第3話

「──危ない、ふじわら!」


 あたかもこの谷底を取り囲んでいる岩山をすべて崩さんばかりの、耳をつんざく大轟音の連続の中にあって、辛うじて俺の叫び声が聞こえたのか、間一髪のところで巨大な竜尾ドラゴンテイルの攻撃から転がりながら避けることに成功する、未来人の前衛アタッカー

「だ、大丈夫か⁉」

「ちっ、おまえは人のことよりも、早くその魔導書の記述を完成させろ! ──よう、そいつの護衛カバー、頼んだぞ!」

「……任せて、彼のことは、この私が必ず護る」

 いかにもつれない言葉を返しながらも、しっかりとこちらの身の安全を優先してくれる、頼りになるパーティ随一の火力の持ち主。……………このツンデレさんめが。

 しかし、これ以上グズグズしていられないのも、また事実であった。


 何せ魔界最強との呼び声も高い、かのレッドドラゴンとガチの異能合戦を始めてすでに二時間以上、今やこちらのパーティメンバーの疲労は限界を迎えようとしていたのだから。


「くっ、このところ遭遇する魔族やモンスターの高レベルさときたら、シャレにならないぜ。こいつはどうやら、この異世界そのものを夢見ながら眠り続けているという、『なろうの女神』とやらの居所は、もはや目と鼻の先のようだぜ」

「……ええ、だからこそ彼は、必死に私たちを食い止めようとしているの。たとえこちらが未来人と宇宙人と超能力者のそろい踏みだからといって、甘く見れば倒されるのはこっちのほうよ」

「ああ、さっきから藤原の攻撃面に特化された未来の便利道具のほうも、まったく効いていないようだし、たちばななんかすでにサイキックパワーを使い果たして、もはやグロッキーな有り様だしな」

 そこはさすがに魔界最高位の、数千年を生きしレッドドラゴンと言うところか。

 ただ単に図体がでかく馬鹿力があるだけでなく、知能は人類をもしのぎ、何と高等魔術までも使えるのだ。

 そのため三対一ながらも超常の力は互角の有り様となっており、後は物理的肉弾戦で勝負を決めんとする他はないのだが、そうなるとドラゴンと人間とではあまりにも地力が違いすぎて、こちらとしては自然と防御に徹さざるを得ず、今やじり貧の状況に甘んじるばかりであった。

 つまりすべては、俺が『作者』としての本領を発揮できるか否かにかかっていると言っても、過言ではなかった。

 だからこそ本来は攻撃に参加すべき九曜が、全力で俺のガードをしているくらいだしな。

 ……こりゃあ、責任重大だぜ。万に一つにも、しくじるわけにはいかんぞ。

 そのように俺が決意を改め、手元の魔導書タブレットの術式──というか、『記述』を完成させんと、魔導筆スタイラスペンを走らせようとした、──まさにその時。


『──もう諦めるがいい、人間どもよ。女神をおまえたちに渡すことなぞ、われがけして赦しはせぬわ』


 真っ赤に染め上げられた巨体の中にあってなお、地獄の業火そのままにらんらんと煌めく双眸でにらみつけながら、人語を操り言い諭してくる巨竜。

 そのいまだ余裕綽々の様に俺を含むパーティのほぼすべての者の心が折れそうになるが、最後の最後まで頼りになるあの憎いあん畜生の毒舌だけは、いつもの調子を鈍らせることなぞ無かった。

「……おしゃべりなトカゲもいたものだな。だが余裕ぶっていられるのも、今のうちだぞ」

『ほう、小猿が。苦し紛れのはったりは、見苦しいだけだぞ?』

「はったりかどうかは、今にわかる。──おいっ、現代人! まだなのか? もう僕も橘も限界だぞ⁉」

「はいはい、できましたよ。すべての『書き換え』終了。後はポチッとな」

 ……それはそれとして、藤原よ。ここにいる限りは現代人も未来人も無く、誰もが等しく『異世界人』だろうが?

 そんなことをぶつくさ心の中でつぶやきながら、俺が魔導書タブレット書面ディスプレイをちょこんとタップした途端、その効果はレッドドラゴンの巨体にてきめんに顕れた。

『──なっ。我のレベルが急激下がっているだと? ま、まさか、デープコア・データベースに直接アクセスしているのか⁉』

「ふん、御名答とでも言っておこうか。トカゲとしては上出来だ」

『すると、まさか、そこにいる魔導師の男は──』

「ああ、ご想像の通り、『作者』だよ」

『そんな馬鹿な! 女神同等──いや、下手したらそれ以上のアクセス権を持つ「作者」が、なぜ女神を起こそうとするのだ⁉』

「それはおまえの知る必要のないことだ。それよりもとっとと失せるがいい!」

 その藤原の怒号に応じるようにして、いきなりドラゴンの瞳から知性の光が失われるや、もはやこちらに興味を示すこともなくなり、ただ巨体と地面を揺るがしながら、おもむろにこの場を立ち去っていった。

「……やけに素直に行ってしまったな。何をしたんだ、現代人?」

 だから現代人じゃないってば。

「あのドラゴンに関する記述を書き換えて、こちらに対する敵意を失わせるとともに、知能レベルをそれこそトカゲ並みに落としただけだよ」

「僕たちが必死に二時間も闘っている間に、そんなまどろっこしいことをしていたのか? あいつに関する記述自体を全面的に削除して、存在そのものを一気に消し去ればいいじゃないか」

「馬鹿言え、質量保存の法則を知らないのか? いくら『作者』だってそんなことをしでかしたりしたら、物理法則がむちゃくちゃになってしまうわ!」

「こんな、ドラゴンが魔法を使って、未来人と宇宙人と超能力者が超常の力で受けて立っているという、まさしくファンタジー全開な異世界において、今更物理法則も何もないだろうが⁉」

「それはおまえらの話で、俺はあくまでも一般人なの! よって俺の独自の力ユニークスキルである『作者』としてのチート能力も物理法則に則らざるを得ず、世界の改変能力と言ってもあくまでも自他を集合的無意識に強制的にアクセスさせての、『記憶』の改竄──つまりは、この異世界限定のすべての森羅万象ひいては世界そのものの、改変能力だけなの! ──そしてだからこそ俺は未来人や宇宙人や超能力者であるおまえらを異世界転移させて、自分の仲間パーティにすることができたんじゃないか。そう。でハルヒが、本来はただの一般人であるあささんやながいずみに未来人や宇宙人や超能力者の『記憶』を植え付けて、自分の仲間に仕立て上げたようにな」

 それこそあちらの世界においての古泉の受け売りをここぞとばかりに滔々と述べれば、ようやく渋々ながらも納得したそぶりを見せてくれるツンデレ未来人。

「……ああ、確かに。ただ単に他者を集合的無意識に強制的にアクセスさせて、『偽りの記憶』を二重にすり込むだけで、異世界転移でもタイムトラベルでも前世返りでも人格の入れ替わりでも未来予知でも読心でも、ありとあらゆる異能を実現することができるというのは、さすがに大したものと思わないでもないけどな」

「とはいえ、現実世界のすべてを意のままに改変することのできる『夢の主体の憑坐シンボル』であるハルヒとは違って、俺の『作者』としてのチート能力のほうは、この異世界内限定だけどね」

「ふん、これからもこの世界でクエストを果たしていく限りにおいては、それで十分だろう。せいぜい頼りにしてやるさ、『作者』様?」

 そんな憎まれ口を叩きながらも、俺を含めてパーティメンバー全員に向かって、疲労回復ポーションを放り投げてくる未来人。

 ……何でこいつは、とことんまでツンデレ道を貫こうとするんだ?

 まさかこの異世界パートにおける、メインヒロイン枠でも狙っているんじゃないだろうな?


 そのように辛くも勝利を得ることで激闘を終わらせて、やっとつかの間の安息に浸りながらも、俺はあっちの世界で初めて古泉から集合的無意識についてのレクチャーを受けた日のことを、まざまざと思い出していたのであった。

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