チラス、燻リ続ケル黒炎ノ様ニ



 12



 鋼鉄の『鳥』を落とす。墜落という意味ではなく、沈黙させる。

 幸いそのための装備は確保した。隊長と呼ばれるヒトに協力してもらい、現在も誘爆を続けている。しかし、これで終わりではない。先に進むにはもう一手いるのだ。

 ツチノコの手を借りなくても、ヒトに目の前のセルリアンを封じ続けてもらわなければならない。


「……いけるか?」

「悪いな、まだだ。七割ほどは正確な数値で記憶したが三割誤差が出てる。確定的にパターン化するにはまだ足りないな」


 それぞれの攻撃は似ることはあっても同じにはならない。タイミングや角度などで僅かに誤差が出るのだ。

 集められたヒトのうち、まるでゲームの確認作業デバッグみたいだと言っていたが、サーバルにはデバッグが何か分からなかった。

 試行回数は一〇〇を超える。

 似るところはあっても今までのとは全く異なる攻撃方法を思い浮かぶツチノコはもちろん、それを完全に把握し、誤差が出る条件を特定する隊長もサーバルから見れば充分規格外だった。

 現在サーバルに出来ることは温存だ。かばんとの決戦は迫っている。ともなれば体力やサンドスターの消費はなるべく控えるべきだ。

 自分が特別でないことは分かっている。

 あの地獄で、自分がどこにでもいる平凡なフレンズであることは思い知らされた。

 だから、悔しさや不満はあっても、それを抑えることが出来たのだ。

 だって。

 ここでは自分は戦力外で、出来ることなんて何一つ無いのだから。



 13



 そのセルリアンは認識から外れて惨劇を落とす。それはかつてとある島で起こったことの再現だった。

 ちらす。

 チラス。

 散らす。

 チラシツヅケル。燻リ続ケル黒炎ノ様ニ。

 未ダニ諦メナイ心ヲ、跡形モナク粉砕スル為ニ。

 優れた者は排除する。

 たとえ相手が何者であっても、与えられた『咎』に従って。

 それ以外に持つ感情は無い。

 それ以外に抱く欲望は無い。


 蹴散らし。

 弄び。

 爆散する。

 その動物に理解が及ばない。

 卓越した知能と高度な技術。

 それを手にしてなお、何故そこまで愚行を繰り返す?

 黒炎がくすぶる。暗く、深い、怒りとも違う何かが産声を上げた。




 勝利を確信した者に報復を。

 その油断こそが最大の弱点であり欠点である。

 盲目で根拠のない自信など妄想と何が違う。

 嗚呼、だから。

 今、この時、この場所で。

 その身に余る夢を抱いたまま、我が力を前に花と散れ。



 14



 勝ちを確信していた。任せて大丈夫だと信じていた。

 でも、なのに。

 少し離れたところが爆ぜて、散った。


「な、に……?」


 誰もがその光景を疑った。

 B-2を再現したセルリアンは目の前で今も誘爆の網の中にいる。だが、それとは別に、爆撃が行われた。

 空が揺らめく。

 未知は間違いなく恐怖を与えるものだが、知ってしまったら絶望として目の前に現れることもある。

 一つや二つではなかった。

 右から、左から。そんな表現で正確に伝えることさえ正しくない。

 元々、B-2はとある戦争の切り札だったものだ。全てのレーダーにかからず、誰にも認識できないところから爆撃を行う、戦略において言えばこれ以上にない優秀さを誇る兵器だった。

 弱点を挙げるとすれば、この兵器はコストが高すぎたのだ。その証拠に、世界一高価な飛行機ということがヒトの記録に残されている。

 製造にも、維持にも莫大なコストがかかるこの兵器を、ヒトは活用できずに終わったのだ。

 しかし。

 かばんにその理屈は通用しない。

 ロボリアンは腕を切り離されても修復した。

 合成獣型セルリアンは雨を利用して溶岩の鎧を組み上げた。

 恐竜型セルリアンは動かなければ見えないという本来の動物としての欠点を払拭した。

 そして、B-2型のセルリアンの弱点。それが圧倒的な数の少なさだとすれば。

 その数は五〇を超える。

 上空の一面に、埋め尽くすほどのセルリアンが飛んでいた。


 詰んだ。

 その結論に達したら、もうどうしようもなくなっていた。

 ヒトだけでこの数を抑えるのは不可能だ。B-2型セルリアン一機だけでもギリギリだったのに、この数を相手に抑えきれるわけがない。

 そう、ヒトだけであれば。


(あぁ──)


 サーバルは察してしまう。ツチノコは背中を向け、こちらを見ない。


(また、そうなっちゃうんだね……)


 ツチノコはもう一度計算をし、ヒトの部隊に指示を飛ばす。爆音と熱が肌を撫で、爆風で帽子が飛びそうになるのを片手で抑える。


「……行け。言っただろ、どんな手を使ってでもオマエをアイツのもとに送る。そろそろ覚悟を決めろ。感傷に浸る暇があるなら前に進め」


 頭上で何かが爆ぜた。いや、頭上だけではない。

 遠くのビルが壊れ、崩れていく。

 近くの家屋が吹き飛ばされ、荒れ地と化す。

 戦況は傾いた。


「どうせ、オマエがここにいても出来ることなんて何もない。それはオマエが一番分かってるはずだ」


 サーバルは何も言い返せなかった。事実、ここでサーバルがしたことは何もない。あれだけ大見得を切ったというのに、何一つ力になれなかった。


「捨て駒になる気なんてないぞ」

「え?」


 ツチノコは戦場から目を離さない。それが最悪の行動であることを分かっているから、決してサーバルと目を合わせないのだ。


「オマエにまだ言いたいことが残ってるんだ。


 参戦した全てのセルリアンがたとえ同じ行動をするとしても、単体として出した結果は参照資料程度にしかならない。それを織り込んだ計算が必要で、ツチノコは思考の方向を単体のパターン化から集団の同士討ちに持っていく。


「今すぐ終わらせることも出来ないが、必ず追いついて、追い越してやる。オマエの行く先で我が物顔で待っててやるよ」


 言葉には芯があった。

 ツチノコは拳を握って空を見続ける。爆撃を防ぎ、軌道をそらし、無慈悲な兵器の群れから放たれる破壊を最低限に収めていく。


「そんな顔すんなよ嬢ちゃん。安心しな、あんたのお友達は必ず送り出す。ノヅチがここにいなくても俺たちがここを死守してみせる」


 隊長が豪快に笑う。

 彼はヒトだ。平等に見れば間違いなく被害者だ。

 かばんのせいでこうなったのであれば、フレンズを恨んで、かばんを憎んで、最初の時点で憤怒の形相のまま、横から口を挟む得体の知れないサーバルたちをぶん殴っててもおかしくない立場のはずだ。

 それでも笑っていた。

 隊長だけではない。B-2を再現したセルリアンを前に、それでも。

 こんな状況で。

 この炎が散布する戦場で。

 ヒトは、笑っていたのだ。

 何故そんな顔ができるのか、サーバルには分からなかった。


「あんたが止めてくれんだろ。あのセルリアンの一番上にいる悪党と決着をつけてくれんだろ。だったら希望はあるんだよ。藁にもすがる思いだけどな、ヒトっていうのはそんなちっぽけな希望でも、胸に抱いて立ち向かえるんだ」


 ヒトとフレンズ。

 ツチノコと隊長は、それぞれが違う想いを抱いて、それでいて同じ言葉を口にした。


「「だから、置いていけ。オレたちも助けたいって思うんなら、早く行ってこのクソッタレな戦争を終わらせてくれ」」


 もう何も言えなかった。

 かばんを助けたい。

 でも、ヒトも見捨てたくない。

 そんな傲慢な願望が、まだサーバルの心の中にある。

 だけど、それをどちらも解決する方法が一つだけある。

 かばんを止めて、戦争を終わらせる。そうすればヒトも助けられるのだ。

 もう何度迷ったか分からないけど、それでも前に進む。


「……頼みましたよ。安心するのです。こいつは、必ず私が送り届けますので」


 ツチノコは黙って頷く。サーバルはとうとう戦場に背を向けて、次の街に走り出す。

 それをセルリアンの群れが気付かないはずがない。

 五〇を超えるセルリアンの幾つかが、サーバルが向かった方向に標準を向ける。


「「させるかよ!」」


 ヒトの部隊を即座に二等分にし、ツチノコと隊長が指示を別々に飛ばす。

 サーバルの上空で誘爆が発生した。

 しかし彼女たちは止まらない。止まらせない。

 ヒトと、フレンズが、その道を守っていてくれるのだから。



 15



「すまねぇな。あんたをここに残させる羽目になっちまって」

「謝ることじゃねぇよ。こうなることは分かっていた。アイツだって、もう分かってるだろうさ」

「……、」


 犠牲を前提とした進行。ゲームなどでは有効な攻略法だが、この、命がかかった戦場でも有効なのは随分と皮肉なものだと隊長は一人で思案する。

 だからこそ、言っておきたいことがあった。


「戦場で犬死するなんて俺たちみたいな人間ロクデナシだけで充分だ。絶対に、あんたも必ず送り出すからな」

「だったら構えろ。油断はするな。ほら、もう来るぞ」


 直後、ツチノコと隊長の周囲で瓦礫を吹き飛ばすほどの大きな爆発が起こった。

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