【番外編】百獣ノ王 前編
表情が晴れない三人に、助手は小さく溜息をついた。
「やはりそのことですか」
「……分かっていたのか?」
「先程シロサイたちが似たようなことを言ってきたのですよ。『ヘラジカ様を倒す方法を知りたい』と。だから来るならそろそろだろうと思っていたのです」
「あいつらが……」
だから予想はついていた。きっとライオン本人から言われているのだろう。しかしオーロックスたちの感情は複雑なようで、まだ立ち向かう覚悟が出来ていないようにも見えた。
「忠告しておくのです。ライオンと戦うのを少しでも躊躇するのであれば、あのフレンズ型セルリアンには手を出さないことです」
フレンズ型のセルリアン。その存在は僅かだが図書館にも残されていた。
姿は不明。目的も不明。生まれた理由も不明だが、フレンズの姿をしたセルリアンは確かに存在していたことだけは記録に残されていた。
中でも博士たちが目を見張ったのはそのセルリアンは他のセルリアンと違い、多くのフレンズと友だちになれたという記述があったことだ。その話を、資料探しのために図書館を訪れていたタイリクオオカミへ気まぐれに話したことがあった。
『興味深いねぇ。そのセルリアンは自分がセルリアンであることの自覚があったのかな?』
『おそらく無かったと我々は思うのです』
『例えば、フレンズの姿をしたセルリアンが「自分はセルリアンだ」なんて言ったらどうするですか?』
『それは……嘘じゃないなら恐ろしくて近付きたくないな』
頭に思い浮かぶのは、感情も無くフレンズを襲うセルリアンだ。セルリアンであるという発言が虚言でなければ近付いた拍子に食べられる、なんてこともあり得るだろう。
そんな存在と、友だちになれるなどと到底あり得る話ではない。しかし、文献には確かにそう書いてあったのだ。
つまり、博士たちはこう解釈していた。
『だから我々はそのセルリアンに自覚がなく、フレンズたちと友だちになった後で正体が判明したのだと考えているのですよ』
『そんなことが可能なのかい?』
『ラッキービーストにはサンドスター・ロウを感知する機能があるのです。それを使えば、フレンズかそうでないかは一発なのです』
『なるほど、興味深い話だった。ありがとう。今度ロッジの客にでも話してみるよ』
その後、タイリクオオカミは宣言通りロッジの客へこの話を怪談話として語ることになるのだが、それはまた別の話。
フレンズの形をした黒セルリアン。
模しただけあって姿は本物に近いが、その色は色彩が無いどころか真っ黒で、表面の質感も黒セルリアンの頃に近い。また、顔に鼻などの凹凸はあるものの、呼吸器としての役割は持っておらず、ただ中央に大きな一つ目だけが浮かんでいる。
フレンズに近くても全くの別物だ。というよりも、はっきりと意思疎通が出来る黒サーバルが異質だったのだ。
パークにいるフレンズ型セルリアンの生態は限りなく本物に近い。例えばライオンの場合、昼も夜も問わず外で寝転がり、こちらから何もしなければ襲いかかることはしなかった。
しかしそれは見かけだけだ。本物がそういう行動を取るからそうしているだけに過ぎない。
「隊列を組む大型黒セルリアンも厄介ですが、あのフレンズ型セルリアンの危険度は半端ではないのです。一瞬でも
助手の声色に冗談を言うような陽気さは無い。
何故ならこれは事実だからだ。
パークに現れたフレンズ型セルリアンを退治しようと、とあるちほー担当のセルリアンハンターが向かったが、知り合いの姿をしたセルリアンに攻撃を
「…………でも、大将に言われたんだ。ここを頼むって……俺たちはあの偽物を倒さなきゃいけないんだ。じゃないと大将に合わせる顔がねぇ!!」
静かに、オーロックスの拳は震えている。
再び、助手は小さく溜息をついた。
「分かったのです。あのライオンの倒し方、というより弱点を教えてやるです。ですが危険だと判断したらすぐ撤退する。これが条件なのですよ」
「……ありがとう、助手」
4
へいげんちほーのとある一角。どちらかと言えば図書館に近く、鬱蒼とした森が茂っている場所。
そのうちの一本、木陰のある木の下で、そのセルリアンは眠っていた。
いや、その表現はおかしいかもしれない。セルリアンは眠らない。ライオンがそうするから真似てるだけで、それ以上の意味は無い。
爪を研ぐように地面を引っ掻きながら、ライオンの姿をしたセルリアンは地面に寝そべっている。
「いたぞ……」
そこから少し離れた位置で、三人は息を潜めていた。
茂みに身を隠し、破裂しそうなほど脈打つ自分の心臓を落ち着かせる。
深呼吸をしながら、三人は助手から言われたことを思い出していた。
『報告によれば、あのフレンズ型のセルリアンはかばんの言う通り、本物そっくりに行動するようです。決定的に違うのは、戦う時の手加減を一切しないこと。野生解放時とまでは至らずとも、その戦闘力は並外れて高いのです』
付いてこれているかを確認しながら、記録をまとめたノートをパラパラと捲る。
『戦い方も、決闘というよりは狩りに近くなっているらしいのです。良いですか、お前たちが戦うのはフレンズとしてのライオンではなく──』
かばんが仕向けた、もう一つの脅威。
最も恐ろしいのはフレンズの姿をしている部分でもなければ、本人を模倣してその習性を真似ることでもない。
本当に危険な部分を、助手は告げる。
『元動物。つまり本来の百獣の王と呼ばれる、野生動物としてのライオンなのですよ』
だから手加減はしない。
だから野生解放はしない。
そのあり方を、その動物本来のあり方を、模倣しているのだから。
油断なんて出来ないはずだ。躊躇なんてしてはいけないはずだ。
迷えば、喰われる。
相手はそういう存在なのだから。
「いくぞ……!」
「あぁ!」
心臓は未だ鳴り止まない。だがそれでいい。あの偽物の王と戦うには、そのくらい緊張感があったほうが丁度良い。
そして、一歩前に出た。
『…………ゥゥーーー……』
贋作の王は低く唸る。
ゆっくりと立ち上がり、爪を出し、体を傾け、戦闘態勢に移行する。
「いくぞ、偽物──」
オーロックスは武器を構え、敬愛する姿を真似た贋作と向き合う。並ぶように、アラビアオリックスも槍を取り出す。
やがて、その王は高らかに咆哮した。
『グオオオオオォォォォーーーーーー!!!!』
5
最初に動いたのはライオンだ。オーロックスたちに向けて真っ直ぐ走り、爪を横薙ぎに振るう。
それを正面から受けること無く、少し体を反らすことで回避した。
目の前のセルリアンの攻撃を受けてはならない。相手は偽物とは言え百獣の王だ。その爪の破壊力も本物に負けずとも劣らないだろう。
避けられたのを確認すると、ライオンは膝を折り曲げた。
「……まずいっ!」
アラビアオリックスを始めとする草食動物は肉食動物に対し戦うことは少ない。大抵は食べられないように逃げるのだ。だから草食動物は足が早く、筋力も多くついている。
そんな草食動物が、頭部以外で負傷してはいけないのは何処か。
そこを、そのセルリアンは的確に狙ってきた。
攻撃を受けまいと、アラビアオリックスは僅かに後方へ跳ぶ。
だがライオンはその回避行動で伸ばされたアラビアオリックスの足を、一瞬も迷うこと無く掴み取り、横方向、つまりオーロックスの方向へ振るった。
痛みで声を上げる暇も無いまま、二人はそのまま遠方へ投げ飛ばされる。
今になって、助手の言葉を理解した。
だが一つだけ、聞いてたことと異なる部分がある。
「何処が本来のライオンだ……どう考えたって、フレンズとしての知能もあるじゃないか……っ!」
ライオンの主な狩り方は牙などを使い、獲物を噛みつきながら爪を使うことが多い。噛み付くことなく、わざわざ足を掴んで攻撃するなどと誰が考えるだろうか。
それで、アラビアオリックスは確信した。
目の前のセルリアンは従来のライオンの戦い方に加え、フレンズとしての器官、手を活用して戦う。
言うなれば凶暴化したライオンのフレンズと戦うようなものだ。
「まだ行けるか……オーロックス」
「問題ねぇ……行くぞ!」
態勢を立て直す。今度は走ること無く、歩きながら近付いてきたライオンに武器を向ける。
ライオンと正面に向き合うアラビアオリックスに対し、オーロックスは逆側に走り出した。
オーロックスを追いかけようとするライオンの前に、アラビアオリックスが立ち塞がる。
「悪いね、この先には行かせないよ」
『グルルルル……』
唸る。口という器官が無い癖に、本物と同じようにその偽物は振る舞っている。
一度手を合わせて相手の実力は理解した。一筋縄ではいかない相手だと、心の底から思い知った。
だから、この作戦を決行することにした。
「来な!」
『グオオォォーー!』
短く咆哮した後、地面を蹴ってアラビアオリックスに接近する。突き出される爪を弾き、足払いはその場でジャンプして躱し、体当たりは受け流すことで回避する。
次々と迫りくるライオンの猛攻を、アラビアオリックスは自慢の立ち回りで避け続けた。
そして、視界の端で何かが揺れる。
それに合わし、アラビアオリックスは横へ転がるように地面を蹴った。
今まで戦っていた相手が急にそんな行動を取れば、誰もがその動きを目で追ってしまうだろう。
だから、その間に出来た空白を縫うように突っ込んでくる物に、セルリアンは何も出来なかった。
ズンッッッ!! と遠く離れたところから大木が投げられ、ライオンの姿を模したセルリアンは為す術もなくその顔面に直撃した。
6
「はぁ、はぁ……」
投げた張本人、オーロックスはそのまま息を整える。
汗を垂らし、目の前の光景に思わず笑ってしまった。
「やっぱり、これだけじゃ倒されてくれないか……」
投げた勢いで地面に刺さる大木を砕き、その顔を出すライオンの姿があった。這い出るように立ち上がりながら、ゆらりとその体を揺らす。
「諦めるなオーロックス! 攻撃を続けるぞ!!」
前衛と後衛。
相手にフレンズとしての知能があると分かった以上、数で叩くだけでは逆に利用されて返り討ちだ。そうなれば陣形を組み、近距離と遠距離で戦うしかない。
前衛は立ち回りに長けているアラビアオリックス。
後衛は力が強いオーロックスによる大木の投擲。
その役割をペースよく続けることで、ライオンの体力、力の源になるサンドスター・ロウを浪費する作戦だ。
フレンズ型のセルリアンに石は見当たらないため、力押しでどうにかなる相手ではなくなっている。だが今回の黒セルリアンはサンドスター・ロウを吸収せず、数を増やすことに重点を置いている。だから増えることはあっても回復することはない。それを利用し、サンドスター・ロウが切れるまで消耗させる。それが黒セルリアンに最も有効な戦術だった。
『グオオオォォォーーー!!』
「くぅ……っ!?」
いったい何撃の攻撃を捌いただろうか。その一撃は単純な攻撃ではなく、アラビアオリックスの槍を掴み、もう片方の手も使って両手で押さえ込もうとする。
今はなんとか拮抗しているように見えるが、ジリジリとその足は後退していた。
(ま、ずい……っ)
オーロックスの援護は叶わない。今力を緩めればそのまま攻撃を受ける上、ダメージに無頓着な相手だから平気で道連れにしようとするだろう。
元々アラビアオリックスとライオンでは向こうのほうが力も実力も上だ。立ち回りで誤魔化していても、体力はどんどん削られていた。
「はぁ! はぁ……っ!」
呼吸が荒い。対抗する腕も痺れ、踏みしめる足にはもう感覚がない。
どうにかして逃げなければ──そう考えていた時だった。
「………………?」
目しかないはずなのに、そこに顔は存在しないはずなのに。
眼前のセルリアンが笑ったような気がした。
理屈ではなく、本能が警鐘を鳴らす。
── 今すぐ逃げろ ──
そして、セルリアンは進化した。
鼻の下が、真横に裂けた。
まるで口のように、その内部には鋭い牙が並んでいる。
その奥は真っ黒だった。この口も形だけの鼻と同じ、消化器官などと言った機能は備わっていない。
ただ純粋に、相手を傷つけるための進化。
暴力的で残虐的で、恐怖という感情だけがアラビアオリックスの中を駆け回る。
やがてそれは大きく開き、アラビアオリックスの武器を真っ二つに噛み砕いた。
「なっ?!」
『──ッ!』
持っていた武器を奪い取るように投げ捨て、そのままライオンはアラビアオリックスの首を右手で締め上げる。そして左手で右腕を押さえつけると、首筋近くの肩に牙を突き立てて、まるでその肉を削ぎ落とすかの如く──、
筋や神経を巻き込みながら、殺すための牙で噛み砕いた。
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