第38話、七夕スペシャル後編「未来人と現代人の私たちが、こうして織姫と彦星みたいに出会えたのは、まさに奇跡よね♡」
「……そういえば、今日は、七夕か」
「
「この点に関してだけは、
──おいおい、いくら七夕でも、織姫と彦星気取りかよ?
「悪いかい? こんな戯れ言も一年に一回──いや、この場合むしろ、三年に一回限りのことだから、大目に見たまえよ」
──まったくもう、声のほうは完全にJCどころかJSなのに、いかにも年寄り臭い屁理屈ばかり言いやがって。おまえは
「……ふっ、まったく君ときたら。女性と話している時に別の女性のことを話題に出すのは、最大のエチケット違反だぞ?」
──だからそういうところが、見た目と合ってないって言っているんだよ!
「いわゆる、『ギャップ萌え』ってやつかい?」
─────っ。
「おや、言葉に詰まったということは、もしかして図星かね?」
そう言うや、悪戯っぽく「くっくっくっ」と含み笑いを漏らす、年端もいかない少女。
……やべえ、俺には『そういった属性』は無かったはずだけど、こんないかにもいたいけな美少女が、文字通りクールな大人びた態度でクールな大人びたことばかり宣うものだから、何か知らんけどやけに『ゾクゾク』しちまうんだよな。
あくまでもほんのちょっぴりだけど、
──何せ今もまた、彼女に膝枕なんかしてもらっちゃったりして、そのえも言われぬ柔らかさと心地いい温かさと香しい匂いを、存分に味わっていることだしな。
そんな益体もないことを考えつつも、襲い来る眠気には抗えず、俺は徐々に意識を手放していった。
──そう。再び時の彼方へと、旅立つために。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
本来この現実世界においてはけしてあり得ないのはずの、『肉体丸ごとの物理的タイムトラベル』をしでかしてしまったために、大混乱に陥った俺であったが、しかし文字通り『時』のほうは待ってはくれなかった。
ただただ呆然と我を失っている間に、
間違いない。こいつは三年前の
その当の朝比奈さん(小)は何をしていたかというと、今回の『東中校庭落書き事件』(仮称)の主犯のくせに自分は何一つ働こうとしないハルヒ(JC)と、グラウンドの上に並んで体育座りをして、たった一人俺だけが汗と石灰まみれになってラインマーカーと格闘している姿を、作業中ずっとただ見ていたのみであった。
……ちなみに彼女のことはハルヒ(JC)には、俺の妹だと虚偽の申告をしたのだが、その際に「……やけに似てない兄妹ねえ」とのお言葉を賜ったのは、もはや単なるお約束の行数稼ぎでしかなかった。
まあ、初夏にふさわしい涼しげな純白のワンピース姿の朝比奈さん(小)が、行儀悪くも体育座りなんかしてくれていたお陰で、淡い月明かりに照らされて何となく白いものがチラチラのぞいていたのが確認できただけでも、良しとしておこう。
……いや、何だかどんどんと
そんなこんなで、ただでさえ『本来はあり得ない物理的タイムトラベル』ショックが抜けきれないところに、うやむやのうちに予想外の重労働を押しつけられたために、心身共に疲れ果ててしまい、ハルヒ(JC)に対してほとんど上の空で適当に会話を交わした後で別れを告げて、どうにかこの時代へのタイムトラベルの到達地点である駅前の公園へとたどり着くや、ベンチの一つに倒れ込むようにして横たわったのである。
そんな俺の姿を見ていてさすがに罪悪感を覚えたのか、朝比奈さん(小)ってばまたしても膝枕なんかをしてくれて、おまけにジュースまでもポケットマネーで奢ってもらったのが、ささやかながらもせめてもの慰めであった。
…………いやでも、夜更けの公園で、男子高校生が女子小学生(外見上)にジュースを奢らせて、あまつさえ膝枕なんかさせていたりしたら、立派な『事案』の発生ではないだろうか?
え? そんないい加減な有り様で、ちゃんと『笹の葉ラプソディ』として
知らねえよ、そんなこと! そもそも古泉の話では今回のような肉体丸ごとのタイムトラベルなんて、絶対にできっこないとのことだったんだし、てっきり『笹の葉ラプソディ』のイベントそのもの自体が無いものと思っていたほどなんだからな。
悪いのは古泉と、七夕だからといって急に『笹の葉ラプソディ』の二次創作の公開を思い立ってろくにプロットも立てずに見切り発車した、この二次創作の作者だ。文句があるんだったら俺じゃなくて、こいつらに言え!
そんなことをあれこれと、胸中で愚痴っていた、まさにその時──、
「今回は本当に、すまなかったな。──それに、ありがとう」
突然頭上より降り注いできた、思わぬ言葉。
咄嗟に振り仰げば、これまで一度も見たことのないような、優しげな──それでいてどこか寂しげな──笑顔が見つめていた。
「……え、ありがとう、って?」
『すまなかった』のほうはわかるが、何でここで感謝の言葉が出てくるんだ?
「おや、わからないのかい? そりゃあ、感謝もするさ。何せ私がまがいなりにも『未来人』でいられるのも、他ならぬ君のお陰なのだからな」
………………………は?
「な、何だよ、俺なんかのお陰で、未来人でいられるってのは?」
更なる意味不明な台詞に思わず問い返すものの、目の前の少女はいったん俺から視線を外し、まさしく七夕ならではのミルキーウェイが煌めく夜空を見上げる。
──まるでこことは異なる、
「実を言うとな、自分自身でも、本当に私が未来から時間跳躍してきた精神体的存在なのか、単に間違いなく現代日本人である朝比奈みくるの妄想によって生み出された虚構の存在なのかは、自信を持って判別することはできないんだ。それでもこうして私が私でい続けられるのは、たとえ未来人であることは信じていなくても、少なくとも君が『間違いなく現代日本人である(デフォルト)の朝比奈みくる』だけではなく、いわゆる『朝比奈みくる(大)』であるこの私のことも、ちゃんと個の存在として認めてくれているからなのだよ。
──っ。
そ、そうだ、そういえば、そうだった。
俺は元々古泉からうざったい蘊蓄話を聞かされる以前から、時たま自分のことを未来人だとか言い出す朝比奈さんのことを、本気で受け取ったりはしなかった。
つまりそれは、『未来人である朝比奈さん』を全否定することであったはずだ。
なのに俺はどうして、『未来人である朝比奈さん』──いわゆる朝比奈さん(大)に対して、一個の独立した存在として、普通に接しているんだ?
「おいおい、今更君自身が、悩んだりするなよ? なあに、別に難しい話じゃないんだ。すべては君という人間ならではの、『美徳』の為せる業なんだからな」
「……俺の美徳、だって?」
再び俺のほうを見下ろす、真摯なる瞳。厳かに開かれる、花の蕾のごとき薄紅色の唇。
「君自身はまったく意識していないかも知れないが、普通自分のことを『未来人や宇宙人や超能力者』なんて自称したり、そういう超常的存在と本気で仲良く遊びたいなんて言い出す、妄想癖だか本物の人外だかに対しては、常識ある者としては最低でも相手にしないか遠ざけるかで、下手すると社会全体として疎外したり攻撃したりしかねないのだよ。それなのに君は、こんな我々に対して、極当たり前にちゃんと独立した存在として普通に対応してくれるではないか。この『極当たり前に普通に対応する』ことが、どんなに難しいことか! だからこそ私自身は言うまでもなく、
──‼
……この俺が、ハルヒや佐々木や長門や古泉なんかから、本気で慕われているって?
「はは、まるで量子論における『観測者理論』か、
……おいおい、あんたまでも俺のことを、『作者』とか言い出すつもりかよ?
──あれ? 何だかまたしても、急激に眠気が襲ってきたような……。
「……まったく、何度も同じ手に引っかかるなんて。元の時代の私が言っておったろう、タイムトラベルを実行するには、まず眠ってもらわなければ始まらないと。やれやれ、このように単純なところも、君の美徳なのかねえ」
──くっ、てめえ、さっきのジュースにまた、催眠薬か何かを入れていたな⁉
「そんな体たらくじゃ、どこぞの純真無垢を装ったしたたか極まる性悪女に騙されても知らないぞ? ──まあ、今は眠るがいい。元の
それが俺が最後に聞いた、この
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──いえいえ、けして僕は嘘なんて申しておりませんよ。何せ今回あなたが行ったのが、正真正銘『肉体丸ごとの物理的タイムトラベル』であるかどうかは、絶対に断言できないのですからね」
………………………………は?
目の前の超能力少年の口から臆面もなく放たれた、あまりといえばあまりの厚顔無恥な言葉に、俺は完全に呆気にとられてしまった。
──おいおい、いくら何でも、それはないんじゃないのか?
波乱に満ちた七夕の夜もすでに明けた、7月8日の放課後。
いつものように
「いやいやいや、間違いなく
「現在のあなたのままでタイムトラベルしたとおっしゃいますが、ちゃんと鏡等を見られて、確認されたのですか?」
「あっ」
そ、そういえば、結局それどころじゃなかったから、自分の顔をきちんと確かめてはいなかったっけ。
「い、いや、間違いなく北高のブレザーの制服を着ていたし──」
「三年前だって、この学校の男子生徒だったら、同じ制服を着ていましたよ」
「──っ。……何が、言いたいんだ?」
「つまり、三年前の真のあなたのほうは、ちゃんと現在よりも三歳年が若くて、あなたが『あなた』と思っていた人物のほうは、実はあなたとはまったく別人の北高の生徒だったのですよ」
な、何だと⁉
「あるいは『その世界』においては、
相変わらず何でもアリだな、量子論ってやつは。そんなんじゃ、文字通り何でも実現できてしまえるんじゃないのか?
「……つまりおまえはあくまでも、『肉体丸ごとの物理的タイムトラベル』なんて絶対にあり得ず、今回俺が体験したのも『精神のみによる時間移動』に過ぎないって言い張るつもりなんだな?」
「もちろん。──というか、あなただって、薄々気づいているんじゃないですか?」
「気づいているって、何にだよ?」
「つまりあなたが最終的にこの
うっ。
「その時の状況は、一体どういうふうでした?」
「……ああ、ええと、場所はまさにここで、何とタイムトラベルを実行してからほとんど時間はたっていなくて、俺自身も朝比奈さんに膝枕をしてもらったままだったんだけど、一応彼女のほうは未来人の(大)ではなく(デフォルト)に戻っていたよ」
「それであなたは、その時どう思いました?」
「……チ、かと思った」
「はい? もっと大きな声でお願いします」
ええい、こうなりゃヤケだ!
「夢オチかと、思ったよ!」
そりゃあ、いきなり眠らされて再び目覚めてみれば、場所が寸分変わっておらず、時間も全然たっていないとなると、過去にタイムトラベルしたこと自体が、夢かと思ってしまうのも無理ないだろうが⁉
「いやだなあ、そんなにふてくされることはないでしょう。それこそが当然の反応というものなのですよ。何せタイムトラベルや異世界転移等の『世界間転移』の類いは、完全にSF的可能性を無視してあくまでも現実的に考えれば、まさしくあなたの所感ように『夢と現実との逆転現象』しかあり得ないし、毎度お馴染みの量子論や集合的無意識論に則って考察すれば、複数の世界にわたる『記憶』の重ねがけ以外に実現し得ないのですからね」
「『記憶』の重ねがけって……ああ、いつものやつか」
「三年前の
「それってつまり俺自身は、肉体的にも精神的にも時間移動なぞまったく行っていないのに、ただ『別の世界の自分の記憶』を重ねがけされただけで、俺の認識では三年前の七夕の日にタイムトラベルして無事に戻ってきたことになっているというわけか⁉」
「ええ。簡単に言っちゃうと、あなたはまさしく、
なっ⁉
「おい、待て! それってある意味、完全に『笹の葉ラプソディ』という超常的イベントを──つまりは『肉体丸ごとの物理的タイムトラベル』を、量子論と集合的無意識論に則ることによって
「はい、もっと有り体に言ってしまえば、量子論と集合的無意識論とに則りさえすれば、
「え? この二次創作って、
「まさかあ、一見
……ほんとかねえ。何だかとってつけったかのように感じられるのは、うがち過ぎかなあ。
「──ん? ところでその『記憶の重ねがけ』って、一体誰の仕業なんだ? ストーリーの展開上、いつものごとくハルヒじゃないようだけど」
「そりゃあ当然、タイムトラベルを実現できるのは、タイムトラベラーに決まっているじゃないですか?」
「タイムトラベラーって……まさか、朝比奈さんか⁉」
「ええ、実は彼女自身にも、あくまでも未来人としてタイムトラベルを実現させるためだけに限定されてはいますが、『夢の主体』の
おいおいおい、まさか朝比奈さんまで、『夢の主体』の
「何せ集合的無意識を介して『記憶』を同期させていたからこそ、彼女自身、現在と三年前とで人格を統一できていたのだし、更には同様に現在と三年前との両方において、あなたに『記憶の重ねがけ』を施すことによって、実質的にタイムトラベルをさせることを実現できたのですからね」
「『記憶の同期』って、以前の長門がやっていたやつか」
「ええ、残念ながら長門さんのほうは、『消失』以降自ら同期することを制限なさっていますけどね。つまりこの二次創作における朝比奈さんは、
そ、そういえば。
いやそもそもが、
しかし
もちろんそもそも集合的無意識へのアクセス能力自体を与えたのはハルヒってことだったけど、意識的に力を使える分、朝比奈さんのほうが
──いや、ちょっと待てよ。
「確かおまえ以前、朝比奈さんだけ集団的無意識に対しては特殊なアクセス方法をとっているから、(デフォルト)の彼女には未来人としての自覚はないって言っていたけど、ハルヒすらも顔負けに能動的に集団的無意識にアクセスできてあらゆる『別の可能性の自分』と同期し得るんだったら、(デフォルト)の彼女にだけ同期できないなんてことが本当にあり得るのか?」
そんな俺のふとした思いつき的な疑問に対して、珍しくも悩ましげな表情となり、しばし考え込む蘊蓄大好き超能力少年。
「そうですね、言われてみればその通りです。いかにも(デフォルト)の彼女自身が(大)であるご自身のことを自覚なさっておられないようでしたから、僕もそのように思っておりましたが、他人の心のうちを真に知り得ることなんて誰にもできないのであって、実のところ僕たちはみんな、まんまと彼女に騙されていたのかも知れませんね」
──っ。
……何……だっ……てえ。
『そんな体たらくじゃ、どこぞの純真無垢を装ったしたたか極まる性悪女に騙されても知らないぞ?』
その時脳裏に甦ったのは、三年前の七夕の
「……あなたもまた、大変な方に惚れられたみたいですねえ。まあ、女性運がお悪いと思って諦めて、すべてを受け容れるしかありませんね」
そのように、やけに達観したおためごかしの言葉を投げかけてくる、同級生の少年。
しかし今の俺にとっては、何の慰めにもならなかったのである。
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