第五章

壊滅都市 ~博物館~ 前編



 1



 強い雨が降りしきる中、サーバルたちは歩いていた。

 走らない理由は他でもない、サーバルの捻挫を懸念した結果だ。

 動物園の出口で博士とヘラジカと合流した後、走るのは負担をかけるだけだからという理由で徒歩で移動することに変更した。

 全身を叩く雨音が煩わしい。

 毛皮はびしょびしょに濡れ、下にある肌に張り付き気持ち悪い。

 心境は色々と複雑だが、大きな問題が残っている。


 ずばり、どうやって黒サーバルの後を追うか、だ。

 黒サーバルを見失った彼女たちは匂いで追うしか方法がない。しかし想定外の雨が匂いを洗い流し、後を追うことが出来ないのが現状だった。


「取り敢えず雨宿りできる場所を探すのです。このままでは体力を余計に失うだけなのですよ」


 雨と風を凌げる場所。ただそれだけを目指して歩き続ける。

 どれほど歩いただろうか。降り続く雨はその勢いが衰える様子はない。

 やがて、壊滅した都市の中で唯一まともにその形を保っている建物を見つけた。

 四人は転がり込むようにその中に入り、一斉に腰を下ろす。


「はぁっはぁっ……」


 誰もが息を切らし、疲れ切っていた。

 何かの施設なのか長椅子が散乱しており、博士とヘラジカはそれを並べ、四人が落ち着いて座れるスペースを作る。四角形のように並べられた椅子に改めて腰を落ち着かせながら、それぞれの鞄からジャパリまんを取り出した。


「雨の中移動してたのに濡れてないんだね」

「ジャパリまんを包む袋は特殊な素材で出来ているので濡れないのですよ。流石に沈めたりしたら湿りますが、雨の中でも鞄の中に入れていればある程度は大丈夫なのです」


 感心しながらサーバルはジャパリまんを頬張る。対してツチノコは一口齧っただけで建物内を見渡していた。


「公民館……にしては広すぎるな。文化会館か?」


 そう言ってもう一度ジャパリまんを齧る。

 サーバルも周囲を確認してみた。

 何本もある柱で支えられた広い空間に、崩れた階段が二箇所あり二階にも続いていることが分かる。自分たちが腰掛けている椅子の他にも長椅子は散乱しており、その数は数えられるだけでも両手の指の数を超えていた。

 そして中央端、サーバルより少し低いくらいの高さで机のようなものが仕切るように一定の空間を取り囲んでいる。その壁には大きな四角く黒い何かが掛けられていた。しかしサーバルにはそれに似たものを過去に見たのを思い出す。


「あっ! あの四角いのけいたいの大きいやつじゃない?」

「いや、あれは携帯じゃないな。液晶であるのは間違いないが」

「何だ? そのえきしょうというのは」

「テレビなどとも呼ぶ、ヒトの作ったものなのです。電気が無ければ使えないのですが、動かせれば色々なものを映すことが出来るのですよ」


 博士曰く貼り替える必要のない看板のようなものらしい。感心しながらその液晶を眺めていると、ポツリと呟くようにツチノコが聞いてきた。


「オマエ、液晶のことも知ってるんだな。旅の成果、ってところか? いや、そういや話に出てたな。携帯電話も見つけたんだっけか」


 サーバルたちがヒトを探しに出た旅から帰ってきた時、他のフレンズは旅の感想を主に聞いていたが博士やツチノコといった一部は旅で見かけたヒトが遺した産物を知りたがっていた。携帯電話もそのうちの一つだ。尤も、その本体はかばんが持っていってしまったのだが。

 ある程度話をし、ジャパリまんを食べきった時だった。


 ブンっと、今まで物静かに佇んでいた液晶に突然光が灯る。


「……………………………………………………わーお」

「なのです……」


 呆然としていた。電気は既に止まったものだと思っていたが、一部では機能しているのだろうか。そんなことを博士は考えていると、好奇心の塊とも言えるサーバルが近付いていく。ツチノコも気になるようでサーバルに肩を貸すために立ち上がった。

 釣られて博士とヘラジカも立ち上がる。サーバルとツチノコが置いていった鞄をそれぞれが持ちながら後を追った。

 サーバルたちと液晶の間には仕切りのようなものがあるが、それでも映し出されたモノを見るには差し支えない。

 そこには文字と、何かしらの法則で色分けされている図のようなものが映し出されていた。

 サーバルにとっても親しみがあるその名を、呟くように呼ぶ。


「ちず……?」

「だろうな。現在地なんて文字もあるし、ここはさっきオレたちが通った道だ」


 そう言って沢山あるうちの一本を指でなぞるように追う。そして、ピタリとツチノコの動きが唐突に止まった。


「……ツチノコ?」

「…………、」


 動かない。目線を追うとから少し離れた所を凝視しているようだった。そこにも文字が表示されているが、サーバルには読めない。

 博士はそれを汲み取ったように、その名を舌の上に乗せる。


「博物館、ですか……」


 ピクリとツチノコの肩が跳ねた。

 博物館。ツチノコの反応と、動物園の一件から嫌な予感は口に出さずとも感じられた。

 後方で口を閉ざしていたヘラジカがその場の全員の胸中を代弁する。


「ツチノコの反応に、動物園のことを踏まえると次の目的地はそこだろう。無論、そこもかばんが用意した心を折るためのモノがあるだろうがな」


 目的地は決まった。そのこと自体は喜ばしいことなのだろう。

 しかし素直に喜べない。先に待っているのが絶望だと分かっていて、でもそこに向かわなければいけないという状況は心の圧迫を強くする。

 だが、次の一言は他でもないツチノコから発せられた。


「行くぞ、ライオンの言葉通りだ。こんなところで、立ち止まる訳にはいかないんだからな」


 サーバルに肩を貸すツチノコの言葉は震えていなかった。怯えていた本人がこう言っているのに、自分が躊躇してどうする。そうやってサーバルは自身を奮わせた。

 博士が先頭に、サーバルたちは中央、ヘラジカが殿を務める形で文化会館と呼ばれた施設から立ち去っていく。


 サーバルたちが立ち去り、再び静寂に包まれた施設内でぼんやりと地図を映していた液晶は静かにその灯りを消した。



 2



 目的地までの距離はそれほど離れていたわけではなかった。出来るだけ建物の瓦礫で影を伝い、雨に濡れないように向かっていく。

 やがて、それは見えてきた。


 白を基調とした、大きな建物だった。周囲は破壊されているのに、その建造物だけはその存在を保っていた。大きく口を開くように、その入口は開け放たれている。まるで、ここまで来るのを待っていたかのように。

 ツチノコは一度怯えたように肩を竦めたが、やがて意を決したように一歩前に出る。その足を止めず、四人は中へ入っていった。


「ここが……博物館」

「…………、」


 ツチノコは黙ったままだ。

 博物館の中は広く、先程の文化会館の広間と同等か、それ以上に思えた。壁には大小問わず絵が飾られており、どれも独創的な作品ばかりだった。

 そして。


「あれ? これって……」


 それは白く、ゴツゴツとした部分もあれば滑らかな部分もあった。

 大きさはまちまちだ。しかしその無数の何かは特定の物を形作っている。


「骨、なのです。私やお前たちにもあり、動物なら存在する、体の一部なのですよ」


 まぁ例外はありますが、と付け足しながら博士は険しい顔をしていた。

 サーバルは困惑していた。もし言葉通り受け取るならば、ヒトは実際の動物を──、


「一つだけ補足しておくと、ここにある骨は皆レプリカ、偽物なのですよ」

「ふぇ……?」


 注釈があった。

 曰くここにある骨や動物は全て本物に似せた偽物らしい。


「博物館というのはヒトの施設で──「待て」


 傍らのツチノコが声を上げる。顔は未だ暗く、その声も重い。

 博士は目を細めると、


「……博物館の説明はお前に任せるのです」

「あぁ」


 息を吸って、吐く。

 やがて、顔をサーバルの方向へ向ける。


「以前パークでオレがヒトの遺跡を調べていたのは覚えてるな?」

「うん、ちかめいきゅうのことだよね?」

「そうだ。ここも似たようなものでヒトの遺物や遺跡、動物の化石とかも展示し見れるようになっている」

「化石というのは大昔に存在していた動物の痕跡や骨のことを言うのですよ」


 化石という単語が分からないであろうサーバルたちへ、博士が加えて解説する。

 ヒトの遺物や遺跡が集められた場所。それだけ聞けば、ツチノコは嬉々として見て回るだろう。

 だが、その表情は曇っていた。

 彼女はそのまま骨に顔を向けながら、


「アイツの言い方で言えば、とかなんだろうな」


 嘲るように笑うかばんの顔を幻視した。

 しかし一つだけ、サーバルは分からないことがあったのだ。


「でもツチノコ、何でさっきはあんなに──……っ?」


 耳がピクンと跳ねた。

 博士も気付いているようで、周りをしきりに警戒している。

 動物園の一件を思い出す。あの時も似たような状況であったことを。

 そして、今回も例に漏れず。

 まるで、恒例の行事とでも言うかのように。


 それは、サーバルたちの前に現れた。




『────ゥゥゥ……』




 ゆっくり、ゆっくりと近付いてくる。

 二階の床で影になり、よく見えない暗闇の奥から。


 それは動物園の巨大セルリアンなんて目ではないほどの巨躯を持っていた。一〇メートルを優に越し、頭だけでもサーバルと同程度の大きさだった。

 太い二本の足でその巨体を支え、余った腕は小さく、しかしどれも鋭い爪を保有していた。

 その皮膚は黒い。他の黒セルリアンと同等の質感を持ち、やはり頭の部分にも黒い瞳が浮かんでいる。

 それは絶望だった。

 それは怪物だった。

 それは、紛れもなく『王』だった。


「おい……嘘、だろ……? 冗談だよな……っ?」


 震えている。明らかに、目の前のセルリアンに怯えていた。

 いや、セルリアンというよりも、それが形作る造形にだろうか。


「博物館だから、来るのはヒトの『遺物』だろうと思ってたのに……何で……っ」


 ツチノコの様子が尋常ではない。弱々しく、まるで蛇に睨まれた蛙のように彼女は慄いている。


「最強の爬虫類を詳しく知ってるのはオレくらいなのに……いや、まさか……」


 ツチノコは知っていた。目の前の怪物が何なのか。

 ツチノコは知っていた。ヒトがどういう動物なのか。

 ツチノコは知るべきだった。かばんが今、どういう存在なのか。


 そう。

 つまり。


「アイツ……オレの心を折りに来やがったのか……ッ!?」


 その声に答えるように、その頂点は咆哮する。




『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォーーーーー!!』




 その大顎を開き、天をも穿つような轟音が空間を蹂躙する。

 そして、怪物が動く。


「よく分からないけどあれってすごいんでしょ!? じゃあ早く逃げないと!!」

「いや動くな! アイツが再現してる動物は動いてるものしか目に追えない! だからこのまま──」


 最後まで言わせてもらえなかった。横から弾かれるようにサーバルとツチノコは吹き飛ばされる。見れば博士が覆いかぶさっており、その向こうには先程までサーバルたちがいたところをその顎で噛み砕かんとする超巨大セルリアンの姿があった。

 至近距離で博士が怒鳴りつける。


「馬鹿なのですかお前は! 弱点を利用して逆に強化するあのかばんがそんなモノを残しておくはずが無いのですよ!!」


 そこでツチノコはハッとした。

 かばんは弱点である石を克服させたり、水を掛けたら溶岩化するという性質を利用し鎧を築き上げるなどといった所業を当然のように行ってきた。そこから考えれば普通は気付くはずなのに、何故か彼女はそれすら思いつかなかったのだ。


「早くそこから離れろ! 踏み潰されるぞ!!」


 向こう側。サーバルたちとは逆方向に回避したヘラジカから警告があった。

 急いで視線を戻す。

 超巨大セルリアンはその足を上げ、今にも下ろそうとしていた。それを三人が転がるように移動してその場から離れることで回避する。


 ズンッッッ!! と床が振動する。

 一刻も早く逃げなければと、足に力を込めて立ち上がろうとした時だった。


「づっ……!!??」


 刃物で刺すような激痛が足首を貫いた。すぐに博士がその体を抱え上げ、サンドスターを浪費して飛行を始める。


「無理をするななのですよ。ヘラジカ! お前はツチノコを運んでやってほしいのです!」

「任せろ!」


 サーバルは博士に抱えられたまま地を這うように飛行し、ヘラジカはツチノコを背負ったまま疾走する。

 その合間、超巨大セルリアンが生み出した惨状を目にした。

 有った物が、そこに無い。まるで嵐が去った後のように、そこには残骸しか散乱していなかった。

 柱だろうが床だろうが石だろうが遺物のレプリカだろうが、例外なく噛み砕かれ、踏み潰され、破壊し尽くされていた。


 凶悪な暴力を見た。

 どうしようもない暴竜を目の当たりにした。


 これより始まるのは、幾度も繰り返したセルリアンからの逃走劇。

 ビームであらゆる物を切断した工場のロボリアンとも、動物園で遭遇した文字通り目で追えない速さで襲いかかってきた巨大セルリアンとも違う。


 遅かろうとも、早かろうとも。

 当たれば、死ぬ。




 故に。

 次の絶望は、破壊の化身そのものだった。

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