第26話
「──このたびは、幸福な予言の巫女様のお陰様をもちまして、我が企業グループにおいては莫大な利益を得ることができました。ここに謹んで
広大なる
それは間違いなく我が国の経済界でも指折りの、超一流企業の現会長御本人であった。
口上を述べられている幼子のほうはと言うと、一応目が開いているので眠ってはいないようだが、いかにも心ここにあらずといった感じで、あたかも見た目通り秀麗なる日本人形そのままに、言葉を発するどころか何の反応も示さなかった。
だがそれでも社会的にれっきとした地位も名誉も財力もある男性のほうは、そんな年端もいかない少女の無礼な有り様に気分を損ねるどころか、ただひたすら畏まるばかりであった。
あたかも文字通り、神の分身を、目の前にしているかのように。
しかも何とそれは、彼だけに限った話ではなかった。
部屋の外の中庭に面した廊下では、いまだ夏の名残の陽射しも厳しいというのに、
その顔ぶれのほうも室内の経済界のドン氏と負けず劣らず、政界や学界や日本医師会や法曹界やIT業界やマスコミや果ては裏社会に至るまで、我が国を代表するそうそうたる面子揃いであった。
……おそらくは先達同様前回の『予言』のお礼か、新規の依頼のどちらかであろうが、これは少々数が多すぎるんじゃないのか?
「──申し訳ございませんが、本日の巫女姫様の謁見は、これまでとさせていただきます」
俺がちよちゃん──否、『
「な、何だと⁉」
「我々はかれこれ、二時間以上も待っているのだぞ!」
「一目でいい、何とかお目通りさせてもらえないかね?」
そのように騒ぎ立て始めたおっさんたちを前にして、俺は大きくため息をついた。
「……あのなあ、あんたらがどんなに偉い人間か知らんけど、ほんの十歳程度の女の子に、無理強いをして恥ずかしくないのかよ? 別に依頼を断っているわけでなく、日を改めてくれって言っているだけだろうが? いい大人なんだから、聞き分けろよ」
「「「なっ⁉」」」
それこそほんの十歳程度の
「この小僧が、何という口の利き方だ!」
「我々を、誰だと思っているのだ!」
「巫女姫様の腰巾着ごときが、図に乗りおって!」
「いくら鶴屋家の人間といえど、ただでは済まさんぞ!」
口々に食ってかかってくる、おっさんたち。
その分別の無さに、いよいよ俺があきれ果てた、まさにその時。
「──お控えください」
けして大声ではないものの、あたかも研ぎ澄まされた真剣そのままに、混乱の場を一刀両断にする、年嵩の女性の声。
振り向けばいつの間にか、小柄なれどそこはかとなく威厳を感じさせる上品なる和装の老婦人が、廊下の中ほどにたたずんでいた。
「──こ、これは、鶴屋の御当主殿ではありませぬか⁉」
さすがに我が国を代表する旧家鶴屋家の現当主にして、千代と
「畏くも巫女姫様の
「あ、いや、そこな少年が我々に対して、大層失礼なることを申しましてな」
「そこでやんわりと、たしなめておったところでございます」
「そうです、そうです、その通りです!」
平安時代当時から朝廷直属の呪術組織として暗躍してきた、異能の一族の現最高権力者を前にしては、たとえ政財界のトップといえどただへりくだるしかなく、すべてのとばっちりは『ただの分家の小せがれ』である俺のほうへと、飛び火するばかりと思われたところ。
「だから、お控えくださいと、申しておるでしょうに。この者はまさしく『幸福な予言の巫女』と同様に、我が鶴屋家屈指の異能者たる、『
「「「は?」」」
一瞬、何を言われたかわからず、呆けた表情となるお歴々。
しかしそれは文字通り次の瞬間、蜂の巣をつついたかのような騒ぎとなった。
「か、語り部、ですと⁉」
「あの『くだんの
「一説によると、ただ小説を書くだけでこの現実世界そのものを、意のままにできるとも言うぞ!」
「まさか、そんな! それじゃただ『凶兆』を予言するだけのくだんの娘なんかよりも、よほど脅威ではないか⁉」
俺のほうへまるで化物を見るような目を向けながら、口々にわめき立てる男たち。
「……とまあ、そういうことですので、この者の堪忍袋の緒が切れる前に、どうぞお引き取りなさってくださいませんか?」
「「「これはまた、大変失礼をば、いたしましたあ!!!!!」」」
あたかも手のひらを返すようにして、脱兎のごとく走り去っていくお歴々。
「まったくもう、これが我が国の重鎮だというのだからねえ。──では、語り部殿、後のことは頼みましたよ」
「へ? 後のことって……」
「もちろん、千代のことですよ。何せあの子はあなたのことが、大層お気に入りのようですからね。──そりゃあ他ならぬあなたから、幸福な予言の巫女にしてもらったのだし、この上もなく感謝していることでしょうよ」
「──っ」
何で、そのことを⁉
思わず御当主様のほうをまじまじと見つめ直すものの、あくまでもそこにはいかにも人のよい笑顔があるだけであった。
……いや、そんなはずはない。俺は間違いなくあの時、すべての関係者の記憶を書き換えたんだ。ちよちゃんが幸福な予言の巫女ではなく、本当は不幸な予言の巫女たるくだんの娘であったことを覚えている者なんて、唯一の例外を除いて一人たりとているわけがないんだ。
俺はこちらの胸中の煩悶なぞ構わずに悠々と歩み去って行く御当主様の後ろ姿をにらみつけながら、そのように自分に言い聞かせ続けていた──ところ。
「──うふっ、キョ〜ンちゃん♡」
いきなり背中にのしかかる、柔らかく温かい重み。
「……千代、様」
そうそれは、我が鶴屋家の生ける至宝たる、『幸福な予言の巫女』様その人であった。
「嫌っ! 私のことは、『ちよちゃん』って呼んでってば! ──昔のように」
まさしく当時の幼子にでも戻ったかのように、いつになく甘えてくる巫女姫様。
「それじゃ失礼して、──『ちよちゃん』、どうしたんだい?」
「いっぱいおじさんたちと挨拶して、ちよちゃん、疲れちゃった! いつものように、ひっついて、癒して?」
そう言って俺の手を取り、謁見の間へと引きずり込む、尊き
……いや、昔のちよちゃんなら、こんなことけしてしないし、言わないよな。
これも彼女を──そして世界そのものを、書き換えた報いなのだろうか?
「キョンちゃん、今日も夜までたっぷりと、イチャイチャしようね♡」
そう言うや畳に押し倒した俺へとのしかかり、花の蕾のような唇を重ねようとする、幼き少女。
そういや俺の
誰よりも頼れる補佐役として全面的に信頼を寄せてくれている少女に身を任せながらも、心のうちでは別の女の子ことばかりが思い浮かんできた。
何て不実な、男なんだろう。
これ以上語り部の力で無理やり世界を書き換え続けていると、そのしわ寄せは目の前の少女のほうばかりが背負わされることを知っていながら、俺は彼女たち姉妹を自分だけのものにするためにも、けしてやめることができなかったのだ。
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