第24話

「──しかし我がつる家において、同じ時代に『かた』と『くだんのむすめ』との、両方が揃うとはな」

「千年来の一族の歴史の中でも、初めてのことではないか?」

「果たしてこれは、吉兆なんだか、凶兆なんだか……」

「何せ片方だけでも、どのような災いをもたらすのか、わかったものではありませんからな」

「文字だけで世界を書き換える力に、言葉だけで世界を壊す力か……」

「くわばら、くわばら」

「──なあに、物は考えようですぞ」

「と、おっしゃいますと?」

「つまりいざともなれば、バケモノをもってバケモノを制すれば、いいのですよ」

「それって、まさか──」

「ええ。確かにくだんの娘のほうは制御不能ですが、もしも彼女が暴走するようなことがあれば、語り部の力によって打ち消し合わせば、文字通り事なきを得られるというわけですよ」

「おお、確かに!」

「し、しかし、それだとあまりにも、語り部に権力が集中してしまうのではないか?」

「左様、ただでさえ次期当主であられる、『ゆめ巫女みこひめ』様の御夫君に内定しておるというのに」

「ふふん、あんな小僧の一人や二人、我ら本家の重鎮衆であれば、いかようにも制御できようぞ」

「そのためにこそ、傍系の分家の小せがれでありながら、将来の巫女姫候補の『守り役』に大抜擢されたのだからな」

「せいぜい、我らの役に立ってもらうとしよう」

「しかり、しかり」


 ……どうでもいいけど、丸聞こえなんですけど。


 その時の俺はガチガチの緊張感の中で、上座に座している穏やかな笑顔の品のいい老婦人──鶴屋御本家現当主の鶴屋那由多なゆた様に向かって、畳に手をつき平身低頭しながら、聞きたくもない周囲のお偉方の、他でもない自分に関するひそひそ話を拝聴していたのだ。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 先刻思わぬ邂逅を果たした、正体不明の瓜二つの少女のうちの一人とは、それからほとんど時を置かずに再会することになった。

 あのあと屋敷の大広間で行われた俺のお披露目の式で、将来『やく』としてあるじと仰ぐことになるつる本家直系のご令嬢として引き合わされたのが、誰あろうあの蔵の中で出会った洋装ワンピースのほうの少女、『』様だったのだ。

 座の末席にいる俺と、はるか遠くの上座にいる彼女とでは、その場では口をきくことすらもあたわなかったが、二人は時おり意味深なアイコンタクトを試み、目が合えばひそかに微笑み合った。

 まあ、ありていに言ってしまえば、たかだか六、七歳ぐらいの子供たちにとっては、本家だの分家だの、旧家の格式だの慣例だの、お披露目だの守り役だの、そんな小難しいことなど知ったこっちゃなく、あの蔵の中で偶然出会ったとたん、すっかり意気投合して仲よくなってしまっていたのである。

 特に、この古びた本家の屋敷の中でほとんど閉じこめられるようにして育てられてきた少女のほうは、初めて出会う同じ年頃の男の子である俺に対して、異常なほどに関心を寄せてきた。


「ええと、ぼくは分家の、くお──」

「ああ、知っているわ。『キョン』でしょう? 確か去年の分家の集まりで、妹さんが命名したとか。一族の間では、結構有名よ」

 なっ⁉ すでに御本家にまで、知れ渡っていたのかよ?

「そうすると、年は六つだったっけ。私たちのほうが一つだけお姉さんだね」

「そっちは?」

「私は『万桜』。こっちは『』よ」

「まおちゃんにちよちゃんか。でも二人とも、すごくよく似ているよね」

「当たり前でしょ。私たち双子なんだもん」

「ふたご?」

「そう。『いちらんせいそうせいじ』って言うのよ」

 なにそれ、おいしい?

「つまり、二人はきょうだいということ?」

「ばかね、女の子だから『しまい』よ。私が妹で、ちよがお姉ちゃんなの。でも生まれたのは一緒だけどね」

「はあ」

 何だか女の子の世界はふくざつかいきだ。その時ぼくはよわい六さいにして早くも、『じょせいのしんぴ』に目覚めてしまったのだ……て言うか、結局彼女の言っていることが、その当時よくわからなかっただけである。

「ところでそっちの、ちよちゃんだっけ、なぜその子はめかくしとかくちわとかをされて、ろうやなんかに入っているの? 何かいたずらでもして、おしおきされているの?」

「ちがうわよ。ちよは『くだんのむすめ』で『もんがいふしゅつ』なんだから、外に出てはいけないの」

「何それ。どうして『くだん』だったら、蔵の中に閉じこめられたりしちゃうの。『くだん』って、そんなに悪いものなの?」

いとか悪いとか、関係ないわ。くだんのむすめは大いなる災いであるからこそ、つるや家にとってはなくてはならない『武器』ともなるんだから」

「へ? わざわいだからこそ、ぶきになるって……」


「くだんのむすめ──つまりちよは、人の不幸だけを必ず当てることのできる、予言の巫女なの」


 ──‼

「そ、それって、ちよちゃんが、『よちのうりょくしゃ』だってこと⁉」

「ええ。──ただし、未来の予知、限定だけどね」

「そんな何だかおそろしげな力が、ぶきになるってどういうこと? 僕だったら自分の不幸になる未来なんて、前もって知りたくはないけど……」

「だったら、あなたのの、未来だったら、どう?」

 え。

「きらいな、やつって……」

「その人が近い将来どんな不幸な見舞われるか知っていれば、そのままだまっていてひどい目にあわせてもいいし、親切ぶってちゅうこくして恩を売ってもいいし、何にせよ相手の不幸がこっちのメリットになるってわけよ。──だったらこれを我が一族にとっての『きらいなやつ』、例えばつるや家傘下のきぎょうグループの『らいばるがいしゃ』や、国や地方のぎかいにおける『せいてき』なんかに適用したら、どうなると思う? まかりまちがえばこのにほんという国全体における、『おかねもうけ』においても『まつりごと』においても、すべてが我がつるや家の思い通りになったりしてね」

 ──っ。

 た、確かに。

 御本家の跡取りお嬢様の『守り役』候補にとって必要不可欠な教養として、すでに頭に叩き込まれているところによると、単なる一地方の旧家と思われがちな我が鶴屋一族であるが、実は日本国全体の政界や経済界においても、多大なる影響力を及ぼしているそうなのであり、そうなると当然敵も多いことであろうが、その敵すらもくだんの娘による不幸な未来の予知能力で自由自在にコントロールできるとなれば、もはや怖いものなぞまったくなくなってしまいかねないではないか⁉

「いやでも、そんなにつるや家にとって役に立つんだったら、なんでちよちゃんのことをこんなにがんじがらめにして、ろうやなんかに閉じ込めているわけ?」

「そりゃあ、当然じゃない。この子ったら口を開けば、不幸な未来の予言しかしないのよ? しかもそのてきちゅうかくりつは非常に高いことだし。まんいち『おまえは明日死ぬであろう』なんて面と向かって言われたらいやじゃない? だからとくべつに予言を聞くひつようがある時以外の日常生活においては、こうして外界のことなぞ何も見えず何も言えないようにきつくこうそくして、こんなざしきろうの中に閉じ込めているってわけなの」

 さも当たり前の顔をして、さも当たり前のことを言うかのように、ぞんざいに言い放つ、座敷牢の中の女の子と同じ顔をした少女。

 その途端俺の中で、言い知れぬ烈火のごとき怒りが沸き起こった。

「そんなのないよ! りようするだけりようしているくせに、用のない時はやっかいもの扱いして、自由をうばってこんな暗い蔵の中に閉じ込めたままにするなんて! それに何よりも、まおちゃんはちよちゃんとはしまいなんでしょう? なんで自分のお姉ちゃんが一人だけひどい目にあっているのに、へいきでいられるわけ? そんなことがここらへんで一番りっぱでれきしのある、『きゅうか』とやらのやり口なの⁉」

「……あ」

 僕の言葉に、今更ながらに自分たち一族が、どんなにひどいことをしてきたかに気づいたようにして、呆然とした表情となる万桜。

「で、でも、しかたないじゃない! 私にとっては生まれたときから、これが『ふつう』のことだったんだから!」

「……生まれたときからって、まさか、ちよちゃんてものごころがつく前から、こんなしうちをうけていたの?」

「──っ」

 俺のほとほとあきれ果てた声音に、思わず言葉を詰まらせたものの、

 ──その少女はすぐさま逆ギレそのままに、思わぬことをこちらに向かって突きつけてきたのである。


「だったら、あなたがあの子のことを、自由にしてあげたらいいじゃない!」


 ………………へ?

「な、何だよ、ぼくがちよちゃんのことをじゆうにするって。そんなこと、単なる『ぶんけのこせがれ』ごときが、できるわけないじゃないか」

「できるわよ」

「え」

 そしてその少女は続けざまに、まさしく驚天動地な言葉を、たたきつけてきた。


「自分でつくったものがたりを書き換えるだけで、このせかいそのものを書き換えることのできる、我がつるや家において『くだんのむすめ』と並び立つ、もう一つの至高の存在『かたりべ』であるあなただったら、そんなことなぞ造作もないでしょうよ」

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