第52話、異世界警察は、自作の中にのこのこ転移してきた、Web作家どもを撲滅できるか?(前編)

「──うおりゃあああああ! これでトドメよ!」


 やけに甲高い絶叫とともに振り下ろされた、勇者の渾身の一撃が、巨大なドラゴンの喉元へと突き刺さる。

 たとえ膨大な魔力を有する『龍王』であろうと、埒外の神通力を誇る聖剣をまともに食らっては、耐えきれるものではなかった。

 どうっと、峻厳な岩山に囲まれた強固な大地を揺るがしながら倒れ込む、王者の蛇体。


『──見事だ、勇者ハルヒよ』


 すでに息も絶え絶えにくぐもってはいるものの、間違いなく人語を発する、神話級のモンスター。

 高位の神竜でなおかつ歳を経ている個体は、言葉を使えるどころか魔術すら操れることは、ある程度ファンタジーに明るい方なら、あえて言うまでもない周知の事実であろう。

「あんたも、うちのSOS団を相手にしながら、なかなか頑張ったじゃない!」

 ドラゴンの王に向かって、いかにも上から目線で、(こいつにしては珍しくも)一応はお互いの健闘を讃え合う姿勢を見せる、勇者と呼ばれた少女。

 確かに彼女の──ご存じ『オレサマ』少女ハルヒの言葉は、至極妥当なものであった。

 間違いなく最強のモンスターである『龍王』と、たかだか五人程度(しかも一人は戦闘時は完全に役立たず)の人間のパーティでは、本来だったらまったく話にもならず、一方的に蹂躙されるだけであろう。


 しかし、パーティメンバーのうち三人が、生粋の宇宙人と未来人と超能力者として、反則技的な超常の力を有し、しかもリーダーである勇者の少女が、この異世界の女神の聖なる加護や聖剣の力の付与エンチャントを受けているのみならず、元々神様同然の『夢の主体』の象徴シンボルとしての文字通り全知の力を持っているとなると、話はまったく違ってきた。


 何せここは、魔法もモンスターも実在している、ファンタジーな異世界なのである。現実世界ではけして許されない、超能力だろうが宇宙のオーバーテクノロジーだろうが未来の便利道具だろうが、物理法則なぞガン無視して使い放題なのだ。

 堪ったものではなかったのが当然、そのすべての標的ターゲットとなった龍王で、たとえ破格の大きさと頑丈さを誇る肉体を持ち、物理攻撃はもちろん魔術すら放つことができるとはいえ、相手は未知の異能集団なのであり、普通の格闘技で例えれば、明らかに人間の身体能力を無視した強力無比の攻撃が、常に予測もしなかった方向から繰り出されるようなものであって、最高位の武術の達人であろうとも、反撃どころか防御すらもまともにできないであろう。

 それに対して、人間パーティ側の防御は、至極楽なものであった。

 何と言っても相手はファンタジーの代名詞のような、超有名なモンスター『ドラゴン』なのである。基本的にその巨体による物理攻撃と、いわゆる『炎のブレス』さえ気をつけておれば良く、後は固有の魔法攻撃がどのようなものなのかを把握できれば、すべての攻撃を完封することすらも不可能ではなかった。

 その攻防の様は、最初から最後まで一方的な展開ワンサイドゲームとなり、下手すれば心ない悪ガキたちが、よってたかって哀れな野生動物を虐待しているようにも見えて、攻撃的スキルを持たないためにパーティの中でただ一人だけ傍観者に徹していた俺からすれば、『龍王』様におかれては、申し訳がないというか相手が悪かったというか、むしろ同情するばかりであった。

 そのようにドラゴンが満身創痍となってから満を持して登場したのが、パーティリーダーであり勇者でもあるハルヒ団長閣下だったのだが、もはや余力を残していない相手に対しても、少しも見くびることも哀れむこともなく、至高の力を有する聖剣をもって全力を振るうことによって、正々堂々とケリをつけたといった次第である。

 その情け容赦の無い様は、むしろ龍王に最大限の敬意を払ったものとも言えて、それに対して思うところが少なからずあったのか、息を引き取る直前になって、我々に一つだけ『忠告』を与えてくれたのだった。

『……そなたらの、とても人間とは思えぬ不思議なわざには、確かに驚かされたが、たとえ我が死してのちも、ゆめゆめ油断をするでないぞ。どんなに人並み外れた力を持とうが、「物量」で押し寄せられては、対処のしようが無かろうしな』

 そんな意味深な言葉を最後に、ついに息を引き取る、魔物の王。

「物量で押し寄せる……………………………って、うわっ! な、何だ⁉」

 まさしく龍王の死と呼応するようにして、岩山中に鳴り響く、大地を揺るがす轟音。

 そして最も近場の山頂部が突然吹き飛び、漆黒の大噴火が沸き起こる。

「……いや、違う。な、何だ、ありゃあ⁉」

 よく見ると山頂から噴出しているのは、土砂や溶岩ではなく、どうやら小型の竜のようなものであったが、その数ときたら凄まじく多く、しかも個々の姿形もいかにも禍々しいものであった。

「──情報統合思念体より、解析データを受領。彼らはこの世界においてすでに滅亡したものと思われていた、凶暴極まりない古代竜の生き残りの模様。おそらくは龍王の強大なる神通力によって、あの山中に封印されていたところ、彼の死により呪縛が解けたものと考えられる」

 得意のぼそぼそ声によって、貴重な情報をもたらしてくれる、毎度お馴染み『困った時のながさん』。

 な、何だと?

 つまり、『魔物を退治することで、更なる邪悪な魔物を招くことになった』という、異世界あるある展開というわけか?

 ……それにしても、異世界においても役立ってくれるとは、情報統合思念体って、どこまで便利な『御都合主義的装置』なんだよ。

 そんなことをのんきに考えている間にも、どんどんとこちらへと迫り来る、雲霞のごとき大群。

「……う〜ん、あんなのいちいち一匹ずつ、対処したりはできないわよね。──というわけで、キョン! やっとあなたの出番のようよ!」

 この見るからに絶体絶命の大ピンチの中で、少しも慌てふためくことなく、にこやかな笑みすら浮かべながら、ここで初めて俺へと指示を出す団長殿。

 ……やれやれ、結局最後は、俺が面倒を見るわけかよ。

 そのように胸中でぼやきながらも、いつものように手に抱えていた分厚い魔導書の、禍々しき革表紙をおもむろに開き、


 ──中型のタブレットPCそのままの液晶画面に、人差し指を這わした。


「『カク○ム』にログイン……自作の『ゆめメガミめない』の該当箇所をダウンロード……これより『書き換え』を開始する」






内なる神インナー・ライター


 介入する。


 ──実行リライト


 終了リセット






 俺はただ単に、魔導書に表示された自作の中から、古代竜に関する部分を丸ごと削除しただけであった。


 するとその瞬間、目の前の現実においても、古代竜の大群がすべて唐突に、跡形もなく消滅してしまったのだ。


 ──あたかもそんなものなぞ、かのようにして。


「さすが、『作者』様々ね! あなたがいる限り、我がSOS団パーティは、真の意味で『絶対無敵』を名乗れるというものよ!」

 何の疑問も抱くことなく、至極上機嫌で俺のことをねぎらう、勇者ハルヒ。


 ──しかし当の俺自身は、違和感ばかりしかなかった。


 いくらここが魔法上等の異世界であろうが、俺が自作の書き換えによって現実そのものを改変できる『作者』であろうが、『質量保存の法則』という絶対の物理法則を無視して、ドラゴンの大群が一瞬で消え去ってしまうなんてことが、本当にあり得てもいいのか?

 そんなことなんて、反則中の反則的存在、『外なる神アウター・ライター』でも無い限り、絶対に不可能のはずだろうが?

 ……おかしい、おかしすぎる。

 この異世界は、何もかもが、異常でしかなかった。


 ──そう。あたかもどこぞの『なろう系作家』による、御都合主義のWeb小説でもあるかのように。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──姫。マリー=ゴールド姫は、どこだ!」


 王城の奥深くへ案内もなしに乗り込み、大声でわめきちらす不届きな闖入者に対し、なぜか誰一人として、とがめ立てする者はいなかった。


 ──無理もない。


 腰まで伸びた漆黒の長い髪の毛。笑うことを忘れたかのような冷然たる闇色の瞳。おまけにその身を包んでいるのは、マントも軍服も小物の装飾品アクセサリーにいたるまですべて黒づくし。そして、氷の彫像のごとき透き通るような白い肌に、見上げるほどに大柄で無駄のない筋肉に包まれた体躯。


 そう。私ことブラックレイヴンは、人間どもが誰しも恐れおののく存在、魔族たちのおさ『魔王』なのである。


 ……ただし、不愉快なことにも、極少数の『例外的な』人間がいたりもするのだが。


「──遅い! 一体どこで道草食っていたのですか、この兵六玉は? でかい図体して、時間も守れないとは。あれだけ今日は、大事な話があると申したではありませんか⁉」

 ようやく顔馴染みのメイド(おとこ)を見つけて、姫の居場所を聞き出して、妙に熱い視線を私の後ろ姿(主にお尻のあたり)に注いでいる、メイドさん(♂)に気づかないふりをしながら、教えられた大会議場へと足早に駆けつけてみたところ、扉を開けた途端なぜだか魔王である私のほうが、お姫様(高飛車毒舌)から怒鳴りつけられたのであった。

 ウエーブを描きながら腰元まで流れ落ちている金糸の髪に縁取られた、人形そのままの彫りが深く端整なる小顔の中で、怒気に煌めいているサファイアみたいなつぶらな瞳。

 しかも小柄で細身ながら出るところは出ている女性らしき肢体にまとっているのがマリンブルーのシルクのドレスに、頭の上にはミスリル銀製のティアラといった装いは、まさしく彼女が文字通り『お姫様』以外の何物でもないことを、雄弁に物語っていた。


 ──しかし、だまされてはいけない。この虫も殺さぬようなほんの十五、六の小娘に、魔王である私が、何度煮え湯を飲まされたことか。


「……まったく、魔王ともあろう方が、何という体たらく」

「もう少し、ご自分の立場というものを、自覚してもらいたいものですな」

「いくらマリー警視総監殿の幼なじみとはいえ、一国のあるじとしては、いかがなものか」

「我ら異世界警察は、遊びでやっているわけではありませぬぞ」

「いつまでも姫の太鼓持ち気分でおられては、困るのですよ」

 上座に座っている押しも押されぬ警視総監であるマリー姫を座長として、特大の円卓にずらりと顔を並べている、この世界における各分野を代表するお歴々。

 大陸統一教会聖レーン教団首席枢機卿を始めとして、イエナ連合王国第一王子に、サリム砂漠皇国筆頭宰相に、商工ギルド長と冒険者ギルド長という世界二大ギルド長に、七つの海連合海軍自治国家提督兼首相に、暁の傭兵団長に、魔術学園都市連合議長に、熟練工連絡協議会総書記長等々いった、そうそうたる面子に、この大陸の全魔族を代表する魔王の私を加えれば、まさしく全世界の一線級の権力者が顔を揃えていると言っても過言ではなかろう。

 ……その自他共に認める魔王である私に対して、当然のようにマリーの太鼓持ちだか腰巾着だかであるように扱うのは、いかがなものか。


 とはいえ、このような海千山千の権力者たちが、一国の王女とはいってもいまだ十代半ばの小娘に対して下にも置かぬ扱いをすることには、私自身も異論は無かった。


 最初マリーが『異世界警察』などいう珍妙なものを、このファンタジー世界に設立した時には、何という酔狂なことをとあきれたものであり、単なるお姫様の気まぐれのお遊びか、せいぜいゴールド王国一国に利するものであろうと高をくくっていた。

 しかし彼女の、『何よりも異世界全体の平和と安定こそを守るために、無法地帯であるファンタジー界に法による秩序をもたらす』という設立趣旨には嘘偽り無く、常にこの異世界全体の利益の向上のために警察組織を運用する姿勢は、各国各勢力の理解と賛同を徐々に得ていき、最初はゴールド王国の軍人や役人や友好国の官僚から構成されていた幹部の面々も、気がつけばそれこそ各国各勢力を代表する国家元首級の面々から司られるようになり、事実上の異世界統一政府とも呼び得る、権力と影響力と実行力を伴うようになっていた。


 ──特に、最近になってますます、当異世界警察の重要性が高まることになった背景には、『なろうぞく』と呼ばれる、嘘か真か外の世界──いわゆる『ゲンダイニッポン』からの、自称異世界転移者や異世界転生者の台頭があった。


 それは一言で言えば、奇妙極まりない、流行はやりやまいのようでもあった。

 なぜか突然、ごく普通に暮らしていた居酒屋の店主や、地方貴族の八男坊や、場合によっては蜘蛛やスライムのような人間以外の者すらも、自分のことを『ゲンダイニッポン』からの異世界転移者や異世界転生者だと名乗り始めて、周囲に甚大なる混乱を引き起こすのに始まり、確かにこの世界の文化レベルを超越した知識や技術をもたらし、経済や軍事において革命的な発見や発明を為すことによって、良きにつけ悪きにつけ、この異世界全体に多大なる影響を与えていったのだ。

 確かにメリットも多々認められるものの、結局のところ急激な変革は経済や政治に悪影響を及ぼすことになるし、なぜか転移者や転生者というものは(たとえ蜘蛛やスライムであろうと)やたらと上昇志向が強く、あっと言う間に地方領主になったかと思えば、隙あらば国家すらも転覆せんという勢いで、各国各勢力はもとより、法と秩序を守るべき異世界警察にとっても、最重要警戒対象となっていった。

 ……それにこいつらって、むやみやたらと『魔王退治』をしようとするんだよなあ。

 魔族や魔王というだけで、討伐対象に決めつけるなんて、現在の平和第一主義の異世界においては、単なる人種差別以外の何物でもないぞ。

 だからこそ魔族のおさであるこの私は、マリーの太鼓持ちだの腰巾着だのと言われながらも、異世界警察幹部会の一角を占め、その重責の一端を担っているのであった。

「……大事な話って、どうせまた新たなる『なろう族』が、異世界転移だか転生だかをしてきたってところだろ? そんなのさっさととっ捕まえて、人格矯正すればいいじゃないか。しょせんあいつらはみんな、妄想癖のようなものなんだしな」

 そのように私が、さもうんざりと吐き捨てれば、

 真剣なる表情を微塵も揺るがすことなく、マリーがとんでもないことを言い放った。


「その異世界転移者のパーティ──自称『SOS団』の中に、どうやらいるようなんですよ。我々があれほど待ち焦がれていた、『作者』殿が」


「──なっ」

 嘘だろ、おい!

「しょせん『なろう族』なんて、蜥蜴の尻尾のようなものに過ぎず、異世界転移や転生を元から絶つには、最終的にはすべての『ウェブショウセツカ』を撲滅しなければなりません。しかしご存じのように、彼らはあくまでも外の世界──いわゆる『ゲンダイニッポン』に居て、我々異世界の人間には手が届かないはずでした。それがこうして向こうさんからのこのこ異世界に転移してきたのは、まさしく千載一遇の大チャンスに他ならず、けしてこの機を逃すわけにはいかないのです!」

 ま、まさか、やつらにとってはこの異世界に、『作者』自ら転移してくるなんて、一体どういった風の吹き回しなんだ?


 ──ひょっとして、何か重要なる意味でも、隠されているんじゃないのか?


 そのように胸中にて危惧を深める私を尻目に、眦決してこれまでになく真摯な表情となる、お姫様にして異世界警察警視総監殿。


「……見ていなさい、高慢なる『外の神アウター・ライター』どもよ。必ずあなたたちの尻尾を掴んで、思い知らせて差し上げますから。──私たちの異世界が、あなたたちの遊び場でも商売道具でもないことをね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る