第27話

「何ゆえいきなりつるさんの姉君の嬢が、『八日後のあささん』になりきってしまったのか? 実はこれって別に難解極まるからくりなんかが隠されているわけではなく、むしろ我々にとっては非常にお馴染みなことでしかないのです。──そう。オリジナルの間違いなく現代日本人の朝比奈さんが、『未来人の記憶』に乗っ取られる時だけ、自称未来人である朝比奈さん(大)となってしまうように、千代さんの場合も夜眠っている時とかに集合的無意識にアクセスした際に、『朝比奈さんとしての記憶』をすり込まれてしまっただけなのですよ」


 ………………………………は?


 引き続き駅前の高級マンション七階の、ながの一人暮らしの部屋のリビングにて。

 いよいよ今回も長々とした蘊蓄コーナーが始まるかと思いきや、語り手の自称超能力者のいずみ少年が、何と掟破りも甚だしくあっさりと、冒頭数行で結論を語りきってしまったのであった。


「──いやいやいや、それはないだろう! いきなり結論をネタばらししたのもアレだが、そもそも独立した大人の女性の『朝比奈さん(大)』が登場する原典オリジナルとは違ってこの二次創作においては、あくまでも現代日本人の朝比奈さんが時たま人が変わったように自分のことを『未来人である』なんて言い出すという、いわゆる『一人二役』的言動を行っているのは、何よりもこの現実世界に未来人などという非現実的な存在を登場させながらも、厳然として現実性リアリティを維持し続けるための半ば反則技的処置なんだろうが? それを今度はSOS団にとっては部外者に過ぎない千代が、未来人でも何でもなく、ちゃんと元からこの現代日本に存在している赤の他人である朝比奈さんになりきってしまうなんて、むしろ現実性リアリティ的にはむちゃくちゃじゃないか⁉」

 せめて朝比奈さん自身が自分のことを、『八日後の朝比奈みくる』だと主張しだすのなら、わからなくもないけどな。

 しかし目の前の同級生の少年は、そんな俺の理路整然とした反駁を、一刀のもとに斬り捨てた。

「そんなことないですよ? 千代さんが朝比奈さんになりきってしまったって、別にいいではありませんか?」

「いいわけあるか。朝比奈さんが『朝比奈さん(大)』になることだって、現実性リアリティを維持するためがゆえの、ギリギリ許容範囲内だというのに、まったくの別人なんかになっちゃ駄目だろうが?」

「なぜです?」

「なぜって、そりゃあ…………」

 あれ? そういえば、なぜだっけ?

 何となく駄目のような感じはするんだけど、こうして具体的な理由を聞かれたら、明確な答えが思い当たらないぞ。

 急に言葉に詰まった俺を見て、いかにもあきれ果てたようにして、深々とため息をつく古泉。


「……やれやれ、以前ちゃんと言っておいたではありませんか? あらゆるSF小説的事象においては、けして勝手に例外なぞ設けずに、常に『すべて』を適用範囲にすべきだと。何しろ集合的無意識には文字通り、『すべて』の世界の『すべて』の存在の『記憶』が集まってきているのですからね。よって当然そこには遙か未来の朝比奈さんご本人や彼女の遠い子孫の方等のいわゆる『未来人の記憶』だけでなく、朝比奈さんご自身の『八日後の記憶』はもちろん、それこそ『まさに今この時の記憶』すらも存在していて、それがまったく別人の千代さんにインストールされて、本来赤の他人であるはずの千代さんが、ちゃんと本物の朝比奈さんがおられる今この時において、『八日後の朝比奈さん』として振る舞っていくことも、現実的に十分あり得るのですよ」


 ──‼

 集合的無意識にアクセスすることで別の世界や別の時代の別の存在の『記憶』をすり込まれることによって、未来人や宇宙人等の非現実的存在になれるばかりか、今まさに普通に存在している赤の他人になりきることすらも実現できるだと?

「……あれ? ちょっと待てよ。これって未来人化とか宇宙人化とかのもうすっかりお馴染みの、『普通の現代日本人のSOS団員化』路線パターンではなく、原典オリジナルには無かったものの、これはこれでSF小説等における代表的な超常イベントである、『人格の入れ替わり』を実現したようなものじゃないのか?」

「おお、気がつかれましたか! ええ、まさにその通りなのです!」

 俺はあくまでもちょっとした疑問を呈したつもりであったが、いきなり表情を嬉々と輝かせ始めるエセ超能力者。

 ……いかん、またしてもこいつの『蘊蓄魂』に、火をつけてしまったようだ。

「これもまた、『すべて』理論の代表例ですよ。先ほども申しましたように、何せ集合的無意識には文字通り、『すべて』の世界の『すべて』の時代の『すべて』の存在の『記憶』が集まってきているのですから、何も未来人化や宇宙人化や超能力者化等の、原典オリジナル同様の非現実的なSOS団の実現だけではなく、『人格の入れ替わり』や『前世返り』や『多重人格化』等々の、いわゆる『別人格化』と呼び得るジャンルの超常イベントも実現できるってわけなのですよ」

「──わかったわかった、それはそれですごいよな! でも残念ながら今回は別に『別人格化』が話題の焦点というわけじゃないんだから、詳しい蘊蓄はまた別の機会にしょうぜ!」

「そうですかあ? せっかくこれからがいいところだったのに……。まあ確かに、今回は千代さんと朝比奈さんの人格がお互いに入れ替わったわけではありませんし、またのお楽しみということにいたしますか」

「そうそう、それがいいと思うぞ!」

 言葉巧みに言いくるめて、何とか思いとどまらせることに成功する。……ふう、やれやれだぜ。

「しかしそれにしても、ただ他人になるだけでなく、ほんの数日後とはいえ『未来人』としても振る舞っていくなんて、いくら最初にきっちり『八日後の朝比奈さん』の記憶を与えられていたとしても、おまえが何度言うようにこの現実世界の未来には無限の可能性があるんだから、これからの八日間が最初に与えられた記憶通りにいくとは限らず、どんどんと混乱をきたしていって、すぐに他人として振る舞うことなんてできなくなるんじゃないのか?」

「おやおや、これまたお忘れですか? 別に僕を含めて集合的無意識によって超能力者や八日だけの未来人等の『限定された別の人格』を与えられた者は、通り一遍のパターンの記憶を夢の中等でライブで流されて脳みそに刻み込まれたのではなく、超能力者や未来人等としては限定されていながらも、あくまでも『あらゆる』超能力者や八日だけの未来人としての記憶が、あたかもパソコンのメインのハードディスクを丸ごとコピーするかのように、全記憶データがインストールされているのであって、どんなに状況が変化しようがその無限の記憶データを材料にしてあくまでも自分の意思で言動することで、ちゃんと超能力者や八日だけの未来人として振る舞っていくことができるといった次第なのですよ」

 あーあー、そうだ、そういえば、そうだった。

 今俺の目の前にいる古泉も、別に『与えられた偽りの記憶』によって一時的に洗脳されているわけではなく、言わば集合的無意識という外部の巨大なる脳みそを新たに設定されているようなものなのであって、そこと常にアクセス状態を維持されていることで、もはや超能力者として思考や言動をすることがんだっけ。

「それに何より、このアクセス状態は他者によって強制されているので、自分から超能力者や未来人としての『記憶』を解除することはできず、これからの八日間において少々不具合があったとしても、そちらの『八日後の朝比奈さん』が混乱をきたして本来の千代さんに戻ったりすることはあり得ないのです」

「……おまえらを集合的無意識に強制的にアクセスさせているのって、確か『夢の主体』の象徴シンボルとかいうやつだっけ?」

「ええ、僕の場合はすずみやさんであられます。──それでですね、実はこれって、本物の朝比奈さんにおける、『未来人化』の仕組みそのものでもあるのですよ」

「え? それって、朝比奈さんもハルヒによって、集合的無意識に強制的にアクセスさせられているってことか?」

「まあ、確かにそれもそうなんですけど、より根本的な点についてですよ。僕たちSOS団超常トリオの中で彼女だけが、単に未来人になってしまっただけではなく、まさに今回の千代さんのように、未来人状態──すなわち『朝比奈さん(大)』状態においては、まるでみたいじゃないですか?」

 あ。

 そうだそうだ、俺もそこのところが、ずっと気になっていたんだ。

 古泉や長門はどうやら超能力者や宇宙人としての記憶だけでなく、ちゃんと本来の現代日本人としての記憶もあるようなのに、朝比奈さんだけは文字通り『与えられた偽りの記憶』に乗っ取られたかのようにして、『朝比奈さん(大)』状態ではまるで別人化してしまうし、しかも元の状態に戻ったら未来人状態の記憶がまったく残っていないという、古泉たちと比べて、非常にイレギュラーなパターンと言えるからな。

「実はですね、『朝比奈さん(大)』状態においても、別にまったくの別人になってしまうわけではなく、あれも間違いなくに過ぎないのです」

 へ?

「おいおい、あのロリBBAな朝比奈さん(大)も、朝比奈さん本人だって? そんな馬鹿な。おまえらしくもない、ちっとも笑えないジョークだな、古泉?」

「……まったく、だから言っているでしょうが。我々は涼宮さんから、あらゆるパターンの未来人や超能力者としての記憶を一括して与えられていて、ちゃんと自分の脳みそを使って意識的に言動していると。──そう、あくまでも『記憶データ』であって、いわゆる『人格』そのものではなく、今回の件も含めていかに集合的無意識に強制的にアクセスさせられたからって、真の意味で『別人格化』してしまうことなんてあり得ず、朝比奈さんはあくまでも朝比奈さんであり、千代さんはあくまでも千代さんのままなのです。ただ集合的無意識に強制的にアクセスさせられている間は、心から『朝比奈さん(大)』や『八日後の朝比奈さん』としてだけに過ぎないのであり、確固とした未来人としての『朝比奈さん(大)』や『八日後の朝比奈さん』という、別人格に乗っ取られているわけじゃないのですよ」

 あー、つまりは人間として行動していくための指針である『記憶』が、集合的無意識と接続状態では『朝比奈さん(大)』や『八日後の朝比奈さん』としてのものしか使えないから、自然と未来人として言動していくことになるけど、少なくとも物理ニクタイ的にはあくまでも『朝比奈さん』や『千代さん』自身として行動しているってことか。

 ……つまり、第一章の初っぱなに『朝比奈さん(大)』が、「私がこうして主体的に言動している限りは、『私』こそがこの身体のあるじなのであり、今現在においては最大の決定権を有しており、どう使おうが自由なのだ!」と言っていたのは、こういう意味だったのか。

 その証拠に、この場に同席している当の本人の千代が、これほどまでに現在の彼女が置かれている状況を詳細に語られているというのに、さっきからただひたすらきょとんとした表情をして、まったくの他人事のようにしているのも、現在の彼女が心底『八日後の朝比奈さん』そのものになりきっているからなんだろうな。

「……それで古泉、当然この千代に集合的無意識の記憶をインストールした、いわゆる『夢の主体』の象徴シンボルがいるはずなんだけど、それは一体何者で、そもそも何を目的としているわけなんだ?」

「そりゃあ、涼宮さんに決まっているじゃないですか? 、千代さんを『八日後の朝比奈さん』にしてしまったことね。──それこそ、『何を今更』ですよ」

「ハルヒだと? なんであいつが千代を、『八日後の朝比奈さん』なんかにしてしまわなければならないんだ?」

 そんな俺の素朴な疑問に対して、古泉は、

 これまでで最も驚きの、文字通りあっけにとられるほど、予想外の回答を示してきた。


「ああ、そこら辺は原典オリジナル通りですよ。つまりあなたをてんやわんやの未来人騒動に没頭させて、ヴァレンタインデーのことをすっかり忘れさせようとなさったわけなのです」


 なっ⁉

「そんなアホな! ヴァレンタインデーのためだと⁉ いやいや、もうちょっとこう、本物の朝比奈さんを悪の組織から守るためとか、将来タイムマシンを発明させるためのきっかけを万全なものとするとか、一応SFライトノベルとしてふさわしい理由があるべきだろうが⁉」

「何をおっしゃられることやら。ここは原典オリジナルなんかと違って、あくまでも『完全なる現実世界』なのですよ? けして存在することのない本物の未来人を付け狙う謎の組織なんて存在し得ないし、タイムトラベルを始めとするいわゆる『世界間転移』の類いが理論上絶対不可能であることも、これまで散々ご説明してきたでしょうが?」

 ええー、じゃああのバカ『神様少女』ときたら、本当にヴァレンタインデーのサプライズ演出を成功させるためだけに、無意識に他人の人格を入れ替えたりしたわけ?


 ……そこら辺に関しては、まさに原典オリジナル同様に、はた迷惑な女だよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る