【番外編】百獣ノ王 後編
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
あまりの激痛に悲痛の叫びが上がる。アラビアオリックスは辛うじて持ちこたえていた体勢を崩し、ライオンの怪力にされるがまま押し倒された。
未だ喚くアラビアオリックスを、首から頭に押さえつける部位を変え、今度は喉頭に牙を向ける。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
直後、ライオンは横から突進してきたオーロックスに突き飛ばされ、地面を数メートル転がると爪を突き立てて勢いを殺し停止する。
ぐったりと横たわるアラビアオリックスをオーロックスは抱き上げた。
「おいアラビアオリックス! 大丈夫か!?」
「うっ……ぁ……」
そんなこと、聞かなくても分かることだ。鎖骨のほぼ真上辺りから血が流れ出し、今もアラビアオリックスは呻きながら浅い呼吸をしている。
「私のことは放っておけ……お前は、あいつを……」
掠れながら、アラビアオリックスは吹き飛ばされたライオンの方を見やる。
前傾姿勢のまま、上半身はだらりと脱力し、ゆっくりと近付いてきている。
「ふざけるな……俺に、仲間を見捨てろって言うのか」
「ハハハ、相変わらずだな。でも……もう私はダメだ。右腕に力が入らない……これじゃあ何の役にも立たないさ」
右腕が動かないのも当然だ。あのセルリアンの牙は筋肉や神経を丸ごと食いちぎったのだ。
アラビアオリックスは儚げに笑いながら動かない右腕を見ようとするが、首すら動かせないのかただ視線を落とすことしか出来ず、また乾いた笑みを浮かべる。
それを、オーロックスは悲しげな目で見つめていた。
「……なんて顔してるんだ……っ!」
動く左腕で胸ぐらを掴み、アラビアオリックスは顔を引き寄せる。
「役立たずは捨てていけ! お前には、まだやらなきゃいけないことが残ってるだろう!!」
弱肉強食。
使えなくなった駒は、強者の肉になるのが
戦いに役立てるとすれば、囮として使うことくらいが関の山だろう。
でも、それでもオーロックスは言い切った。
「断る」
「……この状況で、まだそんな甘いことを……」
「絶対に死なせねぇ……。失ってたまるか……大事な仲間を、失ってたまるかよ!!」
オーロックスはヒトが乱獲や家畜化を繰り返したことによって絶滅した。
今でも彼女は思い出す。フレンズ化し、自分の仲間がいない状況で受け入れてくれた、最も敬愛する大将の姿を。
『何? 絶滅? 知ったことか。行くところが無ければ付いてこい』
『……置いとく理由だと? つまらんことを聞くな。私はお前が気に入った。傍に置く理由は、それだけで充分だ』
自分に掛けてくれた、その温かい言葉。
右も左も分からない状態で、笑い合う環境をくれた仲間の存在。
居心地が良くて、毎日が楽しくて、その日常が大好きだった。
かばんがヒトだと分かった時、自分の同族がいない理由が分かった時、憎悪の感情を向けなかったのは他でもない、ライオンたちがいたからだ。
たとえ種族が違くても、自分の居場所をくれたあの群れが大好きだから、失う訳にはいかない。感謝してもしきれない仲間たちを、もう失いたくない。
だから、見捨てない理由は、立ち向かう理由は、それだけで充分だ。
ゆっくりとアラビアオリックスを寝かし、毛皮の一部を破って軽く止血する。そして武器を握り、立ち上がると、その背中を向けた。
「我儘だろうが甘えだろうが関係ねぇ。俺の前では、誰も死なせやしない!!」
向き合い、挑むようにセルリアンへ向かっていく。
アラビアオリックスは何も出来ないまま、小さく呟いた。
「……馬鹿なやつだ。私がここで事切れても、誰もお前を責めやしないだろうに……。まぁ……そんな馬鹿が一人ぐらいいても、いいのかな……」
視界が霞む。思考が鈍る。
届かないと分かっていても、心の中で強敵に向かっていくオーロックスを激励しながら、アラビアオリックスはゆっくりと意識を手放した。
7
オーロックスは拳を握る。神経は研ぎ澄まされ、体も充分温まっているが、頭の方は冷静だ。
これ以上誰も傷つかせないため、オーロックスは叫ぶ。
「来いよ偽物! 今度は俺が相手だ!!」
『グオオォォーーー!!』
ライオンは咆哮し、オーロックスに向けて駆ける。
オーロックスは体を僅かに逸し、その足を引っ掛けた。
『ガウッ!?』
バランスを崩し、そのまま倒れ込む。
立ち上がり、猛攻を続けるライオンの爪を弾き、時々槍で首元を殴りながら攻撃をいなしていく。
オーロックスはその筋力の強さが主に挙げられるが、その筋肉を活用することによって見た目以上の速さで動くことが特徴の動物でもある。
そこに細かな動作は出来なくとも、撹乱するためのラッシュを繰り出すには充分な速さを持っていた。
狙う部位は変わらず首。鬣に覆われていることによりダメージを吸収されるため、ライオンのことを少しでも知っている者であればわざわざそこを攻撃したりなどしないだろう。
だが、それで構わないのだ。
『……グルァ!!』
「くっ……!」
武器を掴まれる。両手で押さえつけられ、その牙を覗かせる。
アラビアオリックスと同じように武器を破壊し、そのまま噛み砕くつもりなのだろう。
「そうは、いくかよ……!!」
だから手放した。
渾身の力を込めて押し返し、追い打ちとばかりにその腹部を蹴る。
『グゥ……ッ!』
その力に思わずライオンは後退した。オーロックスはそれを確認すると、体を翻し明後日の方向へ走り出す。
気絶しているアラビアオリックスには目もくれず、ライオンはオーロックスを追う。
しばらくした所で、オーロックスはライオンの方へ振り返った。
周囲は若干の茂みがあり、多少見渡しにくいものの戦うには充分な空間がある。
オーロックスが構える。
ライオンは真っ直ぐ突進してくる。
『これはライオンと言うよりフレンズ型のセルリアン全般に言えることですが、フレンズに近いと言っても相手はセルリアンなのでその動きは割と単調なのです』
他には目もくれず、その凶悪な爪と牙を覗かせ、死の匂いが辺りに充満する。
ライオンの速度は既に限界まで上がり、一直線にオーロックスに向かっていく。
『その為たとえダメージにならなくても、攻撃を続けられ、その頭に血が上れば真っ直ぐ突っ込んでくるはずです。だから、そこを思いっきり──』
(叩け!!)
ガサッ! と茂みから何かが飛び出した。
不思議に思わなかっただろうか。ライオンの倒し方を聞いた者の中で一人だけ、ライオンと戦わなかった者がいた。
ツキノワグマ。彼女だけはずっと茂みの中に隠れていた。
適材適所。オーロックスとアラビアオリックスではその役割は務まらない。
ただ一点、狙うべき場所を的確に叩く器用さがなければ、この戦術は使えない。
だから隠していた。
もしオーロックスたちと共に戦っていれば、少なからず警戒され、この作戦は使えなかっただろう。
嗅覚という機能がセルリアンに存在しない以上、隠れたまま動かずにいれば見つかることはない。
二人がずっと戦っていた時も、アラビアオリックスがやられた時も、オーロックスが一人で頑張ってきた時も、彼女はその瞬間のために我慢してきた。
抑えきれない感情を必死に押し殺し、ここまで繋いでくれることだけを信じて不干渉を貫き通してきた。
そして、彼女はここに来た。
この一撃のために、彼女はここまで繋いでくれた。
それを棒に振る訳にはいかない。
ライオンは止まらない。その勢いを殺せない。
ツキノワグマは大きく振りかぶり、その瞳に野生を解放しながらその両腕に力を込める。
狙いを定め、減速を許さないままその熊の手を
動物の中で、その部位だけはあまり守られることのない決定的な弱点。
ツキノワグマの一撃は吸い込まれるようにその鼻っ柱を捉え、最大の威力を持ってその身体を殴り飛ばした。
ライオンの姿をしたセルリアンが宙を舞い、やがて地面へ背中から勢いよく墜落する。
オーロックスは脱力するツキノワグマを労うと、ゆっくりと近付いていく。落ちていた武器を拾い上げ、ライオンの傍に歩み寄る。
その胸の中心に、何か刺さっていた。
見覚えのあるそれは、アラビアオリックスの槍だ。
あの時、武器を破壊され、投げ捨てた時に地面に刺さったままだった物が、皮肉にもライオンの胸を貫いたのだ。
『グルルルル……』
胸に刺さった槍を引き抜きながら、セルリアンは立ち上がる。
足元がおぼつかなくとも、地面に足を踏みしめてしっかりと体を支えている。
貫かれたことにより、その胴体にはポッカリと穴が空いていた。
その穴の中に何かが見える。
それはフレンズ型のセルリアンには見当たらなかった、少しばかりキラキラと光るセルリアンの核。
石。
ゆっくりと顔を上げ、戦いを続けようとするライオンがゆっくりと顔を上げる。
ガツンッッ!! と音が鳴った。
無機質な音が響いた直後、唸るような低い声で、そのけものは
「その姿で……俺が最も尊敬する大将の姿で…………この場所を汚すんじゃねぇ! セルリアン!!」
刹那。
セルリアンの全身から力が抜け、オーロックスにもたれ掛かると、パッカーンと砕け散った。
8
オーロックスは勝利した。アラビアオリックスの近くでツキノワグマが狼狽えている。
「ど、どうしようオーロックス! アラビアオリックスが……っ!」
「落ち着け、気を失っているだけだ。死んでるわけじゃない。すぐ図書館に連れて行って治療しよう。安静にすればすぐ目を覚ますはずだ」
「そっか……良かった……」
ツキノワグマに武器を預け、オーロックスはアラビアオリックスを抱えあげる。
フレンズ型のセルリアンの戦術は分かった。
石の場所も判明した。
今回の戦いは、少しでもパークの希望になるはずだ。
そう考えながら、オーロックスたちは図書館を目指す。
9
その同時刻。
鉛色の空の下、拍手の音が木霊する。
「セルリアンの撃破、お見事です。ですが──」
そして、何処かで誰かが呟いた。
「これで終わりだと思いましたか?」
10
『グオオオオオォォォォーーーーーー!!』
聞き覚えのある咆哮が聞こえた。
先程まで響いていた雄叫びが轟いた。
呆然と、オーロックスは呟く。
「嘘だろ……。復活するにしても、こんなすぐに復活するものなのか……?」
オーロックスたちは図書館へ急ぐ。
終わることはない。
尽きることはない。
絶望は絶望を呼び、僅かな希望を食い尽くす。
まるで出口のない迷宮に迷い込んだかのように、フレンズたちはただ彷徨うしかないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます