第八章

壊滅都市 ~中央都市~ 前編



 1



 繁華街から離れていく。

 一刻も早く、かばんに追いつかなければならない。

 今までの前例で、その地域一帯を制圧したボスとも言えるセルリアンは一体だけだった。

 それが、増えた。

 つまり、ボス級のセルリアンを増兵する余裕ができたということだ。

 決着が近い。

 サーバルたちとかばんたちではなく、かばんとヒトとの決着が。

 残された時間は少ない。ともなれば移動手段は徒歩よりも早いほうが良いだろう。

 すなわち。


「ふむ、意外とお前でも動かせるのですね。で助かったのです。とかいうのだったらお前も私も今頃半狂乱になりながらレバーとペダルをガチャガチャしていたところなのですよ」

「怖い! 怖いよ博士! うんてん? するなら博士のほうが絶対良いよ! このバスなんかガタガタしてるし!!」

「まぁ、私も運転そのものはしたことがないので不安定なのは目を瞑るのですよ。そもそもアライグマが異常なのです。あとこれはバスではなく、正確にはふつうしゃなのですよ」


 そう、車に乗っていた。隊長が気を利かせて貸してくれたのだ。

 博士はジャパリバスで一通り動かし方を把握しており、運転そのものは出来るのだが役割の分担的にサーバルが運転することになった。

 今のサーバルでは音を細かく察知できない。そのため周囲の警戒を博士、運転をサーバルが行うことで欠点を補っていた。

 しかし忘れてはいけない。このサーバルキャットというけものは、以前パークでやらかしているのだ。そう、ビーバーの並べた丸太(博士と助手にジャパリまんの借金付き)をまるで漫画のようにふっ飛ばした前科がある。知らぬが仏という言葉がヒトの世界にはあるのだが、博士はその事を聞いていないため気楽な調子で首を回して警戒していた。

 ちなみに、車には車種というものがある。これはその中でも頭上に障害物がない部類であり、博士は座席に立った状態のまま前方のフロントガラスの上に手を置いていた。観察する分には便利な立ち位置ではあるが、実際にやると危険極まりないので真似してはいけない。

 勿論もちろん真似してはいけないことを堂々とやっているのは優先順位的な面もあるのだが、それ以外にもう一つ理由があった。


「……サーバル。安全運転は感心するのですが少し遅すぎではないですか? これでは走ったほうが速いのです」

「分かってるけど……でもやっぱり怖いよ!」


 遅いのだ。どのくらい遅いかというと、具体的には速度メーターと思われる針が〇と二〇の間をゆらゆらと彷徨さまよっているくらいには遅い。因みに平均的な速度は、特別な道路を除きおよそ四〇から六〇の間である。


「そこまで怖がるとは意外なのです。では歩きますか? 私は別にそれでも良いのですよ」

「…………、」


 純粋な良心だった。こんなところでストレスを与えても仕方がない。運転が不慣れならば徒歩で行ったほうが精神衛生上良いだろう。

 だが面倒なことに、何故なぜかそこでサーバルの心に火が点いた。しかも本当にどうでもいいことだった。


「……分かった」

「サー、バル……?」

「そこまで言うならわたしも頑張るよ! 絶対に博士をあっと言わせてやるんだから!!」

「ちょ、ちょっと待つのです! 良いから落ち着いて話をっ……ぁッ!?」


 ガクンと突然博士が前方に放り投げられそうになった。何事かと思ってサーバルの方を見ると、何やら首を傾げている。足を離しては踏み込み、また離しては踏み込むのを繰り返していた。

 クリープ現象と急ブレーキでガタンゴトンと首を揺らしながら、博士はこめかみに青筋を浮かべる。


「それはブレーキで止まるためのペダルなのです! アクセルペダル、加速するペダルは逆なのですよ!!」

「あぁ、そうだったね。えへへ、間違えちゃった」


 にへらと笑いながらアクセルペダルを目で確認する。

 さて、ここで状況を整理しよう。

 今、サーバルはアクセルペダルを目視もくししたまま足を構えている。当然だが前は見ていない。ではこの後、大して運転を慣れもせず、基本のキの字すら知らない大馬鹿野郎が起こす行動は果たして何か。

 博士は顔面が真っ青になった。


「ま、待つのですサーバル! ま、前を! 前を見てんぎゃぁっっ!!??」


 今度は逆。グオンッッ!! と猛烈なスピードで車が発進したことにより、助手ですら聞いたことがないような情けない声をあげた。

 どうやら思いっきり踏み込んだようで、スピードはガンガン上がる。


「わっわ!? あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!!??」


 顔面を打ち付ける風。サーバルはボスがフリーズした時のようになっていた。

 サーバルキャットのドジはまだ終わらない。慌てたまま焦ってハンドルを切ってしまったのだ。全力全開フルスロットルの車が途中で訳も分からないまま方向を変えてしまったらどうなるかなんて言わなくても分かるだろう。


「ぎみゃぁ!?」

「サーバル!!」


 若干じゃっかん傾いた車体は道中の瓦礫につまずき宙を舞う。そのつかで博士はサーバルの手を取り、近くにゆっくりと着地した。

 車はどうなったかと言えば、速度をゆるめず地面に接し、物凄い量の火花を撒き散らしてアスファルトの上をさながら平行移動するかのように滑ったかと思えば、今度はぐるぐると回ってビルの瓦礫に激突。大爆発して砕け散った。

 もういっそ面白いくらいに大惨事だった。

 ここまで来るとわざとなのかと疑いたくなるがこれがサーバルのである。そう、さばんなちほーのトラブルメーカーという異名は伊達だてではないのだッッ!!


「何故! 恵まれたものを! 次々と! ダメに! するのですか!! お前は!!!!」

「ご、ごめんなさい……」


 博士は呆れて溜息をつく。

 因みに彼女たちは知るよしもないのだが、あのタイプの車は大抵高級車と言ってアホみたいに高価なものである。それを何となくだが察した博士は、遠い目をしながら隊長の車(故)を見ながら呟いた。


「……取り敢えず何があったか聞かれたらセルリアンのせいにしておくのです」

「……うん」


 ナチュラルにセルリアンへ責任をなすり付けたことに突っ込もうかとも思ったが、それを言ったら今度こそ本当に洒落しゃれにならないレベルで怒られる気がしたので口に出せなかった。

 触らぬ神に祟りなし。

 キジも鳴かずば撃たれまい。

 サーバルと博士はまさにそんな状況だったのだ。



 2



 そんな経緯があり、現在徒歩で移動中である。

 サーバルと博士は横に並びながら、誰もいなくなった街中まちなかを歩いていた。

 誰もいない、繁華街。後ろからは爆音が微かに聞こえるが、神経を集中しないと環境音かんきょうおんに掻き消される。元の聴覚であればはっきり聞こえたと思うと、この状態で良かったという感情を否定しきれなくなった。だからそんな考えを振り切るために、博士に話しかける。


「真っ直ぐ歩いてるけど、博士もセーバルの場所分かるの? 実は鼻も良いとか?」

「そうだったら良かったのですけどね。そんな便利に出来てないのですよ。私はあまり鼻が良くないのです」


 苦笑いしながらも、それでも歩みは止めない。間違っているのではないか、と不安がっている様子もなかった。


「じゃあ、何で?」

「……お前は不思議に思わなかったのですか?」

「え?」

「ここまで、一本道だったことについてなのです。妙だとは思わなかったのですか?」


 サーバルたちは様々な地域を踏破してきた。その地域には必ず黒セルリアンがおり、幾度ともなくその前に立ちはだかってきた。

 さぁ、復習の時間だ。

 今までのことを振り返れば、そこにある違和感に気付くはずだ。

 都合よく、そう、都合よく今までの道のりは一本道だった。

 分かれ道で誤った道を進んでもおかしくなかった。ヒトのちほーは今まで過ごしてきたジャパリパークより広大だ。知らない場所で、知らない建造物があらゆるところに建てられている。ガイド無しで目的地に辿り着くことは難しいだろう。

 しかし、ここまで迷うことはなかった。匂いを追っていたからとか、そういう話ではない。

 だって。


「……雨で匂いなんて分かるわけないのに、わたしたち、はくぶつかんとかげきじょうに着けたよね……」

「……それよりも前なのです。あの時点で、気付くべきだったのですよ」

「…………そっか、もしかして」

「気づいたのですね」


 思い返してみよう。

 劇場に辿り着いた時ではなく、もっと前。

 

 

 他でもない。それ以外に候補が無かったからだ。

 現在地、博物館、劇場、繁華街。そして、今向かっている目的地。あの地図には、それ以外に文字が表示されていなかったのだ。


「誰かに誘導されている。そう考えるのが妥当でしょうね」

「そう、だね……」


 分かったと言ってもどうしようもない。この仮説が正しければ、今までの行動は全て誘導者の手のひらの上ということだ。

 そして、正しかったときの可能性として、嫌な推測がもう一つ。

 サーバルは考えるのを中断し、話を変える。


「すごいね博士! 今まで大変だったのにそんなことに気づくなんて!」

「えぇ、まぁ……」

「……?」


 歯切れが悪い。なんというか、他人の功績をさも自分の成果として褒められた時のような、そんな反応だ。


「……これに気づいたのは私ではないのです」

「え?」

「……一応説明しましたが、間違いありませんね? 

「え!?」


 取り出した無線機に向かって話しかけた。しばらくすると、そこからノイズが入りだす。






『………………………………その通りだ、博士』






 聞こえてきたのは他の誰でもない、仲間の声だった。

 さっきまで隣にいて、今は戦場にいるはずの者。

 しかし、間違いなくその声のぬしは……、


「ツチノコ!?」

『何だうるせぇな。オレが反応するのがそんなに意外かよ。こっちは五体満足で生きてんだぞ』


 当然といえば当然だが、アライグマやフェネックたちは戦場に残しただけであって、死んだわけでもなければ今生こんじょうの別れをしたわけでもない。それでも別れることに寂しさや切なさを感じるのは、やはりこの状況はそれを助長させているのだろう。


「そう、そうだね……。そっちは大丈夫? 怪我してない?」

『まぁな。ヒトの部隊が中々耐えてくれるおかげで首尾は上々だ。ま、パターン化はもう少し掛かりそうだがな』


 時々ツチノコが大声で指示を飛ばしているのがその証明だろう。無事なのを確認できて内心喜んでいると、ツチノコの声が一つ下がる。


『で、だ。オレもあまりそっちに時間をくわけにもいかない。本題に移るぞ』

「うん」

『まず前提として、ほぼ間違いなくオレたちは、いや、正確にはオマエは誘導されている。セルリアン……セーバルやアイツじゃないだろう。じゃあ誰か、という話になるが……』

「…………っ」


 答えが出るまでの間、サーバルは緊張で息を呑む。

 そして、告げた。




『………………………………………………………………いや、さっぱり分からんな』




 沢山溜めたにも関わらず、あっけらかんとした言葉に目が丸くなった。博士の方を見ると、どうやら彼女にも想定外だったようで目をパチクリさせている。


「え、え? どういうこと?」

『どうもこうもない。全然分からねぇんだ。情報が足りないっていうのもあるが、何だろうな、妙な違和感がある』

「違和感、ですか?」

『まぁ、その違和感についても微妙なところだ。説明できるほどはっきりしていない。でも、分かることはある。その誰かさんはどうやらオレや博士ではなく、オマエを重点においてるらしい』

「……わたしを?」


 思わず自分に指で指して首を傾げる。

 ツチノコはヒトの部隊に指示を飛ばし、爆撃の音の合間を縫うようにしながら、


『おそらくだが間違いない。何故ならソイツは……な、ぐぁ!!??』


 連続する爆音。その中にツチノコと、隊長と思われる悲鳴が聞こえてきた。

 ノイズが走る。


「ツチノコ!? ねぇツチノコ! 大丈夫!!??」

『………ザー、ザザ……ザーーー………………う、るせぇ。あぁクソ!』


 無線機からはうめき声とともに立ち上がる音が聞こえてきた。

 次に聞こえたのは男の声だった。


『あぁ畜生! あの野郎パターン変えてきやがった! おいノヅチ! あんまり余裕はねぇぞ!!』

『分かってる! いいか、オレの推測が正しければその誘導には乗っておけ! !!』

「え? どういうこと!?」


 爆音は止まらない。ツチノコはそのことに毒を吐き、撤退と一時的な撹乱かくらん攻撃を指図する。


『詳しザ…とザザす時間…ない! いザザ、次…ザザーは中…都ザ、最ザ…的はその奥にあザザ…所だ! あぁクソ、おい! あり…ザ…の銃弾をさっザザ…置から左に二ザー…どズ……て一斉掃ザザろ!!』


 次の瞬間、今までのとは比べ物にならない大爆発が響いてきた。それに心臓が止まりそうになる。

 無線機はノイズを走らせながらも音を紡いだ。


『聞こえたか!? いや、聞こえなくてもいい! 博士が目的地を覚えてるはずだ! 悪いが詳しくは話せない!! 最後にこれだけは言っておくぞ!』


 もう一度、爆音が轟く。

 恐らく無線機を口元に持ってきて叫んだのだろう。音を歪ませながら、その一言を叫ぶ。


『選んだことを後悔するな! 諦めるなら後悔しないっていう覚悟くらい決めておけ! いいな!!』


 それを最後に、無線機の音は止む。

 ノイズも入らない。

 回線が切れてしまったのだ。

 そして、今までは無線機から聞こえていたのだと思っていたものがもう一つ。

 爆撃とも、銃声とも違う爆音。


「……博士」

「地図にあった地名は、今まで訪れた場所以外にあと二つ」


 力なく無線機をバッグへ仕舞い込み、博士は後ろではなく前を向く。

 気付けば、目的地はすぐ近くにあった。

 目の前には大きな巨壁きょへきが空に伸びていた。

 爆音は、その向こうから聞こえてくる。



 中央都市。

 研究所。

 サーバルは知っている。

 しっかりと覚えている。

 そう、ここは──。


「ここ……あの時、わたしたちが最後に来たところだ……」

「……そう、ですか」


 因果関係があるとしか思えない。

 かばんでも、黒サーバルでもない誘導を行う誰か。

 偶然の一致とは思えない、最後の目的地。

 まるで、主人公のために都合良く出来ている異世界のような、順調ではなく気味の悪さすら感じる今までの旅。

 それを暴く何かが、この先にあるのだろうか。

 思わず博士の方を見ると、その顔は驚愕と恐怖に染まっていた。

 サーバルの耳には爆音しか聞こえない。だが、博士はフレンズ状態のサーバルと同様、聴覚に優れているのだ。なら、今の自分には聞こえない何かが聞こえてもおかしくはない。


「博士……?」

「…………サーバル。この先で、何を見ても……その心を強く持つのですよ」

「え……?」


 声は少し震えていた。

 こちらを振り向きもせず、向こう側が見えない高い壁へ向かっていく。その先には出入り口と思われる僅かな空間があった。

 博士のあの言葉。

 心を強く持てというあの言葉。

 激励や後押しなどに聞こえるかもしれないが、どうしてもサーバルにはそうとは聞こえなかった。

 それは言うなれば……。




 自分に言い聞かせているように思えたのだ。




「…………、」


 サーバルも博士の後に続く。

 歩みを進める。

 以前も来たことのある、中央都市あのばしょへ。

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