第7話

「前回、前々回と、少々話がとっちらかってしまいましたので、ここら辺で一度、これまでの話を振り返ってみることにいたしましょう」



「何よりも物理法則に支配されている我々の現実世界における、一瞬のみの『現在』という名の無数のパラパラ漫画のうちの一枚の紙面キャンバスにおいては、タイムトラベルや世界そのものの改変などといった、物理法則を度外視した『落書き』を加えることなぞけしてできません」



「よってもし仮に未来人が存在するようにするためには、最初から未来人が書き込まれている(場合によっては物理法則なぞ超越した、文字通りSF小説や漫画そのものの)別の可能性の紙面キャンバスと差し替えるといった、いわゆる世界そのものの『ルート分岐』が必要となります」



「しかしそれを可能とするには、まさしく当のパラパラ漫画を作成している、いわゆる『作者』的存在であることが必要なのです」



「つまり、この現実世界を一つの物語と見なすと、当然パラパラ漫画の内側に存在している『登場人物』なんかではなく、紙面キャンバス存在している文字通り『作者』とも呼び得る人物でないと、世界そのものの改変なぞ、絶対に不可能になるわけなのです」



「ということは、もしもすずみやさんが存在しているのが、SF小説的現象がまったく起こり得ないいわゆる『完全なる現実世界』であったのなら、彼女が宣言したように宇宙人や未来人や異世界人や超能力者を自分の許に集めることなぞ、あくまでもその世界においては『一登場人物』に過ぎない彼女には、到底不可能ということになるでしょう」



「──だがしかし、涼宮さんにいわゆる『外なる神』である『作者』とまでも行かないまでも、その『内なる神』の力が与えられていたとしたとしたら、話は大きく変わってきます」



「ご自分のネット小説の中で描かれている異世界にとって、この現実世界においては『外なる神』であり、自ら夢の中で異世界転移している状態においては『内なる神』でもあられるあなたにとっては、百も承知のことでしょうが、集合的無意識への自他の強制的アクセス能力を有する『作者』だったら、『外なる神』としては、無数の世界の集合体である集合的無意識の中から新たなる世界を選び直すことによって、世界そのもののルート分岐が可能となり、その一方で『内なる神』としては、自分自身も存在している世界において他のすべての者を、ありとあらゆる別の可能性の世界の『記憶』が集まってくる集合的無意識にアクセスさせて、他の世界の未来人や異世界人の『記憶』を多重的にすり込むことによって、多重人格化させたり、タイムトラベルを実際に行うことなく擬似的に未来人にしたり、異世界の勇者や戦国時代の武将等に前世返りさせたり、複数の人間の間で人格を入れ替えたりといった、ほぼすべてのSF小説的イベントを実現させることが可能となります」



「しかも実はこれは実質上『外なる神』同様に、世界そのものをルート分岐させたも同然なのです」



「なぜなら世界のルート分岐とは実は、この世界そのものを夢見ながら眠り続けている『外なる神』にとっては『目覚め』のようなものであり、その場合集合的無意識についても、無数に存在し得る夢の世界の集合体とも見なせるのであって、そして『世界の夢から目覚める』ということは、今まで間違いなく現実世界と思っていたものが夢だったことになるわけなのであって、極論すれば、『外なる神』である『作者』が存在している世界を、『内なる神』であり『一登場人物』に過ぎないはずの涼宮さんのほうが、夢として見ている可能性だって──つまりは、涼宮さんこそが、『真の外なる神』であり『真の作者』であるといったことだって、十分にあり得ることになるのですから」



「──そう。実は彼女こそがこの世界の外側で、『涼宮ハルヒの憂鬱』という夢を見ていているのかもしれないのです」



「そしてこの世界における『内なる神』である彼女によって集合的無意識に強制的にアクセスさせられ、『涼宮ハルヒの憂鬱』の世界の中のの『記憶』を多重的にすり込まれることによってこそ、朝比奈さんやながさんや僕は、この『完全なる現実世界』の中にあっても擬似的とはいえ、未来人や宇宙人や超能力者であることができているのかも知れません」



「なぜなら、間違いなく『涼宮ハルヒの憂鬱』の世界においては、朝比奈さんは未来人であり、長門さんは宇宙人であり、僕は超能力者であり、──そして涼宮さん自身も正真正銘本物の、『神様少女』であられるのですから」


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「……何だよ、これって」

 またしてもいきなりこれまでの推移を完全に無視して、一人芝居そのままに勝手に朗々と語り始めたいずみに対して、俺はあっけにとられながらもそうつっこまざるを得なかった。


「いえいえ、今回は前回予告した通り、量子論と集合的無意識論とを中心にして、結構難解な理論ばかりをかなり深いところまで突っ込んでご説明していくつもりですので、万が一にも読者の方を置き去りにしないように、こうして冒頭において全般的な『あらまし』を先に述べておいたって次第なんですよ」

「え、『の方を置き去りにしないように』って。そのメタ路線、今回も続けるつもりなの?」

「続けるも何も、そもそもこの作品自体が二次創作でもあるゆえに、多重的メタ構造のもとに成り立っているのですから、作中で少々メタ的発言をしようが今更ですよ」

「……ほんと、この作者って、メタが好きだよな。『なろう』のほうでやっている『ラプラスのあくたち』なんか、エピソード丸ごと一つ『掲示板』の回があったりしたそうだし」

「というわけで、『カクヨム』のほうも負けずにガンガン攻めていきますよ! メタと言えばやはり、『主役がネット作家で、本編自体も彼の作品であるかのようなていを為している』ってパターンが多いことですし、まずはネット作家でありながら、ご自分の作品で描かれた異世界の中においては勇者をやっておられるあなたご自身の、メタ的創作活動に焦点を当てて説明を開始することにいたしましょう!」

「……いや。勘弁してよ、もう」


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「そう。あなたはいる。それこそが肝心なのです。つまりあなたにとっての出来事セカイはすべて、においてはあなたの脳みそにのみ存在しているのであり、言わばその者にとっての世界の本質とは、『記憶』そのものとも言い得るのですよ」

 得意の蘊蓄解説コーナーを再開した超能力少年は、開口一番かくのごとくいかにも芝居じみたセリフを口にした。


「……世界の本質とは、『記憶』そのものだと?」

「ええ。それでお聞きしたいのですが、確かあなたはなぜか藤原さんたちとパーティを組んでご自分が中心になって魔王を退治する、それを基にして自作のネット小説をお創りになったのですよね?」

「あ、ああ、そうだけど……」

「だとしたら、夢を基にしているとはいえ、いったんネットに上げて連載化していくうちに、当然夢の内容よりも先の展開をご自身で考案したり、夢の内容の範囲内であっても様々な理由から大幅に変更を加えたりもすることだってあり得るわけですよね?」

「まあ、一つのアイディアで長期連載を続ける場合、当然あってしかるべき展開だよな」

「ええ、事が単に夢で見たものを小説化しただけで終わったのであればね。──しかしあなたはそれから以降も、異世界の夢を見続けた。それもまさに、あなたが通りの展開の夢を」

 ──っ。

「しかも、話はそれだけでは済まなかった。何と現実こっちの世界で、ふじわらさんやようさんやたちばなさんの三人衆──いわゆる『佐々木ささきチーム』の面々が、いきなり面会を求めてきたかと思えば、なぜかこのところ三人とも同じ夢ばかり見るようになっていて、その上それはまさに、あなたがネット上で公開している自作の小説の内容そのままだと言い出すじゃないですか」

「そ、そうなんだよ。──いやあ、すごい偶然があったものだよなあ。あはははは」

 わざとらしくごまかし笑いを上げたものの、もちろんそんなものが通用するような相手ではなく、


 ──むしろ更なる驚愕の言葉を、突きつけられることになっただけであった。


「偶然ですって、そんなまさか」

「へ?」

「実はあなた方が魔王退治の舞台とした異世界は、けして単なる夢の産物なんかではなく、『本物』だったのです。──そう。あなたたちは夢を通して、本物の異世界転移をなされてしまわれたのですよ」

 ──は⁉

「夢の中で、本当に異世界転移をしてしまうなんて、そんな馬鹿な! 第一おまえ自身、現在においては世界はこの現実世界ただ一つだから、異世界転移やタイムトラベル等の世界間転移の類いなんて、けして実行できないって言っていたじゃないか⁉」

「ええ。本来はこの現実世界以外には、いわゆる『別の可能性の世界』なるものがこの世界の分岐先として、あくまでも未来において存在し得るだけだったはずでした。──まさにあなたが、余計なことをしない限りはね」

「は? 俺が、何だって?」

 話途中でいきなり矛先を向けられたことで、ただただ戸惑うばかりの俺に対して、その糾弾者はあたかも己の信ずる神に対する背信者を断罪するかのように、厳かに宣った。


「そう。あなたがあくまでも『可能性としての世界』に過ぎなかった、夢の中で見た異世界を小説にしたためたことこそが、可能性のみの存在に明確なる形を与え、本物の世界にしてしまったのですよ」


「なっ⁉」

 いきなり何を言い出す気なんだ、このエセ超能力者。まさかとうとうこいつまで、ハルヒの電波的妄言に染まってしまったんじゃないだろうな?

「そんなに驚くことはないでしょう? 言ったじゃないですか、この現実世界の未来の分岐先である『別の可能性の世界』は無限に存在しているのであり、それは異世界やパラレルワールドや過去や未来の世界等々、世界であり得ると。つまりたとえ夢や小説の中の架空の異世界であろうと、この世界にとっての別の可能性の世界の範疇に含まれるのであり、多世界解釈量子論に則ればれっきとしたとなり得るのですよ」

 ──‼

 夢の中で見た異世界も、本物の世界だって⁉

「とはいえ、あなたや藤原さんたちパーティ御一行の皆様は、肉体的にはもちろん、精神的にも魂だけ実際に異世界に転移したわけではなく、あくまでも夢の中で、異世界の勇者兼魔導師や前衛アタッカーの戦士等の『記憶』とアクセスしただけなんですけどね」

「……記憶とアクセス、だって?」

「そう、ここでいよいよお待ちかねの、集合的無意識の本格的登場と相成るわけなのです! 心理学においてかの高名なるユングが提唱している集合的無意識についての基本的論理においては、我々すべての人間の無意識が繋がり合っている超自我的領域が精神の最深部にあるとしているのですけど、人の無意識の最たるものって、言ってみれば夢の世界のことじゃないですか。つまり実は夢の世界こそ集合的無意識そのものなのであり、ここにはありとあらゆる世界から人の意識──すなわち『記憶』が集まってきているからして、夢の中では異世界人の記憶ともアクセスすることができて、眠っている間にその人物になりきることによってその記憶や知識を完全に己の脳みそに刻み込むことになって、例えば目が覚めた後の現実世界においてもすっかり異世界の勇者や戦士そのままに振る舞って、事実上の『異世界転生』を実現することすら為し得るのですよ」

 ──! それってつまり、『異世界転生』とか『前世返り』とかって、夢で見た記憶によるものだったってわけか⁉

「た、確かに、あくまでも夢の中で異世界人の記憶に触れただけなのに、本人にとっては異世界転移を経験したことにも、目覚めた後においては前世の魂が甦ったことにもなり得るよな」

「しかもこれって量子論に基づいた、れっきとした論理的根拠を有するのです」

「量子論に基づいた論理的根拠って、集合的無意識って心理学に属する論理だったんじゃないのか?」

「実はですね、集合的無意識とは、いわゆるコペンハーゲン解釈量子論の言うところの、『未来の無限の可能性』そのものなんですよ」

「集合的無意識が、おまえが前々から何度もしつこく話題に上げている、この世界の未来の無限の可能性だと?」

「量子論に則ると、我々人間一人一人に始まりありとあらゆる森羅万象──ひいては世界そのものにとって、未来というものには無限の可能性があるわけですけど、実はそれは個別の存在にとってけして別々のものではなく、すべての人にとっても、あらゆる森羅万象にとっても、ひいては世界にとっても、なのであって、そうなると当然その中には万物にとっての無限に存在し得る未来の分岐パターンがすべて存在していることになり、そしてまさにそのありとあらゆる存在にとってのすべての未来の分岐パターンの集合体こそが、集合的無意識と言われるものの正体なわけなのです」

「万物にとっての未来の可能性がすべて共通しているって……いやいや、そんなことはないだろう。例えばAさんにはAさんの未来があって、BさんにはBさんの未来があるといったふうに、百人人間がいたら、その未来も百通りあるはずなのでは?」

「まあ普通に考えれば、その通りでしょうね。だったらもし仮に、そのAさんとやらがBさんになった夢を見ているとしましょう。当然今現在Bさんは、目が覚めるとともにこのAさんになるわけですよね?」

「ああ、まあ……」

 Aさんが夢の中でBさんになろうがCさんになろうが、目が覚めたらAさんに戻るのは当然じゃないか。何を当たり前のこと言っているんだ……と思っていた、まさにその時。

 続いての彼の言葉に、俺はまるで脳髄に直接平手打ちを食らったような衝撃を受けた。

「それってつまりは、もしもこのAさんの見ている、正真正銘Bさんだと思われた人物が、実はAさんだったことになるわけですよね? すなわちこの現実世界が何者かが見ている夢であることがけして否定できない限りにおいては、Bさんがほんの一瞬後にも──そう。、Aさんとなってしまう可能性はけして否定できないことになるのです。その結果AさんとBさんの未来はこの一点において重なり合っていることになり、当然の帰結として二人にとっての未来の無限の可能性というものは共通したものになるといった次第なのですよ。もちろんこの現実世界を夢見ている可能性があるのは何もAさんやBさんだけに限らず、すべての人──ひいては、あらゆる森羅万象のどれでもあり得るのだから、未来の可能性というものは万物にとって共通したものになるわけなのです」

 実はこの現実世界そのものが何者かが見ている夢かも知れないという可能性に基づけば、万物にとっての未来はすべて共通していて、それこそが集合的無意識の正体だって⁉

「……いや、ちょっと待ってくれ。そもそも大前提として、この現実世界そのものが実は何者かが見ている夢であるなんてことが、あり得るわけがないじゃないか⁉」

「おやおや。あなたともあろう方が、かのそうの『この世界は実は一匹の蝶が見ている夢かも知れない』とする、『ちょうゆめ』の故事は御存じではないのですか? それに中国においては『ホワンロン』という、それこそこの現実世界そのものを夢として見ながら眠り続けている神様が存在しているとする神話があるくらいなのですよ?」

「……馬鹿馬鹿しい。そもそもが『この現実世界を夢見ているという蝶』自体が荘子の見た夢の産物に過ぎず、『この現実世界を夢見ているという龍』自体も神話上の──つまりは、我々人間の想像上の産物に過ぎないんじゃないか?」

 そんな俺の至極もっともな反論に対して、しかし目の前の優男はむしろいかにも我が意を得たりといった感じで、表情を綻ばせた。

「そう、そうなんですよ! ホワンロンなんているとは決まっていないことこそ──すなわち、確かにこの世界が夢かも知れない可能性は否定できないものの、当然その一方で間違いなく現実のものでもあり得るはずだという、存在可能性上の『二重性』こそが、あくまでもにいる我々にも、万物のの無限の可能性そのものである集合的無意識へのアクセスを可能とするのですよ!」

「は、はあ?」

 自分で話題に上げたホワンロンの絶対性をいきなり否定したかと思ったら、むしろそのいるかいないか確かではないあやふやさこそが、集合的無意識へのアクセスを可能にするだと?

「ふふふ。現役高校生ながらも、ネット上において数々のファンタジー異世界作品を発表なさっている『はちじょうじまきょん』先生におかれては、こう言ったほうがわかりやすいでしょうか? 『実はこの世界やその中に含まれている我々人間を始めとする万物は、現実の存在であるとともに、夢の存在でもあり得る可能性を常に同時に有している』──これって、何かを連想しませんか?」

 ──っ。まさか、それって⁉

「そう。御存じ現代物理学の根幹をなす量子論における基本的理論である、『我々人間を始めとするこの世のすべての物質の物理量の最小単位である量子というものは、粒子と波という二つの性質を同時に有していて、形なき波の状態においては、次の瞬間に形ある粒子となってどのような形態や位置をとるかには無限の可能性があり、そのため量子のほんの一瞬後の形態や位置を予測することすら不可能なのである』そのまんまでしょう? つまり僕たち人間には観測できないミクロレベルにおいて形なき波の状態にある量子は、次の瞬間に形ある粒子としてとるべき無数の形態や位置の可能性が同時に重複している状態──いわゆるこれぞ量子論で言うところの『重ね合わせ』状態にあるという独特の性質を有しているとされているのですけど、あくまでも現実世界マクロレベルの存在である僕たち人間には、このような微小世界ミクロレベルにおける量子ならではの特異な性質は適用されないというのが、これまでの量子論における主流的見解だったけど、人間も量子同様に夢等の形なき世界の存在でもあるという二重性を常に持ち得るとしたら、まさにその量子ならではの特異なる性質──すなわち、『形なき「夢の世界の自分」においては、夢から目覚めた後に無限に存在し得る形ある「現実世界の自分」になり変わる可能性があり得る』という性質を有することになるのです。確かに常識的に考えれば現実世界に生きる我々が、無限の可能性の具現たる集合的無意識にアクセスすることなぞできないでしょう。しかしもしもこの現実世界そのものが夢であったとしたら、ほんの一瞬後に目が覚めることによってたる別の世界の別の自分となる可能性があり、そしてその『世界』や『自分』は実際に目が覚めるまではどのようなものになるかはけしてわからない──つまり文字通り無限の可能性があるわけなのであって、まさにこれこそが『自分や世界そのものにとっての未来には無限の可能性がある』ということなのであり、言わば現時点の自分を夢の存在として見なせば、ミクロレベルの量子同様にどんな『目覚めた後の未来の自分』になるかの無限の可能性が『重ね合わせ』状態に──すなわち、無限に存在し得る『未来の自分』のすべてと状態にあるわけで、そして未来の無限の可能性とはまさに集合的無意識そのものであるからして、これこそは集合的無意識へのアクセスを実現していることにもなるといった次第なんですよ」

 な、何と、この現実世界そのものが夢でもあり得ることはけして否定できないゆえに、現時点の自分を夢の存在と見なすことによって、量子論における『重ね合わせ現象』に則る形で、集合的無意識にアクセスすることは必ずしも不可能ではなくなるだと⁉

「もっともホワンロンなぞといったものが本当に存在しているわけではなく、先ほども申しましたように誰もがこの現実世界という夢の主体になり得る可能性があるのであり、まさにその夢の主体となり得る万物が『重ね合わせ』状態──すなわち総体的シンクロ状態となっての、あくまでもいわゆる『集合体』的存在こそがホワンロンの正体なのであり、けして中国のどこぞの山奥の中に黄色い龍や、どこかのビール会社のトレードマークのごとき龍と馬のあいの子のようなものが、れっきとした個体として存在しているわけではないのです」

 ……つまりホワンロンって、いわゆる首の長いのの、『りん』のことだったのか。

「以上の話によって、夢の世界こそ集合的無意識そのものであることが十分ご理解いただけたでしょうし、無限に存在し得る『目覚めた後の未来の自分』の中には当然異世界の勇者や戦士等も含まれているのだからして、夢の中においては異世界を含むあらゆる世界の未来の自分の『記憶』とアクセスし得て、その記憶や知識を脳みそに刻み込み完全に自分のものにすることによって、あなたがやったように非常に詳細でリアルな異世界を描いた小説を創ったりもできるってことなんですけど、何度も言うように多世界解釈量子論に則れば夢の中で見た異世界もの世界なのだから、あなたの小説に影響を受けた藤原さんや他のパーティーメンバーの皆さんが夢の中で見た異世界も、あなたが見たものと同じ本当に存在し得る異世界なのであって、集合的無意識たる夢の中で触れた異世界人たちの『記憶』も本物なのであり、あなたや藤原さんたちが異世界転移をして勇者や戦士として魔王退治等で活躍したことも、けして単なる夢の産物や事実無根の妄想とは決めつけられないわけなのですよ。──そして実はこのことこそが、朝比奈さんが間違いなく現代日本生まれの女子高生でありながら、その一方で本物の未来人でもあり得ることの論拠になったりもするのです」

 へ?

「……俺の自作の小説が夢を通して、俺自身や藤原たちに本物の異世界人の『記憶』とアクセスさせて、ある意味本物の異世界転移を体験させていることと、朝比奈さんが本当に未来人であることとが、その論拠を同じくしているだって?」

「ええ、しかもまさにそのような一見矛盾することを無理やり両立させた張本人こそは、先程も申しましたように、自作の異世界の中でのあなた同様に、この現実世界において『内なる神』の力を有しておられる、涼宮さんその人なのです」

 ──っ。


「彼女の『作者』同様の自他の集合的無意識への強制的アクセス能力によってこそ、朝比奈さんは普通に就寝中に見ている夢を通して、別の可能性の世界──当然この場合現在よりも未来の世界になると思われるのですが、その世界に存在する未来人の『記憶』とシンクロすることによって、その数十年にも及ぶ人生を時間と空間の概念自体が存在しない夢の世界の中で一夜にして体験することになり、その一部始終を自身の脳みそに鮮明かつ鮮烈に刻み込まれてしまい、目覚めてからも文字通り『夢の記憶』に引きずられる形で、未来人として言動していくようになったという次第なのですよ」

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