第35話

「──おや、これはこれは、『身体目当てのキョン』さんではありませんか?」


 ………………………………は?


 つる本家がらみの騒動や回想編ばかりをこなしていたので、久しぶりに……本っ当に久しぶりに、文芸部室兼我らがSOS団の非公認アジトへとやって来てみたら、俺の姿を見るなり蘊蓄大好き自称超能力少年が、開口一番わけのわからないことを言い放った。


 同じくこの部屋の常連である壁際の自称宇宙人少女とともに、にまにまと笑み歪みながらこちらを見つめている、二対の双眸。


「……何だよいずみ、身体目当てってのは?」

 本命のあささんに対しても、佐々木ささきに対しても、妹の親友のミヨキチに対しても、おまけにハルヒに対しても、あくまでもプラトニック路線の俺に向かって失礼だろうが?


「いやあ、まさかいくら一卵性双生児であられるといっても、予知能力者としては真逆の存在である、くだんのむすめさんと、ゆめ巫女みこひめさんとが、中身に関してはまったく同一の存在であられたなんて、私があなたと一緒におられた『千代さん』が実は万桜さんであったことに、気づけなかったわけですよ」

「……それを実のところは、ちゃんと見抜いていたなんて」

「これはもう、お二人の判別を内面ではなく、外面的特徴で行っているという証拠でしょう」

「……きっと骨格の違いやほくろの位置の違いなんかも、すべて把握済み」

「「つまりあなたの女性に対する好悪の根本的基準は、『身体目当て』ということ!」」

 やかましい!


「いやいや、二人の区別ができるって言っても、何分付き合いが長いから、何となく違いがわかるって程度だぜ?」

「でもあなた、何となくと言っても、ほぼ最初から、あの『鶴屋さん』が万桜さんだとわかっていたんでしょう?」

「ま、まあ、そりゃあ……」

「自称とはいえ、超能力者や宇宙人である、我々がまんまと騙されたというのに?」

「ああ、うん──」

 あの時はあまりにはっきりと古泉が断言するものだから、ちょっと自信がなくなったり、あれだけ徹底的に万桜が千代の振りをしていたもんで、俺には珍しく空気を読んだりして、明確に指摘することはなかったけど、彼女が万桜であることは確信していたところであった。

「……やっぱり」

「間違いない」

「「身体目当てだ! 身体目当てだ!」」

「──だから、違うって言っているだろうが⁉ そもそも別に大したことでもないじゃないか? 結局あれって小説や漫画なんかではすっかりお馴染みの、『双子の入れ替わりトリック』そのものじゃん」

 たまりかねて俺がそう叫んだ、その瞬間。

 部室全体が、まるでぴしりと音を立てて凍り付いたかのように、すべてが静止した。

 悪戯な猫のようだった笑顔を消し去り、感情をまったく窺わせない瞳でこちらをまじまじと見つめている、超能力者と宇宙人の二人。

 あれ? 何かまずいことでも、言ったかな?

「……事もあろうに、双子の入れ替わりトリックですって? まさかそんな、一昔前の三流ミステリィ小説でもあるまいし」

 そのように溜息交じりにいったん言葉を切った後で、その同級生の少年は、

 ──毎度のこととはいえまたしても、とんでもないことを言い出した。


「──ただ単に彼女たち『鶴屋さん』は、『二人で一つ』にして、同時に『二人で全て』でもあるってだけなんですよ」


 へ?

「お、おいっ! 双子の皆様に対して、『二人で一つ』なんて言ったりしたら、非常にまずいんじゃなかったか?」

「それは、『二人で一人』でしょうが? 僕はあくまでも『二人で一つ』であり、また同時に『二人で全て』でもあるって言っているのです」

 ひとつでもあり、すべてでもあるって? 何それ、矛盾しているんじゃないのか?

「やれやれ、そもそもあなた自身がおっしゃったんじゃないですか?」

「……俺が言ったって、何をだよ?」

「鶴屋さん──とは言っても、結局は千代さんではなく万桜さんだったわけですけど、彼女が『八日後の朝比奈さん』になり切ってしまっていたことを、まるで『人格の入れ替わりのようだ』と」

 あ。そ、そういえば。

「それと同じことですよ」

「同じって……」


「これまたいつものパターンでして、彼女たちのような鶴屋御本家の予知能力を有する双子の姉妹は、まさしく『夢の主体』の象徴シンボルであるすずみやさん同様に、集合的無意識に全面的にアクセスすることができて、そこに集まってきているあらゆる世界のあらゆる時代のあらゆる存在の記憶や知識を材料データにして、未来予測を実現しているのを始め、朝比奈さんに関する八日後の未来の分を含むすべての記憶や知識を己自身の脳みそに刻み込むことによって、心から『八日後の朝比奈さん』になり切って、朝比奈さんとしてのタイムトラベルだけではなく、一方的とはいえ事実上の『人格の入れ替わり』をも可能にし、また同じ原理で実は幼い頃から彼女たち双子の間でも常に集合的無意識を介してお互いの記憶や知識を交換し続けてきており、もはや記憶や知識といったものに関しては、お二人の間に明確な区分や差異はまったく存在しておらず、あくまでも『内面』においては、完全に同一人物と言っても差し支えないほどであられるのです」


 ──‼

「……ハルヒと、同様だと?」

「ええ。有り体に言ってしまえば、くだんの娘や夢見の巫女姫におかれましても、実はまさに『夢の主体』の象徴シンボルとしての、神に等しき絶大の力を有しておられるのです」

「と、言うことは──」

「はい、今回の尋常ならざる騒動のすべてを仕組まれたのは、彼女たちだったというわけなのですよ。その理由と目的は──いや失礼、すでにあなたも、ご承知でしたよね」

 ……鶴屋本家における不穏分子の一掃と、俺とよりを戻すことと、


 それから、あのオリハルコン製の聖剣の柄の部分を、俺たち佐々木パーティ一同に、ご披露することか。


 あーでも、今度こそ、昔万桜が千代だけが座敷牢に閉じ込められていることについて、「これが私たちにとっての『普通のこと』なの」と言っていた意味が、完全にわかったよ。

 集合的無意識を介して常に記憶と知識を共有しているのなら、双子の間では『自己』の区分なぞ内面的にはもちろん外面的にも存在せず、片方の肉体が座敷牢に閉じ込められていようが、もう片方が自由であれば、いつでもそちらの方に万桜の人格でも千代の人格でも発現させることができるので、何ら拘束力なぞなく、わざわざ昔俺の前でやっていたようなお互いの衣服を取り替えての入れ替わりなんて、最初から必要なかったんだ。


「──とはいえ、同じ集合的無意識を介しての記憶と知識の入れ替えと言っても、突然まったく別人の『未来人』になってしまう朝比奈さんと比べたら、かなり勝手が違うようだけどな。何せ入れ替わる相手が、元々あまり差異のない、双子でもあることだしね」

「おおっ、いいところに目を付けられましたね! まさにその通りなのです。そもそも鶴屋家の巫女姫は必ず双子であるからこそ、まずお互いに記憶や知識を共有化し『二人で一つ』を実現し、そしてそれを出発点にしてこそ、『二人で全て』に到達して集合的無意識への完全なるアクセスを果たし、真に理想的な予知能力を手に入れることを為し得たって次第なのですよ!」

 俺の言葉の何が琴線に触れたのか、いきなり嬉々として表情を輝かせる古泉。


 まずい、またしてもこいつの『蘊蓄魂』に火を付けてしまったようだ。


※よってこれより以下は、今回の第五章における各イベントごとの、主に鶴屋家の双子の姉妹の異能の力に関する論理的背景を、古泉に一気呵成に語らせて参りますので、それ程ご興味のない方は別にお読みにならなくても結構です。


※それというのも、すでに本章の真のエピローグについては、前回の第34話にてちゃんと済んでいますので、どうぞご了承のほどを。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──実はつる御本家の双子の姉妹は、お互いがお互いの『バックアップ』的存在であられるのです」


「とは申しましても、お二人の間に優劣はまったくございません」


「鶴屋家にとっては何よりの命綱である、二人の巫女姫に万一のことがあっては取り返しがつかないので、常に集合的無意識を介してほぼリアルタイムに記憶や知識を共有することを可能とするといった、いわゆる『相互バックアップ』的仕組みシステムとなっているのです」


「もちろん集合的無意識にはあらゆる世界のあらゆる時代のあらゆる存在の記憶や知識が集まってきているのだからして、何も双子同士だけでなく、それこそ『八日後のあささん』のようなまったくの他人──しかもたった八日間とはいえ未来人を始めとして、戦国時代の武将でも異世界の勇者でも小説や漫画等の創作物フィクションの世界の人物であろうとも、集合的無意識を介してその記憶や知識をインストールすることによって、当該キャラクターそのものになり切ることが可能となるとともに、それらの記憶や知識を材料データとしてこそ、無限の未来の可能性の予測計算シミュレーションをも実現しているのです」


「実は同じ鶴屋の巫女姫でありながら、未来予知のやり方が大きく異なっているのも、まさにこの『相互バックアップ体制システム』の構築理由と同様なのであって、一つのやり方に固執していては、時代の変化──特に昨今の情報技術の急速な進化等によって、万一巫女姫の未来予測の在り方が現状にそぐわなくなったり、コンピュータの発展に追い抜かれたりしては、一族全体の存在意義そのものが一巻の終わりとなってしまうので、姉妹においてそれぞれ別の道を選んだわけなのです」


「もちろん、この件においても、お二人の間に優劣なぞ存在しません」


「実はくだんの娘による『不幸な未来限定の予知』も、けして忌まわしく片手落ちなものなぞではなく、夢見の巫女姫による『ゆめげ』同様に、真に理想的な未来予知の在り方を追究してきた結果たどり着いた、『真理』の一つに他ならないのです」


「非常に残念ながら、『必ず金持ちになれる』とか『すべての勝負に勝てる』とか『商取引を100%成功させる』などといった、絶対に人に幸福をもたらせる指針を与える未来予知なぞ、絶対に不可能なのです」


「なぜならこれまで口が酸っぱくなるほど何度も申してきたように、この現実世界の未来には無限の可能性がございますので、どのような物事のあらゆる局面においても必ず『リスク』──つまりは『失敗の素』というものが存在していて、予知能力によって幸福に至る『結果』だけ予言したところで、その『結果』に至る『過程』において思わぬアクシデントが起こることによって、むしろ大いなる不幸を呼び寄せることすらあり得るのです」


「何せ集合的無意識に全面的にアクセスして、あらゆる世界のあらゆる時代のあらゆる存在の記憶や知識を材料データにしての未来予測は、文字通り『未来の無限の可能性』をすべて予測計算シミュレーションしているわけで、その膨大な計算結果から絶対に幸福になれる未来をただ一つだけ選び出すことなぞ、予知能力者自身でも不可能と言わざるを得ないでしょう」


「それに対して、何とくだんの娘による『不幸な未来限定の予知』であれば、使い方によっては絶対の幸福な未来とは言わないまでも、最低限『失敗をせずけして不幸には未来』をつかみ取ることはできるのです」


「なぜなら、言うまでもなく『リスク』とは『不幸』そのものであり、不幸な未来に限定した予知能力ならば、事前にすべてのリスクを洗い出して、それに対する効果的な対応策を練ることができるのですから」


「先ほども申しましたように、常に至る所に『リスク』が存在しているこの現実世界においては、おとぎ話のような『絶対の幸福の予言』なんかよりも、現代社会に必須の『リスク回避』を完璧に為し得る『不幸な未来の予知能力』ほど有用なものはなく、特に商業や軍事等における『戦略立案』の場においては最大限の効果を発揮し得て、最も自社にとって損益の少ない経営方針の作成や、最も自軍にとって犠牲やコストの少ない戦術の考案を実現することも不可能ではないのです」


「つまり人は自分に降りかかる不幸をすべて知り得てこそ、真に幸福を掴むことができるのであり、その大いなる一助となり得るのが千代ちよさんの不幸な未来限定の予知能力であったのですが、忌まわしきくだんの娘であることが堪えられなくなった彼女は、あなたの語り部の力によって現実世界を書き換えてもらって事実をねじ曲げてまでして、いわゆる『幸福な予言の巫女』となってしまったわけですが、先ほども申しましたように何ら制限のない予知能力を旨とする『幸福な予言の巫女』では、事前のリスク対策なぞ為し得ず、いくら幸福な未来の予言ばかりをしようが、実際にはクライアントに大いなる不幸を呼び込むこともあり得て、自分自身どころか鶴屋一族全体の信頼を失墜させることになったのですよ」


「──そしてその窮地を救ったのがまさしく、夢見の巫女姫である万桜まおさん独自の予知能力、『夢告げ』だったのです」


「これも不幸な未来限定の予知能力同様に、真に理想的な未来予知の在り方を模索してきた結果到達した、何よりも『現実性リアリティの維持』こそを優先した、特殊な未来予知だったのですよ」


 一応鶴屋の巫女姫による未来予知は、量子論と集合的無意識論とにしっかりと基づいているゆえに、けして物理法則等を脅かすものではありませんが、彼女たちがどうしても本来不可能であるはずの必ず的中する未来予知を実現するつもりなら、もし仮にそれが為し得た暁には、この世界が無限の可能性のある『完全なる現実世界』ではなく、SF小説やおとぎ話等の創作物フィクションの類いに堕してしまいかねないという、根本的矛盾パラドックスをはらんでいるのです」


「これに対するマリー=アント○ネット王妃様──じゃなかった、夢見の巫女姫様の導き出した解決策が、いかなるものだったかと言うと、何と『現実世界では駄目だったら、夢の世界の中で未来予知をすればいいじゃない?』だったのです」


「それこそSF小説やライトノベルでもあるまいし、この現実世界において見かけ普通の女の子がほとんど確実に的中する未来予知を連発したりしたら、その瞬間現実性リアリティもへったくれもなくなり、文字通り何でもありのはちゃめちゃな世界になってしまうことでしょう」


「それに対して、未来予知をあくまでも語り部が『夢見の巫女姫から未来予知を語られた』という、まさしく『ゆめげ』とでも呼び得る形で行うとしたら、巫女姫の予知が見事に的中し例えば鶴屋一族が現に利益に与ろうとも、『これは語り部が勝手に夢を見ただけなのであり、その通りにしたらたまたまうまくいったのだ』と頑として言い張ることで、この世界の現実性リアリティを守り抜くことができるのです」


「そのためにも巫女姫自身もけして、現実世界においては未来予知の内容について言及することなぞ許されず、その結果一族以外の人たちからは、くだんの娘と違ってあたかも予知能力なぞ持たない、ごく普通の女子と思われているほどなのですよ」


「この現実性リアリティの徹底的な堅持に関しては、未来予知の内容の在り方においても如実に現れていて、あなたもよくご存じのように巫女姫が語り部の夢の中で夢告げの形で行う未来予知とは、けして唯一絶対の『神託』なぞではなく、いわゆる『あらゆる未来の可能性の予測シミュレート』とでも呼ぶべきものなのであって、データさえそろっていれば現実に存在する超高性能コンピュータによっても十分実現可能なことに過ぎないのであり、これぞ鶴屋の巫女姫たちが、『生きた量子コンピュータ』とも呼ばれているゆえんなのであります」


「──そして何よりも、夢見の巫女姫の夢告げによる未来予知は、語り部の力と共にあってこそ、その効果を最大限に発揮することができるのです」


「なぜなら、あくまでも現実性リアリティを尊び『全知』の力に立脚した夢見の巫女姫は、現実性リアリティを度外視し不可能を可能とできる反則技的な『全能』の力に立脚した語り部の不備を補い、相乗効果的にまさしく文字通りの『全知全能』そのままの、この上なき異能の力を実現し得るのですから」


「現実世界の出来事をそのまま書き綴った小説をあらかじめ創っておけば、その記述を書き換えたり書き加えたりするだけで、現実世界そのものを改変することすら為し得る、語り部の禁忌の力は確かに絶大ですが、先ほど『幸福な予言の巫女』についてのご説明の時申しましたように、この現実世界の道理をねじ曲げてまでして、無理やり己の欲する『結果』へと至るように世界そのものを書き換えたところで、その『結果』に至るまでの『過程』が無限にあり得ることには変わりなく、予言の巫女ではない語り部においてはそのすべての『過程』を事前に予測することなぞできず、『過程』の至る所に潜んでいる『リスク』次第によっては、望むべき『結果』を手に入れたことによって、むしろ大いなる災いを被ることにもなりかねないのです」


「それに対してあらゆる未来の可能性を予測計算シミュレーションできる夢見の巫女姫なら、どの『過程』をたどればほとんど『リスク』無しに求める『結果』を得ることができるかを絞り込めて、たとえ唯一絶対の神託のような御都合主義の未来予知ができなくても、最終的に選り出したどの『過程』を選ぼうがほぼ望み通りの『結果』が得れるようになることでしょう」


「しかも以前もちらっと述べましたが、語り部──つまり『作者』としての力の根幹は、いわゆる強力無比なる『正夢体質』にあるのだからして、夢告げによってもたらされた『幸福な未来の有り様』を小説化することで、かなり高い確率で現実化することができるのであって、まさに夢見の巫女姫との相性は抜群と言えるのです」


「実は『偽りの幸福な予言の巫女』となった千代さんによって、我が国の政財界の重鎮たちからなる顧客の信用を完全に失い、鶴屋家が没落一歩手前まで陥った際においても、あなたと万桜さんとの連係プレイによる、『夢の中だからこそ的中率抜群の未来予知』によってこそ、見事に失地を挽回し、再び鶴屋家の信用を取り戻す事を為し得たのは、まさしく格好のケースと申せましょう」


「しかし、本来のくだんの娘としての役割を勝手に放棄した千代さんも、語り部としての最大の禁忌である現実世界の書き換えに手を染めたあなたご自身も、鶴屋家現当主のさんとしてはけして赦すわけにはいかず、千代さんは再び座敷牢に閉じ込められて、あなたのほうは親御さんや妹さん共々鶴屋家を絶縁されたといった次第なのです」


「……とは申しましても、神にも等しい『夢の主体』の象徴シンボルとしての力を有する、千代さんや万桜さんを留め立てできる者なぞいるはずもなく、まさに今回、僕たちSOS団のヴァレンタインイベントや、『八日後の朝比奈さん』騒動を隠れ蓑として、鶴屋本家における何かと邪魔な重鎮連中の排除と、最愛の幼なじみであられるあなたとの復縁を、まんまと成し遂げられたといったわけなのですよ」


「──何せ彼女たちにとってはあなたこそが、何者にも代えがたい、唯一無二の『愛すべき』存在なのですからね」


「これまで何度も述べましたように、集合的無意識を介して記憶や知識を完全に共有している千代さんと万桜さんのお二人は、内面的には個別的な差異なぞまったく存在せず、そのため当然のことながら彼女たち個々人の『自己同一性アイデンティティ』については、外面──つまりは『肉体』にこそ求めざるを得なくなります」


「非常に残念なことなのですが、文字情報によって構成されている小説においては、どうしても人間というものを『人格』という内面こそを主体にして考えがちで、たとえ肉体がそのままであろうとも、突然誰か他人と人格が入れ替わったり多重人格化したり前世に目覚めたりするようなことがあればそのとたん、文字通り別人になったかのように描写し始めますが、これは大きな間違いなのです」


「それと言うのも、実は物理学においては現代の量子論は言うに及ばず遥か昔の古典物理学の時代から、人の人格とか精神とか意識といったものはその個人を決定づける絶対的に普遍なものなぞではなく、あくまでも脳みそによってつくり出されている物理的存在に過ぎず、言わば肉体にとっては単なる『付属物』でしかないのですから」


「つまりは、人の『自己同一性アイデンティティ』というものは、人格とか精神とか意識といった内面ではなく、むしろ外面である肉体に求めるべきなのであって、よって実は何と『身体目当て』こそは、女性に対する『あくまでもかけがえのないその人個人への』愛情表現としては、非常に正しい在り方とも言えるわけなのですよ」


「事実『鶴屋さん』姉妹におかれては、常に外面を重視してけして自分たちのことを取り違えることがなく、彼女たちそれぞれの『個としての自分』を認めてくれる唯一の存在であられるあなたこそを、この世で最も大切で最も愛すべきお相手と定められておられるのです」


「……まあ、そんなこんなでもはや言うまでもないことでしょうが、それぞれタイプは異なりながらも絶大なる力を誇る予知能力者であり、しかもこの地方随一の旧家直系のお嬢様姉妹の両方から、まさしく盲目的に慕われてしまったわけなのだから、もはやあなたには拒否権も逃げ出すチャンスも無いことでしょうね」


「──いやあ、モテる男は辛いですねえ。……そのうち刺されたりしないように、十分お気を付けくださいね? 特に妹さんの御親友のヤンデレ美少女JSさんなんかに♡」

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