壊滅都市 ~中央都市~ 後編
5
秘密兵器の音が聞こえてくる。
ヒトが生み出した兵器の全てが、他者を傷つけるためだけに生まれたわけではない。非致死性兵器という称号がそれを証明している。
元は暴動などを起こす集団を弾圧するために使われていたものだ。言葉で静止できないからと言って傷つければ場を収められるかと言われればそうではない。
高圧力で相手の動きを封じる、水を用いた兵器の一つ。
放水砲。
「かばんは確かに、セルリアンの弱点を尽く無くしていきました。そんなかばんでも取り除けなかった特徴があります」
その数は一〇もない。
しかし一定区間内に必ず存在するよう
「溶岩化と石の除去なのです。この二つだけは利用はすれども取り除きはしなかった……いえ、出来なかったとするべきなのです」
今まで見たどのセルリアンにも石は存在した。破壊しても復活する時点で弱点ではなくなっているが、それでもそれが消えることはなかった。
溶岩化もそうだ。鎧にはしたが溶岩化そのものが消えたわけではなかった。
「そして先程のセルリアン化ですが、撃ち出したアレが届いてから侵食が始まったのです。逆に言えば、当たらなければ始まらない。なら話は簡単なのです。始めから撃たせなければ良いのですよ」
放水砲から高圧縮の水が放たれる。セルリアン化したヒトはその水に耐えきれずに姿勢を崩した。その状態からヒトを狙おうと標準を合わせるが、いつまで経っても何も起こらない。
侵食した腕。そこが虹色の光を霧散させながら硬化していく。硬化した腕はその重さに耐えきれずに地面へ鈍い音を立てていた。
「ようがんって重いんだね……どうぶつえんのセルリアンはへっちゃらって感じだったら分かんなかったや」
「まぁ、普通は重いのですよ。軽石なんかは例外ですが、セルリアンは密度が高いせいだと思うのです。それはさておき……」
博士はそこで区切り、顔を男に向ける。放水砲や操作するヒトの手配は全てこの男が指示したものだ。
「お前は結構高い地位にいるようですね。少し意外だったのです」
「まぁな。一応ある程度の指示を出せるくらいの人望はあるさ。今まで上に立ってた司令塔は真っ先に無力化されちまったからな」
物陰に隠れて戦況を伺う男を見ながら、博士はポツリと呟いた。
「……見た感じはポンコツの匂いがするのですが」
「コネっていうのは大事だぞ?」
ニィっと奥歯を見せて笑う。
そして、ここからでも分かる動きがあった。
ズズッと、超巨大ヒト型黒セルリアンが動いたのだ。
「ヒトを操るセルリアンに対抗されたことに気づいたようですね。戦闘機とやらをけしかけるか……それとも直々に戦うかになるのです。覚悟は良いですね?」
「あぁ……いや、待て」
動き出したかと思えば、ピタリと止まったのだ。
口を開き、動かない。
男は大量の汗を噴き出していた。
「まずい……」
「?」
「まずい! アレが来る!! 総員退避だ逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
6
莫大な大破壊は、視界全てを埋め尽くしたが、それは埋め尽くすほどの規格外さは持っていなかった。
ただ凝縮されていたのだ。エネルギーを高密度に圧縮し、その状態で放出する。広範囲での制圧には向かないが、当たればどうなるか想像もつかない一撃必殺の技になる。
その攻撃で視界が埋まるようなことにはならなかった。
まるで紙に描かれた風景画を、真っ二つに引き裂いたようだった。
ゴオッッッッッッ!! と。
下から、上へ。
超巨大ヒト型黒セルリアンが放ったそれは止まることなく、中央都市内を通過する。
景色が割れた。
ビルも、アスファルトも、射程圏内にある全てを両断した。
ヒトの家は無機物で出来ている。燃え広がる火の対策などが理由に挙げられるが、単純に頑丈だからだ。
舗装された道も、兵器なんかもそうだ。頑丈で、強力だから金属などを加工して量産している。
さてここで
セルリアンはサンドスター・ロウと何が反応して生まれていた?
7
両断されたビルの断面が黒く変色していった。泡立ち、脈打ち、震えていた。
足が生え、胴体が整い、尻尾のようなものが出現する。
それだけではない。
弾切れして道のド真ん中に放られていた銃火器も。
空中戦で敗北し、ビルの中心に突っ込んだ戦闘機も。
超巨大ヒト型黒セルリアンに薙ぎ払われバラバラになった戦車も。
無機物で出来ているが
皮肉にも程がある光景が広がっていた。
自らの手で生み出した、人類の叡智。
眼下にあるはヒトが生み出した兵器を
まるで罪人に己が背負う罪を見せつけるかのように、その牙を
『オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォーーーーーーーーーー!!!!!!』
閃光に続き、今度は表面上の黒い何かが
背中に備え付いている、鞄とも取れるものから無数に伸びているそれだ。
体を
ビルの壁を反射して合間を縫い、兵器を貫通し、物陰に隠れたヒトを突き刺して弄ぶ。
絶叫が舞っていた。
助けを乞う声が踊っていた。
だが応える者はいない。
そんな都合の良い
まるで餌を求める雛鳥のように、超巨大ヒト型黒セルリアンは上を見上げて口を開けていた。
戦意もプライドも
一人や二人ではない。立て続けに触手に捕まったヒトはそのたびにその口の中へ放り込まれていった。
超巨大ヒト型黒セルリアンは勢いよく口を閉じると、
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』
その頭部に再び膨大な何かが集まっているのを感じる。
サーバルは背筋に感じた寒い感覚に従い、頭を限界まで地に伏せた。
そして、今度は右から左へ。
大きく首を振りながら死の恐怖を撒き散らす。
それは斬るというよりも溶けると表現したほうが良いのだろう。ビル群は
「っ! 博士!!」
伏せた顔を上げ、周囲を見渡しながら名前を呼ぶ。
返事は上方の、少し離れたところから聞こえてきた。
「私は無事なのです。ヒトの方もギリギリで救助できたのですよ」
「……あんた、人間じゃなかったのか」
「そうですね……どうしますか? 我々を敵として認定しても構わないですよ」
「……いや、ようやく合点がいった。あんたらがフレンズっていうんなら今までの発言も辻褄が合う。……いやそれよりも前だ前!! 来るぞ!!」
男の声に釣られ正面を見ると、超巨大ヒト型黒セルリアンはこちらに向けて大口を開けていた。遠くからでもエネルギーが集中しているのが分かる。
しかし担いで
そんな折、博士は道端にあるそれを見て小さく笑う。
「……ちゃんと着地するのですよ」
「は? お前何言って……いや嘘だろ無茶だってここ五階建てのマンションくらいの高さがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」
光線が放たれる数拍前に男を下に落とし、博士はひらりと
一方、博士の助けも期待できないまま男はそのまま落下していった。
サーバルは距離的に不可能だ。近くにいたとしても今の身体能力ではキャッチすることは出来ないだろう。
だから、そのまま地面に真っ直ぐ向かっていった。
「………………………………………………………………………………あれ?」
五階から落下すれば普通無傷では済まない。だが男は五体満足だった。理由はすぐに分かった。
「植木……?」
道路の脇に生えている木は、これまでの戦いでほとんどが薙ぎ払われている。無残にも木っ端微塵になっているものもあるが、中には数本が同じところに密集している箇所もあった。博士はそこに向けて落としたのだ。下手をすれば大怪我では済まないが、男は訓練で受け身をしっかりと取れていたこともあり、軽症で済んだのだ。
近くに博士が静かに着地する。
「流石にノープランでやるほどドジではないのですよ。まったく」
だからだろうか。気が抜けていたのかもしれない。
抜けてはいけない盤面で、隙を作ってしまったのだ。
これはそれがもたらした結果だ。
次に来る一手。
超巨大ヒト型黒セルリアンの攻撃手段は黒い閃光だけではない。
それ以外に、もう一つ。
無数に分かれる腕の代用品。
恐怖を駆り立てる黒い布のような触手。
それが足元に近付くことを察知できなかったのだ。
8
覚悟は出来ていた。
絶対に止める。
絶対にかばんを連れ戻す。
砕かれようと、壊されようと、踏みにじられようと、例え掻き回すように蹂躙されても諦めない。
けついをした。
ケツイをした。
絶対に折れることのない、決意をした。
あぁ、でも。
それでもやっぱり捨てられない。
傍にいて、隣にいて、ずっと一緒に戦い続けた仲間がいた。
捨てられなかった。
自分はどれだけ傷ついても構わない。
でも、それは。それだけは。
自身の欲望を満たすために誰かの犠牲を
そんな醜い、あの地獄と同じ答えだけは──。
(嫌だ……っ)
間に合わない。
自分はヒトになっていて、フレンズとしての力は失われている。その状態で走っても、触手より先に辿り着けない。声を張り上げても間に合わないだろう。
(嫌だ!!)
──
まだ走れる。
終わってなどいない。
終わらせる訳にはいかない。
仲間を、友だちを助ける。
そのためなら。
固く、強く、『神』ですら壊せなかった
だから。
だから!!
「博士ぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
けものの咆哮が
地面を蹴って、真っ直ぐそこに跳んでいく。
9
『…………おや、貴女はその道を選ぶのですか』
10
その時、ヒトは奇跡を見た。
聖書なんて読んだことは
夢物語だと否定するものがいたとしても。
ご都合主義だと
やはり、その光景は美しかったのだ。
少女が光を
頭部からは大きな耳、そして腰の下辺りに黄色の尻尾が出現した。
そして、そのまま。
その姿のまま。
白の少女を突き飛ばしたのだ。
11
博士は見る。その光景を。
自分を突き飛ばされたことがわかった。慌てて振り向くと、案の定、その顔がそこにある。
ダメだ。このままでは。
消える。消えてしまう。それが分かる。だが、体は無情にも離れていく。死角からの衝撃は気合だけではどうにもならない。
離れて、離れて、離れて。
博士が地面にその体を着けた瞬間に。
サーバルは、足元から
「う、……ぁ……」
声が漏れる。
それが自分のものか、目の前のけもののものかなんてもう分からない。
サーバルの体は下から触手に貫かれたまま、ぶらりと宙で脱力している。
だがその状態であっても、獲物を逃さず、確実に仕留めるように、二本、三本とその体を黒い触手が貫通していく。
「……、」
サーバルの体は動かない。
呼んでみても返事はない。そもそも声が出たのかさえ定かではない。
そして二、三回ほど弄ぶように空中で泳がすと、トドメとばかりに地面に力強く叩きつけた。
肺にあった空気を全て吐き出され、頭の中は真っ白に塗り潰された。
巨大なセルリアンの目が、真っ直ぐサーバルを見下ろしている。
優しく、抱き起こすように、布のような触手がサーバルを包み、縛り、持ち上げた。
行き先なんて決まっている。
ヒト型のセルリアンは大きな口を開けていた。
12
サーバルの頭は力弱く垂れ下がり、丁度博士が視界の中に収まった。
サーバルはもう分かっていた。
ここで、終わる。
今までの努力も、決意も、想いも、何もかもが。
だからせめて、最後は笑おう。
泣き顔でも悲しい顔でもなく、相手を安心させるようなその顔で。
きっと、あの子は。
優しくて、強くて、頑張り屋な彼女は。
あの時、あの場所で、同じことをしただろうから。
(ごめん、ごめんね……ここまで連れてきてもらったのに、一緒にここまで来てくれたのに)
ヒト化した状態からフレンズに戻った影響なのか、それほど強い力で縛られているわけでもないのに体はうまく動かなかった。
セルリアンの標的はサーバルに移っている。もう、博士が狙われることはないだろう。
(でも、嫌なんだ。もう、もう誰かを失ってまで勝ちたくない。わたしのために、博士が食べられるなんて、嫌だったの……。博士……ここまで連れてきてくれて、わたしと一緒に戦ってくれて、こんなわたしを、信じてくれて──)
影が自分を覆う。
博士が目頭に涙を貯めて叫んでいる。
自分の名前を呼んで、届かない腕を伸ばしている。
今から食われるというのに、その笑顔は優しくて。
悔やむことも、悲しむこともなく。
そのけものは告げた。
「──ありがとう。元気でね」
直後。
サーバルの全身はその触手ごと、セルリアンに食べられた。
13
目の前の光景を見ていた。
目が
「………………ぁぁ、……」
絞り出した声は意味を持たず、ただその心に影を落とす。
一方で、セルリアンは進化を始めた。
およそ脇腹の辺りから、今までの腕以外にもう一対。まるで獣の
頭部には顔と同等の大きさを誇る縦長の耳が出現し、その黒く細長かった尻尾も短いものへと変化していく。
博士も知っている、二人のフレンズの特徴を合わせたそれが。
産声を上げるように咆哮する。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーー!!』
そして、その瞬間。
「ああああぁぁ……っ」
理解が
現実として受け止めてしまった。
疑いようもなく、自分のせいで、サーバルはセルリアンに食べられたのだと。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
もう何も考えられない。
罪悪感や後悔、無力感が全身を
頭の奥底に封じ込めた記憶。
思い出したくもない、蓋を開けてしまえばその醜悪さに凶悪な吐き気が襲いかかるような映像。
それが、じわじわと浮上してくるのを実感していた。
雨水や虫、風によって風化し、ボロボロになった穴から水が
奥歯をギチギチと噛み締め、その苦痛を
「認めない……」
口から
想いが。決意が。
頭にかかるノイズから逃れるために
ザザ
ざざざざっ
「私は認めないのですよ、サーバル……」
それは埋もれていた記憶。
埋めて、蓋をして、二度と見ないようにした『世界』。
ざ
ざざざざざざ
『勝てないのですか? そうでしょうねぇ。貴女は元々は臆病な獣です。戦いを避け、外敵が近づいても
目の前にいるのはセルリアンではない。
かばんでもない。『かばん』はそこにいるが、相対しているのは別の相手だ。
ザザザザザザ!
ざざざざざざざ!!
『だから、さっさと食われてください。弱肉強食という言葉くらい、賢い貴女ならご存知でしょう?』
ワシミミズク。
助手という通り名で博士の補佐役を勤めていたフレンズ。
その目に理性はない。
その姿は野生に覆われていた。
くつくつと、『誰か』が
ざざざざざざざざザザザざざザザザザザザザザザザザザザザザザ!!!!
『この物語はここでお
……させるものか。
認めてたまるか。
これが正史で、勝利の道なんてどこにもなくて、ここで惨めに
「最初から最後まで、あのクソッタレの思い通りになってたまるものですか!!」
妥協はしない。
加減も要らない。
遠慮なんて無粋で、納得する必要はどこにもない。
博士は静かに決意する。
「だから……」
そう、だから。
必ず戻る。
誰一人失うことなく、絶対に最後は笑顔で終わってみせる。
そのために欠けてはいけない。このままでは終わらせない!!
「だから、私は何を利用してでもお前を助けるのですよ!! サーバル!!!!」
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