第2話

 ハルヒが……………………すべての元凶、だと?

 自称『魔王の娘』とはいえ、ではただの女子高生でしかないはずのあいつに、どうして自分と同じただの高校生を、未来人や宇宙人や超能力者なんかにできると言うんだ⁉


 とても信じられないような告発の連続に、俺が憮然とした表情を隠そうともせずに黙り込んでいたら、脅しがききすぎたとでも思ったのか、ここでいずみが口調を若干和らげた。

「ああ、元凶というのは、少々言い過ぎでしたね、別に僕たちにしたって、未来人や超能力者になれたことに不満や不利益等があるわけではなく、むしろ潜在的願望を叶えてもらったようなものですし」

 潜在的願望って。……何か? おまえはいかにも思わせぶりな小難しい言葉を使わなければ、死ぬ病気にでも罹っているのか?

「もちろんそれは僕だけではなく、あささんやながさんも同様であって、だからこそすずみやさんの『無意識』の網にかかって、それぞれ望み通りの『記憶』いただいたって次第なのですよ」

「だから何なんだよその、ハルヒの『無意識』とか『記憶』とかってのは⁉」

 そろそろ我慢の限界を迎え始めて、俺はずずいっと暫定超能力者野郎のほうへと詰め寄ったが、その涼しげな表情が揺らぐことは微塵もなかった。

「もちろんそれに関しては、あなたにも十分ご理解いただけるように、これから懇切丁寧にご説明いたしますとも。──ええ、それは微に入り細に入りにね」

 その瞳は見るからに、嬉々と煌めいていた。

 しまった。どうやら蘊蓄オタク野郎の蘊蓄魂に、火をつけてしまったようだ。

 ……これは、長くなるぞ。

「さあて、どこから話しましょうかねえ。それぞれの論点が複雑に絡み合っているものだから、下手に順番を間違うと、余計に複雑になってしまうだけなんですよねえ……」

 顎に手を添え、いかにも思い悩んでいるかのような言葉を口にするものの、その満面の笑みが内心のやる気満々さをに雄弁に物語っていた。

「ま、待て。確かに詳しく聞きたいとは言ったが、何もかもいっぺんに聞かされても、こちらの理解が追いつかないと思うんだ。とりあえずは肝心の、朝比奈さんが本当に未来人であるかどうかを中心にして、必要最小限のことを一般常識人の俺にもわかるように、かいつまんで教えてくれ!」

「あ、そうですか? う〜ん、そうですねえ。確かに朝比奈さんのケースを例に取り上げたほうが、何かとご説明しやすいかも知れませんねえ」

「そうそう! それがいいと思うぞ!」

 俺は揉み手でもしそうな勢いで、力強く同意した。……せめて晩飯に間に合うぐらいには、家に帰り着きたいからな。

「では、最初は簡単な質問から参りましょう。そもそも一体あなたはどうして、あれだけしきりに自己申告なさっている朝比奈さんを、未来人としてお認めになられないわけなのですか?」

「当然だろう。文字通り彼女ときたら、なんだからな。未来からやって来たと言っても、タイムマシンの類いを見せてもらったわけでもないし、俺の目の前でタイムトラベルしたわけでもないし、それに何と言ってもさっきおまえ自身が言っていたように、『朝比奈みくる』なる人物は正真正銘現代日本生まれの女子高校生に過ぎなくて、時たま人が変わったようにして自分のことを『未来人である』なんて言い出したのも、ここ最近のことだと言うじゃないか? そんなんじゃただの中二病的妄想癖か、いいとこ二重人格かってところだろうが? どうせ『朝比奈(大)』なんてのを登場させるんなら、もっとボンキュッボンに成長した、まったく別人のアダルトヴァージョンを希望するぜ!」

「……嘆かわしい。朝比奈さんはあのロリ体型だからこそ、学園随一のアイドルとして崇め奉られているのではないですか? アダルトヴァージョンなんて不必要ですよ」

「ロリはロリでも、せめて原典オリジナル通りに、ロリ巨乳だったらなあ……」

「ば、馬鹿な! ロリ巨乳なんて、ただのデブのちびっ子ではないですか! ロリはツルペタであってこそ至高の存在なのです! この異端者が!」

「いや、この作品の朝比奈さんがあまりにも小学生そのものだから、俺はいつもあらぬ疑いをかけられて、今やすっかりつるさんに目の敵にされてしまっているんだよ」

 何と言っても地元きっての名士の御令嬢だからな。俺の学園生活どころか社会的生命そのものが、すでに風前の灯火だぜ。


「──そこ。さっきからごちゃごちゃうるさい。そもそも問題は、朝比奈みくるが本当に未来人かどうかだったはず。これ以上ロリ問題について語ると言うのなら、『ロリは和ロリか洋ロリか』という永久的未解決定理について、私を交えて延々語り合ってもらうから。それでも構わないんだったら、夜を徹して存分に語り合いましょう」


「「も、申し訳ございませんでしたあ‼」」


 この部室唯一の正規部員様の、文字通りアンドロイドめいた冷たい視線を突きつけられて、平謝りに謝る野郎二人。

 ……洋ロリ原理主義者の長門にロリ問題を語らせたりしたら、一日が百時間あっても足りやしないからな。

「──コホン。つまりあなたは、未来人だと言うのなら、どこぞの猫型ロボットみたいにちゃんとタイムマシンに乗って、物理的にこの時代に来るべきだとおっしゃっておられるのですね?」

「当然だろ? 正真正銘現代日本人の女子高生がいきなり未来人宣言したところで、単なる気の迷いとして、本気にされるわけがないだろうが?」

 そんな俺の至極妥当な意見に、あろうことか自称超能力者ときたら目を丸くして、恐る恐るといった感じで再び問いかけてきた。

「……まさかあなた、『質量保存の法則』をご存じないわけなのですか?」

 突然の意味不明の話題の転換に訝りながらも、俺は少々ムッとなって答えを返す。

「そんなわけあるか。それくらい今日日、中学生でも知っているぜ。つまり『氷が溶けたと言っても完全に消滅したわけでなく、液体や気体となっただけで、総質量的には変化は一切ない』ってことだろう?」

「御名答。──さて、ここで問題です。22世紀からあるロボットが現代に向かってタイムトラベルいたしました。すると22世紀においてそれまで存在していたロボット一台分の質量は、一体どうなってしまったのでしょうか?」

 あ。

「い、いや、別に、──じゃない、そのロボットは、突然消え去ったわけではなく、ちゃんとタイムマシンに乗ってから出発したわけで……………あれ、そうすると今度はロボットだけでなく、タイムマシンの質量まで一気に消えてしまったことになるぞ?」

 そのようにしどろもどろにつぶやいていれば、更に追い打ちをかけてくる古泉少年。

「お悩みのところ大変申し訳ないのですが、問題なのは未来からの『出発時』だけでなく、この現代への『到着時』においても同様なのです」

「へ?」

「物理法則に支配されたこの世界においては、一つの場所にはけして同時に複数の物質は存在できず、この地上に少なくとも空気が存在している限りは、いわゆる『瞬間移動』の類いは絶対に実現できず、ある意味時代を超えての瞬間移動であるタイムトラベルについても、物理法則的に断じて為し得ないことになるのです」

「なっ、と言うことは、まさか⁉」


「ええ。これまで散々SF小説やSF漫画の類いに登場してきた、タイムトラベラー自身による肉体丸ごとのタイムトラベルなど、むしろ物理法則に鑑みればまったくの絵空事ということになるわけなのですよ」

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