うちの病室にはハルヒがいっぱい♡

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第1章、「未来人も現代にいる限りは、現代人になるんじゃないの?」

第1話

「──キョン君、こっちだ、こっち!」


 放課後になって文芸部室に向かうため旧校舎の三階の廊下を歩いていた時、突然名前(?)を呼ばれたので咄嗟に振り向けば、今は使われていない空き教室の出入り口から、か細い腕が手招きをしていた。


「……あささん? そんなところで何をやっているんですか?」

 そう。その中学生どころか下手したら小学生にも見えかねない、小柄でツルペタな痩身の上級生は、間違いなく我が県立きた高校きってのアイドル、朝比奈みくる嬢であった。

「いいから早く入ってこい! 人目についたらまずいだろうが!」

「──うわっ⁉」

 思いがけず強い力で抗う間もなく教室へと引きずり込まれ、もんどり打って倒れ込む。

「ふー、これで一安心だな。この放課後の旧校舎に用もないのにわざわざ来るやつもいないだろうから、少々騒ごうが、もはや助けを求めることもできまいて」

 そう言って後ろ手にドアを閉めるやすかさず鍵をかけこちらのほうへ振り向き、どことなくオヤジ臭いにんまりとした含み笑いを浮かべるロリ少女。

 ……おいおい、何か立場が逆じゃないのか⁉

「あんた、まさか、朝比奈(大)のほうか!」

「御名答、さすがはみくるストーカー♡ ──ていうか、あの箱入りお嬢ちゃんが、こんなところで男と二人っきりになろうなんて、断じてしないだろうしな」

 腕を組み仁王立ちして俺を見下ろすその尊大極まりない有り様は、とても普段の愛すべき朝比奈さんとは似ても似つかず、性格のまったく異なる双子か何かを見ているようだった。

 それはともかく、みくるストーカーって、誰のことだよ⁉

 すっかり頭が冷えた俺はおもむろに立ち上がり、ぶっきらぼうに問いかける。

「それで、俺に何の用なんだ、自称?」

「そりゃあ、決まっているだろう? 君には是非とも我がほうの陣営に入ってもらいたいのさ。──あのシスコン未来人とは縁を切ってね」

「……ふじわらは、あんたの弟なんだろ?」

「ちっ。それはあいつが勝手に言っているだけだ。そもそも彼と私とでは同じ未来人といえど、この時代からの世界線が異なっているんだからな」

 何だよ、世界線って。おまえらただの、SFマニアじゃないのか? もうちょっと一般人にもわかるように、常識の範囲内の言葉を使ってくれよ。

「どっちにしたって、無理な相談だ。俺にしろあいつにしろ、別に好きでを組んでいるわけじゃないんだからな」

「──ったく。未来人のくせに、異世界転移なんかするんじゃないよ。キャラ属性的に、わけがわからなくなるだろうが⁉」

 そんなこと言われても知るか。こっちも別に好き好んで、パーティを組んで、魔王退治をやっているわけじゃないんだしな。

「話がそれだけだったら、答えはいつも通りに『NO』だ。それじゃそろそろ行かせてもらうぞ」

「ちょ、ちょっと、待ってくれ!」

 俺があっさりときびすを返そうとするや、必死の形相ですがりついてくるロリっ子先輩。

「やつとパーティを組んでいるのはあくまでもだけの話で、別にではつるんでいるわけじゃないんだろう? だったらこっちでは、私と組んでもいいじゃないか⁉」

「確かにこっちでは、たまにメンバー全員で喫茶店なんかで落ち合って、あっちでの反省会をすることがあるくらいだけど、実はあいつって性格には難があるものの、あっちの世界では役に立つんだよなあ。何せ『完全なる現実世界』であるこっちとは違って、そもそもファンタジー上等な『異世界』なんだから、あっちではいわゆる『未来の便利道具』が使い放題で、そんじょそこらの魔族やモンスターなぞ相手にならないくらいに大活躍していたりしてね。よって下手にあんたと昵懇な関係になって、シスコン未来人殿の機嫌を損ねるわけにはいかないんだよ」

「わ、私だって、未来の便利道具の十や二十は持っている!」

「たとえ持っていたところで、宝の持ち腐れだろうが? この『完全なる現実世界』でそんなもの使ったりしたら、言うまでもなく最大級の『禁則事項』だろうからな」

「うぐっ」

 いつもの彼女のお株を奪うような決めゼリフだけを残して、今度こそさっさと退散しようとした、

 まさに、その刹那。


「わかった、だったら交換条件だ! 君が我が陣営に入ってくれるんだったら、この身体を好きにしていい!」


 なっ⁉

 あまりにとんでもない言葉を突きつけられて、我を忘れて振り返れば、真っ赤に染め上った端整な小顔の中で、悲痛なる決意を宿した二つのまなこが見つめていた。

「な、な、何を言っているんだ、身体を好きにしていいとか! 第一それって、朝比奈さん(デフォルト)の身体であって、あんたが好き勝手していいわけがないだろうが⁉」

「たとえ私が未来から来たの存在であろうが、単なる妄想の産物であろうが、いわゆる別人格であろうが、こうして主体的に言動している限りは、『私』こそがこの身体のあるじなのであり、今現在においては最大の決定権を有しており、どう使おうが自由なのだ!」

「はあ? 何だよそれって」

「詳しくはあの蘊蓄好きな、超能力者の小僧辺りから解説してもらうがいい。とにかく君は私が言うがままに、この身体を欲望のままに蹂躙すればいいのだ!」

 そう言って俺の両頬をわしづかみにするや、つま先立ちをしてそっと目を閉じ唇を突き出す。

 ……………………………………これって、キスをしてくれって、ことだよな?

 確かに中身は少々ロリBBAチックなイカレ未来人だが、外見のほうは間違いなく朝比奈さんなんだしな。

 ……別にキスくらいだったら、構わないよね? こんなおいしそうな据え膳、いただかない手はないよね?

 そのように俺が今にも陥落せんとしていた、まさにその時だった。

「──むっ、いかん! 時間切れか⁉」

「へ?──って、うわっ⁉」

 意味不明な言葉をつぶやくや、いきなり力尽きたかのように崩れ落ちんとした矮躯を、慌てふためいて咄嗟に抱き留める。

「ちょっと、朝比奈さん、どうしたんですか? しっかりしてください!」

「……う、うう〜ん」

 俺の呼びかけに応じるようにして、閉じられていたまぶたが再び開かれる。

 ほんの至近距離で見つめ合う、二組の瞳。

「よかった、朝比奈さん、別に急病とかじゃなかったんですね!」

「……キョン、くん?」

 何だか呆けた表情となっていったん俺から目を離し、教室内の四方に視線を巡らせて、それから最後に再び俺へとロックオンするやいなや、


「きゃああああああああああああああっ!」


 まさしく文字通り絹を裂くような悲鳴を上げ、俺の腕の中で激しく暴れ始める。

「ここ、どこなんですかあ⁉ 何でキョンくんと二人っきりなんですかあ⁉ こんなところに私を連れ込んで、何をするつもりなんですかあ⁉」

 ──っ。まさかこれって、デフォルトのほうの朝比奈さんに戻っちゃっているのか⁉

 くそう、あのBBA。わざわざこんなタイミングで、引っ込むことはないだろうが!

「あ、あの、朝比奈さん、ちょっと落ち着いて──」

「いや──、犯される! いつもいつも私のことにつきまとっていた、ストーカー下級生に犯されるう! 誰か助けてえ‼」

 うわっ、この人防犯ブザーなんか持っていて、学校内で躊躇なく鳴らしやがった。ほんとに小学生かよ⁉


「こぉらああああああああああああああああっ! このド腐れストーカーが!」


 いきなりの大音声とともにドアが蹴破られたかと思えば、渾身のドロップキックを食らって、為す術もなく教室の向こう側まで吹っ飛ばされてしまう。

「みくる、無事かい⁉」

つるさあ〜ん、怖かったあああ!」

 ひしと抱き合う、二人の美少女。

 そのうちの新たなる闖入者のほうが、無様に尻餅をついている僕のほうをにらみつける。

「また君かい、下級生。何で学年も違えば所属クラブも違うのに、こうも毎度毎度みくるにちょっかいをかけるかねえ」

「……いや、一応クラブのほうは、ご一緒させていただいておりまして──」

「馬鹿こくでねえ! みくるが君たちの『SOS団』なんて言う、ふざけた同好会なんぞに関わったりするもんか!」

 あ、そうか。SOS団に入り浸っているのは、朝比奈(大)のほうだっけ。

「おおよしよし、怖かったねえ。もう大丈夫だよお〜」

「うぐっ、ひぐっ、えぐっ」

 いまだ嗚咽を漏らし続ける朝比奈さんをいたわるようにして抱きかかえ、教室を去って行く旧家鶴屋家の御令嬢。

 後にはただ間抜け面をさらしながらその場にうずくまり続けている、文字通り泣きっ面に蜂の哀れな下級生だけが残されていた。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──あはははは。それは災難でしたねえ」

 その同級生の少年は俺の話を一部始終聞き終えるや、旧校舎の片隅にある文芸部室の窓際の席にて、いかにも同情心たっぷりにそう言った。


 同性から見ても惚れ惚れとするような爽やかな微笑みを、彫りの深い端正な顔に浮かべながら。


「……災難も何もないよ、いずみ。もはや何が何だかわからなくなってきた。一体全体あささんて、正真正銘未来人なのか、ただの妄想癖なのか、それとも多重人格者なのか、一般人である俺にもわかるように、本当のところを教えてくれよ!」

 そんな俺の血を吐くような本心からの叫びに、気取った笑みを引っ込めて真剣な表情へとモードチェンジをする、こちらも自称超能力者の同級生。

 ちなみに今この場には、唯一の正式な文芸部員にしてこれまた自称宇宙人の同級生の女生徒もいるのだが、いつものごとく我関せずと、分厚いSF小説の原書を読みふけっていた。

「……やれやれ、これはまた重症のようですね。──いいでしょう、不肖古泉、ここは親友として一肌脱がさせていただきます」

 おい、いつから俺とおまえは親友なんかになったんだ?──などと言い返す余裕もなく、情けなくも優男の副団長殿にすがりつくようにしてまくし立てる。

「ほ、本当か? 今や頼りになるのは、(蘊蓄オタクの)おまえだけなんだ!」

「ええ、こんなこともあろうかと、あなたやすずみやさんの関係者については全員もれなく、僕の属する組織が徹底的に身辺調査を行っておりますので」

 何とも頼もしい言葉を返してくれる、弱冠高校一年生の少年。

「おまえの組織って、『企業』だったっけ?」

「『機関』ですよ! 『機関』! 『企業』は『生徒会の一○』でしょうが⁉」

 あ、やべっ、間違えた。しばらく原典オリジナルのほうは読んでいなかったからな。

「そ、それで、朝比奈さんて、ひょっとして本当に未来人だったりなんか、するわけなのか?」

 恐る恐るそう問いかければ、いかにもあきれ果てたかのように、深々とため息をつく優男。

「……あのですねえ、ここって一応公立高校なんですよ? それなのに戸籍も何もない未来人や宇宙人なんぞが在籍することができるなんて、本気で思っているのですか?」

「え? 今更そこをほじくり返すの? いやそのくらいのことだったら、未来の便利道具や宇宙の大いなる意思によって、どうにでもできるのでは? 例えば関係者の意識や記憶を操作するとかして」

「一体何十年前の駄目SFなんですか? ここでは多くは語りませんが、まさしく人の意識や記憶こそがこの世界を象っているのであって、たとえ一部でも改変なんかしてしまったら、世界全体に大きな歪みを生じかねず、いたずらに精神操作なんかできっこあるものですか!」

 え? そうなの?

 ……もしかしてたった今、膨大な数のSF小説や漫画の類いが、命を絶たれていたりするんじゃないだろうな?

「じゃあ、朝比奈さんって……」

「ええ、正真正銘現代日本生まれの、ただの女子高生であられます。もちろん戸籍もあるし、ちゃんとご両親も健在で、弟さんを含めてご家族四人で仲良く暮らしておられます」

 あ、朝比奈さんて、別に一人暮らしってわけじゃなかったんだ。

 ……その弟って、過去のふじわらだったりするんじゃないだろうな。

「ちなみそちらのながさんは、現在駅前の高級マンションで一人暮らしをなさっておられますが、ただ単にご両親がお仕事で海外におられるだけで、彼女も日本生まれの日本育ちで、ちゃんと我が国の戸籍をお持ちであられます」

 ええー、それは聞きたくなかったなあ。

 やっぱ長門はあくまでもミステリアスなままじゃないと、作品自体の人気が暴落してしまうぞ?

「おお、それでは朝比奈さんも長門も、それについでにおまえ自身も、未来人でも宇宙人でも超能力者でもなかったわけなんだな⁉」

 自分の求めていた回答を100%理想的な形で得ることができて、喜び勇んで念を押したところ、

「ええ、間違いなく彼女たちや僕は、現代日本生まれのただの高校生に過ぎません。──ただし」

 へ? ただし、って。


「同時に正真正銘本物の、未来人や宇宙人や超能力者の『記憶』を有しているのも、また事実なのです」


 はあ?

「な、何だよ、その、未来人や宇宙人や超能力者の『記憶』ってのは?」

 突然の意味深な言葉の登場に怪訝な表情となる俺に向かって、更にとんでもないことを言い出す、超能力者の『記憶』を有するらしい少年。

「まさににそれらの『記憶』をすり込まれることによってこそ、我々はただの高校生でありながら、同時に未来人や宇宙人や超能力者なんかになることになってしまったのですよ」

「か、彼女って」

 まさか⁉

 その時目の前の自称ただの高校生の少年は、まさしく全知全能の神が託宣を下すようにして、厳かに言い放った。


「──そう。まさしくかの涼宮さんの『無意識』からなる力こそが、すべての元凶だったのです」

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