第2章、「どんなにループしようと九月一日時点から見れば、八月はエンドレスじゃないじゃん」

第9話

「──いやあ、これはまた、いい目の保養ですねえ」


 さんさんとぎらつく真夏の太陽に照りつけられながら、市営のスポーツセンター内のプールサイドにて、まさしく現在の状況について頭を悩ませていると、いきなり真横からかけられた、いかにも太平楽な声。

 そいつの視線につられるようにして、水深の浅い児童用のプールのほうを見やれば、ハルヒとあささん(ただし中身は(大)ヴァージョン)とながのご存じSOS団三人娘が、別に知り合いでも何でもない小学校低学年の女児たち十名前後と、ビーチボールを使ったドッチボール遊びに興じていた。


 当然全員、あでやかなる水着姿である。…………いや、原典オリジナルのサービスシーンでお馴染みのSOS団ヒロインズはデフォルトとして、もちろんなのであるが。


「……おい、いずみ。おまえが今まさに目を皿にして見ているのは、ハルヒたちSOS団のメンバーだよな? せめて一応同年代として合法ロリの範疇に入る、朝比奈さんだよな⁉ なあ、なあ、お願いだから、そうだと言ってくれよ!」

「ああ、やはり庶民的な市民プールはいいですねえ。何かと背伸びをしたがる中高生のBBAどもは、都市部の総合アミューズメントパークあたりに行って寄り付きもしないので、今最も輝いている『彼女たち』のみずみずしい肢体だけを、何の遠慮もなくじっくりねっとりと観賞することができるのですからね!」

 ……やっぱり、そっちか。

 だからおまえ本当はSOS団ではなく、はんれんに所属しているんじゃないのか?

「それにしても、長門さんときたら、うらやましい限りですよ。あれだけ『彼女たち』に接近しても、何ら警戒されることなく、色とりどりの水着姿を至近距離で網膜に焼き付けたり、好機チャンスと見れば偶然を装って物理的接触をはかることすら可能でしょうしね」

 文字通り口惜しそうな危険人物A少年の視線の先には確かに、危険人物B少女がよだれを垂らさんばかりに相好をくずして、女児たちとじゃれ合っていた。

 いやいやいや、長門さん。パブリックイメージは、ちゃんと守りましょうよ!

 何だよ、『よだれを垂らさんばかりに相好をくずした長門』って。そんなもん挿絵指定されたら、どんな凄腕イラストレーターでも匙(というか絵筆スタイラスペンか?)を投げてしまうだろうよ。

 それにしても長門の『洋ロリ原理主義』という属性は、いったいどうなったんだ? 最近すっかり形骸化しているんじゃないか? ………………いや、俺としてはそんなこと、どうでもいいんだけどね。

 そんな毎度のごとく馬鹿馬鹿しいことを、俺が思い巡らせていた、

 まさに、その刹那であった。


「──まあどうせそのうち、すずみやさんが、『さあ、あなたたちもそんなところで無駄に男二人でだべってないで、こっちに来なさい。今から水中サッカーをやるの。キョンと古泉くんはキーパーをやってちょうだい!』とか何とかおっしゃって、我々を呼び寄せてくれるでしょうしね」


 ──っ。

 思わず真横へと振り向けば、憎たらしいまでのしたり顔がこちらを見つめていた。

 ……こいつ、いつものパターンとして、俺を唆して危機意識を高めさせて、現下の異常なる状況の元凶であるハルヒにそれとなく自重をはかるように働きかけさせて、駄目元で一気に問題解決を図ろうとして、あからさまに煽りにきているな?

 その手に乗るか。下手に対応を間違うと、あの女、今度はどんな超常現象を引き起こすか、わかったもんじゃないからな。


 ──そりゃあ、『神様少女』たるハルヒの観察者である、こいつや長門や朝比奈さん(大)にとっては、そうなっても好都合だろうがな。


「ふ、ふん。この忌々しいトンデモ状況だって、別に悪いことばかりじゃないんだぜ? ──これを見やがれ!」

「──! そ、それは⁉」

 俺が耐水ポシェットの中から取り出した、けして水に濡れることのないよう念には念を入れて更にビニールに包み込んでいる、まさしくお守り代わりの『ブツ』を見て、目を見張る超能力少年。

「ま、まさか、あなた、ナン○ーズに手を出したのですか⁉」

「ああ、何せんだからな! この数字ナンバーだけに、全財産をぶっ込んでやったぜ! ……いやあ、明日の発表が楽しみだよな♡」

「な、何ということを──」

 俺が得意満面に見せびらかすナン○ーズ引換券チケットを前にして、絶句する同級生。

 くくくくく。転んでもただでは起きない俺のクレバーさに、言葉もないってところかな?


 その時、噂をすれば何とやら、ハルヒがプールの中からこっちに向かって、大声を張り上げた。


「──さあ、あなたたちもそんなところで無駄に男二人でだべってないで、こっちに来なさい。今から水中サッカーをやるの。キョンと古泉くんはキーパーをやってちょうだい!」


 それは一語一句たがうことなく、先程古泉が予言していた通りだったのである。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……何で、何でだよう。何でナン○ーズが、外れちまったんだよお」


 次の日のきた高文芸部兼SOS団室。俺はいつものメンバーである、いずみながの二人を前にして、完全に意気消沈してうなだれながら、自席に力なく座っていた。


 ちなみに俺以外の二人は昨日の戦利品である、(いつの間にか長門が隠しカメラで盗撮していた)女児たちの水着姿のインスタ(旧写メ)を額を寄せながら観賞していたのだが、さすがに気の毒と思ったのか、古泉だけはおずおずと声をかけてきた。

「あ、あの、お気を落とさずに。いや、本当に申し訳ない。こういうことも十分考えられたのに、すっかりご注意するのを失念しておりました」

 その言葉は確かに真摯で実直なものであったが、に関してだけは半ば八つ当たり的とはいえ、とても無視するわけにはいかなかった。


「『こういうことも十分考えられた』ってのは、どういうことだよ⁉ これまでの中で、ナン○ーズの当選番号が以前と変わってしまうほうがおかしいだろうが⁉」


 部室中に響き渡る、俺の魂からの叫び声。

 何とあの常に我関せずを旨とする自称宇宙人までもが、盗撮写真観賞をやめて、こちらを目を丸くして見つめていた。

「あー、非常に言いにくいんですけど、今回のあなたの敗因て、実は三つほどございましてね。それをこれから順繰りに詳しくご説明いたしますと、先程の私の台詞についても、十分納得していただけるかと思われるんですよ」

「……言ってみろ」

 本当はこいつの蘊蓄長話なんて御免被りたいところだが、今日は完全にヤケになっていたのだ。

「まず最初に、あなたったら昨日、不用意に『フラグ』を立てすぎたんですよ。あれだけ『絶対このナン○ーズは当たる!』なぞと豪語したりしては、お約束として外れてしまうのも、当然ではないですか」

「──ぐはっ!」

 確かにそれは少々メタっぽいとはいえ、非常に納得のいく話であった。

「そ、そうだよな。実は俺ももしかしてって、思っていたんだ」

「ようやく冷静になられたようですね。──では引き続き、二番目の理由です。これまであなた自身散々ループを経験してきて、同じ花火大会においてもイベントスケジュールが微妙に違っていたり、下手したら大雨等に見舞われてイベント自体が中止されたりするといった、『差異』が存在していることをご承知のはずでしょうが。今回同一日におけるナン○ーズの当選番号が違っていたのも、同じことですよ」

 そ、そういえば、ループと言っても、完全に同じことの繰り返しではなかったっけ。

「……いやでも、『神はサイコロを振らない』という有名な格言があるくらいだし、こういう数字的なものはループ中においては変化しないものと思っていたんだけど」

「何言っているんですか、その某天才科学者の得意満面の決め台詞が今や時代遅れの決定論に呪縛されたたわごとであることは、この前あささんの『未来人』問題の時きちんと言及しておいたではないですか。──では、奇しくもまさにこのことに関連して、三番目の理由です。実はですね、このようにあなたを始め多くの人たちが、インチキ三流SF小説やSF漫画やSF映画等の悪影響で完全に勘違いされているようですが、今回みたいにループや過去へのタイムトラベルを行うことで、当然のように現在自分が存在する時点よりも未来のことを知っているつもりでいても、けしてその知識通りの未来になるとは限らないのです。むしろこのことは常識中の常識であり基本中の基本でありますので、是非ともすべてのプロのSF小説家の皆様にわきまえていただきたいのですが、たとえループやタイムトラベルのような異常な状況に置かれようが、その人自身はけして『お客さん』でも『部外者』でもなく、れっきとした現時点の世界の『現代人』なのであって、当然のごとくそれから先の未来には無限の可能性があり、必ず彼の確信している『未来の知識』通りにいくわけではないのですよ」

 そこでいったん言葉を切り、俺が十分に理解を得るのを待ってから、


 その同級生の少年は、本日最大の驚愕の言葉を言い放つ。


「──なぜなら、量子論に則ると実は世界とは、過去から未来へと連続的に流れていくものなんかではなく、何とまさしくこの『現在』しか存在しておらず、言わばその本質はほんの一瞬の『時点』の断続的連なりでしかなく、そもそもやり直せる『過去』やあらかじめ知り得る『未来』なぞ、まったく存在し得ないのですから」

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