壊滅都市 ~中央都市~ 中編



 3



 戦場というものを思い浮かべてほしい。

 闘争。

 紛争。

 一揆いっき

 内乱。

 戦争。

 理由はどうであれ、そういった武力を行使した殺し合いの中心部だ。まだ拮抗できているレベルだった繁華街はんかがいも戦場に含まれるだろう。

 そう、まだ戦いと言えたのだ。

 では、目の前のそれはどうか。

 サーバルと博士は中央都市でそれを目にした。


 高層ビルを越す巨体。

 とある少女を思わす、歪なセルリアン。

 その背中にある、鞄とも取れる黒い『それ』からは何本もの布のような触手が生えていた。

 白くとおる胴体。そこからっすらと、胸の中央に黒く輝く何かが見える。

 紛れもなく、あの時、港街で出会ったあの超巨大セルリアンだった。

 サーバルは目を逸らそうとするのを必死にこらえる。


「ねぇ、博士……あれは、何?」

「ヒト型のセルリアン…………」


 サーバルたちは確かに、その超巨大ヒト型黒セルリアンの存在を認めていた。

 だが違う。

 見ていたのはそれではない。

 それは巨大すぎるがゆえに、自然と視界の中に入っただけであって、見ていたのは別のものだった。

 前述の超巨大セルリアンに比べれば小さく、背丈はヒトの男程度だろう。

 だがおかしい。様子が変なのだ。


 確かにそれはヒトだった。

 ヒトであるはずだった。

 黒く、禍々まがまがしい。

 その右腕から、ライフルを思わせる銃身がその体に溶け合うような状態で突出とっしゅつしている。もはや右腕が銃そのものになっていると言ったほうが適切だろう。

 原型はある。

 ヒトの原型は残っている。

 元がどんな顔で、どんな姿だったのか、まだ識別できる。

 しかしそれは、目がうつろではなく、その肌の血色が良く、塗りつぶすようにおおう黒セルリアンが無ければの話だ。

 顔付近のセルリアン化してる部分は目がいくつも浮かんでいる。ギョロギョロとうごめき、一律した動きなど無いように見えた。


 そんな、ヒト型セルリアンというよりも、セルリアン化したヒトがあちらこちらで、その銃化した腕をヒトの群れに無造作むぞうさに乱射していた。


「しま……っ」


 その一発が、ある男に着弾する。

 弾丸を防ぐ服を身につけていたからだろう。撃たれたヒトは出血することなんてなかった。ただ代わりに、着弾したところから液体化したセルリアンのようなそれが噴水のように吹き出してきたのだ。


「あぁ! 嫌だ! イヤだ! だ、誰か助けっげが、がはっ……ぁ……」


 その黒い泥のようなものは全身にまとわりつき、口や耳、鼻などといった器官から体内に侵入していく。

 一連の動きは止まり、しばらく痙攣けいれんすると頭部の穴という穴から黒い飛沫しぶきを噴出した。それは地面に落ちることなく空中で静止し、まるで逆再生するかのように蠕動ぜんどうし、集まり、再び全身をうように包み始めた。

 そして、その姿はやがて異形セルリアンと化す。


 頭上からの音に釣られ、上空を見ると爆撃機とはまた違った飛行機が飛んでいた。

 種類は二つ。

 片方は、一つ目を転がして空を泳ぐセルリアン。

 もう片方は、恐らく原型になったヒトの戦闘兵器だろう。

 それらから赤い筋が伸び、互いのボディに到達すると爆発で空を埋めていた。やがて、もはや当然といった調子で勝者は煙の中から姿を現す。

 黒い、一つ目のあるそれだ。

 敗者はその機体から炎を出しながらそのままビルへ墜落。爆発して炎上した。


 地上でも別の方向。そこから今まで聞いたことのないような轟音が聞こえてきた。

 今まで見たどの車よりも大きく、銃身のような何かが取り付けられていた。それが遠方えんぽうから、超巨大ヒト型黒セルリアンに向けて何かを放つが、セルリアンは意に介さない。ただ適当に黒い布のような触手を振ると、それだけで景色が削られ、瓦礫も、炎も、巨大な車も、全てが薙ぎ払われ塵芥ちりあくたとなった。


「うっ……ぁ…………」


 繁華街が可愛く見えた。

 爆撃なんてお飯事ままごとのようだった。

 劣化した耳でも分かるほど、悲痛にまみれたヒトの叫び声が聞こえる。


『まだか、まだ応援は来ないのか!』

『来たとしてもどうすんだ! あいつらを殺すっていうのか!?』

『割り切れ馬鹿野郎! あれはさっきまで肩を並べてた奴らじゃない。あれは化物だ! じゃねぇとこっちが食われるんだぞ!!』


 ヒトの醜さなんて嫌というほど見てきた。

 その中に、自分さえ助かればいいという思想があるのも知っている。

 セルリアンの頂点に立つ少女は、それを利用した。

 仲間だったヒトをセルリアンに呑み込ませて、原型が残った状態で駒にする。


 二つに一つ。

 セルリアン化した、仲間の原型が残ったそれを撃つか。

 何も出来ず、同じ化物に成り果てるか。


 どちらを選んでもヒトは死ぬ。

 肉体ではなく、精神が。

 サーバルは思い出していた。

 あの時のことを。

 無限の地獄の最後の戦いを。


「博士……」

「……どうしたのですか」

我儘わがまま、言っていい?」

「お前の我儘なんて聞き飽きたのです。今更一つ二つ増えたからって大したことないのですよ」


 その言葉を許可されたと判断した。

 サーバルの目はギラギラと輝いて、拳は固く握られる。




「あのヒトたちを助けたい」




 アレを見ても、それが言える。

 そのいつも通りに、博士は少し救われた。

 恐怖よりもまさる、その純粋な優しさを胸に。

 だからその顔に笑みすら浮かべて。

 おさは応えた。


「……変わらないですね、お前は。そうですね、策がないわけでもないのです。博打ばくちですが、やりますか?」

「もちろん!!」



 4



 何はともあれ、一先ず状況確認が先だ。サーバルたちは物陰に隠れてライフルに次弾じだんを装填する男を取っ捕まえた。


「うぉ、何だ!? ……誰だ!?」

「博士なのです」

「お、おう……?」


 ドヤ顔で胸を張る博士に対し、男は困惑しているようだった。

 博士はすぐに真顔に戻る。


「我々とお前たちは共通の敵を相手にしているのです。敵の敵は味方とはいきませんが、情報を提供してくれれば力になれるかもしれないのですよ」

「……根拠は?」

「ここに来るまでにデカいセルリアンを六体ほど相手にしてきました。そして、我々は一時的にも無力化し、ここまで来ています。何よりお前たちよりもセルリアンの相手は慣れているのです」

「…………、」


 男はしばらく考え込んでいた。ヒトは集団行動をおもとし、その群れには当然命令や指令を下すヒトがいる。男の独断で決めるわけにはいかないのだろう。


「……悪いが信用できない」

「まぁ、当然ですよね」

「大体、そんな修羅場を二人だけで踏破したっていうのか? 俺から見ればただの女の子二人だ。何か、それこそチートみたいな能力でもあるってんなら話は別だが……」


 チートという言葉の意味は分からないが、おそらく強い、優秀といった意味なのだろう。かばんの炎や黒サーバルの身体能力があれば、確かに今までのセルリアンを相手にしても突破できたはずだ。


「わたしたち、ホントは七人で来てたんだよ。みんなすごく強いから、セルリアンと戦ってくれてるの。今でもきっと頑張ってくれてるはず!」

「セルリアンと戦ってくれてるの、ねぇ。つまりアレか。あんたたちはそいつらを捨て駒にしてきたんだな?」

「っ」

「その顔は図星か? ははっ、昔の将軍様じゃあるまいし、まさかそんな戦術を取るやつがいたなんてなぁ!」


 サーバルの顔が歪む。

 仕方がなかった。あぁするしか方法がなかった。

 そんな言葉では逃げられない。

 だって。

 男の言葉は確かに、あの『世界』で言われたことと似通にかよっていたのだから。

 そこへ、博士がかばうように割り込んできた。


「で、結局協力する気はないのですね?」

「……信用はしない。信頼もしてない。だが、一つだけ聞いておきたいことがある」

「……なんですか」

「あんたらの話を仮に本当のことだとすると、繁華街にも行ったんだよな? 空でも飛ばない限り、ほとんどの場合あそこを通らなきゃならない。そして、空はあの戦闘機の化物が飛んでいる。ともなりゃ自然的に通ってるって結論になるわけだ」


 説明というより確認に近かった。おそらく特定の事柄以外に逃げることを、あらかじめ塞いでいくような意味があるのだろう。

 そして、回答を求められる。







 ここの返答次第で、この先どうするべきかが変わる。

 洗いざらい話すとしたら、先程まで共闘し、無線機で通信を行った。しかし敵の攻撃で安否あんぴは分からないというのがサーバルたちの認識だ。

 だが、これを話してしまえば二つの不信感と違和感を与えることになる。

 一つは、どうして無線機が使えるかということだ。

 ヒトの通信機器が封じられていることは前もって承知している。この中央都市も例外ではないのは、誰一人として無線機を使わず、大声で叫んでいることから分かっていた。

 ならば何故サーバルたちは使えるのかという話になる。

 実際のところ、ここはサーバルたちでも分からない。ヒトが使っている種類が違うから、割り込みはかけられても機能を停止させることは出来ないのか、それとも脅威にならないと歯牙しがにもかけていないから干渉してこないのか。その結論は未だ出ていない。ともなれば正直に話したところで不信感を持たれても不思議ではない。

 もう一つは安否の不明。

 先程の出来事の中で、少なくともツチノコと隊長が戦い続けていた事実は確認している。だがそれは最後の爆撃を境に曖昧あいまいになっていた。これを話したところでえきにはならないのは目に見えている。

 であれば、何を話すのが得策で、何を話さないのが賢明か。


「……隊長は無事だったのです」

「そうか……」

「ただ我々と戦った時のことであって今はどうなのか分からないのです。我々の仲間が一緒に戦っているので今も健闘中だとは思うのですよ」

「…………………………………………………………そうか」


 もう一度黙り込んでしまった。しばらくすると、外見と口調についてたずねられ、正直に答えると男の表情が変わる。


「…………良いだろう、信じるよ」

「本当ですか?」

「あぁ。容姿も口調も一致していた。不意打ちなんかで殺した可能性もあるが……憶測で貴重な情報を逃すほど馬鹿になった覚えはない。だから、とりあえず協力するよ」


 その言葉にホッとしたが、直後に男の声は鋭くなる。


「だが勘違いするな。俺たちは友達でもなければ仲間でもない。利害が一致してるだけの協力者だ。だから何をするにしても等価交換、それが条件だ。いいな?」

「とうかこうかん?」

「何かを手に入れるにはそれと同じ価値を持つモノを支払わなければならないという言葉なのです。我々と初めて会った時の状況が一番分かりやすいですね」


 初めて会った時とは、ジャパリ図書館の一件を言っているのだろう。

 かばんが何の動物か教える代わりに、料理を提供する。あれと同じことなのだとすれば、例えば情報を貰うにはこちらも情報を開示し、何かさせるのであればそれ相応のことをしなければならない。

 何故なら、今の人間には無償の愛を提供出来るほど余裕が無いのだから。


「こっちは情報をもらった。今度はそっちの番だ。何が欲しい?」

「ここで何が起きたのか教えてほしいのです」

「状況把握が最優先ってわけか。構わないが……後悔すんなよ」


 男から教えてもらったここの顛末てんまつは以下の通りだった。

 数日前、セルリアンの軍勢がここにやってきた。報告を受けていたヒトは半日で巨大な壁を形成。部隊を大まかに二つに分け、内部と外部から殲滅せんめつを開始した。

 内部、つまり中央都市では戦車や銃を再現したセルリアンとヒトは正面から激突し、お互いに兵を減らしながらも戦況は拮抗を維持し続けていた。

 だが、それもある少女の出現で簡単に瓦解する。

 足止めすることすら出来ず、軍隊の半数は少女の手によって無力化された。

 そして、少女はあるセルリアンを残して去っていった。

 それがアレだ。

 超巨大ヒト型黒セルリアン。

 あのセルリアンの戦闘力は他のものとは比にならない強さを誇っていた。

 一歩歩けば戦況が傾き、腕を振るえば兵士が倒れ、触手が蠢くたびに敗北の苦汁くじゅうを飲まされた。

 たった一体だけで勝利の道は閉ざされた。にも関わらず、追い打ちのごとくセルリアンは増えたのだ。

 二つの、まるでスライムのようなセルリアンが出現した。それがヒトにからみつくと、たちまちその形態は変化して、あのヒトを取り込んだセルリアンに変貌した。

 少女はそれを見届けると、大きな獣の耳が生えた黒い何者かを連れてここを去っていった。

 戦況は傾いた。

 ヒトの敗北は既に決定した。

 当初は数万はいた軍兵ぐんびょうも、今では数百人しか残っていない。

 超巨大ヒト型黒セルリアンは活動を一時的に停止し、地上はあのセルリアンに制圧された。


「……はっきり言って状況は最悪だ。最後の悪足掻わるあがきでここまで戦ってきたが、他の奴らの士気も落ちてる。中には神経衰弱で自分から頭をぶち抜いた奴だっていた。話に聞いてたセルリアンの核も見当たらなかった。元凶をとうにも歯が立たなかった。どうする? これでもまだ、希望はあるって言えるのか?」


 勝ち目はない。

 負けないようにすることさえ難しい。

 それを、どうやって無力化する?

 どうやってヒトを救い出す?

 博士はしばらく考え込み、しかめっ面のまま告げた。


「…………確かに、取り込まれたヒトを助け出すことは不可能なのです」

「は、かせ……?」

「…………、」


 男の反応は、失望というよりも諦めに近かった。暫定ざんていしていた事実が確定したことに、僅かな望みがたれたのかもしれない。

 だが、すぐにニヤリと博士は笑う。


「二つほど質問があるのです」

「ん? 何だ?」

?」

「いや、まだだ。あの空だからいつ降るか分からないが、ここでまだ雨は降ってない」

「ふむ」


 博士は手を顎に当てて僅かに再考すると、


「では水を利用した兵器はありますか?」

「水を利用した兵器? あー、一つだけある。非致死性兵器のやつが数台、地下の武器庫に眠ってるよ。こんなもんどうするんだ? あいつらを助けられないってあんたが言ったんじゃないか」

「そうですね」


 否定しなかった。

 サーバルの我儘は果たされない。

 とらわれたヒトは助けられない。

 男は短く鼻で笑って、視線を下に落としてしまった。

 だというのに、サーバルは博士からは諦めの感情が伝わってこなかったのだ。

 博士の笑みは崩れない。


「しかし、助けられなくても守る方法はあるのです。戦術や根拠は今から提示します。判断するのはそれからでいいのです」


 目的は変わった。

 救えないのであれば守ればいい。

 これ以上犠牲者を出さないために。

 一人でも多く守るために。

 そのためだけの戦術。無論、ヒトからの協力を得なければ実現しない。

 だからこそ、これをするためにはヒトの了承が必要だ。

 それを踏まえた上で、胸の中で消えたものをきつける。

 火種は言葉だけだった。


「決めるといいのです。戦うのか、諦めるのか」


 男の拳が握られる。

 顔は伏せられていて伺えない。

 だが分かる。

 あと、少し。

 あと少しで。


「お前の人生を縛る気はないのです。その選択を責めることもありません。ただ、後悔しないようにするのです」


 ヒトが束になっても叶わなかったセルリアン。

 ヒトの叡智をってしても救えなかったヒトたち。

 それを前にして、逃げるのか、立ち向かうのか。

 決めるのはサーバルたちではない。

 元々彼女たちは部外者だ。何も見なかったことにして、研究所に向かっても良かったのだ。

 これは我儘だ。

 見捨てればいいモノを見捨てられず、助けたいと願うけものの我儘だ。

 だが結局、それはエゴでしかない。余計な不純物で、関わる必要のないものでしかない。

 故に。

 判断は目の前の男にゆだねることにした。


「さぁ、お前はどうするのですか?」


 返事はなかった。

 ただ、顔を上げただけだった。

 その目は口以上に物を言う。


「そうですか……」


 対して、

 そう、その目にはきちんと宿っていたのだ。

 他の誰でもなく、自分だけが決めた、誰かを守りたいという決意が。


 犠牲者を出したくない。

 これ以上傷つくヒトを見たくない。

 その願いが本物であるならば立ち上がれ。

 下を向かずに前を見ろ。

 機は熟した。




 ──ヒトよ、反撃の狼煙を上げろ。

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