第48話

「──ところでキョンは、『後期クイーン問題』って、知っているかい?」


 へ? 後期……クイーン、って、何だそりゃ? フレディー=マーキュリー死亡後に再結成された、イギリスのロックバンドか何かの話か、佐々木ささき


「あはははは。そっちのクイーンじゃないよ。アメリカの高名なるミステリィ作家の、エラリー=クイーンのことだよ」


 ああ、あの、作品タイトルに国の名前を付けたり、今ではすっかりお馴染みの『読者への挑戦状』を、自作内でほぼ初めて本格的に採用したことで有名な。


「そう、そのクイーンだよ」


 それで、エラリー=クイーンの、一体何が問題なんだ?


「ははっ、クイーンに問題があるんじゃなくて、彼──正確には彼なんだけど、ここでは『彼』で統一させてもらうよ──のほうが、読者はもちろんミステリィ小説界全体に対して、非常に重大な問題提議をしたんだ」


 へえ、重大な問題提議ねえ……。それって、どんな?


「一言で言うと、『ミステリィ小説においてはけして、真の意味で「真相と真犯人」を確定することができない』ってことなんだ」


 ………………は? いやいや、そんなことはないだろう? よほど奇をてらった作品でない限り、ほぼすべてのミステリィ小説においては、ストーリーの最後には必ず、『真相と真犯人』が突き止められているじゃないか⁉


「確かに、においてはね。──だけど、そのでは、どうだろうね?」

 そ、外側って……。


「まず原則中の原則として、『名探偵の名推理』においては、その作品が始まってから終了するまでの間に登場した、人物や物的証拠や状況証拠や証言等に基づいて、『真相や真犯人』の割り出しを行うことを旨としているのは、言うまでもないよね」


 そりゃあ、そうだろう。もしそうでなければ、ミステリィ小説としては、ルール違反だろうしな。


「確かにミステリィ小説等の、創作物フィクションの話ならね。──しかし、これをあくまでも現実世界に基準を置いて考え直せば、どうなると思う? 真相や真犯人を決定づけるべき証拠や証言や容疑者が、作品が終了した以降に新たに現れる可能性は、けして否定できないのであって、いったん為された名探偵の名推理が覆される可能性は、いつまでも存在し続けることになるのではないかい?」


 ──っ。そ、そりゃあ、そうだろうけど………………あ、いや。そんなこと言っていたら、どこまでもきりが無く、単なるいちゃもんみたいなものじゃないのか?


「いちゃもんとは、ひどいなあ。これでもミステリィ小説界においては、長年真剣に議論されているんだよ? ──まあ、いいや。それじゃあ『外側から見た問題点』の、第二弾と行こう。君も一度くらいは目にしたことがあるとは思うんだけど、ミステリィ小説でほとんど全編黒幕だと思われていた人物が、実は、予想外の人物に操られていただけだったといった、ちょっとひねったミステリィ小説って、よくあるよね?」


 あ、ああ、確かに……。


「──だったら、名探偵によって見事に真相と真犯人が暴かれて、大団円に終わったはずのミステリィ小説が、実は作品内にはまったく登場しなかった、文字通り作品の外側に存在している『真の黒幕』によって、犯人はもとより、名探偵も被害者もその他単なる脇役も、すべて操られていて、単なる『ミステリィ小説ごっこ』を演じさせられていた──なんていう、可能性もあり得るんじゃないかなあ?」


 ………………………………はあ? ──いやいやいや、何その詭弁と極論の集合体みたいな理論は⁉ 完全にそれって、メタの見地に立った、言いがかり以外の何物でもないだろうが!


「でも、さっき君に確認したように、すでにミステリィ小説界は、『実は犯人は別の何者かに操られていたのだ』といったパターンを、認めてしまっているんだから、その『真の黒幕』が存在する可能性を、作品の中だけでなく求めるのを否定することなぞ、もはや断じて許されないんだよ」


 ──‼


「実際ミステリィ小説界においては、このように作品世界の『外側』をも視野に入れて、作品づくりをすべきか否かについて、現在でも尽きせぬ論争に明け暮れているのだからね、単なるいちゃもんとか言いがかりとして、切って捨てるわけにも行かないのさ」


 ……それで、そんなに長い間、お偉いプロの作家様や評論家様が喧々諤々論争を続けているんなら、とっくに解決策が講じられているんだろうな?


「それが情けないことにも、解明のめどがまったく立っていないといった有り様でねえ。いわゆる時間SFにおける『タイムパラドックス問題』同様に、『後期クイーン問題』自体を存在しないものとして無視しようというのが、現在における業界の統一見解なんだよ。──もちろん、一部のクイーン信奉者マニアの作家の幾人かが、独自に解決を模索しているところだけど、その成果はあまりはかばかしいものではないようでね」


 ……ふうん。ミステリィ小説界もまた、けったいな問題を抱えているもんだな。


「あ、でも、一つだけ、抜本的解明に繋がる可能性が大いにあり得る、統一見解が生まれつつあるんだ」


 ほう、それって、どんな?


「おや? これに関しては、素人とはいえ実際にネット上で作品づくりを行っている、君のほうが詳しいんじゃないのかい?」


 ……何だよ、確かに俺はネット小説を創っているが、ミステリィは専門外だぜ?


「別にジャンルは関係ないんだ。要は『外なる神様アウター・ライター』であるかどうかが、問題なんだからね」


 ──! それって、まさか⁉


「──そう。作品の外側から、犯人はもとより名探偵も被害者もその他単なる脇役も、すべて操って、『ミステリィ小説ごっこ』を演じさせている『真の黒幕』って、まさにその作品にとっての神様同然の存在である、『作者』そのものじゃないか」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……この俺こそが、『作者アウター・ライター』とやらで、ハルヒに名探偵としての力を与えて、これまでの数々のミステリィ小説的事件をお膳立てしてきただと?」


 本来は原典オリジナルの『孤島症候群』同様に、すべてはいずみたち『機関』による、自作自演の『ミステリィ小説劇』であったことが打ち明けられるべきシーンだったはずが、いきなり『思わぬ事実』を突きつけられて、俺は当惑しきりとなるばかりだった。

 ──そう。ただ単に、然のごとく、困してしまったのだ。


「いや、悪いが、全然心当たりがないんだけど」


 いかにもすごい決め台詞を言い放ったといった感じに、ドヤ顔をしているところ、大変申し訳ないのだが、俺としてしては本心から、そう言うしかなかった。

 だって、確かに俺には『作者』としての力があるようだけど、この現実世界そのものを書き換えることは、つる本家から厳に禁じられているし、俺自身も過去の手痛い失敗から、二度と使うつもりはないしな。

 それにそもそも、今回俺自身『何もしていない』のは、こうして地の文を御覧の皆様にとっては、まったく自明のことであろう。

 そんな俺の戸惑い顔を見るのに十分満足したのか、目の前の超能力野郎が、今更になって言葉を付け足してきやがった。

「ああ、すみません。厳密には、今僕の前におられるあなたご自身ではなく、いわゆる『別の可能性の世界のあなた』のことなのですよ」

「へ? 別の可能性の世界って……」


「言ったでしょう? このいわゆる『エンドレスエイト』とも呼び得るループ状態においては、単なる日常的な八月の日々の繰り返しだけではなく、ありとあらゆる可能性の世界によって構成されているのだと。──つまり、その無限に存在し得る『別の可能性の世界』の中には、『この世界をネット作家であるあなたが、二次創作作品「うちの病室にはハルヒがいっぱい♡」として、創作している世界』すらも、れっきとして存在し得るのですよ」


 はああああああああああああああああああああああ⁉

「よってその世界の『あなた』こそが、実は小説の登場人物に過ぎない我々にとって、神にも等しき『作者アウター・ライター』なのであって、すずみやさんに名探偵としての力を与えることも、数々のミステリィ小説的事件をお膳立てすることも、朝飯前でしかなく、そして何より彼自身はあくまでも、自作の小説を作成したり書き換えたりしているだけで、『鶴屋の語り部』としても、『現実世界そのものの改変』という禁を犯しているわけではないのです」

「いや、待って! ちょっとだけでいいから、お待ちなって! 何そのメタ理論? この世界が小説に過ぎず、世界の外側に神に等しき『作者』がいるって。むしろ完全に、世界観そのもののぶち壊しじゃん!」

「そんなことは、ありません。これも何度も申し上げてきましたが、たとえ自分が存在している世界が、夢や妄想や小説やゲームの世界である可能性が非常に高かろうが、あくまでも自分自身にとっての、唯一絶対の現実世界と見なすべきだと。そう。仮に別の世界に、我々を小説の登場人物として生み出している『作者アウター・ライター』なる人物が存在していようが、我々自身は自分のことを、小説の登場人物などとは思う必要は無いのです」

「で、でも、いくら別の可能性の世界の話とはいえ、俺たちの世界を自作の小説として、自由自在に書き換えたり書き足したりできるやつが──おまえの話じゃ『別の世界の俺』らしいが──存在しているわけなんだろう?」

「……やれやれ、お忘れですか? たとえ神様だろうがこの世界の『作者』だろうが、真の意味で世界を生み出したり消去したり改変したりなぞできないことを。あらゆる世界はのであり、途中で消滅したり改変されたりすることはなく、いくらこの世界の『作者』が自作の小説を書き換えようとも、この世界自体が改変されるわけではなく、ただ単に、『改変される前の世界』と『改変された後の世界』とが、最初から両方共存在しているだけであり、いわゆる『限定された集合的無意識』──つまりは、複数の世界の集合体である小説等の創作物フィクションにおいては、書き換えや書き足しを重ねることによって、『作者』自身無自覚に、作品に対応する世界を切り替えているのですよ」

 あーあー、そういや、そうだった。確か『消失』回あたりで、口が酸っぱくなるほど言われたんだっけ。

「つまり、非常に申しにくいのですが、この二次創作の原典オリジナルの原作者先生が別の作品で述べられていたような、この現実世界に対する『上位的存在』なんて、断じて存在し得ないのですよ。まさにこの世界を小説として書かれている、『作者』とも呼び得る人物だって、その人の世界においてはただのネット作家でしかなく、単に自作の小説を書き換えたり書き足したりしているだけで、世界を改変している自覚なんてないし、そもそも厳密な意味では世界を改変することなんてできないのですからね。──まあ、結論としては、この我々の世界が小説か否かは、に過ぎず、我々自身はあくまでも現実のものと見なしていればいいのであり、たとえ小説であるかも知れないことに言及しようが、別にいきなりメタ論的に世界観を損なう恐れなぞないのです」

「……ええと、難しいことは、相変わらずさっぱりなんだけど、とにかくこの世界が外部の横やりで改変されたりはしないと言うことは、今回の事件を含めてこれまでのミステリ小説そのもののイベントのすべてが、それこそ『孤島症候群』そのままに、おまえら『機関』のお膳立てってことで、いいんだな?」

「ええ、その通りです」

「だったら、最初から、そう言えよ! むしろ今までの背景説明なんて、全然いらないじゃないか⁉」

「いえいえ、実はこれって、今回のテーマに密接に関わっているんですよ?」

「な、何だよ、今回のテーマって」

「当然、涼宮さん個人で言えば、『名探偵化』であり、全体的に言えば、この世界そのもの『ミステリィ小説化』ですよ」

 あ。

「そもそも僕なんかが、この現実世界にとっての神様同然の存在である『作者アウター・ライター』のことを、知覚できるはずはなかったのですが、『エンドレスエイト』回の際に申しましたように、我々にはすでに、ループ中の全周回分の世界における『記憶』が与えられているために、まさにそのループの構成世界の一つである、『この世界をネット作家であるあなたが、二次創作作品「うちの病室にはハルヒがいっぱい♡」として、創作している世界』すらも、認識できてしまったんですが、存在しているのを知っていると、非常にウザいんですよね、『作者アウター・ライター』って。特にこういった『ミステリィ小説的イベント』においては、実は他でもなく彼こそが、『全登場人物を密かに作品の外側から操っていた、真の黒幕』そのものなのですからね」

 ──‼


「そうか、『後期クイーン問題』か!」


「お、よくご存じでしたね?」

「そうかそうか、つまり現在の俺たちって、まさに『後期クイーン問題』的状況にいるわけだ!」


「ええ、おっしゃる通りです。──そしてだからこそ、我々は本来手の届かないはずの『外なる神様アウター・ライター』に反旗を翻し、まさしくミステリィ小説界最大の未解決定理である、『後期クイーン問題』を解決できる立場にあるのですよ。──そして、そのために是非とも必要なのが、文字通り『内なる神様インナー・ライター』とも呼び得る、あなたご自身の『作者』としての力なのです」


 ……何……だと。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──みんな! もう出て来ていいわよ!」


 島の入り江の船着き場に響き渡る、自称名探偵少女の朗らかな声。


 それに応じて、秘密裏に設けられていた核シェルターの出入り口である、マンホールのふたを開けて姿を現す老若男女たちに、それを見て愕然とした表情となる、自他共に認める『真犯人』だったはずの男。


「兄貴に、あらかわさんにもりさんに、いつ君の友人のあささんにながさん? ──そんな馬鹿な! 確かに刺殺や毒殺によって殺したはずなのに⁉」

「ふふふ。残念だったわね、ゆうさん。この『女王様クイーンのスマホ』にかかれば、いかなる犯罪も未然に防ぐことができるんだから、どんな完全犯罪を目論もうが、無駄なことよ!」

「なっ⁉ まさかそのスマホは、犯人である僕の考えを読めたり、これから起こる犯行を予測できるとでも言うのか⁉」

「いいえ、逆よ」

「逆、だって?」

「この無限の可能性のあり得る現実世界において、誰かの考えや将来起こり得る犯行を、100%ズバリ正確に予測することなんて不可能なの。──それに対して、加害者ではなく被害者が被害を被ることを、完全に防止することだったら、十分実現可能なのよ」

「はあ? 唯一絶対の未来予測ができないから、加害情報を事前に察知できないというのに、何で被害のほうだけ、完全に防ぐことができるんだ?」

「実はこのスマホは、ミステリィ小説に登場してくる名探偵並みの演算能力を有しているのであって、けして力不足だから特定の未来を予測できないんじゃなくて、むしろ無限に存在し得る未来の可能性をすべて予測計算できるからこそ、答えを一つに絞りきれないだけなの。──だったら、是が非でも可能性を一つに絞る必要がある加害情報は諦めて、ある人物が被害に遭うパターンをすべて予測して、そのすべてに対して適切なる対応策をとっておけば、被害をまったく受けることがなくなり、結果的に加害行為を無効化できるわけじゃん。──具体的には、どういった『殺され方』をする可能性が高いかを事前に知り得たために、それぞれの被害予定者があなたの加害行為に合わせて、『死んだふり』をすることが可能だったようにね」

「あ」


「それでこのように、被害行為どころか加害行為すらも無効化すると言うことは、被害者を無事に済まさせることはもちろん、加害者に犯罪行為をまったく犯さずに済ませることともなり、結果的に事件そのものが存在しなかったことになり、被害者も犯罪者も一人も出すことなく、ステレオタイプのミステリィ小説的事件なんか及びもつかない、真の大団円を実現できるって寸法なのよ!」


「──‼」

「まあ、せっかく量子コンピュータ並みの計算能力を有する『名探偵としての推理力』を持っているのなら、『後期クイーン問題』に則れば、どこまで行っても確定することのできない『真相や真犯人』を追求するよりも、被害者の被る怖れのある被害こそを未然に防ぎましょうってわけ。──ごめんなさいね、こんなところで素人探偵の私が、ミステリィ小説界における永遠の未解決定理とも呼ばれていた、『後期クイーン問題』をあっさりと解決して、プロの作家の皆様の面目を丸つぶれにしてしまって」

 すべての企みが潰えて心身共に力尽き、その場にうずくまる裕氏を尻目に、ドヤ顔で宣う我らが団長殿。

 ……その『女王様クイーンのスマホ』を、加害情報優先から被害情報優先へと密かにシステムを書き換えたのは、俺の『内なる神様インナー・ライター』としての力だというのによ。


 それにしても、これって本当に大丈夫なのかな?


 何せ『後期クイーン問題』的に真に正しいミステリィ小説の在り方とは、「むしろ事件を解決しないこと」なんて結論づけたんだから、ある意味現行のミステリィ小説の類いを、根底から全否定するようなものじゃないのか?

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