第4話
「──なっ、ハルヒがこの現実世界の『作者』そのままの存在となっていて、あいつの『無意識』こそが、
朝比奈さんが本当に未来人かどうかの話が始まってまだほんの端緒の段階だというのに、ここでいきなり
しかし当の優男の同級生のほうは、相も変わらぬ涼しげな笑みを浮かべるばかりであった。
「ええ。ネット作家であるあなたが、なぜだか本当に転移してしまった自作の異世界の中で、文字通り『
「……いや、『作者』として改変できると言っても俺の場合は、自作の記述の該当部分を削除することで、目の前にいるドラゴンなんかを一気に消滅させたりできるわけではなく、そいつの『
「いやいや、それこそが十分に理想的な、『作者』としての在り方というものですよ」
「はあ?」
「いくら魔法やモンスター
「ハルヒが世界の改変を、人の記憶や知識の書き換えによって行っているだって? それに集合的無意識って……」
また何だか小難しそうな、哲学だか心理学だかの専門用語を持ち出してからに。
……だから蘊蓄好きなやつのご高説は、どうにも苦手なんだよな。
「とは言ってもあくまでも、彼女にとっては『無意識』の為せる業に過ぎないのですけどね。──集合的無意識だけに」
うわあ、全然面白くねえ。
「無意識で行った記憶や知識の書き換えだけで、ただの女子高生でしかない朝比奈さんを、おまえが言うように本物の未来人なんかにしてしまえるわけなのかよ?」
「そうですよ? 何せ先程も申したように、この現実世界に本当に物理的にタイムトラベルしてくる未来人なんか存在し得ないんだから、いるとしたら『精神的な未来人』だけになるではないですか」
「へ? 精神的な未来人って……」
「つまり自分のことを未来人だと完全に信じ込んでしまっている、哀れなる妄想癖のことですよ。ただの現代日本生まれの女子高生に過ぎない朝比奈みくるが、時たま人が変わったようにして自分のことを未来人である『朝比奈(大)』などと主張するようにね」
──っ。
「おいっ、そういう言い方はないだろう? 確かに朝比奈さんはロリロリのチミっ子のくせして、たまに妙に背伸びして『大人の女(笑)』を気取ることもあるけれど、そんなお茶目なところも彼女の魅力の一つだろうが⁉ それを哀れなる妄想癖だなんて、馬鹿にするんじゃない!」
そういうことはいくら心で思っていても口にしないのが、世間を渡っていく上でのお約束だぞ。
「いえいえ、馬鹿になんかしていませんよ。何せ彼女は妄想癖であるからこそ、真に理想的かつ現実的に、本物の未来人であり得る可能性を否定できないのですから」
は?
「……朝比奈さんが妄想癖だからこそ、現実的にも本物の未来人であり得るだと?」
「それと言うのも、そもそも常識的に考えれば自分のことを未来人であるなどと言い出したりするのは、妄想癖以外の何物でもないでしょうが、他人からは──いえ、完全に妄想中の自分自身すらも含めて何者であろうとも、本物の未来人であることを否定することだってできないわけじゃないですか?」
「──!」
た、確かに、もし何らかの方法で未来人が精神体のみでタイムトラベルしてきて朝比奈さんに憑依していたりする場合、その事実を他人が外から見て判別すことなぞできないしな。
「しかもこれは現代物理学の根幹をなす量子論や、少々オカルトめいているものの心理学界において絶大なる支持を得ている集合的無意識論に基づいても、未来人として非常に正しい在り方なのですよ」
「へ? 物理学や心理学が朝比奈さんが本当に未来人であることを、論理づけているだって⁉ ──いや。そもそも間違いなくこの現代世界で生を受けた者が、量子論に基づこうが集合的無意識論とやらに支持されようが、本物の未来人になるなんてことがあり得るのか?」
そんな俺の当然と言えば当然の問いかけに対して、目の前の自称超能力者は、
──ここでいきなり、日本文学史上最大級の爆弾発言を投下してきた。
「だって仕方ないではないですか? そもそも異世界だろうが並行世界だろうが過去の世界だろうが未来の世界だろうが、いかなる意味においてもこの現実世界とは異なる別の世界なんて、確固とした世界として同時に並行して存在したりするはずがありませんので、よって当然のごとくタイムトラベルや異世界転移等のいわゆる『世界間の転移』なぞは絶対に不可能となるからして、本物の未来人となるにはこの現実世界にいながらにして、ありとあらゆる世界の記憶や知識が集まってくる集合的無意識にアクセスして、本物の未来人の記憶を己の脳みそにすり込むことで、少なくとも精神的に未来人になりきる以外はないのですよ」
はあああああああああああああああああ⁉
「ちょっと! いきなり何てことを言い出すんだよ⁉ この現実世界とは別の世界なぞけして存在しないなんて。下手するとSF小説やラノベ等を始めとする、出版関係者のほとんど全員に喧嘩を売っているようなものじゃないか⁉」
俺は、すぐさま抗議した。
猛烈に抗議した。
心の底から抗議した。
一応俺は現段階では単なる現役高校生のネット作家に過ぎないが、将来的にはプロの小説家としてデビューすることもやぶさかでなく、出版界の心証を悪くして得になることなんて何もないからな。
「別に全否定なんかしていませんよ。ちゃんと『同時に並行しては存在しない』って申しいるではないですか。確かに古今東西のSF作品を始めとする小説や漫画等の
だから、ヤメロ!
「──きちんと現代物理学に、中でも特に多世界解釈量子論に基づいて論理的に再構成すれば、これまでのSF小説やラノベとほぼ同じ内容の作品を、ちゃんと
「は? 多世界解釈量子論って……」
「つまりですね、小説や漫画に登場してくる異世界や並行世界なんてけして存在しないけど、それに近いものなら存在し得るのです。──それこそが量子論で言うところの、『多世界』なるものなんですよ」
「……多世界って、それこそ並行世界のようなものじゃないのか?」
「いやいや、全然違いますよ。量子論における多世界とは、この現実世界にとっての『無限に存在し得る別の可能性としての世界』のことなのであって、小説や漫画等の並行世界のようにこの世界と同時に並行して存在したりはせず、あくまでも可能性としてのみ存在し得るのであり、確固として独立して存在している世界じゃないんです」
「可能性としてのみの世界? それに確固として存在していないって……。そんなんで、本当に世界と言えるのか? いったい多世界って何なんだ?」
「まあ一言で言えば、『未来』ですかね」
「は?」
「我々の未来には無限の可能性があり得ることなんて、今や小学生でも知っている常識中の常識でしょう? つまりあくまでも可能性の上の話なら、あなたも私もほんの一瞬後にも、異世界等の現在の世界とは異なる世界に転移してしまうこともあり得ることになるのですよ。言わば現在の世界と同時に並行して存在しているいわゆる並行世界の類いなぞ微塵もあり得ませんが、無限に存在し得る未来への
「未来への
「馬鹿でオタクなプロのSF作家の皆さんにもわかりやすく言えば、『あなたたちが散々作品に登場させてきた並行世界なんて、本当は微塵も存在していないのです。存在するとすれば、あなたたちの大好きなギャルゲの「ルート分岐」のようなものだけなのです』ってことですよ」
「ああ、なるほど。つまり異世界やパラレルワールドって、ギャルゲで言えば新たに選択したシナリオルートみたいなものってわけか……………………って。いやだから、むやみやたらと各方面に向かって喧嘩を売るなって言っているだろうが⁉」
こいつ、誰かよからぬネット小説家の生き霊でも乗り移っているんじゃないのか?
「逆に言えばSF小説やラノベ等に登場してくる現実世界と同時に確固として存在している並行世界は、けして未来が分岐し得ないからこそ、現代物理学の根本を為す量子論と相容れなくなり、その実在を完全に否定されることになるのです」
「SF小説ならではの並行世界の類いが、現代物理学によって否定されているだって?」
「それと言うのも、もはや『未来はただ一つに決まっている』とする古典物理学ならではの決定論なんて、量子論の登場とともに完全に否定されているのであり、世界というものは無限に分岐していくものでなければならないのです。つまりSF小説やラノベ等で言うところの並行世界や異世界なぞは、この現実世界の未来のルート分岐先の世界の候補に過ぎず、同時に並行して存在したりはしないのですよ。それなのにSF小説やラノベ等のようにこの世界と同時に独立して存在しているとなると、当然それぞれの世界はそれ以降分岐することなぞなく、永遠に独立して文字通り平行線状態を続けるのみなのですけど、量子論に則ればそんなことけしてあり得ないのです」
そ、そうか。元々ルート分岐先の世界であるはずの並行世界がこの世界と独立して同時に存在していたりしたら、下手したらこの現実世界も含めてすべての世界が、それ以上分岐することはなくなってしまうし、もし仮に独立した並行世界でありながら重ねて分岐したりしたら、自ら『並行世界とは唯一絶対の現実世界の未来の分岐世界の候補に過ぎない』ことを証明して、独立した並行世界であることと完全に矛盾してしまうってことか。
「……いやでも、そのように異世界やパラレルワールドの類いが、この現実世界にとっての未来における可能性としての存在でしかないとしたら、あくまでも現在に存在している現代日本人がその実在を確認することはもちろん、実際に転移することなんて不可能じゃないのか? こう言っちゃ何だが、俺は毎日のように異世界転移を体験しているし、朝比奈さんだって例えば精神体のみのタイムトラベル等何らかの形で現代と未来を行き来した経験がなければ、とてもじゃないが自他共に認め得る『本物の未来人』にはなれないのでは?」
「……やれやれ、何度も同じことを言わせないでくださいよ。そもそもこの現実世界以外の他の世界なんてあり得ないのだから、当然物理的だろうが精神的だろうが、タイムトラベルなんて実現できるわけがないでしょうが?」
「だったら、朝比奈さんが本物の未来人というのは、一体どういう根拠で言い得るわけなんだよ⁉」
もはや堪忍袋の緒が切れて、半ば怒鳴りつけるように詰め寄れば、相変わらず少しも動じずに、またもや驚くべき事実をあっさりと開陳する、蘊蓄大好き
「つまり朝比奈さんは涼宮さんによって集合的無意識に強制的アクセスさせられて、そこで『本物の未来人の記憶』を脳みそにすり込まれた結果、デフォルトの現代人としての人格といわゆる『朝比奈(大)』である未来人の人格とを、同時に有するようになってしまわれたのですよ」
──‼
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