第44話
──はい、あっさりと、拉致られてしまいました。
現在俺は目隠しをさせられて、リムジン車の後部座席に座らされていているのだが、こんな異常極まる状況となって、何とすでに三時間ほどがたっていた。
「……ええと、ミヨキチさん? 俺は一体、どこに連れて行かれようとしているのでしょうか?」
俺は向かい合ったこちら同様の豪奢なシートに座っているものと思われる、妹の友人の美少女JSお嬢様へと、恐る恐る問いかけた。
……何せ現在俺の生殺与奪権は、このいまだ年端もいかない女の子に握られているんだからな。
そんなこちらの不安ぶりをよそに、ほとんど間髪入れずに涼やかなる声が返ってきた。
「ご安心ください。我が
………………………………………………………………いや。
安心材料なんて、何一つないんですけど? 何なのその、隠れ里って⁉
確かに
『謎の異能の一族の隠れ里における、次々とわき起こる不可思議現象と、姿なき殺人鬼による凶行の連続』なんていう、昭和の香り高き懐かしの奇譚系和風幻想ミステリィなんか、いかにも現代的なSFラノベの『ハルヒ』の世界観とはまったく相容れないだろうが⁉
……何で、こんなことになってしまったんだろう。
あの時ちゃんと、妹様の忠告を聞いていたらなあ……。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
この日ミヨキチに連れて行かれた映画は、確かにJSでは観覧が不可能なものであった。
ただし
「──いやいや、こんなの、少々大人びて見える女子小学生はもちろん、男子高校生の俺だって入館不可能だろう⁉」
「大丈夫です。このシネコン全体が、うちの出資で経営されているので、他のお客さんとは隔離された、VIP席を利用できますし」
完全にびびってしまった俺を強引に映画館に引っ張り込みながら、しれっととんでもないことを言い出す、妹の親友の少女。
ちなみに、入場チケットを買うことを求められるどころか、本日ミヨキチ──つまりは『
「そんなこと言っても、そもそも映画の内容自体が、大問題だろうが⁉ ここの従業員の人たちはもちろん、何で親御さんはお止めしなかったわけ?」
「親? ですか? 吉村の次期
そう言うや、まさしく自ら『
それにしても、自分の生みの親をつかまえて、臣下扱いかよ?
さすがは同じ古き異能の名家といっても、文字通り鉄の掟で名高き『蛇の一族』吉村。
何だかんだ言っても身内に甘い、文字通り『鶴亀の一族』である、我が
──そして、それから先の展開は、まさしく『拷問』以外の何物でもなかった。
支配人御自ら案内してくれたVIP席とやらは、何と防音壁に囲まれた完全な個室となっていて、何でもこのシネコンの経営陣の関係者以外にも、我が国の政財界の重鎮連中が愛人との逢い引き等の密会場所として使っているとのことで、実際俺たちも自分のブースに入る前に、テレビやネットとかで見かけた覚えのある中高年男性が、一回りも二回りも年若い妙齢の美女と連れ立って、各々の部屋にしけ込むのを目にしたところであった。
俺たちに与えられたブースもまさしくVIPの名に違わぬもので、広々とした十畳ほどの部屋の中に、ふかふかのいかにも高級そうな二人掛けのソファがでんと中央に置かれていて、すぐ前にはガラス製の大きなテーブルが設置されており、その上にはすでに大量の飲み物やおつまみが配置されていた。……メインの客層がオジサマ連中であるからか、そのほとんどがいかにも高そうな酒類とその肴であるのは、いかんともしがたいけどな。
これだけでは映画館ではなく、高級バーなんかのゲストルームのようにも思われるところであるが、ソファから見て前方は壁面全体がマジックミラーでできているらしく、しかも位置的には二階席に当たるようで、正面の大スクリーンはもちろん、劇場全体が見渡せる反面、こちら側の室内は不可視の壁に遮られて窺えず、壁面全体が分厚い防音仕様であることもあり中での会話等も聞かれる心配のないのと同時に、ちゃんと超高音質の大型スピーカーが常設されおり映画の大音響も楽しめるという、一部屋で本格的な映画鑑賞にも、きれいなお姉さんとの密会にも使えるという、至れり尽くせりのスペシャル仕様となっていた。
……いや、ただ単に映画を見に来ただけの、男子高校生と女子小学生に、こんな部屋を与えられても。
しかし、すっかり気後れしてしまっていたのは、どうやら俺だけのようであった。
本日限定のルームメイト──つまりはミヨキチったら、いくら出資者のお嬢様とはいえ、いかにも勝手知ったるVIPルームといった感じで、何ら躊躇なしに俺に酒や肴を勧めてくるんだが、こちとら高校一年生なんですけど──つうか、おまえのほうこそ本当にJSなのか⁉
しかもそれすらもほんの序の口に過ぎず、いよいよ映画本編が始まるや劇場全体の雰囲気が一変して、照明が落とされ薄暗くなった一般の客席のほうでは、VIP席ほどではないが十分なるスペースが設けられた高級感溢れる二人掛けのソファにおいて、ほぼ例外なく仲睦まじそうな男女が映画鑑賞そっちのけでいちゃついており、しかも事実上二階席であるVIP席からは一望のもとに見渡せるものだから非常に目の毒で、こちらとしても映画鑑賞どころではなくなってしまっていた。
更には何とJSのルームメイト嬢が、まさにそんな周囲の状況と同調した行動をとりだしたものだから、心身共にますます追い詰められることとなった。
余裕たっぷりにスペースのとられているソファ席だというのに、あえてすり寄るように密着して座ってきて、いかにもさりげなさを装って手を重ねてきたりといったボディタッチすら繰り出してきて、そのこれまで以上の積極的なアタックに、男子高校生のほうは情けなくもたじたじとなり、防戦一方に徹するばかりであった。
しかも巧妙なことにも、彼女の年不相応の妙に大人びたお色気攻撃のほぼすべてが、前方の大スクリーンで繰り広げられているガチエロの恋愛物語と高度のシンクロ率を誇り、視覚に聴覚に触覚──それと、後になって気がついたのだが、映画が始まると同時に部屋中に蔓延し始めた、何だか怪しげな幻惑的な匂いによって嗅覚までが蹂躙されて、まさしく修道僧のごとき忍耐力が必要とされたのであった。
なお、彼女がわざとらしくテーブルから落とした小箱から山ほど出て来たのは、くだんの健やかる家族計画に必須の、『ゴム製品』の色とりどりのパッケージであった。
……一見未開封のようだけど、このシネコン自体が吉村家の出資によって成り立っていることを鑑みると、下手したら最初から『穴が開いているゴム製品』として製作されている場合だってあり得るぞ。
もちろんそんなものなぞ一切使うことなく、ただただ必死に今や風前の灯火ともなっているなけなしの理性を維持し続けて、ひたすらノンアルコールのソフトドリンクを飲み続けていたところ、まさにその中に睡眠薬でも仕込まれていたのか、不意に急激な眠気に襲われてしまい、
──気がつけば目隠しをされて、高級リムジン内に拉致られていたというわけであった。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──ほほう、おぬしが噂の、『
その、
──まるで中学生か下手したら小学生にしか見えない、あまりにも幼すぎる端整な小顔を、にんまりと笑み歪めながら。
ロリBBAだ! ロリBBAだ! モノホンのロリBBAが、ここにいるぞ!
……何で
──結局シネコンのVIPルームで気を失ってから五時間ほどたって、
いかにも人里離れた山奥に位置し、外部との接触を完全に断っているようなのだが、まず何よりも住民たちがおかしい。
いや何で、全員が全員、『
そんな彼ら彼女らの最敬礼のお出迎えを平然と受け流しながら、次期
そして有無を言わさずにミヨキチと共に案内された、あたかも平安貴族の大邸宅を思わせる、平屋建て数棟からなる広大な和風建築の大豪邸の奥座敷で待ち受けていたのが、いろいろな意味で人間離れしたロリBBAと来たもんだ。………もう、勘弁して。
「……ええと、本当にあなた、ミヨキチの曾祖母様なんですか? 従妹とか姪っ子とかではなく?」
「おう、わしのような強大な霊力の持ち主は、時に人としての定めから外れてしまうこともあるのじゃ。──ああ、安心せい。そこな
「まっ、大ばば様ったら!」
「ほほっ、照れるな照れるな」
……ボインボインって、何その死語の世界。
確かに外見はともかく、中身のほうは相当なご高齢のようだな。
「いや何でそもそも、あんたらは一族挙げてこんなだまし討ちのようなことまでして、鶴屋の身内である俺と、吉村の次期
もはや今日一日の無体の連続に堪忍袋の緒が切れて、ミヨキチの前であることにも構わず、声を荒げたところ。
「そりゃあ、鶴屋の
へ? 何でここでいきなり、『鶴屋さん』──つまりは
予想外の展開に面食らう俺に対して、まさしく噛んで含めるようにして説明を始める、他称『大ばば様』。
「おぬしは、現在のこの状況がループ状態にあることは、当然知っておろうのう?」
「あ、ああ」
……さすがだな。やはり吉村の
「では、このループ中の世界はすべて、量子論でいうところの『現実世界にとって無限に存在する別の可能性の世界』であり、いわゆる夢の世界のようなものでありながら、同時にすべてが『本物の世界』になり得ることも、承知しておるわけじゃな?」
──っ。
何このロリBBA、量子論とか言っちゃっているよ。おまえは古泉か?
「……本物の世界になり得ると言っても、あくまでも可能性に過ぎない世界を現実のものとするには、それこそ量子論でいうところの『可能性の収束』が行われなければならず、そんなことを自覚的に行うことなぞ、俺のような語り部はもちろん、あんたらのような『夢の主体』の
「確かにな。──ただし、語り部であるおぬしと、ある『夢の主体』の
「ある『夢の主体』の
「鶴屋の万桜──すなわち、夢見の巫女姫さ」
「はあ? 俺と万桜が力を合わせれば、本来集合的無意識を介して与えられた『偽りの記憶』に過ぎない、ループの世界を本物にできるって? そんな馬鹿な⁉」
あまりに意外なことを突きつけられて、我を忘れて食ってかかる俺に対して、その老女は不敵な笑みを浮かべて、平然と宣った。
「言ったろうが、このループの世界とは、夢のようなものだと。くくく、確かおぬしのような語り部は、自分が夢で見たものを小説化すれば、それを現実のものにできて、確か夢見の巫女姫は、人の夢の中に入ってきて、思い通りの夢を見せることができるんじゃったな?」
あ。
「つまり鶴屋の万桜は、自分自身もループの世界の中に居ながらにして、自分の好きなようにループの世界を作り変えて、それをおぬしに小説に書き起こさせることで、量子論を始めとする現代物理学に則れば、本来無限に存在し得る可能性としての世界でしかないはずのループの世界を、唯一絶対の現実世界として収束させて、しかもそれ以降もおぬしにその小説を書き換えたり書き足したりさせることによって、まさしく現実世界そのものにおいて、現在や過去の改変だろうが未来の恣意的決定だろうが、意のままにできるようになるというわけなのじゃ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます