第16話
「──うふ、結構快調に進んでいるね。その調子で頑張ってね」
いつの間にかに俺の真後ろに迫っていた眼鏡っ娘の部長殿の声が、不意打ち気味に耳元に吹きかけられた。
「こらっ、
書きかけの小説を見られたのと、もう一つのいかにも思春期的な理由によって、顔を紅潮させて怒鳴りつける、今まさに青春真っ盛りの少年。
──それはまさしくどこにでもある、ありふれた公立高校の放課後の文芸部室での、一コマに過ぎなかった。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
ちょっとした気まぐれで文芸部に入部して、一月あまり。
最初のうちはいかにも寡黙にして気が弱そうでとっつきにくかった
しかも
……しかしボッチ気質のやつならではの習性なのか、いったん親しくなった相手に対しては妙に強気で絡んでくるところが、どうにも玉に瑕なんだよなあ。
「それにしても、あなたが以前から小説を書くことを趣味にしていたなんて、意外だったよ」
「ああ、中学生の時にネット小説に出会ってすぐに、すっかりはまり込んで、そのうち自分でも書きたくなってしまったという、よくあるパターンだよ」
「だから今書いているのも、ネットで定番の異世界転移モノなわけなの? でも面白いね、勇者のお供が宇宙人や未来人や超能力者って。世界観的にはむちゃくちゃだけど、独特なアイディアでいいんじゃない?」
……ほんとこいつって、小説のことになると、よくしゃべるよな。
──あれ、長門って、こんなにおしゃべりだったっけ?
「こういうのって、どうやって思いつくの?」
それにまるで子猫みたいに、くるくると表情が変わるし。
──あれ、長門って、むしろ作り物の
「そりゃあもちろん、自分の実体験が、基になっていてな」
「実体験て、あなた、宇宙人や未来人や超能力者と、会ったことでもあるの?」
「へ? い、いや、そんなことはないはずだけど……。おかしいなあ、何で俺ったら、こんな変なこと言い出したんだろ」
「うふふふふ。それだけ想像力がたくましいってことよ。同じ小説書きとしては、うらやましい限りね」
「そ、そうか? ──いやいや、長門が今作成中の、超本格的SF大作のほうが、よほどすごいじゃないか」
「うう、それがちょっと筆が止まってしまっていてね。あ〜あ、私も一度でいいから、本物の宇宙人や未来人や超能力者と会ってみたいなあ」
「あはは。SF作家志望者としては、やはりそういうことを考えるものなんだな」
──あれ、何で他でもないおまえが、そんなことを言い出すんだ?
──おまえこそ正真正銘本物の、××だったじゃないか?
「──っ」
「ど、どうしたの? 急に頭を抱えて、辛そうな顔をして⁉」
いきなり机に突っ伏した俺を見て取って、慌てて駆け寄ってくる部長殿。
「……な、なあ、長門よ」
「大丈夫? 保健室に行く? ──ああ、しゃべらないで。そっちのソファに横になったら?」
「ちょっと聞きたいことが、あるんだけど」
「な、何よ? こんな時に──」
「この部室って、もっと人がいて賑わっていなかったか? それはもう、毎日がお祭り騒ぎで、とても信じられないような馬鹿げた現象ばかり引き起こして。──そう。まるで宇宙人や未来人や超能力者とでも、一緒にいるかのように」
俺が突然の頭痛とともに幻視した、なぜかどことなく懐かしさすら感じさせる、奇妙な光景をそのまま長門へと伝えたら、
その途端少女から、一切の表情が抜け落ちた。
──まさしく作り物の、
「……何を言っているの、ここにいるのはあくまでも、私たち二人だけよ」
そのまるで初対面の時みたいないかにも気弱なか細い声とともに、俺の頭部が何か温かく柔らかいものに包み込まれた。
それは目の前の少女の初雪のごとき色白の細腕であり、そのままいまだ中性的な薄い胸元へと引き寄せられる。
「そんな悪い
まるで俺の魂の奥底にまで刻み込もうとするかのような、幻惑的な言の葉。
それを聞いているうちにいつしか俺は、何もかもがどうでも良くなっていく。
「……そうだ、そうだよな。俺は長門と一緒に、この文芸部室で、小説を書き続けていければ、それでいいんだ」
「そうよ。私もけしてもう二度と、あなたを離しはしないから」
そう言って更にぎゅっと、己の腕の中の俺のすべてを抱きしめんとする、ただの文学少女であるはずの少女。
しかしその真冬の氷のごとき双眸が冷徹に煌めいているいまだ無表情な
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……何、だと?
『相対的停止論』とやらが、SF小説やラノベ界隈をいまだに悩ませ続けている、『かつてほっぽり出されてしまった世界』問題を真に解明し得る、唯一の理論だと⁉
「──あれ? ちょっと待てよ」
「うん? どうかいたしましたか?」
「いや確か、俺が『消失』の世界を体験したのはあくまでも、『夢の主体』の
そうだそうだ、思わず雰囲気に流されそうになったけど、他ならぬ古泉自身が、何度もしつこくそのようなことを言っていたはずだ。
しかしそんな俺の反論を前にしても、蘊蓄超能力者の余裕の笑みが揺らぐことは、微塵もなかった。
「おお、ちゃんと覚えておいででしたか、感心感心。──ただし確か僕は、こうも申しましたよ? 集合的無意識を介して与えられる未来人や超能力者の『記憶』は、れっきとした本物なのだと。すなわち、この我々の現実世界にとってはあくまでも『無限に存在し得る未来の可能性としての世界』に過ぎなくても、相対的には本物でもあるのです」
「可能性としての世界が、本物でもあり得るって? それに相対的にはって……」
「これこそはまさしく文字通りに相対的停止論に関わってくることなんですが、確かに我々にとっては現在において存在しているのはこの現実世界ただ一つきりであり、日常生活の延長上の未来の世界や過去の世界を始めとして異世界やパラレルワールド等すらも含む、いわゆる『他の世界』の類いは、あくまでもこの世界の分岐先の世界の候補として、未来において無限の可能性としてのみ存在しているのに過ぎないのですが、その一方で世界というものは相対的なものであり、しかもいかなる世界も等価値なのであって、別にこの我々の世界だけが絶対的に唯一の現実世界であるわけでなく、他の世界の視点からすれば、我々のこの世界さえも他の世界にとっての、『分岐先の世界の候補として未来において無限の可能性としてのみ存在している世界』の一つに過ぎないのです」
「世界というものがこの現実世界を含めてすべて等価値であり、しかも相対的なものに過ぎないって?」
何じゃ、そりゃ。
あまりに抽象的すぎる言い回しに、ほとんど理解が及ばず、話しについていけなくなりかけていたところ、
古泉のやつが、非常にわかりやすいものの、同時にとんでもない具体例を挙げてきた。
「こう言えば明々白々でしょう。実は世界というものは、この現実世界を始め、異世界やパラレルワールド等は言うに及ばず、小説や漫画の類いの
………………………………は?
「例えば
「──ちょっ、言い方! 何かそれだと、谷川先生が『ハルヒ』シリーズを、独自に自力で考案されていないようにも受け取られかねないだろうが⁉」
「そうですか? だったら少々言い方を変えてみましょう。実はこれぞ僕たちが超能力者や未来人等になった仕組みと、同じようなものなのですけどね。つまりは言うなれば、『小説家として目覚めていなかった谷川先生』から『小説家として目覚めた谷川先生』に覚醒される
う、う〜む、確かにこの言い方だと少なくともさっきよりも、『ハルヒ』シリーズがちゃんと谷川先生によってこそ生み出されている感が強くなるものの、『すべての世界は最初から存在していた』というトンデモ論理のほうについては、いまいちピンとこないんだよなあ。
しかし俺の懊悩なぞ何のその、まさにこの『すべての世界は最初から存在していた』理論によってこそ、ここぞとばかりに『すべての結論』を、一気呵成にたたきつけてくる蘊蓄の鬼の同級生。
「つまりですね、そもそも原作者であられる谷川先生が考案される以前から存在していた『涼宮ハルヒの消失』の世界は、当然あなたへの横恋慕のあまり暴走した長門さんの世界改変能力で生み出されたものではないし、しかも以前述べたようにある特定の世界を単独で改変したり消去したりすることなぞ、たとえ神様であろうともその
はあああああああああああああ⁉
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