第40話

「実はですねえ、名探偵やチート能力を持った転生勇者なんていう、小説の主人公たちは、皆強力無比な『正夢体質』であるわけなんですよ」


 ………………………………はあ?


 間髪を入れず続けざまにもたらされたいずみの更なる珍妙なる台詞に、俺はまたしても呆気にとられてしまった。


「な、何だよ、名探偵なんかの小説の主人公が、正夢体質って?」

 いやだからおまえの台詞って、何でそんなにむやみやたらとメタっぽいんだよ⁉

「だってこの現実世界において『名探偵』なんていう輩を存在させて、あまつさえ必ず的中する『名推理』を可能とさせるには、彼自身が正夢体質である他はないのですよ」

「……そんな、『他はないのですよ』とか、自信満々に断言されても。そもそも俺にはおまえが何を言っているのか、全然わからないんだけど? 何でよりによって、正夢なんだよ?」

「おや、そうですか? わかりました。そういうことでしたら、一からじっくりと懇切丁寧に、ご説明することにいたしましょう」

 俺の疑問の言葉を聞くや、途端に嬉々と表情を輝かせ始める、蘊蓄大好き超能力者。

 ……はいはい、いつものパターン、ご苦労様(ヤケクソ)。

 さあ、よい子のみんなのお待ちかねの、うんざりするほど長々と続く、蘊蓄コーナーの始まりだよ☆

 しかしそんな俺の捨て鉢な心のナレーションをあざ笑うかのようにして、たとえ二次創作とはいえ小説の登場人物がけして口にしてはならぬことを、あっさりと言い放つ目の前の少年。


「ぶっちゃけて言ってしまえば、名探偵や転生勇者等の小説の主人公たちが、どんな怪事件でも必ず解明できる推理能力やどんな敵でも倒すことのできるチート能力を持ち得るのは、文字通り彼らが『小説の主人公』だからなのであって、すべてはその小説の作者がそうなるように設定しているからに過ぎないのですよ」


 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいっ!

「いくら何でも、ぶっちゃけすぎだろうが⁉ もうそれ、メタですらないよ! ただ単に、世界観そのものをぶち壊しているだけだよ!」

 いきなり『主人公』や『作者』なんかを持ち出してきたら、何でもアリになってしまって、もはや話がそこで終わってしまうじゃないか⁉

「いやいや、僕はただ、小説なんかの創作物フィクションとは違ってこの現実世界においては、ミステリィやWeb小説で当たり前に登場している名推理やチート能力なんてものが、まったくと言っていいほどほとんど実現不可能な、反則技的存在でしかないってことを言いたいだけなんですってば」

「じゃあ、名探偵や転生勇者そのものも、この現実世界においては絶対存在し得ない、創作物フィクションのみの存在であるってわけなのか?」

「まさにそこでこそ、正夢体質が物を言うのですよ。何せ正夢体質であれば、名探偵等の小説の主人公だって、この現実世界においてしっかりと存在できるようになるのですからね」

「だからどうしてなんだ? たかだか偶然に夢が現実になっただけで、この現実世界が怪事件が普通に起こり得るミステリィ小説そのものの世界となってしまって、名探偵なんていうクレイジーな輩が、本当に存在できるようになるんだ?」

「『たかだか』、『偶然に』、夢が現実になっただけですって? とんでもない。まさに正夢体質こそは、この現実世界を真に改変することを可能とする力すら、内包されているのですよ?」

「へ?」

「正夢を見た当事者にしてみれば、すべては己の身の上に起こった、ちょっとした偶然の賜物としか思われないでしょうが、考えてもみてください。正夢を現実の物とするには、当事者が夢で見た通りに言動するだけでは駄目なのです。少なくとも夢の中に登場した関係者全員が、その夢の通りに言動することが必要になってくるでしょう。言わば『正夢は一人ではならず』ってわけなのですよ。そして結果的にその延長として、夢で見た範囲という限定されたものではあるものの、世界そのものが夢で見た通りに進行していくわけであり、ある意味『世界の恣意的操作』の実現とも言えるのです。──ところでこれって、何かを連想しませんか?」

 あ。

「……まさか、それって」


「ええ。まさにこれぞ毎度お馴染みの、『夢の主体』の象徴シンボルによる他者の集合的無意識への強制的アクセス能力による、世界の恣意的操作の実現そのものと言えるのではないでしょうか」


 ──っ。

「……それじゃあおまえは、名探偵や転生勇者なんかの小説の主人公は、ことごとく正夢体質の持ち主──つまりは、『夢の主体』の象徴シンボル的存在であるからこそ、本来現実にはあり得ない、名推理やチート能力を実現することができるって言いたいわけなのか?」

「はい。『夢の主体』の象徴シンボルとしての自他の集合的無意識へのアクセス能力は、絶大かつ非常に特殊なものですが、それこそちゃんと集合的無意識論や量子論に基づいた、辛うじて『現実的なもの』と呼び得るからして、この現実世界そのものをあたかもミステリィ小説そのままに改変して、名探偵等の小説の主人公を現実に存在できるように為し得る、唯一の実現手段なのですからね。──お忘れなっては困りますが、当然正夢も夢の一種であり、そもそも集合的無意識がもたらしたものなのであって、もし正夢を見た当事者が『夢の主体』の象徴シンボルとしての力を有しているのなら、その夢の中に登場した人々を強制的に集合的無意識にアクセスさせて、まさしくその『正夢の登場人物としての記憶』をすり込んで、正夢通りに言動させることが可能となるって次第なのですよ」

 ……ったく。つまりは、集合的無意識論や量子論に則りさえすれば、名探偵なんていういかにも非現実な輩すらも、この現実世界に存在させることができるってことか。

 ほんと、文字通り『何でもアリ』だよな、集合的無意識論や量子論って。

「ああ、だからといって、誤解しないでくださいね。たとえ『夢の主体』の象徴シンボル的な力を持っているからといって、それこそ小説の登場人物であるまいし、転生勇者そのもののチート能力はもちろんのこと、ミステリィ小説の名探偵そのままに、絶対に怪事件を解決できる名推理なんて、絶対に実現できっこありませんので」

「え? あ、ああ。そういえばおまえは最初から、そう言っていたんだよな。しかしなぜなんだ? 下手したら世界そのものを改変し得る『夢の主体』の象徴シンボル的な力を持っていながら、荒唐無稽な転生勇者のチート能力はともかくとして、あくまでも現実的な事件における、名探偵ならではの名推理すらも実現できないなんて」

「では今更ですが、根本的なことをお聞きしますが、あなたは『ただの探偵』と『名探偵』との最大の違いは、何だとお思いですか?」

 こりゃまた本当に、初歩の初歩のことを聞いてきたものだな。

「そりゃあ、名探偵ってのは、普通の探偵がとても解明できないような、途方もない難事件を解決できる者を言うんじゃないのか?」

「まあ、あながち大外れとは言えませんが、完璧な解答とも言えませんね。これまで口が酸っぱくなるまで言い続けてきたように、この現実世界というものには無限の可能性があり得るのですからして、『ただの探偵』が何かの拍子にあなたの言うところの『途方もない難事件』を解決してしまうことだってあり得るわけで、その瞬間彼は、『名探偵』の称号を得てしまうことになるではありませんか?」

「またおまえときたら、屁理屈を言いやがってからに……だったらそんな『途方もない難事件』を解決できるやつこそが、『名探偵』ってことでいいだろうが⁉」

 いい加減うんざりして、半ばやけっぱちで怒鳴り散らしてみれば、何と眼前の蘊蓄少年が、いかにも我が意を得たりといった感じに微笑みを浮かべた。

「おおっ、そうそう、そうなのです。まあだいたい正解と言えるでしょう。──つまりですね、確かに難易度も重要なファクターではありますが、それよりも何よりも、『名探偵』と呼び得るには、どんな事件もわけなのですよ」

 あ。

「実際、ミステリィ小説においてもそうでしょう。確かに作品が完結するまではあれことれと紆余曲折はございますが、最後に事件が何らかの解決を見なければ、それはもはや名探偵や名推理がどうしたと言う以前に、ミステリィ小説として失格となってしまいますしね。──そしてだからこそ、たとえ『夢の主体』の象徴シンボル的な力を有していようとも、この現実世界において『名探偵』なるものを実際に登場させることなんて、絶対に不可能と言い切れるわけなのですよ。なぜなら先程も繰り返し述べたように、この現実世界には無限の可能性があるゆえにこそ、絶対に事件を解明できる名推理なぞ、絶対に実現不可能だと断言できるのですから」

 あー、そう言われれば、そうだよなあ。

 たとえばあるミステリィ小説が人気作となってしまった場合、シリーズが続いていく限りその作品の名探偵は、当然毎回難事件を必ず解決していかねばならないわけなんだが、そんなことなんてとても現実にはできっこないよな。

「……と言うことは、今回のSOS団の合宿においては、ハルヒの『名探偵化願望』を叶えてやることはけして為し得ず、必然的にUMA捜索の旅路に出なければならないってことなのか?」

 そんないるかいないかわからない物を日本中探し回るよりも、少々ひどい目に遭おうとも、孤島だかどこだかの一カ所で寝泊まりしたほうが、よほどましなんだけどなあ。

「おや、何だかんだ言って、やはり『孤島症候群』のほうが、よろしいのですか?」

「……まあ、比較論としては、だけどな」

「だったら、あなたが一肌脱げばいいではありませんか?」

「は? 何でいきなりここで、俺の話が出てくるんだ?」

 おまえじゃあるまいし、残念ながらミステリィは専門外だぞ。


 ──いや、ちょっと待てよ。


「……そういえばおまえさっき、『名探偵や転生勇者等の小説の主人公たちが、どんな怪事件でも必ず解明できる推理能力やどんな敵でも倒すことのできるチート能力を持ち得るのは、文字通り彼らが小説の主人公だからなのであって、すべてはその小説のがそうなるように設定しているからに過ぎない』って、言っていたよな? それって、まさか、まさか──」

 ふとした思いつきに戦慄しつつも、俺はそう問いかけざるを得なかった。


 でき得るなら、否定してくれることこそを、願いながら。


 しかしその超能力少年は無情にも、予想通りの言葉を口にする。


「──ええ。まさしくあなたの、それこそ異世界において魔王すら倒し得るチート能力を始めとして、、絶大なる『作者』としての力も、実は『正夢体質』こそを土台としているのです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る