絶されてしまった、自称超能力者と自称宇宙人のほうはと言うと。
「「……ろ」」
「ろ?」
「「──ロリBBA巫女っ子、
「うおっ⁉」
むしろさっきよりも更に喜色満面となって、再び『獲物』へと勢いよく飛びついていったのでありました。
「これ、これですよ! こうじゃなくっちゃ!」
「巫女服姿のロリ幼女にBBA言葉は、もはや我が国の伝統芸」
「
「これぞ見かけと内面との、ギャップ萌えの極地」
そんな俺のような常識人からすれば、何を言っているのかまったくわからないほどにヤバげなことを口走りながら、あたかも生肉に群がる野獣のごとく、朝比奈さん(大)にむしゃぶりついていく古泉と長門。
「あひんっ! や、やめんか、そんなところを……………き、気持ちよくなんか、全然無いんじゃからな! ──はっ、もしや初めから、この『私』を表に引き出すためにこそ、(デフォルト)のほうをなぶっていたわけか⁉」
「おや、気づかれましたか」
「もちの、ろん♡」
「せっかく巫女装束を着ておられるのですから、是非ともロリBBAなあなたに顕現なさっていただかないと」
「我々としては、文字通り一粒で二度おいしい。二次創作ならではの、独自の『
「ふ、ふざけるな! 私がこうして正真正銘現代日本人の女子高生の身体に二心同体的に宿っているのは、あくまでも
「──電車が来たわよ。じゃれ合うのも、大概にしなさい。他のお客さんに迷惑でしょう? それより早く乗らないと、置いていくわよ」
そう言うやさっさと一人だけ、到着した車両に乗り込む団長殿。
……やれやれ、あのガチの性犯罪の現行犯行為を見て、『じゃれ合い』かよ。
そう胸中でぼやきつつ、俺もすぐその後に続いた。
「お、おいっ、私をこの変態二人と置いていくんじゃない! ──きゃんっ」
……ついでに、朝比奈さん(大)の、無事を祈りながら。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
山の裾野の高級住宅街のど真ん中に建っている、まるで西欧の城を思わせる三階建ての豪邸へとたどり着いたのは、ちょうどお昼時であった。
「ここがそうなの、キョン?」
「ああ、間違いない。──とは言っても、俺も妹の付き添いで、二、三度ほど来たことがあるだけだけどな」
そんなことをハルヒと言い合いつつ頃合いを見て、異様に背の高い門扉に備え付けられている、インターホンへと挨拶を述べる。
「……あー、ミヨキチ、俺だ、待たせたな」
するとなぜだかほとんどタイムラグなしに、幼い少女の返事が返ってきた──
『はいっ! お待ちしておりま──』
──かと思えば、不意に途切れてしまう。
「ミヨキチ? ど、どうしたんだ」
『……誰、ですか?』
再び聞こえてきたのは、あたかも地の底を這うかのような、暗い声音。
「へ?」
『その女の人たちは、いったいどなたなんですか?』
え? え? どういうこと?
つまりミヨキチは、セキュリティカメラか何かで、こっちのことを見ているんだろうけど、何で女限定なんだ? 俺以外にもちゃんと、
「あーと、こいつらを連れてきて、まずかったかな? おまえからの『相談事』を解決するには、案外頼もしい助っ人であるわけなんだけど」
『…………』
いやだから、インターホンで無言になられると、非常に不安なんですけど!
『……わかりました。こちらからお願いしておいて、不躾なことを申しまして、すみませんでした。今ロックを外します』
その言葉と呼応するかのように、解錠音とともにゆっくりと、門扉が自動的に開かれていく。
しかし肝心の母屋の玄関の扉のほうは、なかなか開かれることはなかった。
「……やけに、待たせるな」
「小学生といっても女の子だから、いろいろと身支度があるのよ」
ハルヒはそう言うものの、それにしては時間がかかり過ぎだ。かれこれ十分以上も待たされているぞ。
「用件が『犬』だけに、ご本人も犬の格好をして、あなたのことを待ち構えていたりしてね♡」
俺の耳元に口を寄せて、こっそりとろくでもないことを言い出す古泉。
つうか、その『
「おいっ、あいつは妹の友達なんだぞ! 冗談でも、そんなこと──」
「お待たせしました」
その時俺の言葉を遮るようにして、ようやく目の前の重厚なる扉が開かれる。
あたかもホテルのロビーそのままの広大で高大なる三階分丸ごと吹き抜けとなっている玄関ホールにたたずんでいた、とても小学生には見えない大人びた少女は、紛うかたなく妹の親友
身に着けているのはいかにも彼女らしく、無駄に華美ではないものの十分に
「……ええと、ただのお着替えにしてはいささか時間がかかりすぎだと思うけど、部屋の片付けとかもしていたのかな?」
「別に? 尻尾を外すのに、ちょっと手間取っただけです」
し、尻尾って、本当に犬か何かになっていたの? それにそもそも、どこにつけていたわけ⁉
なぜかお尻のあたりにしきりに手を当ててさすっているミヨキチ。──やめろ古泉、俺のことを、そんな生温かい目で見るんじゃない!
「……ったく、せっかく今夜は、お父さんもお母さんも留守だというのに」
俺たちを『目的地』へと案内しながらも、更に不穏なことをつぶやく
ご両親がお留守って、あんたもしも俺が一人で来ていたら、どうするつもりだったの⁉
「──この部屋です」
長い廊下の突き当たりに到着するや、これまで素通りしてきた他の部屋に比べれば幾分こぢんまりとした扉をおもむろに開き、俺たちを手招きするミヨキチ。
十畳ほどの部屋中に敷かれた深紅の絨毯と、テーブルとソファからなる応接セットという、一見ごく普通の一軒家のごくありふれたリビングにも見えるものの、
──何とこここそが今回の目的地である、『室内犬専用部屋』なのだった。
「くう〜ん」
そしてソファの上で毛布にくるまって、いかにも具合が悪そうに伏せっている純白の毛むくじゃらの子犬こそ、今回のミヨキチ家訪問の目的そのものであったのだ。
「ルソー、大丈夫⁉ ああ、何だかさっきよりも、辛そうな顔つきをしている!」
慌てて駆け寄り、愛犬をその胸にかき抱く、美少女
──まさに、その時であった。
「……無駄ですじゃ、ご主人様。わしはもう駄目じゃ」
唐突に聞こえてくる、何だか苦み走った、重厚なる男性の声。
「だめ、ルソー! それ以上無理をしたら、命に関わるわ。お願い、口を閉じて!」
まるでミヨキチの言葉に応じるようにして聞こえなくなる、謎の男性の声。
その他の全員があっけにとられてただ呆然と見守り続ける中で、一人古泉だけがこれまでになく真剣な表情へとモードチェンジするや、重々しく口を開いた。
「その子ですか、人間の言葉をしゃべるようになってしまったという、ウェストハイランドホワイトテリアのルソー氏は」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
昨日の試験休み一日目において、かつて猫のシャミセンが突然人語を話し始めたことについて、
俺のスマホにミヨキチからの音声通話が着信したかと思えば、何とその用件が、彼女の飼い犬がいきなり言葉を話し始めるとともに、急激に体調を崩し寝たきりになってしまったという、とても単なる偶然と片付けることのできない、非常にタイムリーな話題であったのだ。
そのため予定していた長々とした蘊蓄解説コーナーを急遽取り止めにして、残りの団員──つまりはハルヒと
なぜなら、シャミセンがしゃべりだした原因を熟知している古泉は、当然のごとく同じように人語を話し始めた犬を元に戻す方法を知っており、そしてそのためには、ハルヒと俺の飼い猫──つまりはシャミセンが必要なのだから。
え? 他のメンバーはどうなのかって? いや別に必要ないよ。俺や
「じゃあ、お願いします」
「ああ」
古泉からの指示に従い、俺はキャリングケースに入れて連れてきていたシャミセンを、ルソーが寝ているソファの上へと出してやる。
「長門さん、後はよろしく」
「わかった」
以後はほとんど
言うまでもなく、長門の存在すらも含めて、全部がブラフであるが。
そしてもちろん、すべての鍵を握るのは、この女である。
「──なあ、ハルヒ」
「何よ、この大事な時に。静かに見ていなさいよ」
こちらを振り向きもせず、まったくとりつく島もない団長殿であったが、俺は構わず小声で話し続ける。
「おまえ、ルソーに、治って欲しいか?」
「はあ? あったり前じゃない。何をわざわざ、わかりきったことを聞いているの?」
「だったら、強く願うんだ。ルソーが必ず治るようにな」
「──っ」
言葉に詰まったようにして、ここで初めて俺のほうへと振り向くハルヒ。
「な、何よ、この私に、神頼みでもしろというの? 私はそんな他力本願、御免こうむるわ!」
「安心しろ、その神様だか仏様ってのは、おまえ自身なんだ。おまえはおまえに願えばいいんだよ」
「はあ? 何よそれ」
「いいから、祈れ! ルソーがよくなるように! おまえの力で謎の病原を、この俺に移したっていいから!」
「ば、馬鹿なこと、言ってるんじゃないわよ!」
「構わないじゃないか? 俺はおまえにとっては
「──‼」
言葉を止めて、俺の顔をまざまざとにらみつける、自称『魔王の娘』の転生体の少女。
「……ふざけるんじゃないわよ、たとえ親の敵であろうとも、団長である私が、団員を犠牲になんかするもんですか、見損なうな! ──いいわ、見てらっしゃい、ルソーは私が必ず、元気にしてみせるから!」
そう言い捨てるや、ぷいっと顔をそらし、再びルソーのほうを文字通り祈るようにして見つめだす、我らが団長殿。
……これでいいんだな、古泉?
俺がそのようにアイコンタクトをとるや、小さくうなずき返してくる、超能力少年。
ルソー氏が言葉を失うとともに元気を取り戻すのは、それからほんの十数分後のことであった。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
その後のことは、ほとんど
……まあ、ルソーの快復した姿を見て感極まったミヨキチが泣きながら俺に抱きついてきたり、それを見たハルヒがなぜか機嫌が悪くなったり、
「それで当然、説明してくれるんだろうな?」
地元の街へと帰り着き、すでにハルヒと
「ええ、もちろん。──でもその前に、今回の最大の功労者をねぎらうことも、お忘れなく」
そう言っていかにもキザったらしい手つきで、俺のキャリングケースを指し示す超能力少年。
「……ああ、わかっているよ。──シャミセン、今日はご苦労だったな」
すると文字通り籠の中の猫は、それに応じるように、一声「ニャア」と──
「いやいや、お役に立てたようで、私も嬉しいよ」
──鳴いたりせずに、その代わり、朗々たるバリトンの男性の声が鳴り響いた。
それは間違いなく、今俺が持っている、キャリングケーズの中から聞こえてきたのである。
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