第四章
壊滅都市 ~動物園~ 前編
1
サーバルたちは必死に足を動かし、工場から外に出る。相も変わらず厚い灰色の雲が日差しを覆っているため薄暗い。
ツチノコを先頭に、五人は工場から離れていく。
度々工場から聞こえる無機質な音と、ビームの衝撃波。
今まで一緒に旅をしてきた二人は、もういない。こうしてる今も、ロボリアンとギアリアンを相手に戦い続けているのだろう。先程から聞こえる雑音がそれを嫌でも現実として押し付けてくる。
充分距離を稼いだ。ツチノコはきっとそう判断した。走るのをやめ、慎重に崩壊した都市を歩いていく。
サーバルはずっと一つのことを考えていた。他でもない、アライグマたちのことだ。
置いてきてしまった。大切な仲間を。
七人がかりでようやく戦闘不能まで追い込めた強敵を相手に、たった二人だけ残して──、
「──見捨ててきた、なんて考えてないよね?」
「え……?」
気付けば隣にいたライオンが、眉を吊り上げながら聞いてきた。それに何も言い返せず、俯くように目を逸らしてしまう。
「……きっと、いつかはこうなると思っていた。七人全員で誰も欠けること無く、あの子のもとに辿り着けるなんて楽観的に考えてなかったよ。……この際だから言っておく」
声を一段階下げて、様々な動物の頂点に立つ異名を持つライオンは告げた。
「この先、きっと同じようなことが起こった時は迷わず先に行け。いいか、これは見捨てるんじゃない。信じるんだよ。見捨ててきたなんて思うな。その感情はただの憐憫だ。そこに美しさも慈愛も存在しないんだよ」
きっと、彼女だから言えるのだろう。部下に慕われてる彼女だからこその言葉なのだろう。ライオンはその後、優しげに微笑んだ。
「まぁ、すぐに割り切れとは言わないよ。少しずつでもいいから、信じてあげて。君と一緒に旅してきたあの子たちは、きっと強い子なんだからね」
「うん……ありがと、ライオン」
「いいってことよ」
2
「…………ふむ」
それとほぼ同じ頃、形状はリンゴを切ったようにも見える図書館の中で、助手はその事柄を読み解いていた。
漢字、数字、記号、アルファベット。様々な文字を組み合わされた、一種の怪文書のようにも見える資料を睨めつけながら、最も目を惹く名前を反芻する。
「拳銃、ですか……。正確には銃火器と呼ばれる物がヒトの力や叡智の成れの果て。かばんが言っていた罪咎というのは、これで間違いなさそうですね」
その資料には銃火器について記されていた。
ライフル、戦車、戦艦、そして核兵器。パークを滅ぼすなんて赤子の手を捻るくらい簡単に出来るような『力』を、ヒトは保有している。
助手はあの時の言葉を思い出す。
『──僕はこれ以外にも色々なものを「再現」させました。ヒトが積み上げた叡智を、余すこと無く利用するために』
(かばんはいったいどこまで再現を……博士たちがこれを知っていればいいのですが……)
助手は考えを纏めながら、資料を元の場所へ戻していく。今手元にある情報を改めて整理してみようかと考えていた時だった。ふと、その不自然な空間が目に留まる。
「ここは……確かヒトに向けた童話の類が置いてあった場所ですが……おや?」
そこに一枚だけ紙切れが置いてあった。若干丸みを帯びている達筆な文字で書かれていたものは、たった一文。
『ここにある本をお借りします。──かばん』
おそらく置かれた時期は図書館で調べ物をしている時だったのだろう。自分も博士も既に読んだ本で、何度も確認する必要の無いものだから気付かなかったのかもしれない。
空いた空間的に、持ち去られている絵本の数は一冊だけ。
しかし、それはどうにも不可解なことだった。
「………………何故かばんは、この本を持ち去ったのですか?」
知識を蓄えられるような資料ではない。かばんの知りたいことが書かれている書物ではなかったはずだ。
であれば、それは何故……?
3
「ららららー ららららー ふん ふん ふふふん ふふふふーん」
鼻歌と鈴を鳴らすような歌声が、寂れた施設に木霊する。
施設の中で動くモノは何も無い。色彩が存在しない黒サーバルだけが唯一、動物らしく左右に揺れている。
彼女はその手の中にある本をニコニコと眺めながら、足をブラブラとさせていた。
「諦めないんだ でも あれくらいで 諦めるようなけものじゃないよね かばんちゃんのために わたしも頑張らないと」
そっと、本の表紙を優しく撫でた。
彼女が生まれてから日は浅い。その中でも、温かい記憶がある。
それを、ゆっくりと噛みしめるように思い出していた。
それは時が遡り、数日も前のこと。
そこは図書館でもなければ、さばんなちほーでもない。
その場所はジャパリパークの中心に存在していた。
四神が埋まり、サンドスターの象徴とも言える火山の上で、名のないセルリアンは傍らの少女の朗読を聞いていた。
『新年の朝、少女は微笑みながら死んでいました。集まった町の人々は、「かわいそうに、マッチを燃やして暖まろうとしていたんだね」と言いました。少女がマッチの火でおばあさんに会い、天国へ昇った事など、誰も知りませんでした。……これでこのお話はお終いですね。一応良い終わり方なのかな……?』
『むー ぜんぜん よくないよ! だって おんなのこ しんじゃったんでしょ? ねぇ かばんちゃん この おんなのこ たすけてあげて?』
『そ、そうですか? うーん……ではこんな風にしてみましょうか』
かばんと呼ばれた少女は結末を変えてその物語を語る。
それは作者を愚弄する行為かもしれない。
それは作品に込められた意味を無為にする行為かもしれない。
でも、彼女は認めたくなかったのだ。
誰にも愛されないまま、その命を終えてしまった少女の結末を。
『──そして、少女は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし……。こ、こんな感じでどうでしょう?』
物語が終わる。死ぬことでしか救われなかった少女が、生きたまま幸せを掴み取った。それが何故かすごく嬉しくて、自分でも驚くくらい手を叩く。
『やった やった! ありがとう かばんちゃん!!』
『えへへ、喜んでもらって良かったです。今日はもう帰らないといけないので、これで失礼しますね。また明日、同じ時間に来ます』
『うん まってる!』
その姿が見えなくなるまで少女に手を振っていた。
翌日。同じ時間、同じ場所に少女は現れた。
『こんにちはサーバルさん。今日はサーバルさんが好きそうなお話を持ってきましたよ』
『ほんと!? わーい! よんで よんで!』
『あはは、そう急かさなくても読みますよ』
少女はこうして度々童話を読み聞かせるために自分のもとに訪れてくれた。
彼女は一度咳払いをすると、横に並んで座った状態で本を開く。
それは、とある作家が描いた物語。
周りとは違う外見を持ち、周囲から醜いと称された黒い雛鳥が、最後は美しい白い鳥へと成長するという、そんな心が温まる素敵な物語。
その童話が大好きだったから、少女には無理を言って読み聞かせをする時は必ずその童話を読んでほしいと頼み込んだ。
少女は快く了承してくれた。
でも、そのきらきら光る毎日も終わってしまった。
ならばこの先は、自分がその少女のために尽くすのだとあの時決めたのだ。
空を見上げ、鉛色の空の向こう側にある青空を夢想する。
その表情は儚げで、まるで叶わない夢を求めるように彼女は虚空に手を伸ばす。
「わたしも 白鳥みたいになれるかな」
4
黒サーバルの匂いを追って、一同はとある施設に到着した。大きなゲートが設けられており、何か書いてあるがサーバルには読めない。
ツチノコがゲートを見上げながら舌打ちをする。
「……なるほどな。オレたちの士気を削ぐにはおあつらえ向きってわけだ」
「ねぇ、ここってどういう場所なの?」
「説明するよりも見たほうが早い。それに……セーバルはこの中にいる」
その言葉に、誰もが固唾を飲んだ。
ここに、黒サーバルがいる。それだけで冷や汗が浮かび上がる。
固く拳を握りしめ、サーバルは施設の中を見据えた。
「……行くよ」
顔を見合わせることすらせず、五人はゲートを潜る。
そこには未知の世界が広がっていた。
整備された道が続き、その脇にはまるで檻のような箱庭の中に動物が横たわっている。
一匹や二匹ではない。全ての生命がまるで死んでいるかのように倒れ伏していた。
しかし、やはり何も感じない。
良い印象なんて欠片も無かった。ここも、既にセルリアンに輝きを奪われた後なのだろう。
「おい……ここはいったいどういうアトラクションなんだ……どうして動物が閉じ込められている?」
ヘラジカが問いかける。
当たり前だ。その光景は傍から見れば、逃げ場のない密室に放られているようにしか見えないのだから。
「……今は状況の確認が優先だ。取り敢えず黙って付いてこい」
ツチノコはそう言いながら歩き出す。
その施設はどこまでも異様な場所だった。
何処へ行っても、どの建物に入っても、必ず動物に関わる何かがそこにある。
本物に似せた偽物のオブジェクト。
動物の姿が印刷された毛皮。
そして、檻やガラスケースの中に監禁されている多くの動物たち。
白い机と椅子が幾つもある、休憩場と思われる広場で軽い休憩がてら五人は腰を下ろす。
やがて、再びヘラジカが問いかけた。
「そろそろ教えてくれ。ここはいったい何なんだ?」
「……動物園、動物公園、サファリパーク。呼び方は色々ありますが、基本的に動物を隔離した状態で飼育、研究し、その姿を客に公開する施設を言うのです」
「…………サファリパーク?」
サーバルはもう一度その言葉を反復する。
単語自体聞いたのは初めてだ。動物園の別名らしいが、その動物園という施設も初耳だった。
生きた動物を箱の中に閉じ込め、ヒトの思うがままに扱う施設。
そんな残酷な施設なんて知らない。
そんな無情な施設なんて知らない。
でも、そのはずなのに。
サーバルはその単語に妙な親近感を覚えた。覚えてしまった。
そして、その口は止まらずに、思ったことを言ってしまう。言葉として紡いでしまう。
「それって、ジャパリパークと何か関係があるの……?」
博士はその口を固く結び、明らかにそっぽを向いた。
ツチノコも顔に影を落とし、サーバルたちから視線を外す。
「……説明してやれ。少なくとも、今のコイツらには知る権利がある」
そう告げたツチノコはこちらを見てくれない。
代わりに、博士が改めて向き直る。
「ジャパリパークは元々、フレンズやサンドスターの研究と、他のヒトへその生態を公開するために作られた施設なのです。それこそヒトが絶滅しているなんて考えに至るはずもないほどずっと前の話ですが……それでも、ジャパリパークはそういう場所だったのですよ」
以前聞いたミライの話を思い出す。
地下迷宮、カフェ、温泉、ロッジ。いずれも
あの時、ツチノコは言っていた。
『やっぱりここはヒトを楽しませるためにわざわざ作られたんだー!』
あの時、ミライは言っていた。
『木の上から動物を観察でき、フレンズさんとのお泊まりも可能です』
そう、つまり。導き出される答えは一つ。
自分たちが暮らすあの島は、今いるこの場所と何も変わらない、大きな動物園だったのだ。
檻やガラスケースと言った明確な壁は無くとも、海がその代わりを果たす。
船が無ければフレンズは島から出ることすら叶わない。飛んでいくのも距離を考えれば不可能だ。
そして、ジャパリパークにある乗り物は、全てラッキービーストによって管理されている。そのラッキービーストは、ヒトが絡まなければフレンズへ干渉することはない。
何を言えばいいのか分からなかった。
何が正しいのか分からなかった。
ヒトがどういう動物なのか、それは博士とかばんが説明してくれた。
でも分からない。納得できない。
何故、ヒトはそこまで残酷になれるのか。彼女たちは理解することが出来なかった。
ツチノコがここに辿り着いた時に言っていた言葉、その意味を、今ようやく理解した。
これは皮肉だ。お前たちも目の前の哀れな動物と同じだという皮肉。
自由に生きているつもりが、牙を抜かれ、良いように利用され、飼い馴らされていたという否定のしようがない皮肉。
「……………………だから何だって言うんだ」
呟くように、彼女は吐き捨てた。
鬣を揺らし、周りの光景を見ながら続ける。
「確かに閉じ込められてるかもしれないけど、あそこではみんな笑ってたんだ。みんなが自由に生きてたんだ。かばんはこれを見せつけて戦意を削ぐつもりだったかもしれないけど、残念ながら逆効果だよ」
ライオンは笑っていた。
その言葉は相手には届かない。セルリアンを従える元凶には聞こえない。
でも、確かに彼女は言った。言い切った。
「私たちはこれを避けるために、かばん、お前を止めようとしてるんだからな」
ライオンの言葉をかばんが聞くことは無かった。
しかし、別の者には確かに届き奮わせる。
そうだ、自分たちはそのためにここにいる。
世界の王になろうとするかばんを止めるためにここまで来たのだ。
かばんに負ければこうなると、目の前の同族が教えてくれた。
だから、今更足踏みをする必要なんてなかった。
「確かに、それもそうだな!」
ヘラジカも笑う。この程度で折れるほど、彼女たちは弱くない。
ツチノコはそのことに胸を撫で下ろしていたが、すぐさま表情を変えて周りを見渡す。
その変化に、サーバルも博士も気が付いていた。
「お前たち、静かにするのです」
「「……?」」
その奇妙な音は段々と大きくなり、得意の聴力で距離を測ることも出来るサーバルは言った。
「何かが近付いてきてる……?」
声に出した瞬間だった。
付近の壁を吹き飛ばすように破壊し、その何かが現れる。
砂塵が舞い、明確な姿は分からない。辛うじて四足歩行の猛獣らしいシルエットが確認できることくらいだ。
しかし、匂いでその正体を把握した。
「やっぱここにも出やがったか……ッ! セルリアン!!」
『グルルルル……』
荒廃した動物園に現れた、巨大なセルリアン。
影しか映さなかった砂煙を衝撃で振り払いながら、新たな脅威が大きく咆哮する。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォーーーーーーー!!』
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