第5章、「鶴屋さんが双子だったり、ミヨキチがヤンデレストーカーだったり、この二次創作、やりたい放題だよな」

第23話

 俺がその少女と最初に出会ったのは、初めて訪れた御本家の広大なる屋敷で迷い込んだ、古めいてばかでかい蔵の中であった。


 ──そしてそれはけして忘れることのできない、この上もなき衝撃の邂逅となったのである。


 小さな明かり取り用の小窓しかないその蔵は、三方の壁に設置された物置棚はもちろん床一面にまで足の踏み場もないほど、きょう人形、フランス人形、文楽ぶんらく人形、ビスクドール、市松いちまつ人形、はか人形、その他もろもろの古今東西の少女人形で埋め尽くされており、そのど真ん中にひっそりと正座している少女はというと、腰元までゆうに届くつややかで長い絹糸のような黒髪と、いまだ性的に未分化なほっそりとした小柄な体躯からだに陶器のようにすべらかで純白の肌、そしてその小作りの顔はあたかも希代の人形師が丹精込めて作り上げたような絶世の秀麗さを誇っていた。


 ──ただし、その矮躯の上半身は荒縄で拘束されており、両目は禍々しき漆黒の目隠しに覆われていて、口には無骨な口輪をかまされていたのであるが。


 俺は言葉を発することなぞ完全に忘れ果て、その自分と同じ六、七歳ぐらいの少女の姿にただただ見とれ続け、その場を立ち去ることもそれ以上少女に近寄ることもできずにいた。

 彼女のあまりに異様なる有り様に気圧されただけではない。何と俺たち二人の間を隔てていたのは無数の人形の群れだけでなく、大人の腕ほどに太く頑丈なる木製の格子が立ちはだかっていたのだ。


 その時の俺はまだ、『座敷牢』という言葉を知らなかった。


 とにかく俺は腰を抜かしたようにしてその場に尻餅をつきながらも、できるだけ気配を感じさせないように、一言もしゃべらずじっとし続けていた。


 なぜなら目の前にいる年端もいかない少女が、とてつもなく『恐ろしいもの』に思えて仕方なかったのだ。


 そのうちようやく金縛りが解けたようにして、ほんのちょっぴり落ち着きを取り戻すとともに、彼女に気づかれないようにそろりそろりと慎重に、尻餅をついたまま後ずさり始めた──まさに、その刹那。

 視覚が完全に阻害されているはずの少女が、この時初めて俺の存在に気づいたようにして唐突に振り向くや、床に散らばる人形を押しのけながらあっという間に迫り来たかと思えば、そのまま格子に体当たりをぶちかましたのだ。

 二人っきりの蔵の中で響き渡る、大きな振動を伴った轟音。

「ひいっ!」

 今度こそ俺は本当に腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。

 そんなことには構わず、少女の体当たりは更に勢いを増していく。

 ……何だ、ここから出たいのか?

 いや、待てよ。

 よく見れば、別にただ闇雲に、体当たりばかりをしているわけではないようだった。

 ずっと何か言いたげに、「うーうー」とうなりながら、口輪を何とか外そうとして、顔面全体を格子に力任せにこすり続けているものだから、今やむしろ目隠しのほうが外れかかってしまっていた。

 ……何か、俺に伝えたいことでも、あるわけなのか?

「ちょっと、待て! 少しでいいから、じっとしていろ!」

 少女がほんのわずか動きを止めたのを見て取るや、俺はすかさず格子越しに彼女のほうへと両腕を伸ばし、その固く結ばれていた口輪を何度か失敗を繰り返しながらも、どうにか外し終えた。

「あ、あの……」

 横一文字に切りそろえられた髪の毛の下からじっと俺のほうを見つめている、何の感情にも染まっていない黒水晶のように透き通った瞳。

 俺は文字通り蛇ににらまれた蛙のように身じろぎ一つできずに、このままこの子とこの蔵に閉じこめられてしまうのかそれもいいかもねと、半ばあきらめかけていた、

 まさに、その時。


「──いまだ幼き『かた』よ。そなたは近い将来、こことはなるの『作者カミ』となるであろう。しかしその結果、そなたはすべての願いを叶える代償として、愛する者をすべて失ってしまうだろう」


 薔薇の蕾のごとき薄紅色の唇から紡ぎ出された、とても幼子のものとは思えない、大人びた声音。

「え、それって、いったい……」

 あまりにも謎めく言葉に、俺が思わず問い返そうとしたところ。


「──そこで、何をしてるの⁉」


 突然背後から響き渡る、少女の声。

 咄嗟に振り返った俺に、更なる驚愕が訪れた。


 そう。そこでわずかに怒気を含んだ表情で仁王立ちしていた少女は、今やその素顔をほとんどさらしてしまっている格子の中の女の子と、まさしくうり二つの顔かたちをしていたのだから。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……あれ? 今日はまだ、誰も来ていないのか?」


 平日の放課後の、きた高旧校舎の文化系部室棟の外れにある、文芸部室にして我らがSOS団のたまり場。

 一応礼儀としてノックを二、三回ほどして入室したところ、意外にもそこには蘊蓄大好き自称超能力少年はおろか、もはやこの部屋の付属物と化している自称宇宙人少女の姿すらなかったのだ。

「珍しいこともあるものだよな。…………うん? 何だあれは」

 ふと突き当たりの壁のほうを見ると、そこに掛かってあるカレンダーの今日の日付にでかでかと赤丸が記され、その横に『本日○○幼稚園運動会』と付記されていた。

 ……まさかあのロリコンども、放課後のクラブ活動どころか、授業そのものすらもサボって、今日一日ずっと幼稚園に張り付いていたんじゃないだろうな?

「だったら別に、俺がここにいる理由もないな。さっさと帰ることにしよう」

 下手にあの自称『異世界の魔王の娘』の団長殿と、こんなところで二人っきりになったりしたら、またどんな難癖をつけられるかわかったもんじゃないからな。

「もちろんそれがあささんだったなら、是非とも二人っきりでお目にかかりたいところだけど、自主的にこの部屋に来られるとしたら、非常に高い確率で現代日本人である朝比奈さん(デフォルト)ではなく、自称未来人である朝比奈さん(大)のほうと思われるので、自分から好き好んで関わり合いになりたくはないしね」

 それに朝比奈さん(デフォルト)と二人っきりなんかになろうものなら、彼女の『保護者』を自認するつるさんがすっ飛んできて、いつものごとく鉄拳制裁を受けかねないもんな。


 ……それにしても、『鶴屋さん』、か。俺もすっかりこの呼び名に、慣れてしまったよな。


 今朝方見たばかりのやけに懐かしい夢を思い返しながら、俺はこれ以上の長居は無用とばかりに、きびすを返して部屋を出て行こうとした、

 ──まさに、その刹那であった。

「うん? 何だ」

 部室の奥ほどからわずかに物音がしたような気がして、咄嗟に振り返る。

 発生源と思われるほうを目をこらして見やれば、古びた掃除用具ロッカーが、かすかに振動しているのが見て取れた。

「……ったく」

 もちろんこの変人ばかりのSOS団にあって、今更これしきのことで驚きはしない。

 どうせながか朝比奈さん(大)あたりが、狭いロッカーの中に閉じこもって、宇宙人ごっこか未来人ごっこをしているのであろう。……それこそ幼稚園児か、おまえら。

 俺は大きくため息をつきながら、何ら声をかけることなく、一気にロッカーを開け放った。


「……キョンくん、来ちゃった」


 それはよく見知っている、二年生の女生徒であった。

「…………」

 うん。ある意味予想通りではあったが、これ以上もなく意表を突かれたのも確かだな。

「あ、あの、キョンくん?」

 なぜ今更あなたが、俺を『くん』付けで呼ぶんでしょう?

 ほとんど脳みそが機能停止してしまい、そんなどうでもいいことに疑問を呈していれば、


「──ええい、止めるな! 今日こそは、直談判してやる!」


 突然鳴り響いた女性の声に、俺たちは咄嗟に顔を見合わせる。

 そして示し合わせたようにして、狭っ苦しいロッカーの中へと飛び込むようにして身を隠した。

 それとほぼ同時に、乱暴に開け放たれる、部室の扉。

「おらおらおら、悪い団長はいねえがあ⁉」

「──ちょ、ちょっと、落ち着いて、鶴屋さんってば! それじゃまるで、なまはげでしょう?」

 ドカドカと乗り込んできたのは、二人の女生徒であった。

 ……何で閉じられたロッカーの中から確認できるのかというと、非常に残念なことに原典オリジナルとは違って、俺たちは抱き合ったりはしておらず、二人とも扉のわずかな隙間から、外の様子をどうにか確認できる体勢でいたのだ。


 ただし原典オリジナルと異なるのは、それだけではなかったのである。


「今日こそはあのみくるのストーカーの下級生について、団長に厳重注意をしてやろうと思っていたのに!」

「駄目! 鶴屋さん、そんなに事を荒立てないで! むしろすずみやさんが絡んできたりすると、余計にひどい目に遭わされかねないし!」

「だからって、みくるが泣き寝入りする必要はないでしょうが⁉」

「それに、最近は、あの子──も、それほど無闇につきまとってこないし。実は私のほうも、それほど迷惑ではないというか……」

「はあ? ちょっとまさか、みくる、あのエロガキにほだされたんじゃないでしょうね⁉ 何よ、『キョンくん』なんて、さも親しげに呼んだりして」

「ま、まさか、そんな!」

「いい? あいつってば、まだ小学校に上がったばかりの時分から平気で二股をかけていた、真性の女ったらしなんだから、箱入りお嬢様のみくるなんかじゃ、ころっと騙されて、いいようにもてあそばれるだけだよ!」

「小学校に上がったばかりの頃から二股って……………え、でも、何で鶴屋さんが、そんな昔のキョンくんのことを知っているの?」

「──うっ。そ、それは、あれよ。我が鶴屋家においては普段から、この地方一帯の顔役としての力を最大限に使って、跡取り娘の私自身はもちろん、あなたのような極親しい友人の周囲にいる者については、現在はおろかその過去についても、徹底的に調べ上げているからよ!」

 何だか突然の闖入者たち──鶴屋さんと朝比奈さんが、俺について非常に気になることを言い合っているようだが、そんなことを気にかける余裕は微塵もなかった。


 ──なぜ『彼女』が、もう一人やって来たりするんだ⁉


 そう。俺のほんの目の前には確かにちゃんと、さっきからあたかも朝比奈さんそのものの言動を繰り返している、


 が、いると言うのに。

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