第7章、「七夕記念作品を急に思い立って見切り発車してみたけれど、この筆者にしては結構いい感じになったよね♡」

第37話、七夕スペシャル前編「『笹の葉ラプソディ』のヒロインを、あえて朝比奈さんにしてみました♡」

「は? 三年前の今日──つまりは七夕の日に、タイムトラベルさせてやるだって?」


 夕暮れ迫る二人っきりの部室の中で、密かに憧れている上級生の少女の花の蕾のごとき薄紅色の唇から不意に放たれた思わぬ言葉に、その時俺は完全に呆気にとられてしまった。


 ……おいおい、タイムトラベルなんて不可思議現象は、この『完全なる現実世界』においては、絶対に不可能じゃなかったのかよ?


 いきなりこんな電波なことを言い出すということは、今目の前におられるあささんは、俺の恋い焦がれている純真無垢で可憐極まる(デフォルト)のほうではなく、『未来人』の別人格というか妄想の具現というかの、(大)のほうというわけか。

 ……せっかく「今日は部活が終わっても、そのまま残っていてね。実はどうしてもキョンくんに聞いてもらいたい、お願いがあるの♡」なんて言われて、すわ愛の告白か⁉ ──と浮かれていたというのに、こんなお約束な『アゲてオトす』落差オチなんていらねえよ!

 それでなくても今日は、いきなりハルヒのやつが、「我がSOS団としては、毛唐文化のクリスマスやヴァレンタインだけでなく、我が国独自(誤り)の七夕も、大いに盛り上げようじゃないの!」などとほざいて、無理やり何の意味もない十六年後と二十五年後の願い事なんかを短冊に書かされたり、ハルヒ自身の電波的願望を知らされたりして、もううんざりだっていうのによ。

「──な、何じゃ、そのあからさまな、がっかりした顔は! 君も多感な夢見る男子なら、タイムトラベルができると聞いて、もっと喜ばんか!」

 俺のあまりの落胆ぶりが顔に出てしまったのか、目の前の上級生の少女が顔を真っ赤に染め上げて、涙ぐんだ瞳でにらみつけてきた。…………あんた本当に、小学生なんじゃないだろうな?

「……そう言われてもねえ。俺としてはいずみから散々、『この現実世界においては、けして肉体を伴ったタイムトラベルなんて実現できない』って、言い聞かせられているしなあ」

「何であのおしゃべり超能力者の言うことは信じられて、私の言うことは信じられないのだ⁉」

「ええと、そろそろ帰ってもいいかな? 今日はこれから駅前の喫茶店で、ふじわらたちと会う約束をしているんだ」

「ちょっ、おまっ、古泉どころか、藤原かよ! しかもこの私に対する扱いが、あまりにもぞんざいすぎるんじゃないのか⁉」

「とは言っても、さっきからようからのメールが一分おきに着信してきて、いつまでも無視するわけにはいかないんだよ」

「怖っ! あの女、ヤンデレだったのか⁉ ……それもこれも君があまりに無分別に、並み居るヒロインをオトすからではないのか?」

 失礼な、ジゴロでもあるまいし、人聞きの悪い。自分のほうこそ一部では、『黒デレ』として名を馳せているくせに。

「──いやいや、ちょっと待て! 君がおう九曜をオトしたのは『雪山症候群』の回であって、今日は七夕なんだから、時系列的におかしいのではないか⁉」

「存在自体が時系列を無視している、(自称)未来人に言われてもねえ……」

「──うぐっ」

 痛いところを突かれて言葉に詰まる朝比奈さん(大)をこれ以上相手にすることなく、さっさと踵を返して文芸部室兼SOS団非公然アジトの出口へと向かう。

 ……これ以上ヤンデレ(九曜)とツンデレ(藤原)の二人を放置していたんじゃ、不満を募らせて何をしでかすかわかったもんじゃないからな。

 そんなことを思いながら、いそいそとドアを開けようとしたら、


「──ようし、わかった。君が私の願いを聞いてくれると言うのなら、今ここで膝枕をしてやろう!」


 ナン・デス・ト?


 俺はドアノブから手を離し回れ右をするや、一瞬で朝比奈さんの面前へとワープした。

「本当ですか、それって⁉」

「う、うむ。未来人に二言はない…………っていうか、自分で誘っておいて何だか、凄い食いつきようだな、君⁉」

「へへへ、そりゃあもう、中身はどうあれ外見は朝比奈さんに変わりはしないんだから、膝枕をしてもらえるチャンスをむざむざ逃すなんてこと、絶対にあり得ませんよ!」

「むっ、中身はどうあれとは、一体どういう意味だ?」

「まあまあ、いいからいいから。ご要望は確かに承りましたから、膝枕のほう、早速よろしくお願いします!」

「わ、わかったから、そんなに身を乗り出して、顔を近づけるんじゃない!」

 再び顔を真っ赤にしてのけぞるように俺から身を離す、恥ずかしがり屋さんの未来人。

 そしてやおら椅子を三つほど並べて、その左端へと腰掛ける。

 ふむ、即席ベンチというわけですな。

 俺の頭を朝比奈さん(大)の膝の上に乗せるとともに、胴体のほうは残りの二脚に横たわらせるといった案配か。

「さあ、来るがよい!」

 くわっと目を見開き、眦決して、自分の太もものあたりを叩く、見かけ小中学生の年上のお姉さん。

 ……いや、そんな、まるで不倶戴天の敵を前にしたような、決死の表情をしなくても。

「それでは、遠慮なく♡」

「──あうんっ」

 俺が彼女の脚の付け根のほうに頭を乗せるやいなや、何だか色っぽい声が飛び出した。

 それにこの太もも、JCやJS級にちっちゃいものの、柔らかいし温かいしいい匂いがするしで、もうサイコー!

「こ、こら、頭をぐりぐり、こすりつけるんじゃない! 何だか、おかしなところが、おかしな感じに………………ふおっ⁉ そ、そこ、こりこりしちゃ、らめえええええっ!」

 ああ、極楽極楽♡

「いいか、こうして私の膝枕を堪能したからには、約束はちゃんと守ってもらうぞ!」

「ああ、タイムトラベルでしたっけ? おーけーおーけー」

「軽っ! いかにライトノベルが数多あろうと、これほど気安く時間跳躍を承諾した者なぞ、他にはおるまいて!」

 はは、タイムトラベルですって? 楽勝楽勝!

 何せこちとら古泉から、人間が物理的に過去や未来に時間移動をすることなぞ絶対に無いって、太鼓判押してもらっているから、原典オリジナルみたいに時間跳躍するためのギミックが行方不明になったりして、過去の世界に取り残されるなんてことは、断じてあり得ないってわかっているしな。

 だから「ふあ〜」こうして、あくび交じりで、余裕綽々なんですよ、こっちは。

 …………うん? そういえばさっきから、やけに眠気がするんですけど。


「おお、どうやらようやくお茶に混ぜておいた、遅効性の睡眠薬が効いてきたようだな」


 な、何ですと⁉

「すまんな、タイムトラベルを実行するには、まず眠ってもらわなければならぬのだよ」


 いかにも、申し訳なさそうな声音。


 しかし俺が意識が途切れる直前に目にした彼女の顔は、あたかもまんまと己の罠にはまった愚かな獲物にほくそ笑む、悪魔であるかのようにも見えたのであった。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 そして再び目を覚ました時、文字通り世界は一変していた。


 肌に感じる、初夏の生温かい夜風。

 さっきまで夕刻のきた高校舎内にいたはずが、今やすでに夜更けの星空の下、何やら公園らしき場所に身を横たえていたのだ。


「──気がついたかね?」


 かなり至近距離の頭上からのいきなりの声に、思わず振り仰げば、そこには幼く無表情なれど可憐なる小顔が、こちらを見つめていた。

「……あさ、さん?」

「おお、どうやら記憶の継続性はあるようだな。まずもってタイムトラベルのほうは成功か」

 そして次はいきなり目の前が鏡になって俺の顔が映って、「これは誰ですか?」「……俺、ですけど」「自己認識も正常のようです」なんて、某新劇場版アニメみたいな展開になるんじゃないだろうな?──じゃなくて!


「──朝比奈さん! どうしてそんなに、んですか⁉」


 そう叫ぶや慌てて身を起こし、これまで俺をこの夜の公園のベンチで膝枕してくれていたであろう幼い少女を、改めて見つめ直す。

 確かに朝比奈さんは常日頃から見かけは小中学生同然であったが、今目の前にいる『朝比奈さん』は彼女の面影を色濃く残してはいるものの、見かけ上だけでなく間違いなく小中学生そのものであり、SOS団の朝比奈さんよりは二、三歳は年下かと思われた。

「そりゃあ縮みもするさ、何せここは君がさっきまでいた世界から、ちょうど三年前の世界なのだからな」

 ………………………………は?

「何を呆けた顔をしておる、ちゃんとタイムトラベルしてもらうと、言っておいたではないか?」

「え、ええ、えええ、えええええええー⁉」

 ちょっと、本当にタイムトラベルしてしまうなんて、話が違うじゃないか⁉


 ──いや、問題は、そこじゃない。


「あ、あの」

「ん、何だ?」

「ここが、『三年前の世界』だから、あなたは俺の記憶よりも三年だけ若返って、縮んでしまったわけなんですよね?」

「おお、そうだ。見ての通りだよ」


「──だったら、どうして俺は、なんですか⁉」


 他に人っ子一人いない、夜の公園内に響き渡る、俺の悲痛なる叫び声。

 そうなのである。鏡を見たわけではないからちゃんと現在の自分の姿を確認してはいないものの、少なくとも朝比奈さん同様に『三年の前の自分』に戻っているようには思えず、背丈等の体格はほぼ間違いなく以前のままだし、それに何よりもその身にまとっているのは、散々見飽きた北高のブレザーの制服であったのだ。

 何で朝比奈さんのほうは、ちゃんと三年前の姿になっているのに、俺は元の姿のままなんだ?

 もしここが本当に三年前の世界であるとしたら、俺は物理的に絶対にあり得ないとされている、『肉体丸ごとのタイムトラベル』を実現してしまったことになるじゃないか⁉


 これって下手すると、これまで頑ななまでに量子論と集合的無意識論に則って、何よりも現実性リアリティこそを守り続けてきた、この二次創作の在り方そのものを、根底からひっくり返すことにもなりかねないぞ!


 もはや脳みそがパンクするんじゃないかと思われるほど、次々と頭の中に疑問が湧いてくるものの、もちろんそれらに対して明確な回答を示してくれる者なんて、ここにはただの一人も存在していなかったのである。

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