第5話

 あささんが、ハルヒの無意識の力によって、現代人と未来人である『朝比奈(大)』との、二重人格的状態になってしまっているだと⁉


 なぜだかいきなりタイムトラベル問題が多重人格へと話が移っていったことに困惑し黙り込んでしまった俺を尻目に、今や絶好調に弁舌を振るう超能力者。

「そもそもあなたは、我々にとっての世界というものの本質とは、いかなるものだとお思いですか?」

 「……世界の本質、だって?」

 今度はまた、大仰な話題転換をしやがってからに。……おいおい、これ以上話をとっちらかすなよ。

「確かに我々は現時点のこの一瞬における世界については、ちゃんとこうして知覚することができます。それでは絶え間なく流れ続ける時間によってどんどんと置き去りにされていく、世界についてはどうでしょうか? それらの世界はただ消え行くのみなのか? あなたが昨夜食べた晩ご飯は、もはや夢幻に過ぎないのでしょうか?」

「いやいやそんな、痴呆症のお爺さんでもあるまいし。昨日の夕食くらい覚えてるよ。確か妹の何かのお祝いでごはんは赤飯で、おかずはこれまた妹の大好物のハンバーグと目玉焼きだったかな」

「そう。あなたははい「──ちょっと、待って!」

 いずみの毎度お馴染みの朗々たる蘊蓄解説をいきなり遮る、唐突なる大声。

 思わず二人して振り向けば、唯一の正式なる文芸部員殿が、彼女らしかぬ興奮しきって真っ赤に上気した顔色を隠そうともせず、何と命よりも大切なはずの愛読書を放り投げ、その場に仁王立ちしていた。

「な、なが……………さん?」

「今、何て言った?」

「へ?」

「何て言ったの⁉」

「あ、はい。昨日の夕食は、赤飯とハンバーグと目玉焼き──」

「ちがう、その前! 誰のお祝いだって?」

「え、その、妹ですけど。……一応、わたくしめの」

「そう」

「は、はい」

、お赤飯を」

「そ、そうであります!」

「……くっ」

 く?

「……くく……くくくくく……ふふ……ふふふふふ……はは……あははははは!」

 最初は押し殺した忍び笑いで始まりながらも、瞬く間に部室中に響き渡っていく、クーデレ娘には似つかわしくなさ過ぎる哄笑の嵐。

 な、長門が、壊れた⁉

「──そうか、そういうことですか」

 あっけにとられて棒立ちしていたら、今度はすぐ脇から聞こえてきた、この場にふさわしくない妙に落ち着き払った声。

「……古泉?」

「そうですよね、小柄な外見から失念しておりましたけど、妹さんもすでに、小学校高学年であられたのでしたっけ」

 何だ? こいつまで、顎に手を添えてあたかも希少なる美術品を鑑賞するがごとく、どこか悟りを開いたかのような達観した表情なんかして、妙ちきりんなことを言い出したぞ。

「ぐふ、気がついた?」

「ええ、僕としたことが、、失格でした」

「しかし、あんな小さな子がねえ」

「そのギャップ萌えだけで、ご飯が三杯いけますね♡」

 何だか気味の悪い笑みを浮かべながら、わけのわからないことをささやき合う、SOS団員……………いやむしろ、(こういった概念が存在しない)S○X団だったりして?

 あまり関わり合いにはなりたくなかったが、話題の中心が自分の妹となると、無視するわけにはいかなかった。

「おい、古泉、さっきから何言っているんだ、おまえらは?」

「えっ、まだ気づいてないんですか?」

「……お兄ちゃん、失格サイテー

 その途端、古泉からはあきれ果てた顔を、長門からは蔑みに満ちた視線を頂戴した………………なんか、ムカつくう。

「何だって言うんだよ? 俺にもわかるように説明しろよ!」

「だから、これこれこういうわけなんですよ、ごにょごにょごにょ」

 うわっ、いきなり人の耳元で、生温かい息を吹きかけながらしゃべるんじゃない──って。

「な、何だって⁉ あ、あいつがまさか! おいっ、変なことを言い出すなよ!」

「いやだって、妹さんのご年齢を考えれば、非常に妥当な推理センかと」

「そうそう。おめでとう♡」

「黙れ、元祖かんむすめ! おめでとうじゃない!」

「……じゃあ、おめでた?」

「ながと────!!!!!!」

「どうどう、落ち着いて。別に長門さんは元祖じゃありませんよ? やはりオリジナルは、あやな──」

「……むう、突っ込むところは、そこじゃない」

「そうそう、これは何といっても、おめでたいことではありませんか」

「何がめでたいだ! 俺のスイートマイエンジェルは、永遠にピュアじゃないと駄目なのだ!」

「……うわあ」

「ダメ兄だ、ダメ兄」

「しかも、『俺の』と『マイ』が、ダブってますよ」

「それだけ独占欲に駆られているってことかも」

「「ダメ兄だ、ダメ兄」」

「やかましい! この変態ロリコンどもが! それにだいたいが長門は、洋ロリ原理主義者だったろうが⁉」

「それはあくまでも比較論。ロリは洋の東西を問わず尊きもの」

「しかり、しかり」

「おまえらやっぱりSOS団でなくて、S○X団じゃないのか⁉」

 それに古泉に至っては、はんれんも混じっていないか?


 ──そんなこんなの大騒ぎが完全に治まるまでに、およそ小一時間ほどの時を必要としたのであった。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「そう。あなたはいる。それこそが肝心なのです。つまりあなたにとっての出来事セカイはすべて、においてはあなたの脳みそにのみ存在しているのであり、言わばその者にとっての世界の本質とは、『記憶』そのものとも言い得るのですよ」

 得意の蘊蓄解説コーナーを再開した超能力少年は、開口一番かくのごとくいかにも芝居じみたセリフを口にした。


「……いや、感心するよ。さっきまでの馬鹿騒ぎをまるでなかったことにするかのような、その面の皮の厚さにな」

「おやおや、いつまでも過去ばかり振り返っていると、何の進歩も果たせませんよ?」

「過去というよりも、たった今の話だろうが⁉ …………はあ、やっぱ本格的に、でもふじわらたちのグループに鞍替えすることを、真剣に検討すべきかなあ」

 もはや心底嫌気がさして、俺がついうっかり本音を漏らすや、目の前の古泉よりもなぜかながのほうがいち早く反応を見せた。

「それはお勧めできない。何せ天蓋領域は私の陣営よりも更に未知の存在だから、地球人ごときでは相互理解は不可能」

「人のことを『ごとき』とか言うなよ、このなんちゃってエイリアンが! それにようはあれで案外健気なところがあるんだぜ。この前あっちの世界で俺のことを、『私が必ず守ってあげる』なんて言ってくれたしな」

「──なっ」

 そんな俺の台詞を聞いていきなり椅子を蹴倒すようにして立ち上がる、自称統合情報思念体とやらの使者。

「それはまさしく、元祖かんむすめの決め台詞の一つ! まさか私を差し置いて、オリジナルに成り代わる気⁉」

 やかましい。

「……それで、何だっけ、古泉。世界の本質とは、『記憶』そのものだって?」

 もうこれ以上こいつらとだらだらつき合っているのも何だから、さっさと話を終わらせることにしよう。

「ええ。それでお聞きしたいのですが、確かあなたはなぜか藤原さんたちとパーティを組んでご自分が中心になって魔王を退治する、それを基にして自作のネット小説をお創りになったのですよね?」

「あ、ああ、そうだけど……」

「だとしたら、夢を基にしているとはいえ、いったんネットに上げて連載化していくうちに、当然夢の内容よりも先の展開をご自身で考案したり、夢の内容の範囲内であっても様々な理由から大幅に変更を加えたりもすることだってあり得るわけですよね?」

「まあ、一つのアイディアで長期連載を続ける場合、当然あってしかるべき展開だよな」

「ええ、事が単に夢で見たものを小説化しただけで終わったのであればね。──しかしあなたはそれから以降も、異世界の夢を見続けた。それもまさに、あなたが通りの展開の夢を」

 ──っ。

「しかも、話はそれだけでは済まなかった。何と現実こっちの世界で、藤原さんや九曜さんやたちばなさんの三人衆──いわゆる『佐々木ささきチーム』の面々が、いきなり面会を求めてきたかと思えば、なぜかこのところ三人とも同じ夢ばかり見るようになっていて、その上それはまさに、あなたがネット上で公開している自作の小説の内容そのままだと言い出すじゃないですか」

「そ、そうなんだよ。──いやあ、すごい偶然があったものだよなあ。あはははは」

 わざとらしくごまかし笑いを上げたものの、もちろんそんなものが通用するような相手ではなく、


 ──むしろ更なる驚愕の言葉を、突きつけられることになっただけであった。


「偶然ですって、そんなまさか」

「へ?」

「実はあなた方が魔王退治の舞台とした異世界は、けして単なる夢の産物なんかではなく、『本物』だったのです。──そう。あなたたちは夢を通して、本物の異世界転移をなされてしまわれたのですよ」

 なっ⁉

「夢の中で、本当に異世界転移をしてしまうなんて、そんな馬鹿な! 第一おまえ自身、現在においては世界はこの現実世界ただ一つだから、異世界転移やタイムトラベル等の世界間転移の類いなんて、けして実行できないって言っていたじゃないか⁉」

「ええ。本来はこの現実世界以外には、いわゆる『別の可能性の世界』なるものがこの世界の分岐先として、あくまでも未来において存在し得るだけだったはずでした。──まさにあなたが、余計なことをしない限りはね」

「は? 俺が、何だって?」

 話途中でいきなり矛先を向けられたことで、ただただ戸惑うばかりの俺に対して、その糾弾者はあたかも己の信ずる神に対する背信者を断罪するかのように、厳かに宣った。


「そう。あなたがあくまでも『可能性としての世界』に過ぎなかった、夢の中で見た異世界を小説にしたためたことこそが、可能性のみの存在に明確なる形を与え、本物の世界にしてしまったのですよ」

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