第10章、【特別編】ハルヒ×69(ロック)!

第57話、『本日9月14日は我が国のロックレジェンドの69(ロック)回目の誕生日よ!』記念特別編。

 今日は、我がきた高における、待ちに待った文化祭初日であった。


 ご存じのように、突然の発病によりリタイアしてしまった軽音楽部の三年生の代わりに、講堂の舞台に立った我らがSOS団長のすずみやハルヒ嬢であるが、ライブは今まさに最高潮に達しようとしていた。


「──みんな! 今日は本当に、本当に、ありがとう! 最後に、本日9月14日に69(ロック)回目の誕生日を迎えられた、わが国の偉大なるロックレジェンドざわえいきちさんに敬意を表して、彼の代表曲をプレイします!」


 そう宣言するや、メンバーがどこかから持ち出してきたキーボードの前に立ち、見事な指さばきで前奏を弾き始める。

 それに合わせて後ろの大スクリーンに映し出される、ルパン三世そっくりにデフォルメされた矢沢さんが、ロックギターを模した空中エアバイクに乗って急行列車とデッドヒートを演じる、御大モンキー・パンチ氏自ら製作したアニメムービー。

 ガイ=アリソン(ドゥービー・ブラザーズ)やビル=ペイン(リトル・フィート)ばりのピアノソロに、次々にギターやベースやドラムが加わっていき、ついにはお待ちかねのハルヒ自身によるボーカルが始まった。


 もちろん曲は、ラストナンバーにふさわしい名曲中の名曲、『こいれっしゃはリバプール発』。


 タイトルにもある『リバプール(ビートルズの本拠地)』に始まり、『ツッパリジョン(=レノン)』や『気取り屋ポール(=マッカートニー)』等の、いかにも思わせぶりなフレーズが乱れ飛び、まさに『ビートルズ』に憧れてギターを握った、若き日の矢沢さん自身の心境を歌ったかのような歌詞は、たとえこの曲自体を知らずとも、ロックを愛する者の心に刺さらないわけがなく、まだ曲の序盤だというのに、すでに講堂中が大歓声のるつぼと化していた。

 そしてプレイは山場へとさしかかり、ついに超絶テクニシャンなが嬢による、ギターソロが始まる。


「──な、何だ、こりゃ⁉」


 一定の間プレイするや、がらりと奏法を変えて、どんどんとソロパートを重ねていくといった、欧米のギターマニアなら、どこかで耳にしたプレイスタイル。

「そうか、ドゥイージル=ザッパか! それの矢沢ヴァージョンなんだ!」

 かつて矢沢さんのライブにも参加したことのある、あの伝説中の伝説、ギターの神様フランク=ザッパの息子にして、自身もアメリカ指折りのギタリストであり、その卓越したギターテクニックによって、父親のフランクを始め、欧米のトップギタリストのほとんどすべてのプレイを寸分違わず演奏するといった、無茶ぶりの企画物コンサートを見事に成功に収めて、新たなる伝説を築いた、文字通りのレジェンド・チルドレン。

(複数形なのは、当コンサートにおいては、弟のアーメット=ザッパとタッグを組んでいたから)

 今長門が行っているのは、まさにそれの『矢沢さんのライブに参加したことのあるギタリスト』ヴァージョンであり、ドゥイージル本人の他には、矢沢さんの盟友ジョン=マクフィー(ドゥービー・ブラザーズ)を始め、スティーヴ=ルカサー(TOTO)、ジェフ=スカンク=バクスター(ドゥービー・ブラザーズ)、マイケル=ランドゥ(マクサス)、アンドリュー=ゴールド(ワックス)、トシ=ヤナギ(バズ=ウィザーズ)、たかなかまさよし(サディスティック・ミカ・バンド)等々といった、世界を代表するそうそうたる面子が、実際に矢沢さんのライブやレコーンディングでプレイした、ギターソロをかき鳴らしていたのだ。


 そして何と、文字通りそれに合わせるようにして、ハルヒのキーボードのほうも、刻々とプレイスタイルを変えていったのである。


 先ほどの、これまた矢沢さんの盟友であるガイ=アリソンやビル=ペインの他にも、マーク=ジョーダンやアラン=パスクァやジョージ=マクファーレンやさかもとりゅういちとうじゅんといった、内外を代表する辣腕キーボードの面々のプレイを、そつなくこなしていく団長殿。

 もちろんそのすべてが、矢沢さんのライブやレコーディングで実際に行われたプレイなのであり、同時に長門のギタープレイをしっかりとサポートするものであった。


「……長門もすごいが、ハルヒのやつも大したものじゃないか」


 長門のギタープレイが人間離れしているのは、文字通り彼女自身が『人間離れしている』からなので納得済みなのだが、基本的にただの人間であるはずのハルヒのキーボードプレイが、あれ程までに長門に匹敵しているのはなぜなんだ?


「──そのことについては、いわゆる『無限の猿定理』によって、ちゃんと説明がつくのですよ」


 まるで俺の心中の疑問に答えたかのような突然のささやき声に、咄嗟に左隣へと振り向けば、そこには半ば予想通りに、キザったらしいハンサム顔が微笑んでいた。

「……いずみ

「何やら講堂で面白い催しが行われていると耳にしたものだから、取るものも取りあえず駆けつけたんですよ」

 確かに、これからこいつのクラスの演し物で使われる予定の、あたかもデンマーク騎士みたいな格好をしているのを見ると、珍しくも相当慌てふためいてやって来たものと思われた。

「それで、『無限の猿定理』ってのは、何のことだ? 頭に『無限の』とかが付くからには、また量子論絡みの話か?」

「いえ、むしろ量子論とは真逆の論説と言えるかも知れません。そもそも『無限の猿定理』というのは、一言で言えば、『文字通り無限とも言える時間にわたって、猿にタイプライターの鍵盤をランダムに叩かせ続ければ、そのうちウィリアム=シェイクスピアの作品を打ち出すことすらも十分あり得るのだ』といったものなのですが、どこかで聞いたことはありませんか?」

「あーあー、確かに、どこぞのSF小説かラノベあたりで目にしたことがあるわ、それ」

「ええ、SF小説等の創作物に限らず、れっきとした学術論文の中でも取り上げられることもある、非常に有名な定理なのです──」

「けど?」

 そしてその超能力少年は、一呼吸置いた後で、

 確率論を中心とする数学界を全否定しかねない、問題発言をぶちかました。


「幾重の意味からも、こんな馬鹿げた定理が成り立つはずがないんですよ。このようなアホ理論を真面目くさって論争しているなんて、数学者やSF小説家や進化論学者って、さぞかし能なし揃いなんでしょうね」


 ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!

「何を各方面に対していっぺんに、核ミサイル先制攻撃並みのケンカを売っているんだよ⁉」

「だって、そうでしょう。この人たちって、例えばチンパンジーの平均寿命を、一体何年だと思っているんですか? いくら一生涯タイプライターを打たせていたって、死ぬまでにシェークスピアどころか、何か意味のある文章を綴ることすらも、絶対にできやしないと断言できますよ」

「そ、そりゃそうだけど、これってあれだろう? おまえが得意とする『シュレディンガーの猫』みたいに『思考実験』と呼ばれるやつで、あくまでも前提条件として、猿が無限の時間タイプライターを打てるものと仮定すれば、その思考実験の範囲内においてのみは、寿命とかの条件を無視して、無限にタイプライターを打てることになるんだろ?」

「別にそんな絶対に不可能なことを無理やり前提条件にせずとも、もっと現実的な思考実験を提示することができるんですよ。もしかしてこの人たちって、量子論を知らないんですか?」

 あ、やっぱり、量子論が登場するんだ。

「つまり多世界解釈量子論に基づいて、条件設定を作り直せば、無限の平行世界にそれぞれ一匹の割合で無数に猿がいて、一斉にタイプライターに向かって、シェークスピアの戯曲──例えば『ハムレット』をシェークスピア自身が綴り終える時間だけ、適当に文字をランダムに打たせれば、無限の平行世界の中で、まさにその『ハムレット』を綴ることに成功する猿が存在する可能性は、十分あり得ることになるのです。──どうです、単にこう言い換えるだけで、猿の寿命の問題を解決して、非常に現実的になったでしょう?」

 た、確かに。

「それでですね、むしろここからが本番なんですが、これって平行世界ごとに、猿が打っている文章の内容が変化していって、全然意味の無い文字の羅列が、徐々に意味のあるものになっていき、最終的に『ハムレット』に変化するとも言えますよね?」

「ああ、うん。別に平行世界に距離とか並び順とかは無いとは思うけど、仮にこの世界を出発点として、どんどんと遠くの平行世界に行くに従って、だんだんと文章が形になっていくと言えば、非常にイメージしやすいよな」

「だったら、猿のほうも変化──すなわち、『進化』してもおかしくはないとは、思いませんか?」

「へ? 猿が進化するって……」


「つまり平行世界ごとに猿が進化していって、いつしか人間となり、最終的にはになってしまっているわけですよ。言わば『無限の猿定理』を量子論に則って再定義すれば、『タイプライターで「ハムレット」を綴ることができるのは、当然シェークスピア自身のみなのである』という、当たり前の結論となるだけなのですよ。そりゃそうですよ、猿に『ハムレット』なんて綴れるものですか。『無限の猿定理』なんていうインチキ理論を、真面目に討論している人たちって、何でこんな至極当然なことわりもわからないんでしょうかねえ」


 だからおまえは、いちいちケンカ腰になるんじゃないと、言っているだろうが⁉

「──いや、だったら何でハルヒや長門は、世界の辣腕プレイヤーそのままの演奏ができるんだ? 『無限の猿定理』のお陰ではないとしたら、また別の不思議現象によるものなのか?」

「いえいえ、ちゃんと『無限の猿定理』に基づいていますよ。ただし量子論や集合的無意識論に則った、真の『無限の猿定理』にですがね」

 ……結局最後は、そのパターンに落ち着くわけかよ?

「言うなれば彼女たちは、無限の時間をかけたり無限の平行世界を移動したりする必要も無く、一発でどんな辣腕プレイヤーになることだってできるのですよ。何せいわゆる『夢の主体の象徴シンボル』である彼女たちは、自覚的か無自覚的かにかかわらず、集合的無意識にアクセスすることによって、無限の世界の無限の存在の無限の知識や記憶の中から、目的のプレイヤーの知識や記憶をピックアップして、自分の脳みそにインストールして、完全にそのプレイヤーになり切ることができるのですからね」

「ああ、つまりあいつらって、さっき『無限の猿定理』の説明で言っていたところの、『進化』を一足飛びに行って、ただの猿みたいなものだったのが、歴史的文豪だろうが辣腕音楽家だろうが、一気になり切ってしまって、しかもそれを自覚的にやっているのが長門で、無自覚的にやっているのがハルヒってわけなんだな?」

「はい、その通りです。──ただし本来なら、いくら本物のプレイヤー自身の知識や記憶をインストールされたからって、肉体的にはただの女の子に過ぎない涼宮さんたちには、彼らのプレイを完全に再現することは非常に困難なはずなのですが、ここは、実のところは単なる妄想癖でありながら、ちゃんと『神様少女』や『大宇宙の情報生命体のエージェント』を演じることのできる彼女たちが、人並み外れた器用さと適応性を持っているから──ということにしておきましょう」

 ……おいおい、何よりも現実性リアリティを尊重すると言っておきながら、結構いい加減だよな、この二次創作って。

 ただし、量子論によってより現実的になった『無限の猿定理』に基づいて、集合的無意識にアクセスして辣腕プレイヤー本人の知識と記憶を得ることによって、その超絶技巧を忠実に再現することを為し得ていると言われると、一応のところ納得できなくもないよな。

 そのように俺が半ば自分自身に言い聞かせるように胸中でつぶやいていれば、いつの間にかラストソングどころか、その後続けざまにプレイされたアンコール曲であるところの、これまた大名曲の『親友』までめでたく終了してしまっていて、ちょうどハルヒが最後の挨拶MCを行っているところであった。


「──みんな! 今日は最後の最後まで、本当にありがとう! 愛しているわ! 今日は帰りに、おいしいビールを飲んでいってね!」


 それを受けてたちまちのうちに、観客たちの怒濤のようなだいおんじょうに包み込まれる、すでにすべての演目が終了した大講堂。


 ……確かにそれって矢沢さんの、最後の締めの決め台詞だけど、そんなに公然と高校生に飲酒を勧めたりしたら、非常にまずいのではなかろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る