第11話

「──くそっ、また一足遅かったか!」


 魔王討伐を見事に果たしてから、大急ぎで魔王城の地下最深部に設けられている『女神の間』へと駆けつけてみたものの、、広大かつ天井が異様に高い総石造りの部屋の中央に鎮座している、これまた石造りの古めかしい棺桶といかにも近未来的なコールドスリープでもできそうな卵形のカプセルベッドを掛け合わせたような奇妙な物体は、すでにもぬけのからとなっていた。


「やはり何度トライしても、魔族の奴ら、自分たちのあるじである魔王の防御よりも、『女神』の移送もちにげのほうを優先しやがるよな」

「……何を今更。魔族にとっては、『女神』を人間に奪われて目覚めさせられることのほうが、魔王の命以上に重要な意義があるのは、前々からわかっていただろうが? もっとしっかりしてくれよ、『作者』様? これじゃ今の僕たちって、鹿でもあるまいし、無限のループ空間に閉じ込められているみたいだぜ」

 俺がこぼした愚痴に対して、油断なく周囲を警戒しながら何とも皮肉に満ちたツッコミを入れてくる、何かと頼りになる前衛アタッカーの未来人。

 俺はわずかに顔をしかめるものの、何も言い返せやしなかった。

 まったくもって、ふじわらの言う通りである。何で『作者』という絶大なるチート能力を持っていながら、同じ過ちばかり繰り返してしまうのか。

 何と言っても『女神』の魔族からの奪還の成否には、この異世界における人類全体の運命がかかっているのである。

 よって俺も『作者』としての力を最大限に発揮すべく、できることが他人の『記憶の書き換え』等に限定されるこの世界における『内なる神』としてだけでなく、異世界転移から帰還して──すなわち、『異世界転移の夢』から目覚めた現実あっちの世界においても、いわゆる『外なる神』として、まさに現下の異世界の有り様のすべてを描いた自作のネット小説の記述を、自分たちが絶対に有利になる状況に舞台設定を整えた後で、実際に『女神奪還作戦』が成功するようにストーリー展開を詳細に書き込んでいたのだ。

 そうしてその後夢の中で異世界転移を行ってみれば、確かに『作者』である俺自身がお膳立てしたような状況となっていて、今度こそうまくいくものと意気揚々と魔王城へと向かうものの、必ずと言ってほどにあらかじめの筋書きストーリーには無かった予想外のアクシデントが起こり、毎回のごとく『女神の奪還』を果たせないでいた。


 ……まさしく藤原の言う通りに、これじゃまるで無限にループや過去の改変を繰り返しているようなものだぜ。


 実のところ、現実あっちの世界におけるいずみお得意の蘊蓄解説によれば、ループやタイムトラベルで既知の過去の時代に赴こうとも、それから先の未来はけしてすでに有している記憶や知識通りになるとは限らないとのことであった。

 それというのも、たとえループやタイムトラベルによって過去の時代に赴こうと、その時点に到達した瞬間にその世界の『現代人』となってしまい、それから後の展開には当然のごとく無限の可能性があることになって、元々有していた知識や、あくまでも現実あっちの世界で『作者』として仕込んでいた『設定』なぞ、何も役に立たず、今回のように不測の事態が起こった場合は、まったく予備知識無しで対応を迫られることになるだけなのだ。


 しかし何度失敗しようが、俺たちはけして、諦めるわけにはいかなかった。


「……何せ、この異世界を含むあらゆる世界を夢見ながら眠り続けているという、『なろうの女神』──すなわち、この世界サイド佐々木ささきを起こさないことには、現実あっちの世界サイドの佐々木自身を目覚めさせることができないのだからな」


 俺が空のカプセルベッドをにらみつけながら決意を新たにしていれば、どこかためらうようにして藤原が声をかけてきた。

「……なあ」

「うん、どうした?」

「今になって、嫌な考えが浮かんだんだが、こうは思えないか? ──これはすべて、誰だかわからないが、何者かの筋書きなんじゃないかと」

 は?

「おいおい、今更何を言っているんだよ? まさにその筋書きを書いているのは、『作者』である、この俺じゃないか。──まあ、いくら新たに書き加えたり書き換えたりしようが、毎回失敗の連続だから、すっかり『作者』失格だがな」

「──いや、そうじゃない、そうじゃないんだ!」

 俺が半ば自嘲気味に返事を返すや、藤原ときたら柄にもなくどこか焦燥感に駆られた鬼気迫る表情で、俺の両肩を力強くつかんできやがったのだ。

 すわ何事かと、部屋の四方を探索していたようたちばなまでも目を丸くして注目する中で、あたかもこれまでの前提をすべてひっくり返すようなことを言い出す、自称未来人の少年。


「もしかしたらこの異世界どころか現実世界すらも己の小説として生み出している、『真の作者』とでも呼ぶべきやつがおまえ以外に存在していて、そいつにとってはただの『登場人物』でしかない僕たちのことを、こうして堂々巡りの状態に陥れてもてあそんでいるんじゃないかって、言っているんだよ!」


 ──‼


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……この現在の状況が実はループなんかじゃなく、ハルヒから与えられた本物の8月17日から31日までのいわゆる量子論上の『別ヴァージョン』に当たる、『無限に存在し得る別の可能性の8月17日から31日』の記憶に過ぎないだと?」


 毎度性懲りもなくいずみの口から飛び出してきた、これまでになく馬鹿馬鹿しい話に、俺は盛大にため息をついた。

「与太話も、いい加減にしろよ。このいかにもSF小説やラノベですっかりお馴染みのループ状態のどこが、単なる『与えられた記憶』だって言うんだ。そもそも今の俺は間違いなくちゃんと、自分で考えて自分で行動していると、自信を持って言えるぜ!」

 残念だったな。そういつもいつもおまえのトンデモ話に言いくるめられると思ったら、お門違いというものだ。

 一方的な勝利感を抱きながら自慢げに胸を張る俺であったが、目の前の超能力者はむしろいかにも申し訳なさそうに、苦笑してみせるだけであった。

「ああ、すみません。すっかり誤解させてしまったようですね。確かに以前僕やあささんやながさんが自分のことを超能力者や未来人や宇宙人だと思い込むようになったのは、すずみやさんからそれらの『記憶』を集合的無意識を介して与えられたからだと申しましたが、その際にはできるだけ話を簡単にしようと思って、いかにもある特定の超能力者の一生分の記憶を一夜にしてインストールされたかのようにお伝えしましたが、実際には少々異なるのですよ」

 へ?

「何その、一番肝心な設定を覆すような、ちゃぶ台返し。今更おまえには、他人の超能力者としての記憶なんかすり込まれていないとか、言い出すつもりじゃないだろうな?」

「いえいえ。まさか、そんなことはありませんよ。僕が今回前言を撤回するのは、涼宮さんに与えられた『記憶』が、『特定』の『他人』のものだったという部分だけで、正確には、あくまでも僕自身の『記憶』であるけれど、ただし別の可能性において『超能力者としての僕』のものなのであり、それもある特定の『別の可能性の僕』ではなく、それこそ『超能力者としての僕』の『記憶』なのです」

「は? ハルヒからインストールされた『記憶』が、おまえ自身のものだっただと? しかも超能力者としてのおまえの『記憶』が無限にあるって、いったいどういうことなんだ?」

「そもそもいくら超能力者に仕立て上げるからって、別人の『記憶』をインストールしたんじゃ、もはやそれは小泉いつではなく、別の誰かになってしまうじゃありませんか? だから僕を記憶を書き換えることで超能力者にするには、あくまでも『超能力者である別の可能性の僕』の記憶をインストールしなきゃならないわけなのです。何せ無数に存在している別の可能性の僕の中には、当然本当に超能力者である僕だって存在しているはずですしね。しかも超能力者である別の可能性の僕自体も無限に存在していることになるのですが、ここら辺のことについてはよりわかりやすく説明にするためにあえてメタに走りますけど、もはや現時点においても、この『うちの病室にはハルヒがいっぱい♡』におけるただの男子高校生である僕にとっての超能力者である別の可能性の僕には、ご存じ元祖オリジナルの『涼宮ハルヒの憂鬱』の僕、『カクヨム』のサイト上においてすでに公開されている、多数の二次創作の『登場人物』としての『超能力者の僕』が存在しているのですからね。──そしてだからこそ、僕は自分以外の『記憶』がインストールされていながらも、あくまでも自分の意思で言動できているのです」

 おいおい、いくらこれ自体が二次創作だからって、また正面切ってメタったものだよな⁉

「……何で『超能力者である別の可能性のおまえ』が多数存在していることが、おまえがなんちゃって超能力者として自意識的に行動できることと繋がるんだ?」

「だって考えてみてください、『超能力者である別の可能性の僕』が原典オリジナルの『涼宮ハルヒの憂鬱』の『登場人物』としての僕しかいなかったら、その『記憶』のみをインストールされた僕は、『涼宮ハルヒの憂鬱』の登場人物としての僕そのままの言動しかとれなくなって、そんなんじゃもはや二次創作でなく、盗作パクリになってしまうじゃありませんか?」

 あ。

「つまりですね、まさしく『涼宮ハルヒの憂鬱』の二次創作を行う場合には、ストーリーや登場人物の台詞をそのまま持ってきてコピーするんではなく、あくまでも各種設定を材料として利用して再加工しているわけじゃないですか? ぶっちゃけて言えば、それと同じことなんですよ。涼宮さんは自分の日常を非日常に変えるために僕を超能力者に仕立て上げようと、無数の超能力者である別の可能性の僕の『記憶』をあくまでも『データ』として僕の脳みそにインストールしただけなのであって、あくまでも僕自身こそが、それを自分の意思によって言動を行っているわけなのです。──もちろんこれは、長門さんや少々二重人格的にも見える朝比奈さんにおいても同様です」

 ああ、なるほど! つまりこれって、パソコンのハードディスク内のデータのコピーなんかと、同じことなんだ!

 例えば映画等のデータをコピーする時なんかがわかりやすいんだけど、けして大昔のビデオデッキのように映像や音声をそのままダビングしているのではなく、あくまでもデジタルデータをコピーしているだけなのであって、実際にムービーを再生する際には複製先においてデジタルデータを映像や音声に変換する過程が必要になるようなものだよな。

「まあ、一応は納得できたけれど、それにしたって、おまえが擬似的とはいえ超能力者なんかになるために、そんな面倒なことをしていたなんて、思いも寄らなかったぜ」

 ほとほと感服しながら俺がそう言えば、

 ここに来てまたしても驚愕の事実を開陳する、もはや超能力者であるよりも蘊蓄解説コーナー専従者とも呼び得る少年。

「何を他人事みたいにおっしゃっているんですか、今まさにあなた自身、同じことをやられているというのに」

 へ?


「何せこの現下のループ状態そのものが先刻もお伝えしたように、涼宮さんによって与えられた8月17日から31日までの『無限に存在し得る別の可能性の』に過ぎないのであって、僕が与えられた『超能力者である別の可能性の僕の』同様に、個々人にとっての行動指針の『材料』でしかなく、実はこの疑似ループ内においては時間なぞ一切流れておらず、具体的な日々として組み立てられているのは、あくまでもあなたや僕のような個々人の脳内においてのみなのですよ」

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